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13.私の初恋の行方
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ヴァネッサは目の前の赤い薔薇の花束を呆然と見た。
オーディスはもう一度、ヴァネッサにプロポーズの言葉を告げた。
「ヴァネッサ様。あなたが好きです。どうか私と結婚して下さい」
「私に……」
オーディスは思いつめた表情でヴァネッサの返事を待っている。
「どうだろうか?」
混乱、喜び、そして悲しみ、色々な感情がない混ぜになる。
「ごめんなさい。私は伯爵家を守っていかなけれ――」
「それなら大丈夫! お姉様。私、卒業テストの結果、一番だったの。だから私が伯爵家を継いで守っていく。家の心配はしないで自分の気持ちに正直になって、自分の幸せだけを考えて」
アデラは拳を握り力強く言い切る。勉強は苦手だと言っていたアデラがテストで結果を出した。すごく努力をしていたのを知っている。誇らしいと思っていた。
「でもそれは……。アデラはオーディス様の婚約者になるために学んでいたのではないの?」
「誤解です! 私はオーディス様のような男性は好みではありません。全部お姉様の幸せのために頑張ってきたのです」
アデラの瞳に嘘は見えない。すべてはヴァネッサの幸せのためと言われても、すぐに頷けない。
「でも昨日オーディス様とアデラが親し気に通りで話をしていて……まるで恋人同士のように見えたわ」
「違う!」
「違うわ!」
すかさずオーディスとアデラが否定する。
「昨日はヴァネッサ様の好きな花を教えてくれると言われて一緒に見に行っただけだ。ヴァネッサ様に喜んで欲しかった」
そもそも二人はなぜこんなに仲がいいのか。ヴァネッサが納得していないことに気付いたアデラが説明をする。
「お姉様。以前、『あなたが早く結婚してくれないと……私の初恋は終わらないみたい……』と言っていましたよね? あれはオーディス様のことでしょう? だから私、オーディス様に会いに行ったの」
(ひいぃ~~。あの独り言をアデラに聞かれていた?! 恥ずかしすぎる)
ヴァネッサは顔を両手で覆った。穴があったら入りたい。もう二度と独り言を言うのは止めよう。気を付けよう。
アデラの話によるとオーディスを訪ねて「あなたがさっさと結婚しないからお姉様が婚約者を決められないでいるのよ」と迫ったらしい。アデラがヴァネッサのためにそこまで……。嬉しいけれどやりすぎ! もし、オーディスがヴァネッサを好きじゃなかったらとんでもなく赤っ恥なのだけれど。
「前に雨の日にオーディス様が私たちを馬車で家まで送ってくれたでしょう? あの時の二人を見てピンと来たのよ。私の勘は絶対に当たるのです(お姉様に関してはね!)」
ヴァネッサが安心して公爵家に嫁げるように、アデラは一年間必死で勉強した。ただ独学では難しいのでオーディスに家庭教師をつけて欲しいと頼み込んだそうだ。
(それ図々しいわよね? 大丈夫だったのかしら? オーディス様は特に気にしていなさそうだけど。アデラったら私の知らないうちにしっかり者に育っていたのね……)
アデラはヴァネッサのところに来ると小さな声で耳元に囁いた。
(お姉様の部屋に難しい本がいっぱいあったわ。あれを全部習得しているのだから、公爵家にお嫁に行くための知識は問題ないはずよ。もう、好きな人を諦めたりしないで)
ヴァネッサはアデラの顔を見る。真剣な眼差しでヴァネッサの決断を待っている。それも用意周到に準備を整えて背中を押してくれているのだ。もう、アデラはヴァネッサが守らなくてはいけない小さな子供じゃない。それなら家を託してもいいだろうか? 自分の幸せに手を伸ばしても許される?
