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第四章 『アイリス』
『次はあなたの番ね』
しおりを挟む「こんな感じで、『アイリス』は出版されたのよ」
セラフィーヌが話終わって、ウィレミナとセラフィーヌは同時にほおーっと息をついた。
「それじゃあ、そのルクリアさんがいなかったら、お姉さまは『アイリス』を出版することもなかったし、皆が『アイリス』に出会うこともなかったのね」
ウィレミナはルクリア・ネビュラに感謝したのだった。
「何かを新しく始めるって良いことよ。元々していたことを、変化させることも良いこと。もし、ルクリアさんに出会ってなかったら、私はいまだにこじらせた性格をしていたわ」
セラフィーヌはまるで目の前にルクリアがいるように、視線を上げて話していた。
「お姉さまの性格、こじれてたの?」
ウィレミナは、信じられない、という顔でセラフィーヌの横顔を見る。姉はいつも目の前を走っていて、ウィレミナにとって真っ直ぐに指す、日差しのような存在だったので、新たな一面を見て少し驚いたのだ。
「だから、結婚なんてしたくないの。確かに、デビュタントでディキンソン卿に出会った時、好印象だったわ。ディキンソン卿は、他の方に比べてもっと紳士的で優しくて、会話だって気遣いがみれる。でも、結婚相手としてなんて見れなかった。皆、結婚秒読みだなんてささやいていたけれどね」
「でも、この間の夕食会で結婚しても良いかもって思ったのよね?」
ウィレミナは確認するように問うた。ウィレミナはあまり二人の仲について詳しくは知らないが、ディキンソン卿が義理の兄になることは賛成だったのだ。第一印象は同じく好印象だったからである。しかし、姉の気持ちがそっぽを向いているのなら、とあまり考えようにしていたのだ。
「うん、まぁね」
しかし、姉は本心を少し見せてくれたものの、再びその全容を見せてくれることはなかった。
「次はあなたの番ね。今度のデビュタントであなたは素敵な人見つけられるのかしら?」
揶揄うようにセラフィーヌがウィレミナをチラリと見ると、ウィレミナは不満そうに片方の頬を膨らませた。
「お姉さま、私にその気がないってこと知っているでしょう?」
「そうね、でもデビュタントは今しか味わえない経験よ。楽しんだ方がいいわ。確かに国王陛下の前だと緊張するけれど、それが終われば、きっと楽しいこともあるわ」
姉のその言葉はウィレミナを、いい気分にさせた。
「そうね、嫌がっていないで、少し楽しんでみることを試みるわ」
…私もお姉さまみたいに何かのめり込めることをしてみたいわ。その夜、密かにウィレミナは思ったのだった。
***
それから数週間経った頃。
デビュタントのために、首都へやってきた侯爵一家は、キャティリィ中央駅からキャティリィの侯爵家の屋敷まで赴く、自家用馬車の中で膝を寄せあって座っていた。四人乗りの馬車は少し窮屈で、オルヴィス侯爵は不満をこぼしている。
「ケイト、やはり車を持ってきた方が良かったのではないか?」
「いいえ、あなた。車は運転手を入れたら二人までしか乗れないでしょう?だから馬車でいいんです」
「ほら、こんなに車は首都でも普及しているんだ。馬車なんて時代遅れだよ」
夫のその言葉に、ケイトは優しく、
「馬車だって、まだまだ人間にとって必要なものです。馬は素敵だし、綺麗だし、エンジンを吹くものと違って、趣があるわ。それに、車を首都に持ってくるとなると一大事よ。あなた、忘れたの?キャティリィのお屋敷から領地に車を持ってくるとき、ジョンがとても苦労したのよ」
「しかし、なぁ」
オルヴィス侯爵としては、新しく買った車で首都を走ってみたかったのだ。
「さぁ、女の子たち。来週はデビュタントよ。それまでいくつかお茶会と夕食会があるわ。ミナ、あなたは拝謁前の一週間だから、屋敷にずっと居てもいいわ。でも、サラは全ての夕食会に出席すること。お茶会は選んでいいから」
ケイトはそう言って、前に並んで座る姉妹にそう声をかけた。
話を聞いたウィレミナは出席しなくていいと言われて、少し安堵していた。しかし、一方のセラフィーヌはあからさまに表情を変えた。
しかし、それに気にせずにケイトは続ける。
「ところで、サラ。あなた個人的に招待されているお茶会や夕食会はある?」
「ネビュラ伯爵夫人から、明後日の夕食会に招待されているわ」
「その日は、メリ地区の方で夜祭りの1日目があるわね。そこにもいくの?」
すぐさま新たな話を持ち出した母の頭には、びっしりと埋まった予定表が埋め込まれているのではないか?とウィレミナは思ってしまった。
「えぇ、ルクリアさんはそう計画しているみたいだったわ」
「そう…あの夜祭りは毎年羽目を外す人がいるから、巻き込まれないように気をつけてね」
夜祭りとは社交シーズンの間に首都のメリ地区で行われるお祭りのことである。小さな屋台が並び、貴族は庶民の出すレモネードを片手に、その当たりの町や公園を夜通し散歩するのだ。公園にいけば楽団がおり、ダンスをしているカップルも多数見られる。夜祭りとは、貴族の若者にとって、若者世代で楽しめる社交シーズン中の一大イベントなのだ。
「その夜祭り、行ってみたいわ」
ふとウィレミナが言うと、セラフィーヌは笑顔になってウィレミナに向く。
「メリ地区の入り口で落ち合って一緒に行きましょうか。きっと楽しい夜になるわ」
しかし、その瞬間にケイトが口を挟む。
「ダメよ。ウィレミナに夜祭りはまだ早いわ。拝謁が終わった後に、今度は昼祭りがあるから、その時に行きなさい」
「お母様、夜の方が昼祭りのより楽しいのよ」
セラフィーヌが口答えをするが、ケイトはそれでも許さなかった。
「来年行けるわ」
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