公爵令嬢は悪役令嬢未満

四折 柊

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2.はた迷惑なベストセラー

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 半年前くらいから市井の女性たちの間で評判の小説がある。
「私は真実の愛を見つけた」というタイトルの本はある国で実際に起こった話らしい。イザベルも読んでみたがさほど面白いとは思えず首をかしげた。

 この本の内容は平民として育った少女がある日、男爵家の庶子であることを知る。それをきっかけに男爵家に入り貴族が通う学園に編入し王子と出会い、いつしかお互いに惹かれ合う。だが王子には公爵令嬢の婚約者がいて、その婚約者は嫉妬にかられその娘に嫌がらせを繰り返す。そこを王子が颯爽と現れて娘を助け婚約者を断罪し、無事二人は結ばれる。

 シンデレラストーリーとして平民の間で話題になっているが、イザベル的にはシンデレラに謝れと言いたい。だって定番の苦労話がないのだ。この少女は平民として生活していた時は裕福な義父に養われ母と幸せに暮らしていた。ところが男爵家には後継ぎとなる子がいないからと請われて男爵家に入ることになった。両親は反対したが少女は「貴族になってみたかった」と反対を押し切り男爵家に入った。その後、男爵家でも大切にされ不自由のない暮らしをしている。父親や正妻との確執もなく下手な貴族よりも裕福な生活だった。王太子殿下との身分差だけを考えればシンデレラと言えるがなんとなく釈然としない。

 だいたい男爵令嬢と王子の恋はロマンス風に書かれているがつまるところ不貞かつ略奪だ。公爵令嬢の嫌がらせはせいぜい嫌味を言うくらいなのに断罪(国外追放)とは罰が大きすぎる。この国終わっていると言わざるを得ない。安易な断罪を行うなど司法が機能していないじゃないか。まともに考えれば王子が何を言おうと十代の子供たちのいうことを国王両陛下や側近が調査や裏付けなく鵜呑みにするはずがない。自分が公爵令嬢だからか男爵令嬢の気持ちに感情移入できなかった。

 こんな話絶対にフィクションだろう。王太子妃になるのは大変なのだ。経験済だが物凄い量の物凄い大変な勉強をしなければならない。
 続巻「私はこうして王太子妃になった」(これは二巻)では簡単に婚約を結び王太子妃となっている。モヤモヤし過ぎて続きの三巻「あなたが愛を手に入れる方法を教えます」は読まなかった。すべて同作者で主人公の王太子妃になった女性が書いたものということになっている。それらは各国で売れに売れた。
 
 といっても平民や爵位の低い貴族の中での流行で、高位貴族の中ではさほど話題にも上らなかった。ちなみにこんなことが本当にあったのか、一応大臣が調査したようだが我が国の国交のある国の中に該当する国はなかった。それはそうだろう。だからイザベルは気にしていなかったのだが、災いはある日突然やって来た。

 半年前に遡る。私を見て一部の女子生徒がぼそぼそと何かを言っていることに気付いた。雰囲気の悪さから明らかにいい話ではないと分かるが、いちいち目くじらを立てる必要もないと流した。ところがそれは日に日に目立つようになる。友人たちは気にするなと言ってくれているし、よからぬ噂をしているのは平民や爵位の低い家の子たちで基本接点がないので打つ手もないままだった。それでも密かに調査した結果、私は悪役令嬢と呼ばれていた。そして例の小説が学園の女子生徒の中で大流行していることを知った。

(どうして? 何もしていないのに? きっと私が公爵令嬢で王太子殿下の婚約者だから、小説になぞって面白がっているのだわ)

 王太子妃になるべく厳しい教育を受けて来たせいか、私には少々愛想が足りない。自分で言うのも何だが比較的美人でもあるのでその分お高くとまっているように見えるのだろう。おかげで噂に拍車がかかる。可愛げがないのは認めるけど悪役にされるのは切ない。噂をしている人たちひっくるめて、この国の民だ。その人たちを守るべきための教育に励んできた結果がこれではやるせない。

 気にしないようにしようとは思ったが、悪役令嬢の噂が広がり続けるので段々不安になってきた。万が一に備え婚約者であるカルリトス様に相談することにした。

 ちなみにカルリトス様はまさに王子様と言った麗しいお顔だ。中性的な美しいお顔だが体は鍛えているので細マッチョしている。勤勉で聡明で文武にも秀でて頼りがいがあり素敵な人だ。性格は温厚。完璧だ。
 この婚約は政略で結ばれたものだが私はカルリトス様が好きなのだ。真面目に公務に励む姿も凛々しい。細身に見えるのにダンスで支えてくれる腕は力強く安心する。