「ありがとう。アデラ」
アデラは破顔するとウキウキと弾んだ足取りで部屋を出て行く。
「あとはお二人でどうぞ!」
可憐な笑顔でそう言うとパタンと扉が閉まる。急に部屋に二人きりになり、沈黙が落ちる。
みんながここまでしてくれたのだから、今度はヴァネッサが頑張らなくては。ヴァネッサは口を開いた。
「オーディス様。お花とプロポーズをしてくださってありがとうございます。とても嬉しいです」
「それじゃあ!」
オーディスが目を細め嬉しそうに期待を込めてヴァネッサを見た。いくら何でも即決はしませんよ? しそうにはなりましたけれど。
「とりあえず正式なお返事は一週間後にさせていただきますね。アデラは大丈夫だと言ってくれましたが、両親とも話をしたいですし、今すぐお返事はできませんがよろしいでしょうか?」
「あ……ああ……ワカリマシタ……」
ヴァネッサは勢いにまかせ「はい」と返事をするべきだったのかもしれない。でも最初に頭をよぎったのは家の跡継ぎは? ということ。アデラと話した様子だと大丈夫そうだが、きちんと家族でもう一度話した上で決断したい。結婚は重大な契約なのだ。この返事にオーディスはヴァネッサを可愛げがないと呆れるかもしれないが、これがヴァネッサなのだ。
「あの、オーディス様。求婚のお返事はともかく、私はオーディス様をお慕いしています」
それでも自分の気持ちだけは伝えておきたい。封印したまま終わるはずの初恋を言葉にできる喜びに、ヴァネッサの心は震えた。するとオーディスは破顔した。飛びっきりの笑顔は幼く見えて可愛い。ヴァネッサの胸がきゅっと切なくなる。
「ありがとう。ヴァネッサ様。確かに不意打ちで急ぎ過ぎてしまった。あなたにも考える時間が必要なのは当然だ。それに……慎重で思慮深いあなたも好きだ」
「えっ……」
ヴァネッサはボンッと顔を赤く染めた。このままの自分を受け入れてもらえた。嬉しい。オーディスが甘い言葉を放つとヴァネッサの胸は早鐘を打つ。
(嫌われていなくてよかったけれど、慣れていないから恥ずかしいかも)
その後、オーディスはいい返事を待っていると爽やかに帰って行った。
ヴァネッサは家族を集めて緊急会議を開いた。両親はヴァネッサでもアデラでもどちらがバルテル伯爵家を継いでもいいと考えていたので、特に揉めることはなかった。
「アデラは本当にいいの?」
「もちろん。そのつもりで勉強を頑張ってきたのよ。お姉様は? 伯爵家を継ぐことに未練はない?」
ヴァネッサは自分がどうしてこれほど家を継ぎたいと思っていたのかと考えた。
「ああ、そうだった。私、家を継いでアデラを守ろうって思ったのだわ。でもアデラは私が守らなくても、もう立派な大人になったのね」
アデラが大丈夫なら、ヴァネッサがバルテル伯爵家に固執する理由がなくなる。『家を継ぐ』という自分にかけた呪縛を解いていいのだ。
「そうよ。でも何かあったら相談に乗って下さいね!」
「もちろんよ。それより私でオーディス様の伴侶が務まるかしら?」
「お姉様なら大丈夫よ。それにオーディス様もいるのだから、困ったことがあったら一人で悩まないでオーディス様を利用……頼ればいいわ!」
今、アデラはオーディスを利用と言いかけた気が……。
「そうね。そうするわ。じゃあ、アデラ。お父様とお母様と家のこと。お願いします」
「はい。お任せください」
アデラの表情は頼もしくヴァネッサは安堵した。でもどこに嫁ごうがヴァネッサがアデラの姉であることに変わりない。何かあればいつだって助けに来る!
