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12.お姉様の幸せは私の幸せ(アデラ)

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 アデラは早速ウエーバー公爵邸に向かった。もちろんオーディスに会うために。

「面会の申し込みをしていないけれど、門前払いされるかしら? まあいいや。とりあえず乗り込んでしまおう」

 アデラは行動派で無計画だった。断られたら改めて出直せばいい。
 ウエーバー公爵家の執事はアデラに対し警戒を滲ませているが、知ったことじゃない。それでも屋敷には入れてもらえた。応接室で待つ間に出されたお茶を優雅に飲む。やはり公爵家のお茶は美味しい。お姉様にも飲ませてあげたい。茶葉、お土産にもらえないかしら? などと呑気に待っていると、オーディスは勢いよく部屋に入って来た。そして座るなり捲し立てるようにお姉様のことを訊いてきた。何だか張り切っているように見えてちょっと気持ち悪い。

「アデラ様。久しぶりだ。今日は一体何の用だろうか? もしかしてヴァネッサ様に何かあったのか?」

 オーディスが真っ先に問いかけてきたのはヴァネッサの事だった。アデラにはまるでお姉様を好きですと言っているように聞こえた。

(そんなにお姉様が気になるのなら自分から訪ねてきなさいよ!)

 この瞬間、アデラはオーディスをヘタレ認定した。まどろっこしいのでオーディスに恋人がいないのか聞いた。アデラは貴族同士の持って回った言い回しが苦手だった。するとオーディスの後ろに控える大男がアデラに向かって威圧的に言った。

「あんたがそれを聞いてどうする? もしかしてオーディスの婚約者には自分が相応しいとでも売り込みに来たのか?」

 どうやらアデラの質問を勝手に解釈したようだ。確かにそう取れるかもしれないが随分と攻撃的だ。

(あなたには聞いていないわよ。というかあなた誰? えらそうな態度ね)

 アデラの見かけはか弱そうに見えるらしい。だからアデラを侮る男性は多い。



 学園に入学して最初のダンスの授業ではクラス中の男子に「大丈夫ですか? 不安なら私が支えましょう」と言われた。いやいや、あなたに支えてもらわなくても大丈夫。不安はないし鍛えているからダンスは得意、むしろ私が支えてあげましょうか? と言いたいくらいだった。でもアデラはその言葉を呑み込みおっとりと微笑んだ。
 お姉様の姿を思い浮かべ淑女らしく振る舞おうと努力している自分を誉めたい。残念なことにそれもすぐに台無しになった。

 どこぞの侯爵子息がアデラに手を差し出した。踊るパートナーは隣の席の男子と決められているのに、自分勝手にパートナーを変更しようとしたのだ。そして本来のパートナーを冷たく突き放す。

「アデラ様のパートナーが務まるのは私だけだ。だからお前は別の相手を探せ!」

 パートナーの子爵令嬢は涙目だ。そしてアデラはクラス中の女子生徒に睨まれている。アデラのパートナーになるはずの男の子は侯爵子息に睨まれたくないのか逃げて行った。

(あなたの失言のせいで私がとばっちりを受けているじゃない。しかも本来のパートナーに逃げられたし!)

「お断りします」
「おい! 私に恥をかかせるのか? 伯爵令嬢の分際で!」

 その恥は自分で勝手にかいたものでしょう。私はあなたと踊りたいなんて一言も言っていないわ。しかも身分を持ち出して自分の思い通りにしようなんて、嫌な男ね。

「学園内は身分の貴賤がないはずですよね?」
「それは建前だ。そんなことも知らないのか?」

 馬鹿にするような言葉に、アデラは愛らしく首を傾げた。

「それはおかしいです。私は入学初日に学園長に身分についてお伺いしました。建前ならば振る舞いを弁えないといけませんからね。学園長はそんなことはないと、もし身分を振りかざす者がいたら教えてくれとおっしゃっていたので、後ほどあなたの名前を伝えておきます。果たして侯爵子息と学園長のどちらが正しいのでしょうね?」

 もちろんアデラだってまったく身分を無視していいとは思っていない。状況によっては弁えなくてはならないことはちゃんと理解している。でも今、侯爵子息に対して慮る必要はないと判断した。

「お、おい! 告げ口なんて卑怯だぞ」

 どっちが卑怯よ。アデラは焦りおろおろする侯爵子息を無視して、侯爵子息のパートナーになるはずだった女の子の前に出る。そしてスッと手を差し出した。

「レディ。どうか私と踊ってください」
「えっ? 私が、アデラ様と?」

 アデラはにっこりと頷く。アデラはお姉様と踊りたくて男子パートのダンスを習得してある。実際に屋敷でお姉様と踊った。すごく楽しかった!

