少年エトの流離譚

子猫文学

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ラクリエ国篇

老夫婦の過去

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 「そのルカの谷がどこにあるのか、私たちは知らない。ここから西の世界に何があるのかも知らないんだ」

 そう言い放ったおじいさんの言葉に、エトはきょとんとして、身動きひとつしなかった。

 「どうして?おじいさんは世界を回って、おばあさんと出会ったんでしょう?どうしてルカの谷を知らないの?」

 ひと昔前、エトのおじいさんは巷で有名な探検家だった。心が赴くままに旅をして、心が赴くままに進み続ける。それを信条にして、世界を見てきたのだった。
 その旅路で、おばあさんと出会い、ふたりは夫婦になった。ふたりは一緒にそれから旅を続け、ここサウストフト島にやってきて、今に至る、というわけである。と、エトは聞かされていた。

 「ごめんね、エト。実はこれにはまだ話してないことがあるの。
  サウストフト島はね、ラクリエの最西端、この世界の一番西なのよ」

 おばあさんがおもむろに話し始めるが、エトにはさっぱり分からなかった。

 「うん、それがどうしたの?」

 「この島から西の方に行った人は数多くいる。だけど、その場所から帰ってきた者は誰一人としていないのよ。わたしたちも、一度西のその果てに行こうと試みたことがあるの。でも、出立してすぐに嵐にあってね、命からがらサウストフト島に戻ってこれたのだよ。可愛い子には旅をさせろ、と言うけれど、そんな危ないところに行かせるのは反対だよ」

 物腰柔らかくおばあさんが言うと、おじいさんも同じように「そうだ、そうだ」顔を縦に振った。
 
 ここで、老夫婦はエトに決して言わないが、エトはふたりにとって実の孫ではなかった。探検をやめてサウストフト島に永住することを決めたこの夫婦はしばらくして双子を授かった。男の子と女の子の双子である。双子は大きくなって、息子の方は外の世界を知りたいと言って、インアシュタット国へと旅立った。一方娘は、海の外側が知りたいと言って、夫婦が止めたにも関わらず、西の果てに船を出したのだった。それきり娘は戻ってこなかった。彼女が旅立ったのは、天井まで見えるほど晴れた、明るい日だった。また、息子の方はインアシュタット国に言って数年後に手の指2本だけ帰ってきた。

 「仮に西に行けて、ルカの谷にあの子を送り届けることができたとしよう。だけど、なぜだかは知らないが、あの子は追われている身。いつ、ラクリエのお役人さんにあの子を匿っていることがバレて追求されるか分からないんだ」

 「それじゃあ、おじいさんもおばあさんもあの子を見捨てるの?」

 エトが不安そうに問うと、老夫婦は言った。

 「そうじゃないよ。しかし、西の世界は未知の場所だ。本当にあの女の子さんが西から来たのなら、何か手がかりがあるかもしれない。西についての事実が新しく見つかったのかもしれない。そう言った情報を集めてから行くのでも、遅くはないのではないかい?」

 「だけど、ニーナは家族の無事を確かめたいって。願いを叶えてあげようよ」

 「しかし、そう言って焦って帰郷すれば、命の危険だってある。帰り着く前に死んでしまっては元も子もないだろう」

 エトはそれ以上何かを言うのをやめた。なぜなら、おじいさんとおばあさんの言っていることに納得したからだ。
 
 「とりあえず、今日は夕飯を食べてお休みなさい」

 おばあさんが言って、その日はそれで終わりとなった。
 夕飯を食べ終わっても、ニーナは起きては来ず、そのまま夜はふけていった。
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