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5.受け入れられない現実
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ジリアンは夜、一人屋根裏部屋で泣き続けた。現実を何一つ受け入れられない。初めての労働に蔑まれる眼差し。そして孤独。両親はもうどこにもいない。頼れる人もいない。たった一人残され、伯父家族はジリアンを疎んじている。
「お父様、お母様、助けて…………」
追い出されないだけましなのは分かっている。放りだされても、十五歳のジリアンは孤児院に入れない。寄付もなく入れる修道院は劣悪だと聞く。今まで働いたことのない自分に出来る仕事が見つかるとも思えない。下手をすれば身売りをしなければならないのだ。だからこの状態はいい方なんだと自分自身に言い聞かせるが、心が拒絶する。
翌朝、目を真っ赤にしたジリアンに侍女長は表情を変えることなく雑巾とバケツを渡し窓拭きを指示した。冬の井戸水は皮膚を刺すような痛みをもたらす。歯を食いしばりながら雑巾を絞り掃除を始める。もくもくと集中すれば嫌なことも悲しいことも考えずに済む。今は現実から目を背けていたかった。
昼時に侍女長が迎えに来ると使用人専用の休憩室へと案内された。狭いが綺麗に整えられた部屋に入り、テーブルの上にあるパンとスープを食べるように言われる。パンは日にちが経っているもののようで固く、スープは具の少ないものだった。こんな硬いパンは食べたことがないとは言えずスープに浸して食べる。周りの使用人がそうして食べていたのを真似たのだ。彼女たちはその食事に不満など見せずに当然のように黙々と食べている。ジリアンはそのことに驚いた。これが使用人として普通の食事なのだろうか。
食べ終わった頃を見計らったように侍女長がジリアンを迎えに来た。今度は二階のホールへと連れていく。そこはダンスの練習をするための部屋だった。鏡を磨き床のモップがけを言いつけられる。
ゴシゴシと鏡を拭けば鏡面に自分の萎れた顔が映る。両親が休みのの日にここで過ごした時間を思い出す。三人で楽しく過ごした時間の思い出がここにあった。
ジリアンは十四歳のときにデビュタントを済ませてある。「お父様と踊りたい!」そういいながらここで一生懸命練習をした。母がピアノを伴奏して時折ジリアンは父の足を踏んでしまい笑って誤魔化した。父は大袈裟に痛がる振りをしてお道化て見せた。あの時間はもう、戻らない。堪えられず頬を涙が濡らす。
「うっ……うっ……」
泣いてばかりいたら怒られる。手で涙を拭いモップがけをする。
「アン。終わりましたか?」
「はい」
侍女長はジリアンの掃除した場所を入念に確かめる。
「アン。鏡がまだ曇っています。やり直してください。あと床も部屋の角が磨かれていません。そこもやり直しです」
「はい……」
自分では一生懸命綺麗にしたつもりだったが侍女長の目には疎かに見えるらしい。労われることもなくやり直しを繰り返し命じられると心が折れそうだった。侍女長はたんたんとジリアンに言い聞かせる。
「アン。あなたの境遇は気の毒ですが今やるべきことを疎かにしていい、いい訳にはなりません。メイドにとってこれは出来て当たり前の仕事です。不満ならこの屋敷を出るしかありませんよ」
「も、申し訳ありません。やり直します」
ジリアンは血の気が引いた。追い出されてはたまらない。
「アン。分からなことは素直に聞きなさい。今のあなたは令嬢ではないのです。不服でもメイドとして働かなくてはなりません。仕事には責任が伴います。受け身でいては何も成長しませんよ」
受け身……。ジリアンは顔を上げ侍女長の顔をまっすぐに見た。彼女はジリアンの視線を静かに受け止める。ジリアンの母よりもずっと年上に見える彼女は綺麗な姿勢で毅然と立っていた。最初はエヴァの味方で自分にとっては敵と考えていたがその態度に疚しさは微塵もない。確かに仕事では厳しく注意するが侍女長はジリアンに嫌がらせはしていない。自分の思い込みで周りの人間が全員自分に冷たいと思い込んでいた。