「おい。無視するな!」

 侯爵子息はまだ粋がっている。ちっさい男ね。強く言えばアデラが怯えるとでも思っているのか。あまりにうるさいので侯爵子息を黙らせることにした。アデラは侯爵子息に近づくと耳元で囁いた。それは小説の冒険者が雑魚を追い払うときに使う言葉だ。

「いつまでもグダグダ言うのなら、――自主規制するわよ!」

 侯爵子息は顔を青ざめさせた。アデラは再び女の子に恭しく手を差し出した。ウインクをして微笑むと女の子は顔を赤く染めた。

「本当に?」
「はい。私のパートナーもどこかに行ってしまったので、あなたが私の手を取って下さらないと踊ることができないのです。私を助けると思って踊ってくださいませ」

 女の子は泣き笑いの顔になりながらアデラの手を取った。アデラは完璧なリードで華麗に踊って見せた。踊り終わると女の子はありがとうと言ってくれた。

(もうちょっと身長が伸びてくれれば見栄えしたのだけれど、こればかりはどうにもならないわ。それでも相手の女の子は私より背が低かったから、様になってよかった)

 それ以降、アデラは女子生徒から『おねえさま』(同じ歳だけど?)と呼ばれ、男子生徒からは敬遠されるようになった。最初は困惑したが学園生活が過ごしやすくなったので、結果オーライだ。ちなみに学園長に侯爵子息の名前は報告してある。
 
 今、目の前の大男も学園の男子生徒たちと同じように、きっとアデラを無力で頭の悪い女だと思って見下している。絶対に負けてなるものかとアデラは立ち上がり大男を睨みつけた。

「冗談じゃないわ! 私にだって選ぶ権利があるのよ。ヘタレな男はお断り」

 完全に本音を言ってしまった。たぶん……これ不敬だ。二人は目を丸くして口をポカーンと開けている。

「確かにオーディスはヘタレだが……。じゃあ、何しに来たんだ?」

 大男が困惑気に口を開いた。意外なことに怒られなかった。アデラはオーディスが婚約者を決めないせいでお姉様も婚約者を決められないでいる。だからお姉様に求婚するか、さっさと婚約者を決めて欲しいと率直に伝えた。話を聞き終わったオーディスはお姉様に婚約を申し込むと啖呵を切ったが、それならもっと早く行動して欲しい。

「アデラ様。私は今からヴァネッサ様に婚約を申し込む!」
「今はまだ駄目です」

 アデラはオーディスの意気込みをスパンと切る。
 もちろん理由がある。お姉様がウエーバー公爵家に嫁ぐならバルテル伯爵家はアデラが継がなければならない。
 オーディスが今すぐ結婚を申し込んでも家を心配するお姉様は「はい」とは言わないはず。だからアデラが爵位を継ぐ能力を身に着けるまで待って欲しいと頼んだ。
 そのために今から猛勉強だ。密かに冒険者になる勉強はしてきたけれど、爵位を継ぐ勉強はまったくしていない。卒業まであと一年。果たして間に合うのか。いいえ、間に合わせるのよ! 
 
 オーディスはアデラの勉強のサポートをしてくれることを約束してくれた。(もちろん無料で)アデラの卒業前テストの結果を待って、お姉様にプロポーズをすることで話がついた。

 アデラの勉強を見てくれたのは大男、もといバルウィン様だった。最初は嫌なやつだと思ったけれど、話せば面倒見のいい優しい人だった。威圧的だったのもオーディスを守るためだったみたいだ。
 バルウィンはアデラが勉強に飽きると庭に連れ出してくれた。庭の花でも見て休めという意図だったようだが、アデラは木刀が置かれていたのを見つけてしまった。

「木刀を借りてもいいですか?」
「えっ? ああ、いいけど?」

 それを拝借し素振りをした。

「とおーー!」
「やあーー!」

 ああ、すっきりする。

「令嬢が木刀を……」

 バルウィンが目を丸くしている。でも令嬢らしい振る舞いをしないアデラのことを茶化したり馬鹿にしたりしなかった。不思議な人だと思う。今までアデラの素を見た男性は、はしたないとかガッカリしたと必ず言う。

