4 / 13
4.変わってしまった婚約者
しおりを挟む
アドリアン様は変わってしまった。
最初は公務を私に任せることを申し訳なさそうにして、お詫びの手紙や贈り物があったのに最近は音沙汰がない。定例の勉強会もお茶会も何度も反故にされている。
元気な体を得て思うままに行動したい気持ちは分かるが、これはあまりにも酷いではないか。今彼は常にウラリー様を伴って行動していると王宮の従者から聞いている。まるで裏切られたかのような気持ちになる。
健康になる前は元気になったら「散策や遠乗り、旅行も観劇も何でも最初はシエナと一緒にしたい」そう言っていたのに彼は私ではなくウラリー様と過ごしている。あの約束を楽しみにしていたのは私だけだったのだ。
私は彼の健康を喜びたいのに出来なかった。そうでない時の方が誰にも邪魔されずに側で長い時間を過ごせていたと考えてしまう。それは病気の彼の方がよかったという意味で自分はなんて恐ろしいことを望んだのかと身震いした。私はこれ以上彼を恨みたくなくて仕事に没頭した。
ウラリー様の滞在は三か月と聞いている。いずれ彼女は領地に戻る。それまでの辛抱じゃないか。彼女のおかげでアドリアン様は元気になり王太子としての瑕瑾がなくなった。だからこれでよかったはずだとそう自分に言い聞かせた。
「シエナ。殿下との仲はどうなんだ?」
「…………」
ある夜、父の執務室に呼ばれ問われた。私は言葉が見つからず口ごもるしかない。アドリアン様とは満足に顔も合わせていないし話もしていなかった。婚約してからこのような状態になったのは初めてだった。父は嘆息すると痛ましそうに私を見た。
「殿下がシエナを蔑ろにして例の男爵令嬢を優先していると噂になっている。神殿は彼女を聖女として担ぎ上げ始めた。このままではお前の立場が危ぶまれる。シエナは今……殿下をどう思っているのだ?」
「私は……リアン様を変わらずお慕いしています。殿下はずっと自由にならない体で苦しんでいました。だから喜びのあまり今は分別を失っているのです。ですがウラリー様が男爵領に帰ればきっと以前のリアン様に戻ってくださいます」
本当にそうだろうか? これは私の願望だ。私は何度もアドリアン様に手紙を出しているが一向に返事がない。避けられている。ウラリー様がいなくなっただけで元の関係に戻れるのだろうか……。
「殿下が元に戻ればいいが、もしそうならなかったら? 私は王に相応しくない人間を担ぐ気はないし、娘を幸せにできない人間を支えるつもりもない」
「お父様……」
「シエナ。最後に決めるのはお前だ。だから国のことや殿下のことよりも自分の幸せを最優先に考えるんだ。その答えが何であっても私はそれを支持する。いいな」
父は安心させるように頷いた。最近私が憂鬱そうにしていることに気付いての言葉だ。自分を大事にしろと言ってくれた父に心から感謝をした。
私はその日、気合を入れてドレスを選び、化粧を施した。何度も鏡を見ては直し、そして王城に向かう。昨日アドリアン様からお茶のお誘いの手紙が届いた。
きっと彼も二か月間自由に振る舞って落ち着きを取り戻したのだろう。ウラリー様を送り出す話もしなければならない。何よりも彼と二人で過ごせるお茶会が嬉しくて私は約束の時間よりも早く王城へ向かった。
ところが私は迎えられた部屋に入り困惑した。そこにはウラリー様がすでにいたのだ。てっきり二人でのお茶会だと思っていたので酷く落胆した。
久しぶりに見るウラリー様の様変わりに私は驚いてしまった。髪も肌も磨かれもともと愛らしい顔立ちだったのが装いを美しくして更に輝いて見える。今の彼女は高位貴族の深窓の令嬢に見えるほどだ。
「リアン様。お招きありがとうございます。ウラリー様もお久しぶりです」
「ああ、シエナも元気そうでよかった。今日は大事な話があってウラリーにも同席してもらうがいいか?」
私は困惑しながらも頷いた。チラリとウラリー様を見ればニコニコと屈託なく笑っている。アドリアン様はいつから彼女を呼び捨てにするようになったのだろう。どうにも嫌な予感がした。
「実はウラリーを王太子妃にしたいと思っている」
「リ……アンさま?」
彼の声が遠くに聞こえる。視界が歪んで見える。彼は何を言っているの?
「シエナには悪いと思っているが、私たちの婚約をいったん白紙にしたい。分かって欲しい」
「…………」
分からない。何も分からない。ウラリー様を愛しているの? 私を嫌いになったの? 嫌よ。私はあなたを失いたくない。
「それで、ウラリーとの婚姻が済み次第、シエナを側妃に迎えたい。ウラリーはずっと領地で暮らしていて貴族の世界に疎い。王太子妃として今から学んでも難しいだろう。君は今までずっと公務を私以上に担ってくれていた。その力を引き続き国のために活かしてほしい。もちろん側妃だからといってシエナを蔑ろにするつもりはない。だから……これからも私を支えて欲しい。もちろんランドロー公爵家を厚く遇することは約束する」
勝手な事を言わないで。私の気持ちを聞いてはくれないの?