「申し訳ありません。では教えて頂けますか? 鏡を磨いてもこれ以上綺麗にならないのです」
ジリアンは素人だ。だから一生懸命やればいいとしか思わなかった。でも仕事は完璧にこなさなければ意味がない。それを理解していなかったから質問するということすら思いつかなかった。
「この洗剤が研磨剤です。鏡専用ですが傷をつけないようこの布で優しく磨いてください。浮き出た汚れを乾拭きして、最後にこの柔らかい布で仕上げるのです」
「はい。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ早速研磨剤を使う。言われた通りにすれば先ほどより明らかに鏡がピカピカに光る。そうか、ただ拭けばいいだけではないのだ。
まだ手際の悪いジリアンがホールの掃除を終えた頃にはすでに夜だった。再び従業員用の休憩室で夕食を受け取る。周りの使用人はチラチラとジリアンを見るが話しかけてはこない。ジリアンもどうすればいいのか分からないので黙って食事を続けた。
部屋に戻ると疲労でベッドに転がった。本当はお風呂に入って汗を流したい。だけど使用人は毎日湯浴みなどしないらしい。しかも入浴することはなくタオルと湯桶をもらって体を拭う。今までの生活と何もかもが違う。
(戻りたい。お父様がいてお母様がいて、幸せだったあの頃に)
その日以降ジリアンはただ黙々と言われた通り過ごす。何も考えないで感情を殺す。そうしないとあまりにも孤独で息が出来なくなってしまう。
それでも働くことで掃除の方法を一つずつ理解してこなせるようになると嬉しくなる。出来なかったことが出来るようになるのは自信になった。
ある日、休憩中に一人のメイドがジリアンに話しかけてきた。歳は自分と同じくらいに見える。名前は以前自己紹介をしてもらったのだが思い出せない……。
「ねえ、あんた元貴族なんだって? お高くとまって不愉快なのよ。使用人を見下しているんだろう?」
乱暴な言葉遣いにびっくりしながらも反論する。
「そ、そんな、見下したりなんてしていません」
「でもあんたの態度って自分と使用人は違うって空気を感じる。それに仕事に誇りを感じられない。みんな自分の仕事に自信を持ってやっている。仕事はままごとじゃないんだ」
そのメイドは言うだけ言うとすぐにジリアンの側を離れた。
(そんなつもりじゃなかった。ただ、苦しくて、悲しくて……)
ジリアンは部屋で布団に顔を押し付け泣いていた。
(自分なりに一生懸命頑張っているのに誰も認めてくれない。誰も助けてくれない……)
貴族と平民の生活は真逆も同然だ。苦しい。辛い。手は荒れてあかぎれで血が滲んでいる。
でも……あの子の手も侍女長の手も荒れていた。ジリアンよりも多くの仕事を当然のようにこなしている。自分の役割に自信を持っている。
ジリアンは両親のいるときはいつだって尊重されていた。だから今の生活に心の中で不満を抱いていたのかもしれない。それが無意識に態度に出ていたのだろう。ここは本来の自分の居場所じゃないという考えが払拭できていなかったのかもしれない。でもジリアンはこれからずっとメイドとして生きてくのだ。あの子の言葉にようやく自分がメイドだと受け入れることが出来た気がする。それに指摘させてしまうほど周りを不愉快にさせてしまったことを反省した。
(ああ、私は甘えていたのか。助けて欲しい、辛いと不満ばかり抱えていれば一生懸命働いている周りの人は気分を悪くするに決まっている)
目を閉じれば母の言葉が蘇る。
「ジリアン。悪いことばかり見ていてはダメ。物事はいろいろな方向から見てね。そうすればいいことも隠れているかもしれないでしょう? 見落とさないようによく見るの」
窓を見れば雨がザーザーと降っている。そういえば子供の頃、両親とピクニックに行く約束をしていのに、朝から土砂降りで中止になった。ジリアンは不貞腐れて部屋に籠っていた時に母がそう言ってジリアンを諫めた。
涙目のジリアンをダンスホールに誘うとそこにシートを広げ用意したピクニック用のランチを三人で食べた。
「外じゃなくても家の中でもピクニックが出来るのよ。雨を見ながら食べるのも素敵ね。雨音だってなかなかいい音色よ」