「素振りは気分がリフレッシュできるの。私、冒険者になるのが夢だったのよ。そのために我が家の騎士に頼んで稽古をしてきたわ」

 今でももちろん走り込みは欠かさない。

「そうか。残念だな。冒険者になれなくて」
「あら? 冒険者にはなるわよ」
「えっ? だってアデラは伯爵家を継ぐのだろう?」
「そうよ。早くお婿さんを探して子供を産んで、そして子供に爵位を譲ったら冒険者になるのよ! 夢は何歳になったって叶えられるものでしょう? 今は家を継ぐけど夢は諦めない。冒険者デビューが遅くなっても、それは情報や人脈を増やして備える準備期間だと思うことにする。そう考えれば家を継ぐのも楽しいわ」

 バルウィンは意表を突かれたように固まったが、すぐに豪快に笑いだした。

「あっはっは――。その考え、最高だな! 俺はアデラが好きになったよ」

 アデラはバルウィンに好きと言われ一瞬ドキリとした。いやいや。今の流れは恋愛的な好きじゃないと分かっている。

(無駄にドキドキしちゃったわ)

 アデラはウエーバー公爵邸に来るときは男装している。もし誰かにアデラが通うところを見られて噂が流れたら、変な誤解を生む。そうしたらお姉様が悲しむ。バルウィンは送り迎えをしてくれていた。本当に優しい人。

「婿の目星は付いているのか?」
「……これから探すわ」

 そもそも素のアデラを受け入れてくれる男性がいるのか分からない。一生猫を被って結婚生活を続けるとか地獄過ぎて無理だ。
 アデラはバルウィンをちらりと見て、そっと溜息を吐いた。
 それから毎日一心不乱に勉強を続けた。家でも復習をしようとお姉様に本を借りに行った。

「お姉様。テスト勉強をしたいので本を貸してくれますか?」
「アデラが本を貸して欲しいなんて珍しいわね。どれでも好きな本を持って行っていいわよ」
「ありがとう。お姉様」

 本棚には難しい本がいっぱいある。お姉様ったらこれ全部頭に入っているの? きっとこの様子ならいつでもウエーバー公爵家に嫁げるだけの知識を持っている。
 あとはアデラがバルテル伯爵家を継げるだけの頭にならなければならない。(お姉様の幸せのためよ!)アデラは己を鼓舞した。
 そして努力の甲斐あってアデラは見事に卒業テストで一番を取ったのだ。
 結果が出た翌日、アデラはオーディスを花屋に呼び出した。ここまできたからにはオーディスにはお姉様にとっての理想のプロポーズをしてもらわないと困る。

「お姉様は赤い薔薇を捧げられてプロポーズをされるのが夢なのです。あっ、店員さん。この赤い薔薇を大きな花束にして下さい。リボンはピンク色で。支払いはウエーバー公爵家でお願いします!」

 お姉様は王子様と女の子のハッピーエンドの絵本を今でも大事にしている。そして王子様が薔薇の花束でプロポーズする場面に憧れている。

「そうか! 色々ありがとう。助かるよ。アデラ様」

(私がしたことは全部お姉様の幸せのためよ)

 オーディスが花屋の店員と話をしているのを横目で見ながらアデラはバルウィンに質問をした。

「バルウィン様……オーディス様はお姉様を幸せにしてくれますよね? 頼りなく見えて仕方がないのですけれど」
「心配か? ああ見えてオーディスは仕事もできるし社交も卒なくこなせる。ヴァネッサ様を大切に思っているのは本当だ。なにせ五年越しの初恋を胸に抱えていたのだからな。俺が保証するよ。ただ恋愛だけはヘタレだけどな」

 バルウィンの言葉に安堵する。アデラはいつしかバルウィンに全幅の信頼を置いていた。

「そう。それならいいの」

 そしてヘタレな王子様のプロポーズはどうにか上手くいき、お姉様はオーディスと婚約をした。

 一年後にはお姉様はウエーバー公爵家に嫁ぐ。寂しいけれどそれ以上に喜びが勝っている。
 だってお姉様が幸せなら、私も幸せなのだから。

「女の子は初恋を叶えて幸せになりました。めでたし。めでたし!」






 それから二年後、アデラとバルウィンが結婚するのは、また別のお話――――。





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