本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。

四折 柊

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22.待つ時間

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 しばらくそうしているとジリアンは落ち着きを取り戻した。思い切り泣いてすっきりした。きっと今ひどい顔になっていると思うが心は軽くなっていた。シャルロッテはハンカチを差し出すと侍女に目配せをして言った。

「ジリアン。チョコレートを持ってきたの。一緒に食べましょう」

「はい」

 侍女がお茶とお皿に盛ったチョコレートをジリアンとシャルロッテの前に置いた。
 ジリアンはそのチョコレートをじっと見る。これはリックがジリアンにくれたものと同じものだ。美しいフォルムが三個。思わずリックを思い浮かべてしまい心に針が刺さったようなチクリとした痛みが走る。シャルロッテが用意してくれたということはこの国でも有名なお店のチョコレートなのだろう。きっと自分はこのチョコレートを見るたびに思い出す。

「最近ようやく食べていいってお許しをもらえたのよ。一時期太り過ぎてチョコレートは禁止されていたの。赤ちゃんに良くないって」

 シャルロッテは一つ口に入れ咀嚼すると幸せそうな笑みを浮かべた。ジリアンもひとつ口に入れる。あのときと同じ味。

「美味しいです」

「そうでしょう! これは私の旦那様が私のために工場まで作って一年がかりで作ってくれたものなの。最初はそんな大げさなことはしないでって頼んだのだけど、新しい事業の一環だって押し切られたの。お店は最近開店したばかりで予約をしないと買えないほど人気なのよ。材料にもこだわった最高級のチョコレートと評判で他国の王家からも注文をもらっているわ。お兄様も一緒に開発してくれていろいろ助けてくれたみたい」

「えっ?」

 どこかで聞いた話そのままだ。リックの話を思い出す。彼の妹の旦那さまが立ち上げて共同開発して作ったチョコレートだと言っていた。シャルロッテの兄の名前はフレデリック……。

(リック? まさか? ああ、そうだったらどんなに素敵なの!)

 でも期待して別人だったら立ち直れない。自分に都合のいい考えを振り払った。

「お義姉さまの旦那さまはとてもお義姉さまを愛しているのですね」

 シャルロッテはこれ以上にない優しく満たされた顔になった。そこには信頼や自信が垣間見える。

「そうね。愛されているって思うわ。彼はいつも言葉や態度で示してくれるから。だから私も彼に愛していることを伝えるようにしているの。思いを伝えることを疎かにしてすれ違うことがあったら悲しいものね」

 その言葉はジリアンの後悔を思い起こさせる。リックに伝えなかった言葉……。

「お義姉さまとお義兄さまの馴れ初めを教えてくれますか?」

「私たち? 私と夫は従姉弟なの。と言っても血の繋がりはないわ。私の父と夫のお父様が義理の兄弟だったから。幼いころから一緒にいたので幼馴染でもあるかな。私はずっと弟のように思っていたけど夫はずっと好きだったって言ってくれて、真っ直ぐな彼を私も好きになったの」

 照れくさそうに頬に手を当てるシャルロッテが可愛らしい。ジリアンはほうっと溜息をついた。

「一途に愛されていたのですね。物語のようで素敵です」

「ありがとう」

 そのあとも二人の話を聞かせてもらった。旦那様はシャルロッテの妊娠が分かると過保護になりなかなか外出させてくれないらしい。

「少しは運動したほうがいいのに、心配し過ぎで困るわ」

 その時執事がそっとシャルロッテの側に来た。

「シャルロッテ様。そろそろお帰りにならないとジョシュア様が心配なさいますよ」

「もうそんな時間?」

 時計を見れば十六時を過ぎていた。話に夢中で時間を忘れてしまっていた。

「ジリアン。ごめんなさい。私、もう帰らないと。夫がすごく心配するのよ。また来るわ。ここはもうあなたの家なのだから大きな顔をしてゆっくり過ごしてね」

「はい。ありがとうございます」

「今度、夫を連れてくるわ」

「楽しみにしていますね」

 ジリアンはシャルロッテを玄関の外まで見送り、馬車が見えなくなるまで眺めていた。その晩は一人で夕食を摂った。食事は豪華だが一人で食べると味気ない。昼間シャルロッテと過ごした時間が楽しかったとしみじみ思い出す。

(想いを伝える……)

 もしも、この家の子息がフレデリックだったのなら、今度は自分の気持ちを彼に伝えたい。たとえ今更だと怒られてもいい。もう後悔はしたくなかった。明日また寝過ごしては困るので、ジリアンは湯浴みを終えると早々に寝ることにした。

 翌朝はいつものように日の出とともに目が覚める。ずっと早起きをして働いてきたのでゆっくりするのは落ち着かない。ジリアンはクローゼットからなるべく動きやすそうなワンピースに着替えると部屋を出た。
 どこかに掃除用具はないだろうか。何でもいいので働かせて欲しい。
 きょろきょろとしていると初日から世話をしてくれている侍女リリーと会った。まだジリアン専属侍女は決まっていないらしい。

「ジリアン様。こんなに早い時間にどうされましたか? 呼び鈴を鳴らして頂ければ伺いましたのに」

「早く目が覚めてしまって。それで、よかったらお掃除とか手伝わせてもらえないかしらと思って」

 リリーは目を丸くした。やっぱり駄目だろうか。

「ジリアン様はフレデリック様の妻となった方です。掃除などさせる訳にはいきません。どうかお部屋にお戻りください」

 ジリアンは眉を下げ食い下がった。

「それなら厨房の方のお手伝いはどうかしら? 下ごしらえとか得意なのよ?」

 リリーは眉を吊り上げた。

「駄目です! みんなの仕事を奪わないで下さい。今のジリアン様のお仕事はフレデリック様を待つことです。心細いのはお察ししますが、どうかお願いします」

「分かったわ。リリー、我儘を言ってごめんなさい。部屋に戻ります」

 そこまで強く言われると思っていなかった。何か手伝いをと思ったがジリアンの勝手な行動は周りに迷惑をかけてしまうようだ。リリーをこれ以上困らせないために部屋に戻ることにした。

 リリーが時間を潰す為にと小説を持って来てくれた。朝食の時間まで読んで過ごす。やはり一人の食事は寂しい。カーソン侯爵家にいる時はルナや他の使用人の仲間たちと食べていた。

 食後はリリーに勧められて庭で花を眺めていた。色とりどりな薔薇が満開だ。カーソン侯爵家の庭とは比べ物にならないくらい広く多種な花が咲いている。向日葵も背が高く咲いている。太陽に向かう強く凛々しい姿になんだか力が湧いてくる。移動すると何も植わっていない一画があった。これから何か植えるのかもしれない。ここにはどんな花を植えるのかと想像するとワクワクする。

 一通り見終わり部屋に戻ろうと向きを変え歩き出す。
 その時、慌てたような足音が聞こえてくる。どうやらこちらに向かっている。

「アンさん!」

 足音の主はジリアンを見るなり大きな声で名前を呼ぶ。その人はリックだった。汗を滲ませた顔が安心したように緩んだ。

「リックさん……」

 酷く懐かしく案じた。ジリアンの会いたかった人。そして恋した人。あなたに伝えたいことがあった。ジリアンはもう一度会うことが出来るなんて夢のようだと思った。夢でもいい。ただ覚めないで欲しかった。



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