母の言葉に窓の外を見れば土砂降りの雨が地面を叩きつける。視界が悪くなるほどの雨はまるで銀色のカーテンのように見えた。見方を変えた途端、雨を見ながらの食事が楽しくなってきた。母の言葉を聞いた後だとザーザーという音を煩わしいとは感じなかった。
「ジリアン。外へのピクニックはまた今度行けばいい。予定が変わったくらいで拗ねて今日一日を台無しにしたら勿体ないと思わないか」
父の言葉にコクンと頷く。多忙な両親と過ごせる時間を無駄にしてしまう所だった。
(せっかく忙しいお父様とお母様と過ごせるのに不貞腐れたりしてもったいないことをしてしまった)
「お父様、お母様。ごめんなさい」
ジリアンが謝れば二人はニコニコと頷いてくれた。雨足が弱くなったので窓の側によれば遠くに虹が見えた。
「虹! 虹が見えるわ!!」
「まあ、綺麗ね」
「ああ、よかったな。ジリアン」
「はい!」
雨で外には行けなかった。屋敷の中には緑の森も美しい湖もない。でも、お父様とお母様と一緒に虹を見ることが出来た。ジリアンにとって大切な思い出だ。
今のジリアンは両親を亡くし辛い生活を送っている。寂しくて辛い。でも住む場所も命の保証もある。食事は時々抜かれるけどそれくらいなら大丈夫だ。
侍女長は教えを乞えばきちんと説明してくれるし、他の使用人だってジリアンに不満を持っていたとしてもエヴァのように嫌がらせはしない。今日話しかけてくれたメイドの子だって、口調はきつかったけどいつまでも心を開かないジリアンに注意をしてくれたのかもしれない。
いつまでも戻らない生活を嘆いていないで頑張ろう。それにメイドの仕事を覚えればここを追い出されても働くことができる。その考えはジリアンの心に光を見せた。変わった環境を嘆くのではなく楽しめばいい。希望を見出せればあとは自分の努力次第だ。
(ああ、ルナだ)
今日話しかけてくれた子の名前をようやく思い出せた。みんなが自分を遠巻きにしていた訳じゃない。自分がみんなから距離を取っていたのだ。勝手に孤独になって悲劇に浸っていた。
(思い返せば自分はいつも俯いていて誰とも目が合わなかった。明日は自分から挨拶をしてみよう。ルナさんにも話しかけて……)
ジリアンはようやく前向きな気持ちを取り戻し眠りについた。
「お父様、お母様、助けて…………」
追い出されないだけましなのは分かっている。放りだされても、十五歳のジリアンは孤児院に入れない。寄付もなく入れる修道院は劣悪だと聞く。今まで働いたことのない自分に出来る仕事が見つかるとも思えない。下手をすれば身売りをしなければならないのだ。だからこの状態はいい方なんだと自分自身に言い聞かせるが、心が拒絶する。
翌朝、目を真っ赤にしたジリアンに侍女長は表情を変えることなく雑巾とバケツを渡し窓拭きを指示した。冬の井戸水は皮膚を刺すような痛みをもたらす。歯を食いしばりながら雑巾を絞り掃除を始める。もくもくと集中すれば嫌なことも悲しいことも考えずに済む。今は現実から目を背けていたかった。
昼時に侍女長が迎えに来ると使用人専用の休憩室へと案内された。狭いが綺麗に整えられた部屋に入り、テーブルの上にあるパンとスープを食べるように言われる。パンは日にちが経っているもののようで固く、スープは具の少ないものだった。こんな硬いパンは食べたことがないとは言えずスープに浸して食べる。周りの使用人がそうして食べていたのを真似たのだ。彼女たちはその食事に不満など見せずに当然のように黙々と食べている。ジリアンはそのことに驚いた。これが使用人として普通の食事なのだろうか。
食べ終わった頃を見計らったように侍女長がジリアンを迎えに来た。今度は二階のホールへと連れていく。そこはダンスの練習をするための部屋だった。鏡を磨き床のモップがけを言いつけられる。
ゴシゴシと鏡を拭けば鏡面に自分の萎れた顔が映る。両親が休みのの日にここで過ごした時間を思い出す。三人で楽しく過ごした時間の思い出がここにあった。
ジリアンは十四歳のときにデビュタントを済ませてある。「お父様と踊りたい!」そういいながらここで一生懸命練習をした。母がピアノを伴奏して時折ジリアンは父の足を踏んでしまい笑って誤魔化した。父は大袈裟に痛がる振りをしてお道化て見せた。あの時間はもう、戻らない。堪えられず頬を涙が濡らす。
