少年エトの流離譚

子猫文学

文字の大きさ
上 下
6 / 7
ラクリエ国篇

突然の別れ

しおりを挟む
 翌朝、エトがいつものように朝焼けを見に行くと、そこには既に先客がいた。
 
 おじいさんだった。

 「おじいさん、僕より早くここに来てるなんて珍しいね。どうしたの?」

 エトがそう声をかけながら近寄ると、おじいさんはエトの声に少し反応はしたもののすぐに海に向き直ってしまった。

 「エト、お前はおばあさんと私のところに来た大事な子だよ。お前なら、西に行くことができるのかもしれんな」

 ふたりで海を眺めていると、そうおじいさんは言った。突然のその言葉にエトは驚いて、おじいさんを振り返ってしまった。その瞳は、ちょうどさした朝日に照らされていて、よくわからないが涙を浮かべているように見えた。

 「おじいさん…」

 そうしてふたたび、エトは考えながら朝日に目を向けた。
 朝日に照らされる海はいつもと変わりない姿をふたりに届けていた。



 「さぁ、戻ろうかね。おばあさんが朝ごはんを作っているころだろうよ」

 そうしてふたりは歩いて戻った。小高い丘を登って、海から見上げる位置に立っている我が家まで向かうのだ。
 その時間、エトはいつも以上に平和に感じた。


 その時だった。

 ザク、ザクッ、ザクッ…

 ふたりの歩調に合わさって、違う者の足音が響き始めた。その後に気配を感じて、エトが振り返ると、そこには、手に物騒なものを抱えた男たち六人がいた。

 手前の四人は武装して、後ろの二人は水平の服を着ている。

 「はて、、、?」

 おじいさんがつぶやいて、片手で頭を撫でた。いつも驚いた時にする癖だった。

 「ラクリエの陸兵さんと海兵さんがこんなところに、一体…」

 “兵隊?これがラクリエの兵隊だって?”

 エトは兵隊というものを初めて見た。
 皆険しい顔をして、たった六人でもその立ち位置は綺麗に谷の形だった。

 「ここに女の子が来なかったかな?」

 金髪で碧い眼をした女の子なんだ。
 一番手前の真ん中にいた軍人が代表するようにはきはきとしゃべった。

 「いや、居ないね。来なかったよ」

 エトがニーナについて言葉を放つ前におじいさんが先を越して言った。

 「そうか、いやいやありがとう。失礼」

 そういうが早いが、軍人の小集団はクルリと身を返して下っていった。同じ歩幅で、同じリズムで。

 「おじいさん、どうしてニーナのこと黙ってたの」

 おじいさんともども、軍人が去るのを見届けてから、エトが聞くと、おじいさんは言った。

 「あんなの、ろくな奴らじゃない。ラクリエの人間なら、ニーナをまた連れ戻しに来たんじゃよ」

 その時エトは、悟った。ニーナを守るためなら、味方と敵の見分けをつけなければならない、と。

 「さぁ、エト行こうか」
 ふたりはおばあさんの待つうちに戻り、その日は始まった。

 その日を境に、ニーナはどんどん回復していった。その回復の早さはおばあさんが予想したよりも早かった。

 「ニーナ、海を紹介するよ。君は山の生まれだったよね。海は広いんだ。向こうのほうに行けば、きっと新しい世界がある。僕はそう信じてるよ」

 海を見ながら語るエトの瞳は輝いていた。
 ニーナはそれを見て、さらに話に引き込まれていく。

 「素敵ね」

 そうニーナは相づちを打つが、その心は一刻も早くルカの谷に帰りたいと願っていた。

 「エト、もしおじいさんとおばあさんが反対するようなら、私とルカの谷まで行く必要はないわ」

 綺麗な海を眺めれば、本音がほろりと出てくる。そんな感じにニーナは言葉を続けた。

 「どうして?僕は自分の意志で君をルカの谷まで送りたいんだ」

 「そりゃ私だってエトが来てくれるほど、心強いことはないわ。でも私の帰郷中でエトを危険にはさらせない。おじいさんとおばあさんだってとても心配しているもの。おふたりには感謝しているの。もちろん、エトにもね」




