上 下
7 / 25

7.上手くいかない

しおりを挟む
 しばらくすると父からの勧めで新たな婚約者候補となる令嬢と顔合わせをすることになった。格式ばったものではなく、まずは当人だけで外で気軽に会って話をする。家の利害関係がない年が釣り合う相手というだけなので家に招いたり招かれたりせずまずは相性をみるといったところだろうか。もちろんサイラスに対してガツガツするような相手は避けてくれている。令嬢側も相手を選ぶ権利があるということだ。

 サイラスは一人目の令嬢を以前シャルロッテを連れて行った古いカフェに誘った。もちろん前日にプランを練っての上でだ。カフェの後に公園による予定だ。ところが令嬢は建物の外観を見るなり、眉を顰めここは嫌だと言い出した。

「見た目は古いがなかなかいい店なんだ」

 ここは一番のお気に入りの店だ。入ってみれば納得してもらえると思っている。シャルロッテは喜んでいたから大丈夫だと考えていた。サイラスは物事を計画通りに進めたいと考えている。今回は断られる可能性を微塵も考えていなかったので代替案を用意していない。だからどうしてもこの店に入りたかった。

「サイラス様は私に嫌がらせをしているのですか? 私はもっと素敵なお店がいいです」

 気の強そうな令嬢は侮辱されたと思ったようで不機嫌なまま帰ってしまった。数日後に断りの返事が来た。
 この失敗を踏まえ次の令嬢とは図書館で会うことにした。シャルロッテとはよく図書館で過ごしていたので問題ないと思った。静かに本を読んで感想を語りあうのもいいだろう。

「図書館? 随分と安上がりですわね……。私は本が好きではありません」

「それならこれをきっかけに本の良さを知って欲しい」

「私は観劇に行きたいです!」

 令嬢は今流行の劇がどうしても見たいと譲らない。サイラスは令嬢をエスコートしながらしぶしぶ劇場に向かった。だがその公演のチケットの当日券は完売していた。

「サイラス様ってもっと紳士的で素敵なエスコートをして下さると思っていましたけどガッカリしました。あと流行にはもっと敏感であるべきだと思います。そのようなデートしか用意できないのなら女性は喜びませんわよ」

 その台詞に思わず言い返した。

「そちらこそ、随分と我儘ですね。だいたい流行ばかり追いかけて本が嫌いなんて無教養なのでは?」

 令嬢はものすごい形相でサイラスを睨んで帰って行った。その日のうちに縁談を断るとの連絡が来た。サイラスはすぐに新しい婚約者が決まると思っていた。それなのに全く上手くいかない。大体二人の令嬢は強い香水を付けて来て側にいると吐きそうになるのを我慢していた。その上サイラスにお姫様のように扱うことを望んでくる。サイラスの見た目で判断し過剰に期待してくるところも甚だ迷惑だった。

 シャルロッテだったら笑顔で全部を受け入れてくれていたのに……。彼女は香水を付けていなかった気がする。一緒にいて不快な思いをしたことがなかった。サイラスはついシャルロッテと他の令嬢を比較し落胆してしまう。なぜか夜会に行かなくなるとソフィアのことは思い出さなくなった。あれほど夢中で恋をしていたのにペンダントの結んだ縁ではないと知ると途端に気持ちが冷めてしまった。

 くさくさした気分のまま帰りたくなくて目についたパーラーに入ることにした。この店は新しくできたばかりで令嬢に人気らしい。令嬢に流行を知らないことを馬鹿にされたから入るわけじゃないと自分自身に言い訳をしながら扉を潜る。
 そういえばシャルロッテも一度は行ってみたいと言っていたが、サイラスは流行に乗るのが好きではないので聞き流していた。
 案内された店内は全室個室になっている。これならたとえ男性でも、もしくは一人でも気兼ねせずに入ることが出来るし、友人ともゆっくり話が出来そうだ。流行なりにいいところもあるのだと毛嫌いしたことを反省する。せっかくならシャルロッテと来たかったと後悔する。
 給仕にコーヒーを注文するとすぐに出て来て驚く。あまりにも早い。香りを確かめ一口飲んでみる。
(まずい……)コーヒーは作り置きされたものだとすぐに分かった。
 落胆しながら溜息を吐くと隣の個室にお客が入ったようで女性の甲高い笑い声が聞こえてきた。
(個室はいいが壁が薄くて筒抜けだな)いい点もあるが悪い点が多い。この店に二度来ることはないだろう。

 おしゃべりをしている令嬢たちは話に夢中で隣の部屋に声が聞こえていることに気付いていなさそうだ。

「ねえ。ソフィア。聞いた? サイラス様とディアス伯爵令嬢の婚約無くなったらしいわよ。これでソフィアのせいで破談になったの何組目?」

 壁があるにもかかわらずはっきりと隣の話し声が聞こえる。壁が薄すぎる……いや、問題は話の内容だ。くすくすと話す女性の言葉にぎょっとする。今、自分の名前が出ていたはずだ。

「もう数えていないわよ。本当、男って簡単よね。見つめればすぐに自分に気があると思い込んでのぼせあがって。お馬鹿さんが多すぎるわ。でも私のせいじゃないわ。だって私は何もしていないでしょう? 二人が勝手に婚約をやめたのよ」

「本当にソフィアって悪い女よね~。最悪の趣味よ? あなたの本性を知っている人からは壊しや令嬢クラッシャーレディって呼ばれているのよ。あなたの見かけに騙される男たちが憐れだわ」

 返事をした声は間違いなくソフィアだった。サイラスは顔色を青くし聞き耳を立てた。

「サイラス様は学園に居たとき落とし物をしたでしょう? みんな自分が拾って届けたと名乗り出て面白かったわね。だから私もちょっとしたイタズラのつもりで交ざってみたの。でも嘘をついてあとから追及されるのは困るから、意味深に言葉をかけて控えめに微笑んで。そしたら勝手に勘違いしてくれてお礼にお菓子を贈ってきたのよ。でも正直ガッカリ! お礼がお菓子って!! もっといいものをくれると思ったのに期待外れだった」

「あはは~。お菓子? せめてアクセサリーとかにして欲しいわね」

「それからサイラス様は何かと私を見つめて来るようになったの。夜会で自分の隣に婚約者がいるのに私から目を逸らさないのは呆れたわ。もう笑いを堪えるのが大変だったし。本当に美しいって罪よね。でも崇められるのは気分がよくてやめられないわ」

「ソフィアの信者は多いからね」

 自分を馬鹿にしている内容に耐えられなくなり席を立って店を出た。ソフィアの本性を知り頭の中が真っ白になる。美しい顔と同じように心も清らかな女性だと信じていた。でも違う。あんな女を好きになりシャルロッテとの婚約が無くなってしまった。サイラスは自分が間違えた行動をとっていたことを本当の意味でようやく理解した。
 自分が信じていたものはなんだったのか。どうやって屋敷に戻ったのかも覚えていない。そのまま自室にこもり頭を抱えた。自分の全てが否定されたような気がして胸が苦しい。

 サイラスは無性にシャルロッテに会いたくなった。平凡で穏やかな顔が見たい。彼女が自分に笑ってくれれば心の平穏を取り戻せるような気がした。だが父に言われている以上会いに行くことは出来ない。
 全ての真実を知ってシャルロッテの大切さを思い知った。ソフィアに騙されたのは容姿だけで判断してしまったからだ。自分は愚かだった。シャルロッテこそがサイラスにとって理想的な女性だった。誰といるよりも楽しかったのにソフィアを妄信するあまりに気付かなかった。

 その後も数人の令嬢と顔合わせをしたが付き合っていけそうだと思えた女性はいなかった。シャルロッテの良さが浮き彫りになってしまい、他の令嬢に心を開けない。
 情けない息子にそれでも父は寛大だった。今のサイラスは父の考えを正確に理解している。家の繋がりや利益を考えずに令嬢を探し顔合わせをさせてくれている。性格が合わない女性と悲惨な結婚生活を送らずに済むように考えてくれている。そのことに心から感謝していた。

 数人の令嬢たちとの顔合わせが一区切りついた所でサイラスは父の執務室へ向かった。誰と過ごしても上手くいかない。どちらかといえば女性不信に拍車がかかっている気がする。だからもう一度だけチャンスが欲しかった。そうしたら今度はシャルロッテを敬って大切にすると誓う。今度こそ……。

「父上。お願いです。ディアス伯爵にもう一度、シャルロッテとの縁談を申し込んでください。今度はシャルロッテを大切にします。それにこちらの家格の方が上です。シャルロッテにとっても悪い話ではないはずだからきっと受け入れてくれるはずです」

 父は悲し気にサイラスを見た。

「お前は家格で己を誇示するのか? 言っておくがディアス伯爵家は大変な資産家だ。伯爵家だからと侮るな。我が家より上の家ともシャルロッテ嬢が望めば縁付けるだろう。今もディアス伯爵家とは業務提携を継続しているが、なくなってもあちらにとっては大した痛手にはならない。困るのは我が家の方だ。侯爵家だからと言って自分の方が上だという傲慢な考えを捨てきれないうちは、ディアス伯爵はお前を受け入れないだろう。しばらく見合いは見送るから仕事に専念するように」

「はい……」

 家格で判断したことを指摘されて目を伏せた。返す言葉も見つからずサイラスは引き下がった。それでも諦めることは出来そうになかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様

新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

婚約者が高貴なご令嬢と愛し合ってるようなので、私は身を引きます。…どうして困っているんですか?

越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
大切な婚約者に、浮気されてしまった……。 男爵家の私なんかより、伯爵家のピア様の方がきっとお似合いだから。そう思って、素直に身を引いたのだけど。 なんかいろいろ、ゴタゴタしているらしいです。

処理中です...