「うっ……うっ……」
泣いてばかりいたら怒られる。手で涙を拭いモップがけをする。
「アン。終わりましたか?」
「はい」
侍女長はジリアンの掃除した場所を入念に確かめる。
「アン。鏡がまだ曇っています。やり直してください。あと床も部屋の角が磨かれていません。そこもやり直しです」
「はい……」
自分では一生懸命綺麗にしたつもりだったが侍女長の目には疎かに見えるらしい。労われることもなくやり直しを繰り返し命じられると心が折れそうだった。侍女長はたんたんとジリアンに言い聞かせる。
「アン。あなたの境遇は気の毒ですが今やるべきことを疎かにしていい、いい訳にはなりません。メイドにとってこれは出来て当たり前の仕事です。不満ならこの屋敷を出るしかありませんよ」
「も、申し訳ありません。やり直します」
ジリアンは血の気が引いた。追い出されてはたまらない。
「アン。分からなことは素直に聞きなさい。今のあなたは令嬢ではないのです。不服でもメイドとして働かなくてはなりません。仕事には責任が伴います。受け身でいては何も成長しませんよ」
受け身……。ジリアンは顔を上げ侍女長の顔をまっすぐに見た。彼女はジリアンの視線を静かに受け止める。ジリアンの母よりもずっと年上に見える彼女は綺麗な姿勢で毅然と立っていた。最初はエヴァの味方で自分にとっては敵と考えていたがその態度に疚しさは微塵もない。確かに仕事では厳しく注意するが侍女長はジリアンに嫌がらせはしていない。自分の思い込みで周りの人間が全員自分に冷たいと思い込んでいた。
「申し訳ありません。では教えて頂けますか? 鏡を磨いてもこれ以上綺麗にならないのです」
ジリアンは素人だ。だから一生懸命やればいいとしか思わなかった。でも仕事は完璧にこなさなければ意味がない。それを理解していなかったから質問するということすら思いつかなかった。
「この洗剤が研磨剤です。鏡専用ですが傷をつけないようこの布で優しく磨いてください。浮き出た汚れを乾拭きして、最後にこの柔らかい布で仕上げるのです」
「はい。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ早速研磨剤を使う。言われた通りにすれば先ほどより明らかに鏡がピカピカに光る。そうか、ただ拭けばいいだけではないのだ。
まだ手際の悪いジリアンがホールの掃除を終えた頃にはすでに夜だった。再び従業員用の休憩室で夕食を受け取る。周りの使用人はチラチラとジリアンを見るが話しかけてはこない。ジリアンもどうすればいいのか分からないので黙って食事を続けた。
部屋に戻ると疲労でベッドに転がった。本当はお風呂に入って汗を流したい。だけど使用人は毎日湯浴みなどしないらしい。しかも入浴することはなくタオルと湯桶をもらって体を拭う。今までの生活と何もかもが違う。
(戻りたい。お父様がいてお母様がいて、幸せだったあの頃に)
その日以降ジリアンはただ黙々と言われた通り過ごす。何も考えないで感情を殺す。そうしないとあまりにも孤独で息が出来なくなってしまう。
それでも働くことで掃除の方法を一つずつ理解してこなせるようになると嬉しくなる。出来なかったことが出来るようになるのは自信になった。
ある日、休憩中に一人のメイドがジリアンに話しかけてきた。歳は自分と同じくらいに見える。名前は以前自己紹介をしてもらったのだが思い出せない……。
「ねえ、あんた元貴族なんだって? お高くとまって不愉快なのよ。使用人を見下しているんだろう?」
乱暴な言葉遣いにびっくりしながらも反論する。
「そ、そんな、見下したりなんてしていません」
「でもあんたの態度って自分と使用人は違うって空気を感じる。それに仕事に誇りを感じられない。みんな自分の仕事に自信を持ってやっている。仕事はままごとじゃないんだ」
そのメイドは言うだけ言うとすぐにジリアンの側を離れた。
(そんなつもりじゃなかった。ただ、苦しくて、悲しくて……)
ジリアンは部屋で布団に顔を押し付け泣いていた。