そしてヴァネッサは約束通り、一週間後にオーディスに返事をした。
「オーディス様。結婚のお話、お受けいたします。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」
意を決して伝えればオーディスはふにゃりと笑った。彼のこんな可愛い顔、初めて見る。これからはどんな表情もヴァネッサが独り占めできると思うと、嬉しくて泣きそうだ。オーディスは立ち上がるとヴァネッサをそっと抱きしめた。
「私が意気地なしのせいで思いを伝えるのが遅くなってしまった。すまない。その代わり、あなたを一生守ると誓おう」
「ありがとうございます。私もオーディス様を支えます」
オーディスの腕の中は温かくて心地いい。ヴァネッサはうっとりと目を閉じた。
諦めたはずの初恋が実った。
でもヴァネッサは何もしていない。アデラのおかげだ。
ヴァネッサの大切な妹は恋の天使でもあった。
オーディスはもう一度、ヴァネッサにプロポーズの言葉を告げた。
「ヴァネッサ様。あなたが好きです。どうか私と結婚して下さい」
「私に……」
オーディスは思いつめた表情でヴァネッサの返事を待っている。
「どうだろうか?」
混乱、喜び、そして悲しみ、色々な感情がない混ぜになる。
「ごめんなさい。私は伯爵家を守っていかなけれ――」
「それなら大丈夫! お姉様。私、卒業テストの結果、一番だったの。だから私が伯爵家を継いで守っていく。家の心配はしないで自分の気持ちに正直になって、自分の幸せだけを考えて」
アデラは拳を握り力強く言い切る。勉強は苦手だと言っていたアデラがテストで結果を出した。すごく努力をしていたのを知っている。誇らしいと思っていた。
「でもそれは……。アデラはオーディス様の婚約者になるために学んでいたのではないの?」
「誤解です! 私はオーディス様のような男性は好みではありません。全部お姉様の幸せのために頑張ってきたのです」
アデラの瞳に嘘は見えない。すべてはヴァネッサの幸せのためと言われても、すぐに頷けない。
「でも昨日オーディス様とアデラが親し気に通りで話をしていて……まるで恋人同士のように見えたわ」
「違う!」
「違うわ!」
すかさずオーディスとアデラが否定する。
「昨日はヴァネッサ様の好きな花を教えてくれると言われて一緒に見に行っただけだ。ヴァネッサ様に喜んで欲しかった」
そもそも二人はなぜこんなに仲がいいのか。ヴァネッサが納得していないことに気付いたアデラが説明をする。
「お姉様。以前、『あなたが早く結婚してくれないと……私の初恋は終わらないみたい……』と言っていましたよね? あれはオーディス様のことでしょう? だから私、オーディス様に会いに行ったの」
(ひいぃ~~。あの独り言をアデラに聞かれていた?! 恥ずかしすぎる)
ヴァネッサは顔を両手で覆った。穴があったら入りたい。もう二度と独り言を言うのは止めよう。気を付けよう。
アデラの話によるとオーディスを訪ねて「あなたがさっさと結婚しないからお姉様が婚約者を決められないでいるのよ」と迫ったらしい。アデラがヴァネッサのためにそこまで……。嬉しいけれどやりすぎ! もし、オーディスがヴァネッサを好きじゃなかったらとんでもなく赤っ恥なのだけれど。
「前に雨の日にオーディス様が私たちを馬車で家まで送ってくれたでしょう? あの時の二人を見てピンと来たのよ。私の勘は絶対に当たるのです(お姉様に関してはね!)」
ヴァネッサが安心して公爵家に嫁げるように、アデラは一年間必死で勉強した。ただ独学では難しいのでオーディスに家庭教師をつけて欲しいと頼み込んだそうだ。
(それ図々しいわよね? 大丈夫だったのかしら? オーディス様は特に気にしていなさそうだけど。アデラったら私の知らないうちにしっかり者に育っていたのね……)
アデラはヴァネッサのところに来ると小さな声で耳元に囁いた。
(お姉様の部屋に難しい本がいっぱいあったわ。あれを全部習得しているのだから、公爵家にお嫁に行くための知識は問題ないはずよ。もう、好きな人を諦めたりしないで)
ヴァネッサはアデラの顔を見る。真剣な眼差しでヴァネッサの決断を待っている。それも用意周到に準備を整えて背中を押してくれているのだ。もう、アデラはヴァネッサが守らなくてはいけない小さな子供じゃない。それなら家を託してもいいだろうか? 自分の幸せに手を伸ばしても許される?
「ありがとう。アデラ」
アデラは破顔するとウキウキと弾んだ足取りで部屋を出て行く。
「あとはお二人でどうぞ!」
可憐な笑顔でそう言うとパタンと扉が閉まる。急に部屋に二人きりになり、沈黙が落ちる。
みんながここまでしてくれたのだから、今度はヴァネッサが頑張らなくては。ヴァネッサは口を開いた。
「オーディス様。お花とプロポーズをしてくださってありがとうございます。とても嬉しいです」
「それじゃあ!」
オーディスが目を細め嬉しそうに期待を込めてヴァネッサを見た。いくら何でも即決はしませんよ? しそうにはなりましたけれど。
「とりあえず正式なお返事は一週間後にさせていただきますね。アデラは大丈夫だと言ってくれましたが、両親とも話をしたいですし、今すぐお返事はできませんがよろしいでしょうか?」
「あ……ああ……ワカリマシタ……」
ヴァネッサは勢いにまかせ「はい」と返事をするべきだったのかもしれない。でも最初に頭をよぎったのは家の跡継ぎは? ということ。アデラと話した様子だと大丈夫そうだが、きちんと家族でもう一度話した上で決断したい。結婚は重大な契約なのだ。この返事にオーディスはヴァネッサを可愛げがないと呆れるかもしれないが、これがヴァネッサなのだ。
「あの、オーディス様。求婚のお返事はともかく、私はオーディス様をお慕いしています」
それでも自分の気持ちだけは伝えておきたい。封印したまま終わるはずの初恋を言葉にできる喜びに、ヴァネッサの心は震えた。するとオーディスは破顔した。飛びっきりの笑顔は幼く見えて可愛い。ヴァネッサの胸がきゅっと切なくなる。
「ありがとう。ヴァネッサ様。確かに不意打ちで急ぎ過ぎてしまった。あなたにも考える時間が必要なのは当然だ。それに……慎重で思慮深いあなたも好きだ」
「えっ……」
ヴァネッサはボンッと顔を赤く染めた。このままの自分を受け入れてもらえた。嬉しい。オーディスが甘い言葉を放つとヴァネッサの胸は早鐘を打つ。
(嫌われていなくてよかったけれど、慣れていないから恥ずかしいかも)
その後、オーディスはいい返事を待っていると爽やかに帰って行った。
ヴァネッサは家族を集めて緊急会議を開いた。両親はヴァネッサでもアデラでもどちらがバルテル伯爵家を継いでもいいと考えていたので、特に揉めることはなかった。
「アデラは本当にいいの?」
「もちろん。そのつもりで勉強を頑張ってきたのよ。お姉様は? 伯爵家を継ぐことに未練はない?」
ヴァネッサは自分がどうしてこれほど家を継ぎたいと思っていたのかと考えた。
「ああ、そうだった。私、家を継いでアデラを守ろうって思ったのだわ。でもアデラは私が守らなくても、もう立派な大人になったのね」
アデラが大丈夫なら、ヴァネッサがバルテル伯爵家に固執する理由がなくなる。『家を継ぐ』という自分にかけた呪縛を解いていいのだ。
「そうよ。でも何かあったら相談に乗って下さいね!」
「もちろんよ。それより私でオーディス様の伴侶が務まるかしら?」
「お姉様なら大丈夫よ。それにオーディス様もいるのだから、困ったことがあったら一人で悩まないでオーディス様を利用……頼ればいいわ!」
今、アデラはオーディスを利用と言いかけた気が……。
「そうね。そうするわ。じゃあ、アデラ。お父様とお母様と家のこと。お願いします」
「はい。お任せください」
アデラの表情は頼もしくヴァネッサは安堵した。でもどこに嫁ごうがヴァネッサがアデラの姉であることに変わりない。何かあればいつだって助けに来る!
そしてヴァネッサは約束通り、一週間後にオーディスに返事をした。
「オーディス様。結婚のお話、お受けいたします。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」
意を決して伝えればオーディスはふにゃりと笑った。彼のこんな可愛い顔、初めて見る。これからはどんな表情もヴァネッサが独り占めできると思うと、嬉しくて泣きそうだ。オーディスは立ち上がるとヴァネッサをそっと抱きしめた。
「私が意気地なしのせいで思いを伝えるのが遅くなってしまった。すまない。その代わり、あなたを一生守ると誓おう」
「ありがとうございます。私もオーディス様を支えます」
オーディスの腕の中は温かくて心地いい。ヴァネッサはうっとりと目を閉じた。
諦めたはずの初恋が実った。
でもヴァネッサは何もしていない。アデラのおかげだ。
ヴァネッサの大切な妹は恋の天使でもあった。
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