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3.彼に奇跡をもたらした女性
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「ただいま、シエナ。心配をかけてしまってすまない。そのお詫びにお土産を用意したよ」
「まあ、お土産よりもリアン様がご無事であればそれで充分です。お帰りなさいませ。でも、せっかくなのでお土産は頂きますね」
「ああ。気に入ってもらえるといいが」
結局、アドリアン様が王城へ戻られたのは視察に出てから1か月後だった。延びる滞在に急ぎ医師を派遣し、もし何かあったらと不安に押し潰されそうになった。だが、いま目の前の彼は視察に出発する前よりよほど健康そうに見える。定期的に手紙で大丈夫だと知らされていたが彼の顔を見てようやく心から安心することが出来た。
「アドリアン様?」
若い女性の声が彼を呼ぶ。王太子殿下を名前で呼ぶなど馴れ馴れしいと訝しんだ。
彼の後ろから見知らぬ女性が顔を出した。瞳は大きく可愛らしい女性だ。手入れのされていないくすんだ金髪に質の良くないワンピース姿、侍女にしては行き届いていない身なりに私は平民の女性だと思った。
「シエナ。紹介する。彼女はオジェ男爵の娘ウラリー嬢だ。視察先で臥せっている間、彼女が献身的に介抱してくれた。そして、そして私は健康になったんだ!」
いつも冷静なアドリアン様らしくなく興奮を隠せず大きな声で喜色を表す。その言葉は予想外で反応が遅れてしまう。困惑しながらも部屋でのお茶を勧めた。
「リアン様。お疲れでしょう。とにかく一旦休んでから……詳しいことを教えて下さいませ」
よく分からないままその女性も交えて3人でお茶をすることになった。
アドリアン様のお話によると視察2日目に疲れが出て熱を出された。そのとき滞在していたのが視察先のオジェ男爵領で彼の屋敷でお世話になったらしい。男爵邸は裕福でなく使用人も少なくウラリー様自ら介抱して下さった。暫くすると容態も安定し起き上がれるようになったがいつもと何かが違うと感じていた。それでもすぐにでも王都に戻るつもりだったが、ウラリー様が病み上がりで出発すれば再び発熱するだろうから今はしっかり治してからにするべきだと諭して下さったそうだ。
「まあ、ウラリー様。本当にありがとうございます。あなたにそう言って頂けて助かりました。リアン様はすぐに無理をしてしまうので」
「まだ元気とはほど遠く見えてとても心配だったのです」
「結局一か月も世話になってしまったが、人生で初めてと言っていいほど体が軽い。熱も咳も出なくなって、医者に診察してもらったら治っていると、私は健康になったと言われた!」
「ほ、本当なんですか? ああ、なんて素敵なことなんでしょう」
俄かには信じられない話だが、王都から派遣した医者がそう言うなら信じられる。なによりもアドリアン様の顔色がすこぶるよく溌溂としていた。半信半疑な気持ちがないとは言い切れないがアドリアン様の喜びにあふれる笑顔に私はその話を受け入れた。なによりも彼が元気になったことが嬉しい。
「医者も奇跡だと言っていた。だが、その奇跡をくれたのはウラリー嬢なんだ」
私は首を傾げた。彼女の献身的な看病には心から感謝しているがそれだけではないのだろうか?
「彼女は神が私のために使わして下さった聖女なんだ」
「聖女……ですか?」
眉唾な話に曖昧に返事をする。アドリアン様は冗談を言っている訳ではなく真剣だ。
「ああ、彼女は母親を病で亡くしているそうだ。それも私と同じ症状の。母を失くして悲しんでいる所に、神の声が聞こえたそうだ。彼女の悲しみを憐れんで一人だけ、どんな病気でも治す力を授けて下さった。そしてそれを私のために使って治してくれたのだ」
彼は本気でそれを信じているようだ。だがさすがに私は全てを信じることは出来なかった。神から力を授かったと言われても……。
「シエナ、信じられないのも無理はない。だが私は元気になった。これこそが証拠だろう?」
そう言われれば反論は出来ない。どんな力が働こうともアドリアン様がお元気になられたことが一番重要だ。
「そうですね。ウラリー様。リアン様を助けてくださり本当にありがとうございました」
「いいえ、アドリアン様のお役に立つことが出来て私のほうこそ嬉しく思っています」
「それで、ウラリー嬢を城に連れてきたのは彼女の献身に少しでも報いたいと思ったからだ。すでに褒美として男爵領の復興や謝礼金の話はオジェ男爵と済ませてあるがウラリー嬢自身にも感謝を示したい。彼女は王都に来たことがないというからぜひ案内したいと思ってな。しばらく彼女をもてなしてやりたいと思っている。いいだろうか?」
「それはもちろん、ウラリー様はリアン様の恩人ですもの。私にも出来ることがあったらおっしゃって下さい」
アドリアン様の幼子のようにはしゃぐ姿が可愛らしい。いつも冷静沈着で取り乱すことのなかった彼がこれほど露わに喜んでいる。彼は長いことベッドの上の生活を強いられていた。自由な外出も叶わずたくさんのことを諦めて過ごしてきた。だけど健康になればすべてが一変する。嬉しくて仕方がないのだろう。私はそんな彼の思いを支えたいと思った。