「シエナ様。これで私たちみんな幸せになれますね? どうぞよろしくお願いします」
ウラリー様がこれ以上にないという幸せそうな笑みを私に向けた。その顔を呆然と眺める。
私は最後まで彼らの言葉を理解することは出来なかった。
最初は公務を私に任せることを申し訳なさそうにして、お詫びの手紙や贈り物があったのに最近は音沙汰がない。定例の勉強会もお茶会も何度も反故にされている。
元気な体を得て思うままに行動したい気持ちは分かるが、これはあまりにも酷いではないか。今彼は常にウラリー様を伴って行動していると王宮の従者から聞いている。まるで裏切られたかのような気持ちになる。
健康になる前は元気になったら「散策や遠乗り、旅行も観劇も何でも最初はシエナと一緒にしたい」そう言っていたのに彼は私ではなくウラリー様と過ごしている。あの約束を楽しみにしていたのは私だけだったのだ。
私は彼の健康を喜びたいのに出来なかった。そうでない時の方が誰にも邪魔されずに側で長い時間を過ごせていたと考えてしまう。それは病気の彼の方がよかったという意味で自分はなんて恐ろしいことを望んだのかと身震いした。私はこれ以上彼を恨みたくなくて仕事に没頭した。
ウラリー様の滞在は三か月と聞いている。いずれ彼女は領地に戻る。それまでの辛抱じゃないか。彼女のおかげでアドリアン様は元気になり王太子としての瑕瑾がなくなった。だからこれでよかったはずだとそう自分に言い聞かせた。
「シエナ。殿下との仲はどうなんだ?」
「…………」
ある夜、父の執務室に呼ばれ問われた。私は言葉が見つからず口ごもるしかない。アドリアン様とは満足に顔も合わせていないし話もしていなかった。婚約してからこのような状態になったのは初めてだった。父は嘆息すると痛ましそうに私を見た。
「殿下がシエナを蔑ろにして例の男爵令嬢を優先していると噂になっている。神殿は彼女を聖女として担ぎ上げ始めた。このままではお前の立場が危ぶまれる。シエナは今……殿下をどう思っているのだ?」
「私は……リアン様を変わらずお慕いしています。殿下はずっと自由にならない体で苦しんでいました。だから喜びのあまり今は分別を失っているのです。ですがウラリー様が男爵領に帰ればきっと以前のリアン様に戻ってくださいます」
本当にそうだろうか? これは私の願望だ。私は何度もアドリアン様に手紙を出しているが一向に返事がない。避けられている。ウラリー様がいなくなっただけで元の関係に戻れるのだろうか……。
「殿下が元に戻ればいいが、もしそうならなかったら? 私は王に相応しくない人間を担ぐ気はないし、娘を幸せにできない人間を支えるつもりもない」
「お父様……」
「シエナ。最後に決めるのはお前だ。だから国のことや殿下のことよりも自分の幸せを最優先に考えるんだ。その答えが何であっても私はそれを支持する。いいな」
父は安心させるように頷いた。最近私が憂鬱そうにしていることに気付いての言葉だ。自分を大事にしろと言ってくれた父に心から感謝をした。
私はその日、気合を入れてドレスを選び、化粧を施した。何度も鏡を見ては直し、そして王城に向かう。昨日アドリアン様からお茶のお誘いの手紙が届いた。
きっと彼も二か月間自由に振る舞って落ち着きを取り戻したのだろう。ウラリー様を送り出す話もしなければならない。何よりも彼と二人で過ごせるお茶会が嬉しくて私は約束の時間よりも早く王城へ向かった。
ところが私は迎えられた部屋に入り困惑した。そこにはウラリー様がすでにいたのだ。てっきり二人でのお茶会だと思っていたので酷く落胆した。
久しぶりに見るウラリー様の様変わりに私は驚いてしまった。髪も肌も磨かれもともと愛らしい顔立ちだったのが装いを美しくして更に輝いて見える。今の彼女は高位貴族の深窓の令嬢に見えるほどだ。
「リアン様。お招きありがとうございます。ウラリー様もお久しぶりです」
「ああ、シエナも元気そうでよかった。今日は大事な話があってウラリーにも同席してもらうがいいか?」
私は困惑しながらも頷いた。チラリとウラリー様を見ればニコニコと屈託なく笑っている。アドリアン様はいつから彼女を呼び捨てにするようになったのだろう。どうにも嫌な予感がした。
「実はウラリーを王太子妃にしたいと思っている」
「リ……アンさま?」
彼の声が遠くに聞こえる。視界が歪んで見える。彼は何を言っているの?
「シエナには悪いと思っているが、私たちの婚約をいったん白紙にしたい。分かって欲しい」
「…………」
分からない。何も分からない。ウラリー様を愛しているの? 私を嫌いになったの? 嫌よ。私はあなたを失いたくない。
「それで、ウラリーとの婚姻が済み次第、シエナを側妃に迎えたい。ウラリーはずっと領地で暮らしていて貴族の世界に疎い。王太子妃として今から学んでも難しいだろう。君は今までずっと公務を私以上に担ってくれていた。その力を引き続き国のために活かしてほしい。もちろん側妃だからといってシエナを蔑ろにするつもりはない。だから……これからも私を支えて欲しい。もちろんランドロー公爵家を厚く遇することは約束する」
勝手な事を言わないで。私の気持ちを聞いてはくれないの?
「シエナ様。これで私たちみんな幸せになれますね? どうぞよろしくお願いします」
ウラリー様がこれ以上にないという幸せそうな笑みを私に向けた。その顔を呆然と眺める。
私は最後まで彼らの言葉を理解することは出来なかった。
146
お気に入りに追加
3,991
あなたにおすすめの小説
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
彼女は彼の運命の人
豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」
「なにをでしょう?」
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる