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12.夜会

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 夜会は両親が亡くなって以降出ていない。四年振りになるがどう振る舞えばいいのか。社交界で自分はどんな存在になっているのか分からない。馬車を降りるとエヴァに「可能な限り喋らないこと」と言われた。

 会場についてもエヴァがずっと側にいた。ジリアンを見るとみんな興味深そうにじろじろと見る。なんて居心地が悪いんだろう。
 イヴリンはダンスに誘われ満面の笑みを浮かべて男性の手を取りホールへ向かった。イヴリンが来ているドレスは首を詰めたドレスだ。だがデコルテから首までは美しいレースで覆われていてるので堅苦しさは感じない。スカートはふんわり広がっている。清楚で可憐な妖精のようだ。

 ジリアンが着ているドレスは色味こそ淡いグリーンで控えめだがデコルテが大きく開いていてはしたなく感じた。社交界の流行が分からないがあまり露出のあるドレスを着た令嬢は見かけないので自分のドレスは派手に感じる。恥ずかしいのでショールが欲しかったがエヴァには駄目だと言われた。スカート部分はシンプルなAラインなので下品になり過ぎてはいない……と思いたい。これでマーメイドラインのスカートだと露骨にスタイルを強調し過ぎてきっと評判が悪くなるだろう。

 ただ気になるのはジリアンのドレスは相当高価で身につけている宝石だって大粒だ。かなりのお金がかかっているはずだがエヴァがよくジリアンのために用意したなと思う。何の意図かと穿った思考を持つのは自分が浅ましいからだろうか。だが純粋にジリアンを着飾るためだとは思えなかった。
 イヴリンと自分を見比べるとイヴリンの清楚を引き立てるために華やかにされたと感じる。ぼんやりと楽しそうに踊るイヴリンを眺めていると隣にいるエヴァがご夫人から声をかけられた。

「カーソン侯爵夫人。こんばんは。今日は珍しい人がご一緒ね?」

 ジリアンは貴族名鑑を頭の中で捲る。この女性はアクトン伯爵夫人だ。彼女はジリアンを検分するように眺めている。

「アクトン伯爵夫人。紹介しますわ。姪のジリアンです」

 エヴァの紹介に促され伯爵夫人に挨拶をする。

「初めまして、アクトン伯爵夫人。ジリアン・カーソンです。そうぞ、よろしくお願いします」

「こんばんは。素敵なお嬢さんね。噂のご令嬢がとうとう夜会に顔を出したということは結婚を考えていらっしゃるのかしら?」

 自分にどんな噂があるのが気になるがジリアンは問いかけたい気持ちを堪えてエヴァにそっと視線を送る。エヴァは頷くと伯爵夫人に説明を始めた。

「ええ、ジリアンももう十九歳。可愛い姪には素敵な方と幸せになって欲しくて。ようやく夜会に出席することを受け入れてくれたの。その代わりドレスやアクセサリーはジリアンの希望通りに揃えたのよ」

 自分の希望通り? 一言も聞かれていない。エヴァは嘘をすらすらと滑らかに話す。

「まあ、なんてお優しいのでしょう。ドレスもアクセサリーも一級品でイヴリン様以上のものを用意なさるなんてさすがですわ。ご両親を亡くして以降、部屋から閉じこもったままのジリアン様を見捨てることなくお育てになった上にこれほどのものを揃えるなんてなかなか出来ることではありませんのに」

 ああ、ジリアンが優しいエヴァに我儘を言ったことにするためにドレスやアクセサリーにお金をかけたのか。そして自分は引き籠っていたことになっている。世間的には我儘な金食い虫といったところかもしれない。

 その後もエヴァの付き合いのあるご婦人方と同じようなやり取りを繰り返した。ジリアンはただ静かに笑みを浮かべやり過ごす。やっと夜会が終わり帰宅すると疲れがどっと押し寄せる。そのまま屋根裏の部屋に行きたかったがエヴァの部屋に行く。そこでドレスやアクセサリーを返却する。さすがに化粧をしっかりとしているので簡単な湯浴みはさせてくれた。

 自分の部屋のベッドの上で夜会のことを思い返す。
 どうやらジリアンは両親を失ったショックで伯父家族に当たり散らし部屋に閉じこもっていることになっている。しかも癇癪を起しイヴリンに八つ当たりをする女だということになっている。部屋に閉じこもっているのに八つ当たり? と思ったがジリアンを心配して訪ねている心優しいイヴリンに酷い態度をとっていると噂されていた。
 そんなジリアンにエヴァやバナンは寄り添い甘やかしている。二人はジリアンを温かく見守る心優しい親代わりと思われている。
 夜会でジリアンを見た人たちは、我儘放題のジリアンが夜会で一言もしゃべらずにただ微笑んで過ごすことの矛盾に気付かないのだろうか。あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。そして虚しさに溜息をついた。



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