 私の父は軍部のトップでとにかく超筋骨隆々の人だ。周囲に仕える人も父を慕って鍛えている。そのせいか自分の周りは筋骨隆々の人ばかりだったので初めてカルリトス様に会った時は衝撃的だった。
 あれは確か五歳になったばかりの頃。目の前には本から飛び出してきたようなキラキラと輝く顔の王子様。同じ年なのにすでに幼いながらに紳士として完成されていた。スマートに私をエスコートしてくれたのだ。普段目にする武骨な大人の男性たちとは完全に違う生き物だった。イザベルは彼が自分に向けた爽やかな微笑みに一目惚れをした。そして運よく一年後には婚約をすることが出来た。私って運がいい!! なので、出来ればこのまま結婚したい。でも、彼の幸せが一番だ。もし、他に思いを寄せる女性がいるのならば、その時私は――――。

「殿下。もしも……もしも好きな人が出来たら教えてくださいませ。私、身を引く覚悟はありますから」

 本心では身を引きたくない! 一目惚れした初恋の人との結婚がなくなるなんて悲しすぎる。私たちは今まで上手くやって来たと思う。激しい恋情はなくとも穏やかな関係を築いてきた。このまま結婚すれば愛情に発展すると思っていた。だから努力も惜しまなかった。それでも彼の幸せと、私の断罪回避のためには致し方ないことだ。

 カルリトス様は眉を寄せると全身から不穏な空気を漂わせた。なんなら冷気すら感じる。急に室内が寒くなったと体を震わせる。私はまだ自分の失言に気付いていなかった。

「ほう。イザベルは私の気持ちを疑うのか?」

「?」

 疑う? ポカンと首をかしげる私の隣に対面にいたはずのカルリトス様が移動してきた。そのまま左腕で私の腰を抱き右手で私の手を握る。突然の密着に目を白黒させていると私の耳元で低い声であま~く囁いた。

「たとえどのような困難があっても、私の全身全霊でイザベルを愛し守ると誓う」

 忘れてしまったのか? と私を見つめる。カルリトス様の声が耳から脳髄に到達し全身が粟立つ。それは恐怖なのか、それとも喜びなのか。ああ、その声も素敵ですとか思っている私は能天気なのか。

「いえ……覚えています……」

 (嘘です。忘れていました。そして今思い出しました。確かに婚約式の時に誓ってくれました! でも、六歳の時なのですっかり忘れていました。仕方ないですよね。あれ? カルリトス様ってもしかして私のこと好きなの?)

「ああ、好きだ。愛している」

「ひっ!!」

 (今声に出してたかしら? カルリトス様、そんな魔王みたいな顔で愛を囁かないで下さい。麗しい顔が怒ると迫力が増すのです!) 
 どうやら私がすっかり忘れていたことに気付いてご立腹のようだ。私は顔を引き攣らせながらも愛想笑いを浮かべた。

「私も、す、すき、です……」

 ううっ。恥ずかしい! でも言ったかいがあったようでカルリトス様が蕩けるような笑みを浮かべた。室内の温度も上がったので寒気が消えた。嫌な噂が発端とは言え、お互いの思いを確認し合うことが出来たので結果オーライである。

「イザベルが私のことを全く信用していなかったとは……。そんな不誠実な男だと思っていたのか……」

 眉を寄せ小さく呟くカルリトス様の声が室内に響く。さりげなく責められているが反論は出来ない。冷静になれば誠実なカルリトス様に限って私を裏切るはずがない。それなのに不安になってしまったということは、私も小説の影響を受けていたということか。侮れない、ベストセラー小説!

「申し訳ございません……」

 私には謝ることしか出来ない。

「いや、信じてもらえなかったのはそう思わせた私自身の責任だ。今後は気持ちがすれ違うことがないように善処しよう。それと悪役令嬢の噂自体は私も知っていたが、あまりにも消えないのでそろそろそれなりの対応をしようと考えていたところだ」

 冷たい目をして口の端を上げたカルリトス様の表情が不吉すぎて私は思わず息を止めた。彼の見慣れぬ表情にいつもの穏やかな王子様はいったいどこに行ってしまったのだろうと現実を逃避するように思いを馳せる……。それも一瞬でハッと我に返り彼の考えを思い留ませるために口を開いた。

「お待ちください。そうは言っても噂は学園内だけですし、私たちは一年もしないで卒業して結婚するのですから、わざわざことを荒立てなくてもいいのではないのでしょうか?」

「だがイザベルを非難する人間をこれ以上放置し続ける訳には――」

「実害はないのですから、もう少し様子を見ましょう?」

「……分かった」

 私の重ねての説得に不承不承ながら引き下がってくれた。ただの噂で私は悪いことなど何もしていない。だからすぐにみんな飽きて噂も消えるだろう。これで卒業まで穏やかに暮らせると、安易にそう思っていた。だがそれで終わらなかった。
 一人目はその数日後に、私の目の前に現れたのだ。

 私は昼食後に学園内の花壇付近を散歩するのが日課だ。
 その日、花壇の近くの小さな噴水の側を通りがかった時、バシャン!! という勢いのいい水音がした。噴水へ視線を向けるとプラチナピンクの女子生徒が噴水の中でびしょ濡れになって私を睨んでいる。なぜ、私を睨むの?!




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