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6.リューク(2)
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ケーマン公爵邸を訪ねると嬉々として私を出迎えたのはフェリシア嬢だった。
「リューク様。お待ちしていましたわ。父が先に話をしたいそうですの。でもその後にゆっくり私とお茶をしましょうね!」
フェリシア嬢は確かに美しい。でも私の心には響かない。私は昔から彼女が苦手だった。自分の考えを押し付けてくるところが好きになれない。
以前彼女は私とレナーテの婚約を気の毒だと勝手に憐れんで祖父に対して文句を言ったことがある。婚約は解消するべきだと抗議した。そして自分が私と婚約すると言い出した。祖父はそれを冷たくあしらった。フェリシア嬢は癇癪を起しながら「陛下に言いつける! 私が必ずリューク様を助けてみせます!」と言っていた。
迷惑だ。冗談じゃない。祖父が決めたとはいえ私は自分の意志でレナーテとの結婚を望んでいる。それを伝えたがフェリシア嬢は「無理をしないでいいのよ」と信じようとしない。
レナーテのことを抜きにしても私はフェリシア嬢と結婚はできない。私はブラーウ侯爵家の嫡男だ。もしフェリシア嬢と結婚するのならば彼女は一人娘なので私が婿入りをしなければならない。ケーマン公爵夫妻はフェリシア嬢を溺愛して他家に嫁がせることも、公爵家をフェリシア嬢以外に継がせるつもりもないのは明白だ。
フェリシア嬢の案内でケーマン公爵の執務室へ向かった。部屋には大柄な壮年の男性がいた。ケーマン公爵だ。威圧感のある姿に私が圧倒されることはない。私にとっては祖父の方が圧倒的な存在感があってそれに慣れている。
部屋には豪華な調度品が置かれ、いかにも高位貴族の当主らしいと感じた。公爵は近くのソファーへ座るように私を促す。
「よく来てくれた。リューク君。ブラーウ侯爵から聞いていると思うが、前侯爵の喪が明け次第フェリシアと結婚してもらう。婚約の手続きも進めている最中だ。フェリシアは君を不幸な婚約から解放したいとずっと言っていてね。優しい娘だろう? 幸せにしてやってくれ」
自慢げに話す姿はまさに親馬鹿だ。私は失望した。筆頭公爵家の当主が娘のために不当な行動を取っている。きっと公爵が陛下に頼み、私がブラーウ侯爵を継ぐための手続きを握り潰した。許せない。こんな人間に屈してフェリシア嬢と結婚するつもりはない。私は断るために口を開いた。
「ケーマン公爵様。私はフェリシア嬢と婚約するつもりはありません。ですから――」
「リューク君。私を失望させないでくれ。これでも私は君を買っているのだ。大事な娘を任せてもいいと思うほどにはね。それにこの婚約は陛下も祝福して下さっている。陛下に逆らうのか? それに君はケーマン公爵家に婿入りできるのだから不満などあるまい。それにもし嫌だと言えば」
「嫌だと言えば、何ですか?」
「バールス伯爵令嬢も馬車の事故に遭うかもしれない」
「えっ?!」
「君たちは幼馴染だったね? それなら彼女に相応しい幸せを祈ってあげなさい」
「まさか……」
その言葉に衝撃を受けた。ケーマン公爵は鋭い眼差しで私を見ている。これは私の返事次第でレナーテがどうなってもいいのかと脅しているのだ。ケーマン公爵はバールス伯爵令嬢もと言った……。それは祖父の事故は意図的なものということを意味している。ケーマン公爵は娘の望みを叶えるために祖父を事故に見せかけて殺したのか。だがそこまでするだろうか……。
「リューク君。この話は君の父親から持ち掛けられたのだ。だから息子として責任を取ってもらおう」
「父が……?」
私は愕然とした。父が祖父を、自分の親を殺したのか……。信じたくないと思うも今の父を見る限りそれが本当だと確信できた。
「ケーマン公爵様。体調がすぐれないので本日はこれで失礼させて頂きます」
私は真実を知りたい。本当に父がそこまでしたのか。早く屋敷に帰らねば。ケーマン公爵はニコリと微笑むと頷いた。
「次に来るときはフェリシアに花でも持ってきてくれたまえ。リューク君が愚かな行動をしないことを期待している」
私は馬車の中で蒼白になっていた。
父はブラーウ侯爵家を手に入れるためにケーマン公爵と手を組んで祖父を……許されざる罪を犯したのだ。
