漁村

ジョン・グレイディー

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第八章

初仕事

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 その日の朝、男は吉田釣具店へと車を走らせた。

 釣具店に着き、男は車のハッチバックを開け、クーラーボックスに入れていたビニール袋を片手に店に入って行った。

 店に入ると店主である吉田の女房が昨日と同じように牡蠣殻を砕いていた。

 男は側に近寄り、

「昨日のお礼です。」と言い、ビニール袋を差し出した。

 吉田の女房はびっくりして、

「あんたか?びっくりしたわぁー、声掛けてぇーなぁー、もぉ~」と笑いながら、両手に着けていた軍手を外しながら、何気なく男の差し出すビニール袋を手にした。

「重ぉ~、重いわ!何なのこれ?」と

 吉田の女房は驚きながら、ビニール袋の中を慌てて覗いてみた。

「イカやん!まぁ~、大きわ!どないしたん?」と目をまん丸にしながら男を見遣った。

「漁村の防波堤、白灯台の手前で釣りましたよ。」と男は照れ笑いを浮かべて答えた。

「いゃぁー、久々見るわ!こんな太いの!重さ測りましょうえ!」と

 吉田の女房は、鮮魚コーナーに行き、計量器にビニール袋のまま載せた。

「2キロちょい!よう釣ったわ!」と言い、

「パンパンに身が張っとるわ!真子を持ってんのとちゃうかなぁ?」とモイカの頭を優しく撫でた。

 そして、吉田の女房はモイカを籠に盛り、

「キロ2,000円、4,000円や!」と言いながら、値札を書いた。

 男は吉田の女房に聞いてみた。

「ここわ、親イカの禁漁期は設けていないんですか?」と

「そんなもん、あらへん、あらへん!」と言い、レジーから千円札を4枚掴み、

「初仕事や!御祝儀込みで買い取るわ!」と言い、金を渡した。

 男はお礼で持って来たものだからお金は受け取れないと断ったが、

 吉田の女房は、

「いいから、いいから、また、持って来てや!

 あんたが漁協に入ったこと、うちの人から聞いとるさかい!

 漁業権持っとるから、初仕事やでぇ!

 今度は卸値分だけ、渡すさかいに!」と言い、

 半ば強引に男のジャンバーのポケットに紙幣を入れ込んだ。

 男はまた吉田の女房に礼を言い、店を後にした。

 男もお礼の品とは言いながらも内心は吉田の女房なら買い取ってくれるかもしれないと期待していた。

 男は車に乗るとポケットから千円札を取り出し、

「初仕事か…」と一言呟き、

 ぐしゃぐしゃに丸まった紙幣の皺を伸ばしながら財布にしまうと、

 男は急に何かを思い出したように釣具店に戻って行った。

 吉田の女房はまた牡蠣殻を砕いていたが、男が釣具コーナーの方に向かうのを見て、にっこり微笑んだ。

 男は玉網とヘッドライト、それと鰯模様の餌木を3本買った。

 吉田の女房は、勘定をしながら、

「あんた、玉網無しでよう上げたなぁ~、凄いわ!」と感心した。

 男はバラック小屋に戻ると、昨夜から一睡もしてないことに気付いたが、何故か眠たくなかった。

「漁業権か、初仕事か…」と

 男は呟くと、土間に放った竿を拾い上げ、リールを外し、道糸の手入れを始めた。

 男は何となく嬉しくなった。

 生まれて初めて好きな事をして、金を稼げた。

 こんな爽快感を味わったのも生まれて初めてであった。

 男は意気揚々とし、竿とリールの手入れを終えると、新しく買った玉網を開き、網の大きさをチェックし、玉網竿を伸ばし、しなり具合を確かめた。

 そして、モイカ釣りに必要な道具一式を土間に揃えると、

 流石に、少しは寝ておいた方が良いと思い、スマホの目覚ましを午後5時にセットし、布団に入った。

 男は、今日は、夕まずめからモイカを狙うつもりであった。

 

 
 
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