「まあ、お土産よりもリアン様がご無事であればそれで充分です。お帰りなさいませ。でも、せっかくなのでお土産は頂きますね」
「ああ。気に入ってもらえるといいが」
結局、アドリアン様が王城へ戻られたのは視察に出てから1か月後だった。延びる滞在に急ぎ医師を派遣し、もし何かあったらと不安に押し潰されそうになった。だが、いま目の前の彼は視察に出発する前よりよほど健康そうに見える。定期的に手紙で大丈夫だと知らされていたが彼の顔を見てようやく心から安心することが出来た。
「アドリアン様?」
若い女性の声が彼を呼ぶ。王太子殿下を名前で呼ぶなど馴れ馴れしいと訝しんだ。
彼の後ろから見知らぬ女性が顔を出した。瞳は大きく可愛らしい女性だ。手入れのされていないくすんだ金髪に質の良くないワンピース姿、侍女にしては行き届いていない身なりに私は平民の女性だと思った。
「シエナ。紹介する。彼女はオジェ男爵の娘ウラリー嬢だ。視察先で臥せっている間、彼女が献身的に介抱してくれた。そして、そして私は健康になったんだ!」
いつも冷静なアドリアン様らしくなく興奮を隠せず大きな声で喜色を表す。その言葉は予想外で反応が遅れてしまう。困惑しながらも部屋でのお茶を勧めた。
「リアン様。お疲れでしょう。とにかく一旦休んでから……詳しいことを教えて下さいませ」
よく分からないままその女性も交えて3人でお茶をすることになった。
アドリアン様のお話によると視察2日目に疲れが出て熱を出された。そのとき滞在していたのが視察先のオジェ男爵領で彼の屋敷でお世話になったらしい。男爵邸は裕福でなく使用人も少なくウラリー様自ら介抱して下さった。暫くすると容態も安定し起き上がれるようになったがいつもと何かが違うと感じていた。それでもすぐにでも王都に戻るつもりだったが、ウラリー様が病み上がりで出発すれば再び発熱するだろうから今はしっかり治してからにするべきだと諭して下さったそうだ。
「まあ、ウラリー様。本当にありがとうございます。あなたにそう言って頂けて助かりました。リアン様はすぐに無理をしてしまうので」
「まだ元気とはほど遠く見えてとても心配だったのです」
「結局一か月も世話になってしまったが、人生で初めてと言っていいほど体が軽い。熱も咳も出なくなって、医者に診察してもらったら治っていると、私は健康になったと言われた!」
「ほ、本当なんですか? ああ、なんて素敵なことなんでしょう」
俄かには信じられない話だが、王都から派遣した医者がそう言うなら信じられる。なによりもアドリアン様の顔色がすこぶるよく溌溂としていた。半信半疑な気持ちがないとは言い切れないがアドリアン様の喜びにあふれる笑顔に私はその話を受け入れた。なによりも彼が元気になったことが嬉しい。
「医者も奇跡だと言っていた。だが、その奇跡をくれたのはウラリー嬢なんだ」
私は首を傾げた。彼女の献身的な看病には心から感謝しているがそれだけではないのだろうか?
「彼女は神が私のために使わして下さった聖女なんだ」
「聖女……ですか?」
眉唾な話に曖昧に返事をする。アドリアン様は冗談を言っている訳ではなく真剣だ。
「ああ、彼女は母親を病で亡くしているそうだ。それも私と同じ症状の。母を失くして悲しんでいる所に、神の声が聞こえたそうだ。彼女の悲しみを憐れんで一人だけ、どんな病気でも治す力を授けて下さった。そしてそれを私のために使って治してくれたのだ」
彼は本気でそれを信じているようだ。だがさすがに私は全てを信じることは出来なかった。神から力を授かったと言われても……。
「シエナ、信じられないのも無理はない。だが私は元気になった。これこそが証拠だろう?」
そう言われれば反論は出来ない。どんな力が働こうともアドリアン様がお元気になられたことが一番重要だ。
「そうですね。ウラリー様。リアン様を助けてくださり本当にありがとうございました」
「いいえ、アドリアン様のお役に立つことが出来て私のほうこそ嬉しく思っています」
「それで、ウラリー嬢を城に連れてきたのは彼女の献身に少しでも報いたいと思ったからだ。すでに褒美として男爵領の復興や謝礼金の話はオジェ男爵と済ませてあるがウラリー嬢自身にも感謝を示したい。彼女は王都に来たことがないというからぜひ案内したいと思ってな。しばらく彼女をもてなしてやりたいと思っている。いいだろうか?」
「それはもちろん、ウラリー様はリアン様の恩人ですもの。私にも出来ることがあったらおっしゃって下さい」
アドリアン様の幼子のようにはしゃぐ姿が可愛らしい。いつも冷静沈着で取り乱すことのなかった彼がこれほど露わに喜んでいる。彼は長いことベッドの上の生活を強いられていた。自由な外出も叶わずたくさんのことを諦めて過ごしてきた。だけど健康になればすべてが一変する。嬉しくて仕方がないのだろう。私はそんな彼の思いを支えたいと思った。
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