祖父の葬儀を終えてから父が屋敷に来た時のことを思い出す。見たことがないほどだらしない顔で恋人の腕の中でぐずる乳児を見ていた。きっと愛する女性との間に子供が生まれて欲が出たのだ。爵位と財産をいずれはその子に継がせたいと。そのために全てを手に入れると。父はケーマン公爵を利用したつもりだろうが格が違う。父は利用された。このままいけばいずれブラーウ侯爵家はケーマン公爵家に乗っ取られるだろう。祖父の守って来た侯爵家を守ることができない。私は自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめた。
今の私は自分の部屋から出ることすらできない。唯一外出できるのはフェリシア嬢に会いに行くときだけだ。情けない。だが自分の無力さを嘆いているだけでは一番大切なものを失ってしまう。
家でも財産でもない。レナーテというかけがえのない存在を。祖父には申し訳ないと思ったがある決断をした。
そのために今は父の言いなりになりフェリシア嬢の機嫌を取りながらチャンスを待つ。タイミングを間違えれば失敗する。慎重に行動しなければ。レナーテはどうしているのだろう。会いにも行けず説明もできないままで、私が裏切ったと怒っているかもしれない。レナーテの状況も分からない。
「リューク。明日フェリシア嬢がお前を迎えに来る。粗相のないようにな。そうだ。バールス伯爵家は負債を抱え爵位を売ったぞ。ヘルベンは家族と国外で一から出直すらしい」
「そんな馬鹿な!」
勝ち誇ったような表情の父は知らないのだ。バールス伯爵家の財産はブラーウ侯爵家よりもはるかに上回る。多少の問題が起きても乗り越えるだけの力を持っている。それなのにあっけなく家が潰れるはずがない。たぶんヘルベン様はこの国を見限って捨てることにしたのだ。
「嘘ではないぞ。明日の船で出発するそうだ。フェリシア嬢が来るから残念ながら見送りは出来ないな。これで邪魔者はいなくなる」
「……」
青ざめる私を眺めながら満足気な顔をしている。私は何も言わず部屋に戻った。もう時間がない。チャンスを見逃すわけにはいかない。だが慎重に行動を起こさねば。
翌日、フェリシア嬢が有名な画家の個展に行きたいと私を屋敷まで迎えに来た。それは私にとって好都合だった。努めて穏やかにフェリシア嬢に接する。馬車に向かいフェリシア嬢に声をかけたところで視線を感じそちらを見た。そこにはレナーテがいた。
(レナーテ! ここまで来てくれた!!)
久しぶりにレナーテに会えた。私はレナーテのもとに走り出したい衝動を必死に押し殺した。目の前にはフェリシア嬢がいる。今じゃない。迂闊な行動は取れない。目を逸らし敢えてレナーテに気付かなかった振りをして馬車に乗り込む。チラリと見ればレナーテの顔には絶望が浮かんでいた。私自身がレナーテを傷つけてしまったという事実に胸が痛む。
(レナーテすまない。もう少しだけ待っていてくれ)
「リューク様。今日はとても楽しみにしていました! あっ、そういえばさっきレナーテ様がいましたわね。ブラーウ侯爵家の屋敷にまで押しかけるなんて本当に困った人。でも私たちにはもう関係のない人だから気にする必要はないですよね?」
フェリシア嬢が探るような眼差しを私に向ける。それを真っ直ぐ受け止めると同調するように頷いた。
「そうですね。フェリシア嬢のおっしゃる通りです」
「ふふふ」
私は逸る気持ちを隠し興味のない絵の個展に付き合いフェリシア嬢の話に相槌を打った。その後カフェに寄ればお開きだ。先にフェリシア嬢をケーマン公爵邸まで送ったあと、私をケーマン公爵家の馬車が屋敷まで送ってくれることになっている。馬車には常に騎士が同行している。私の行動はすべて監視され一人になることはできない。ケーマン公爵邸に着くと私はフェリシア嬢に訪ねた。
「フェリシア嬢。あなたの行きつけの宝石商を教えてくれませんか?」
「えっ?」
フェリシア嬢は驚き目を瞬かせたが顔には期待が滲んでいる。
「私にアクセサリーを贈らせてください。もうすぐ婚約するというのに贈り物をしないようでは情けない。できればフェリシア嬢の好みを把握している店がいいと思いまして」
フェリシア嬢は手を打って笑みを浮かべた。
「まあ、それなら私も一緒に行きますわ!」
「それもいいのですが初めてのプレゼントは私に選ばせて頂けませんか?」
「リューク様がそうおっしゃるのなら選んでもらおうかしら?」
「ええ、できれば帰りに寄りたいのですが」
「今日ですか? それは父に聞いてみないと駄目なのです。生憎父は今不在で……王宮に行っているのです。困ったわ。どうしましょう」
「そうですか。残念ですね」
私は敢えてあっさりと引き下がった。
「あ……」
フェリシア嬢は迷っている。今まで私が義務を超えるような態度を取らなかったのに、突然好意的な言葉を告げたので浮かれている。私は踵を返した。
「では、帰りますね」
「リューク様。待って!」
引っかかってくれた!
「何でしょう?」
「リューク様。お父様にはあとから私が伝えておきます。でも一時間で選んで下さい。もちろん騎士も同行させます。私の行きつけの商会はブラーウ侯爵家とはまったく取引のない商会ですもの。問題ないわ。では今から行って来て下さいませ」
「ありがとうございます。あなたに似合う物を選んできますね」
「嬉しいわ。楽しみにしていますわね!」
御者が私を王都の大商会に案内した。この店は宝石だけではなく高級ワインや家具、美術品も扱いケーマン公爵家や王家にも納めている。商会につくと騎士が扉を開ける。
「リューク様。一時間で出てきてください。それ以上遅くなると公爵様に怒られてしまいますので」
「ええ。分かりました」
公爵家の騎士は三人同行して来た。正面、裏口、窓のあるところにそれぞれが見張るために待機した。ケーマン公爵は自分が不在でも臨機応変に私を見張るようにあらかじめ騎士たちに指示していた。
まあ、ここまでする公爵の気持ちは理解できる。陛下に願って私にブラーウ侯爵家を継げないようにまでしてフェリシア嬢と婚約させるつもりでいるのに、ここで逃げられてはいい面の皮だ。ケーマン公爵はすでに社交界で私とフェリシア嬢の婚約は内定していると広めている。陛下も祝福していると公言してしまったのだ。私を囲い込む目的だったが、万が一破談になればフェリシア嬢やケーマン公爵が恥をかくことになる。
そうと知っていても私はこの国を捨てる決心をした。
「リューク様。お待ちしていましたわ。父が先に話をしたいそうですの。でもその後にゆっくり私とお茶をしましょうね!」
フェリシア嬢は確かに美しい。でも私の心には響かない。私は昔から彼女が苦手だった。自分の考えを押し付けてくるところが好きになれない。
以前彼女は私とレナーテの婚約を気の毒だと勝手に憐れんで祖父に対して文句を言ったことがある。婚約は解消するべきだと抗議した。そして自分が私と婚約すると言い出した。祖父はそれを冷たくあしらった。フェリシア嬢は癇癪を起しながら「陛下に言いつける! 私が必ずリューク様を助けてみせます!」と言っていた。
迷惑だ。冗談じゃない。祖父が決めたとはいえ私は自分の意志でレナーテとの結婚を望んでいる。それを伝えたがフェリシア嬢は「無理をしないでいいのよ」と信じようとしない。
レナーテのことを抜きにしても私はフェリシア嬢と結婚はできない。私はブラーウ侯爵家の嫡男だ。もしフェリシア嬢と結婚するのならば彼女は一人娘なので私が婿入りをしなければならない。ケーマン公爵夫妻はフェリシア嬢を溺愛して他家に嫁がせることも、公爵家をフェリシア嬢以外に継がせるつもりもないのは明白だ。
フェリシア嬢の案内でケーマン公爵の執務室へ向かった。部屋には大柄な壮年の男性がいた。ケーマン公爵だ。威圧感のある姿に私が圧倒されることはない。私にとっては祖父の方が圧倒的な存在感があってそれに慣れている。
部屋には豪華な調度品が置かれ、いかにも高位貴族の当主らしいと感じた。公爵は近くのソファーへ座るように私を促す。
「よく来てくれた。リューク君。ブラーウ侯爵から聞いていると思うが、前侯爵の喪が明け次第フェリシアと結婚してもらう。婚約の手続きも進めている最中だ。フェリシアは君を不幸な婚約から解放したいとずっと言っていてね。優しい娘だろう? 幸せにしてやってくれ」
自慢げに話す姿はまさに親馬鹿だ。私は失望した。筆頭公爵家の当主が娘のために不当な行動を取っている。きっと公爵が陛下に頼み、私がブラーウ侯爵を継ぐための手続きを握り潰した。許せない。こんな人間に屈してフェリシア嬢と結婚するつもりはない。私は断るために口を開いた。
「ケーマン公爵様。私はフェリシア嬢と婚約するつもりはありません。ですから――」
「リューク君。私を失望させないでくれ。これでも私は君を買っているのだ。大事な娘を任せてもいいと思うほどにはね。それにこの婚約は陛下も祝福して下さっている。陛下に逆らうのか? それに君はケーマン公爵家に婿入りできるのだから不満などあるまい。それにもし嫌だと言えば」
「嫌だと言えば、何ですか?」
「バールス伯爵令嬢も馬車の事故に遭うかもしれない」
「えっ?!」
「君たちは幼馴染だったね? それなら彼女に相応しい幸せを祈ってあげなさい」
「まさか……」
その言葉に衝撃を受けた。ケーマン公爵は鋭い眼差しで私を見ている。これは私の返事次第でレナーテがどうなってもいいのかと脅しているのだ。ケーマン公爵はバールス伯爵令嬢もと言った……。それは祖父の事故は意図的なものということを意味している。ケーマン公爵は娘の望みを叶えるために祖父を事故に見せかけて殺したのか。だがそこまでするだろうか……。
「リューク君。この話は君の父親から持ち掛けられたのだ。だから息子として責任を取ってもらおう」
「父が……?」
私は愕然とした。父が祖父を、自分の親を殺したのか……。信じたくないと思うも今の父を見る限りそれが本当だと確信できた。
「ケーマン公爵様。体調がすぐれないので本日はこれで失礼させて頂きます」
私は真実を知りたい。本当に父がそこまでしたのか。早く屋敷に帰らねば。ケーマン公爵はニコリと微笑むと頷いた。
「次に来るときはフェリシアに花でも持ってきてくれたまえ。リューク君が愚かな行動をしないことを期待している」
私は馬車の中で蒼白になっていた。
父はブラーウ侯爵家を手に入れるためにケーマン公爵と手を組んで祖父を……許されざる罪を犯したのだ。
祖父の葬儀を終えてから父が屋敷に来た時のことを思い出す。見たことがないほどだらしない顔で恋人の腕の中でぐずる乳児を見ていた。きっと愛する女性との間に子供が生まれて欲が出たのだ。爵位と財産をいずれはその子に継がせたいと。そのために全てを手に入れると。父はケーマン公爵を利用したつもりだろうが格が違う。父は利用された。このままいけばいずれブラーウ侯爵家はケーマン公爵家に乗っ取られるだろう。祖父の守って来た侯爵家を守ることができない。私は自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめた。
今の私は自分の部屋から出ることすらできない。唯一外出できるのはフェリシア嬢に会いに行くときだけだ。情けない。だが自分の無力さを嘆いているだけでは一番大切なものを失ってしまう。
家でも財産でもない。レナーテというかけがえのない存在を。祖父には申し訳ないと思ったがある決断をした。
そのために今は父の言いなりになりフェリシア嬢の機嫌を取りながらチャンスを待つ。タイミングを間違えれば失敗する。慎重に行動しなければ。レナーテはどうしているのだろう。会いにも行けず説明もできないままで、私が裏切ったと怒っているかもしれない。レナーテの状況も分からない。
「リューク。明日フェリシア嬢がお前を迎えに来る。粗相のないようにな。そうだ。バールス伯爵家は負債を抱え爵位を売ったぞ。ヘルベンは家族と国外で一から出直すらしい」
「そんな馬鹿な!」
勝ち誇ったような表情の父は知らないのだ。バールス伯爵家の財産はブラーウ侯爵家よりもはるかに上回る。多少の問題が起きても乗り越えるだけの力を持っている。それなのにあっけなく家が潰れるはずがない。たぶんヘルベン様はこの国を見限って捨てることにしたのだ。
「嘘ではないぞ。明日の船で出発するそうだ。フェリシア嬢が来るから残念ながら見送りは出来ないな。これで邪魔者はいなくなる」
「……」
青ざめる私を眺めながら満足気な顔をしている。私は何も言わず部屋に戻った。もう時間がない。チャンスを見逃すわけにはいかない。だが慎重に行動を起こさねば。
翌日、フェリシア嬢が有名な画家の個展に行きたいと私を屋敷まで迎えに来た。それは私にとって好都合だった。努めて穏やかにフェリシア嬢に接する。馬車に向かいフェリシア嬢に声をかけたところで視線を感じそちらを見た。そこにはレナーテがいた。
(レナーテ! ここまで来てくれた!!)
久しぶりにレナーテに会えた。私はレナーテのもとに走り出したい衝動を必死に押し殺した。目の前にはフェリシア嬢がいる。今じゃない。迂闊な行動は取れない。目を逸らし敢えてレナーテに気付かなかった振りをして馬車に乗り込む。チラリと見ればレナーテの顔には絶望が浮かんでいた。私自身がレナーテを傷つけてしまったという事実に胸が痛む。
(レナーテすまない。もう少しだけ待っていてくれ)
「リューク様。今日はとても楽しみにしていました! あっ、そういえばさっきレナーテ様がいましたわね。ブラーウ侯爵家の屋敷にまで押しかけるなんて本当に困った人。でも私たちにはもう関係のない人だから気にする必要はないですよね?」
フェリシア嬢が探るような眼差しを私に向ける。それを真っ直ぐ受け止めると同調するように頷いた。
「そうですね。フェリシア嬢のおっしゃる通りです」
「ふふふ」
私は逸る気持ちを隠し興味のない絵の個展に付き合いフェリシア嬢の話に相槌を打った。その後カフェに寄ればお開きだ。先にフェリシア嬢をケーマン公爵邸まで送ったあと、私をケーマン公爵家の馬車が屋敷まで送ってくれることになっている。馬車には常に騎士が同行している。私の行動はすべて監視され一人になることはできない。ケーマン公爵邸に着くと私はフェリシア嬢に訪ねた。
「フェリシア嬢。あなたの行きつけの宝石商を教えてくれませんか?」
「えっ?」
フェリシア嬢は驚き目を瞬かせたが顔には期待が滲んでいる。
「私にアクセサリーを贈らせてください。もうすぐ婚約するというのに贈り物をしないようでは情けない。できればフェリシア嬢の好みを把握している店がいいと思いまして」
フェリシア嬢は手を打って笑みを浮かべた。
「まあ、それなら私も一緒に行きますわ!」
「それもいいのですが初めてのプレゼントは私に選ばせて頂けませんか?」
「リューク様がそうおっしゃるのなら選んでもらおうかしら?」
「ええ、できれば帰りに寄りたいのですが」
「今日ですか? それは父に聞いてみないと駄目なのです。生憎父は今不在で……王宮に行っているのです。困ったわ。どうしましょう」
「そうですか。残念ですね」
私は敢えてあっさりと引き下がった。
「あ……」
フェリシア嬢は迷っている。今まで私が義務を超えるような態度を取らなかったのに、突然好意的な言葉を告げたので浮かれている。私は踵を返した。
「では、帰りますね」
「リューク様。待って!」
引っかかってくれた!
「何でしょう?」
「リューク様。お父様にはあとから私が伝えておきます。でも一時間で選んで下さい。もちろん騎士も同行させます。私の行きつけの商会はブラーウ侯爵家とはまったく取引のない商会ですもの。問題ないわ。では今から行って来て下さいませ」
「ありがとうございます。あなたに似合う物を選んできますね」
「嬉しいわ。楽しみにしていますわね!」
御者が私を王都の大商会に案内した。この店は宝石だけではなく高級ワインや家具、美術品も扱いケーマン公爵家や王家にも納めている。商会につくと騎士が扉を開ける。
「リューク様。一時間で出てきてください。それ以上遅くなると公爵様に怒られてしまいますので」
「ええ。分かりました」
公爵家の騎士は三人同行して来た。正面、裏口、窓のあるところにそれぞれが見張るために待機した。ケーマン公爵は自分が不在でも臨機応変に私を見張るようにあらかじめ騎士たちに指示していた。
まあ、ここまでする公爵の気持ちは理解できる。陛下に願って私にブラーウ侯爵家を継げないようにまでしてフェリシア嬢と婚約させるつもりでいるのに、ここで逃げられてはいい面の皮だ。ケーマン公爵はすでに社交界で私とフェリシア嬢の婚約は内定していると広めている。陛下も祝福していると公言してしまったのだ。私を囲い込む目的だったが、万が一破談になればフェリシア嬢やケーマン公爵が恥をかくことになる。
そうと知っていても私はこの国を捨てる決心をした。
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