 その時だった。
 耳をつん裂くようなするどい音がしたのは。

 「なんだ?この音…」

 不意にエトがニーナを見ると、彼女は肩を震わせて自分を抱いて、膝をついていた。
 下を見て、瞳は魚のようにうつろだった。

 「ニーナ、大丈夫?僕ちょっと音の正体を見てくるよ」

 エトが立ち上がると、ニーナは初めて大声を出した。

 「言っちゃダメ!この音似てるの。この音、銃声よ!」

 銃というものをエトは見たことがない。
 
 「銃?」

 ただ、今すぐうちに戻っておじいさんとおばあさんの無事を確認しなくては、と焦り始めていた。

 「ニーナ、僕戻らないと」

 「ダメよ。あなたも殺されちゃうわ」

 「え?だって…」

 そこからの記憶は余りない。ニーナの止める声も聞かずに、家に向かって走ったのだけは覚えている。

 我が家はいつもと変わらない外観で、いつも通り平和にそこに建っていた。
 さっきの耳をつん裂くような音がしたとは思えないほど、空気が澄んでいて、鳥も戻ってきた。

 「おじいさん!おばあさん!」

 エトがそう言って駆け込むと、そこには頭から血を出して倒れているおじいさんと、数日前に会った軍人が交差して倒れていた。

 ”おじいさん!”

 しかし、おじいさんはもう息をしてなかった。

 エトはおじいさんの横で顔を蒼白にして、おばあさんを探す。

 おばあさんは台所に座り込んでいた。

 「よかった、おばあさん。おばあさんは大丈夫…」

 近寄りながらそこまで言いかけて、エトの頭は真っ白になった。
 おばあさんは無事だったのではない、お腹から血を流していた。その場所を一生懸命に押さえつけている。

 「エト?」

 か細い声でおばあさんがエトを呼んだ。

 「おばあさん、おばあさん一体何があったの?」

 「エト、…ニーナを守ってあげて…ね…。お…願い…」

 おばあさんの言葉をやっとの思いで聞き取ったエトの瞳からは涙がこぼれていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

碧天のノアズアーク

世良シンア
ファンタジー
両親の顔を知らない双子の兄弟。 あらゆる害悪から双子を守る二人の従者。 かけがえのない仲間を失った若き女冒険者。 病に苦しむ母を救うために懸命に生きる少女。 幼い頃から血にまみれた世界で生きる幼い暗殺者。 両親に売られ生きる意味を失くした女盗賊。 一族を殺され激しい復讐心に囚われた隻眼の女剣士。 Sランク冒険者の一人として活躍する亜人国家の第二王子。 自分という存在を心底嫌悪する龍人の男。 俗世とは隔絶して生きる最強の一族族長の息子。 強い自責の念に蝕まれ自分を見失った青年。 性別も年齢も性格も違う十三人。決して交わることのなかった者たちが、ノア=オーガストの不思議な引力により一つの方舟へと乗り込んでいく。そして方舟はいくつもの荒波を越えて、飽くなき探究心を原動力に世界中を冒険する。この方舟の終着点は果たして…… ※『side〇〇』という風に、それぞれのキャラ視点を通して物語が進んでいきます。そのため主人公だけでなく様々なキャラの視点が入り混じります。視点がコロコロと変わりますがご容赦いただけると幸いです。 ※一話ごとの字数がまちまちとなっています。ご了承ください。 ※物語が進んでいく中で、投稿済みの話を修正する場合があります。ご了承ください。 ※初執筆の作品です。誤字脱字など至らぬ点が多々あると思いますが、温かい目で見守ってくださると大変ありがたいです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...