(自分なりに一生懸命頑張っているのに誰も認めてくれない。誰も助けてくれない……)
貴族と平民の生活は真逆も同然だ。苦しい。辛い。手は荒れてあかぎれで血が滲んでいる。
でも……あの子の手も侍女長の手も荒れていた。ジリアンよりも多くの仕事を当然のようにこなしている。自分の役割に自信を持っている。
ジリアンは両親のいるときはいつだって尊重されていた。だから今の生活に心の中で不満を抱いていたのかもしれない。それが無意識に態度に出ていたのだろう。ここは本来の自分の居場所じゃないという考えが払拭できていなかったのかもしれない。でもジリアンはこれからずっとメイドとして生きてくのだ。あの子の言葉にようやく自分がメイドだと受け入れることが出来た気がする。それに指摘させてしまうほど周りを不愉快にさせてしまったことを反省した。
(ああ、私は甘えていたのか。助けて欲しい、辛いと不満ばかり抱えていれば一生懸命働いている周りの人は気分を悪くするに決まっている)
目を閉じれば母の言葉が蘇る。
「ジリアン。悪いことばかり見ていてはダメ。物事はいろいろな方向から見てね。そうすればいいことも隠れているかもしれないでしょう? 見落とさないようによく見るの」
窓を見れば雨がザーザーと降っている。そういえば子供の頃、両親とピクニックに行く約束をしていのに、朝から土砂降りで中止になった。ジリアンは不貞腐れて部屋に籠っていた時に母がそう言ってジリアンを諫めた。
涙目のジリアンをダンスホールに誘うとそこにシートを広げ用意したピクニック用のランチを三人で食べた。
「外じゃなくても家の中でもピクニックが出来るのよ。雨を見ながら食べるのも素敵ね。雨音だってなかなかいい音色よ」
母の言葉に窓の外を見れば土砂降りの雨が地面を叩きつける。視界が悪くなるほどの雨はまるで銀色のカーテンのように見えた。見方を変えた途端、雨を見ながらの食事が楽しくなってきた。母の言葉を聞いた後だとザーザーという音を煩わしいとは感じなかった。
「ジリアン。外へのピクニックはまた今度行けばいい。予定が変わったくらいで拗ねて今日一日を台無しにしたら勿体ないと思わないか」
父の言葉にコクンと頷く。多忙な両親と過ごせる時間を無駄にしてしまう所だった。
(せっかく忙しいお父様とお母様と過ごせるのに不貞腐れたりしてもったいないことをしてしまった)
「お父様、お母様。ごめんなさい」
ジリアンが謝れば二人はニコニコと頷いてくれた。雨足が弱くなったので窓の側によれば遠くに虹が見えた。
「虹! 虹が見えるわ!!」
「まあ、綺麗ね」
「ああ、よかったな。ジリアン」
「はい!」
雨で外には行けなかった。屋敷の中には緑の森も美しい湖もない。でも、お父様とお母様と一緒に虹を見ることが出来た。ジリアンにとって大切な思い出だ。
今のジリアンは両親を亡くし辛い生活を送っている。寂しくて辛い。でも住む場所も命の保証もある。食事は時々抜かれるけどそれくらいなら大丈夫だ。
侍女長は教えを乞えばきちんと説明してくれるし、他の使用人だってジリアンに不満を持っていたとしてもエヴァのように嫌がらせはしない。今日話しかけてくれたメイドの子だって、口調はきつかったけどいつまでも心を開かないジリアンに注意をしてくれたのかもしれない。
いつまでも戻らない生活を嘆いていないで頑張ろう。それにメイドの仕事を覚えればここを追い出されても働くことができる。その考えはジリアンの心に光を見せた。変わった環境を嘆くのではなく楽しめばいい。希望を見出せればあとは自分の努力次第だ。
(ああ、ルナだ)
今日話しかけてくれた子の名前をようやく思い出せた。みんなが自分を遠巻きにしていた訳じゃない。自分がみんなから距離を取っていたのだ。勝手に孤独になって悲劇に浸っていた。
(思い返せば自分はいつも俯いていて誰とも目が合わなかった。明日は自分から挨拶をしてみよう。ルナさんにも話しかけて……)
ジリアンはようやく前向きな気持ちを取り戻し眠りについた。
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