上 下
10 / 48
第二章 不穏な夕食会

#5 夕食の席で

しおりを挟む




 海老の風味のスープの番になって、ケイトは上品に口の端をあげた。
 しかしその雰囲気を壊すように、ひとりセラフィーヌの声が際立った。

 「なんですって?ディキンソン卿が来週お見えになるの?」

 気配を消していなければならない、執事ドリーの眉が小刻みに揺れる。給仕をしていた下僕の手の上の銀食器が耳に痛い音を鳴らした。

 「セラフィーヌ、わたしはディキンソン卿を招待するつもりだと数日前に言ったはずだ。何を驚くことがある?」

 侯爵は正面に座る娘に対して柔らかな口調で対応した。

 「だとしても、来週なんて突然すぎるわ」

 セラフィーヌが、スープをすくっていたスプーンを静かに置いて父の顔を見るが、父は食べることに集中しているように見せかけている。

 「良いと思うわ。ディキンソン卿はお友達が多いと聞いたことがあるの。きっとこちらの方にお友達がいらっしゃるのね」

 姉と父のふたりの空間に入って、ウィレミナが言うと、セラフィーヌは猫のように目を細めて、

 「違うわ、ミナ。そういう話をしているんじゃないの」

と言って、ふたたびスープに手をつけた。

 そこで、

 「だから、ケイト。シンガーさんに海老ときゅうりを使わないようにと伝えておいてくれ」

 すかさずヒューはケイトに対して言った。顔をあげている。
 ケイトはちょうど口にした海老の風味のスープに残念な視線を向けていた。

 「どうして?ディキンソン卿は海老ときゅうりと仲が悪いのかしら?」

 いたずらっけのある口調でセラフィーヌが言うと、ケイトがそれを制した。

 「セラフィーヌ…」

 しかし、セラフィーヌはお構いなしに続けた。

 「わたしは好きよ。海老ときゅうり。特に海老がね。ドリー、シンガーさんに伝えて。このスープ、とても美味しいわ。それから、前に夕食でいただいた海老の香味のオイルソテーは本当に美味だったわ。また食べたいわね」

 セラフィーヌが一気に言うと、彫像のように動かなかったドリーが頭だけをセラフィーヌに向けて会釈をした。
 その光景を見て、ケイトはため息をついた。

 「セラフィーヌ、ドリーが困るようなことはやめなさい」

 ケイトの顔は段々と困り眉になっていた。

 「そうだ、セラフィーヌ。最近ディキンソン卿はドライヴが趣味だそうだ。クロンプトン辺りをドライヴしたいらしい。お前が案内しなさい」

 再び侯爵が口を開く。

 「そんな!その日は…」

 セラフィーヌは唖然として、反論を試みた。しかし失敗に終わった。

 「婿探しとお前個人の予定を比べたら、婿探しの方が重要だ。仮に個人の予定を急がねばならないなら、今ここで言いなさい」

 侯爵は有無を言わせない口調で言い、その夕食の場はそれから闇のように静かになった。

 “海老のスープなんだから、静かに味わせてよ。”

 ケイトは内心そう思っていた。

 “わたしのお気に入りなのに…”
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

処理中です...