今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1.砕かれた希望

しおりを挟む
「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな。それまでは別邸で大人しくしているように。心配しなくてもそれなりの金はくれてやる」

 今日、結婚式を挙げ夫となった男は吐き捨てるように冷たく言い放った。その言葉にコーデリアは青ざめ立ち竦んだ。コーデリアは投げつけられた言葉に心をズタズタにされた。結婚に対して縋るように抱いていた期待する気持ちを粉々に砕かれた。

 名ばかりの夫となったのはエイベル・アビントン公爵という。19歳のコーデリアより一回り年上だ。長身で見目麗しい姿、爵位の高さからくる滲み出た自信が男らしさを際立たせる。貴族令嬢の中で最も人気のある男性からの是非にという求婚になぜ自分がと戸惑いながらも、もしかしたら幸せになれるかもしれないと夢を見てここに来た。

「なんだ? その顔は。まさかお前のような貧相な醜い女を私ほどの男が本当に妻にと望むと思っていたのか? 随分と身の程知らずだな」

 酷い侮辱だが反論は出来なかった。自分が美しくないことは誰よりも知っている。悔しさに思わず強く唇を噛む。

「では……なぜ私に婚姻を申し込んだのですか?」

 エイベルが後ろに合図を送れば金色の髪に青く美しい瞳の女性が彼に寄り添う。艶々な髪に玉のような肌、女性らしい魅力的なスタイルは男性を虜にしそうだ。それでいて清楚な雰囲気もある。茶色の髪に茶色の瞳をもちガリガリに痩せた地味な自分とは対極にいるような人だった。その女性は薄い腹に手を当て幸せそうに微笑んでいる。

「お前とベティを入れ替える為だ。彼女は娼館から身請けした平民で公爵家に嫁ぐことが出来ない。だが私はどうしても彼女を妻に迎えたい。腹の中には私の子も宿っている。その為に都合のいい身分の低い女を探していた。体が弱く社交界に出ておらず顔も知られていない、入れ替わるのにちょうどいい女をな。出産後、準備が整い次第ベティは公爵家に嫁いだ子爵令嬢コーデリアだったことにして社交界に出す。その時、本物は要らなくなる。分かるな?」

 ああ、だから今日の婚姻式には招待客もおらずコーデリアとエイベル、そして公爵家の執事と神父だけだったのだ。おかしいとは思っていた。婚姻の打診から1か月での結婚式。手紙も贈り物もなく顔を合わせたのも結婚式当日だ。
 今朝、公爵家の迎えの馬車が来るまでこの話は嘘に違いないと思うほど不自然だった。教会に着くなりエイベルとの誓いの言葉もおざなりに婚姻宣誓書にサインしただけだった。最初こそ驚いたが、やっぱりという思いもあった。自分が普通の幸せを望むことなど無謀だった。心の中のもう一人の自分がコーデリアを憐れんだ。

「なぜ2年なのですか?」

「ベティが出産を無事に終えることと、公爵夫人としての教育期間が必要だからだ。公爵家の後継ぎが腹にいるのだから今は教養を身につけるより体を大事にしなければならない。お前の役割は別邸で誰にも会わず静かに暮らし2年後に出て行くだけだ。もちろんこのことを誰にも漏らしてはならない。まあ、言ったところで誰も信じはしないだろうが。私は心が広いからな。2年間屋敷から一歩も出なければ自由に過ごしていい。最低限必要な物は与えてやる。だが、2年後には必ず国外に出てもらう。万が一、真実が露呈すると困るがお前さえいなければ何とでも誤魔化せるからな」

 私は、自分の存在と名前を奪われ、2年間ここに居候するということか。そして外国へと……。その事実に思わず体を震わせた。

「私の両親はこのことを知っているのですか?」

「ああ、大喜びで受け入れたぞ。代わりに大金を払ったがな。随分と酷い親だな」

 エイベルは醜く顔を歪めると自分の事を棚に上げて愉快そうに笑っている。
 ベティは穏やかな聖女のような微笑みを浮かべているがその瞳はコーデリアを見下すものだ。コーデリアはそっと息を吐いた。

「分かりました。仰せの通りにします。その代わり必ず2年後に私を解放してください」

 エイベルは鼻で笑って請け負う。

「もちろんだ。用が済めばお前の存在など邪魔なだけだ。絶対に出て行ってもらう」

 そうして、コーデリアの別邸での生活が始まった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

処理中です...