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第六十五章
嘘つきと裏切りは許さない
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浩子の居る病院の中庭に桜が満開に咲き誇っていた。
浩子は病室の窓辺から桜の木を眺めていたが、その視線が追うのは散り行く花びらであった。
『皆んな見上げて桜の木を見てるわ…。私が見てるのは散り行く花びら…。また、花びらが散ってる…。誰も気づかない…、誰も見向きもしない散り行く花びら…』
浩子は自身の『愛』という感情が散り行く桜の花びらのように刻々と心から消え去るのを感じていた。
涙は雨となり、悲痛な叫びは風となって満開に咲き誇っていたジョンへの『愛』は瞬く間に散って行った。
もう涙は流れなかった。
もう哀愁の念が心を乱すこともなくなった。
『私はもう忘れたのかしら…。違う。忘れてはいない。でも、もう…、どうでも良くなったわ…、あの人は私を捨てたの…、そう、私は捨てられた…』
浩子はそう思うとベットから起き上がり、ポシェットの中へ仕舞い込んでいた紙切れを取り出すと、
窓を開け、その紙切れを細かくちぎり、散り行く桜の花びらのように風に乗せて捨て去った。
その紙切れは、何度も何度も読み返したジョンからの別れの手紙であった。
『もう終わりね。』
風に舞う紙切れを見ながら浩子はジョンへそう言った。
そして、なんだか無性に可笑しくなった。
『ほんと…、なんだったのかな~、私、ほんと、馬鹿だった…、一生懸命に愛して、アメリカまでついて来て、結局、捨てられて、マリアさんに奪われて…、ほんと、惨めねぇ…』
浩子は手鏡を取り出し、自身の顔を映して、にっこり笑ってみた。
『この作り笑顔をするのも、もう疲れたよぉ~』と思いながら、鏡の中に映る自身の顔を暫く見つめた。
『これが捨てられた女のお顔か。我ながら情けないわね。』と呟き、今度は頬を膨らまし怒った顔をしてみた。
『そうよ!私、何も悪くないもん!私が一体何をしたのよ!人を傷つけることなんかしてないもん!私は悪くない!』
浩子は鏡の中に映る自分に何度も何度もそう言い聞かせていた。
そこに祖母が入って来た。
「浩子、何してるの?ほっぺ膨らませて?」
「怒ってるの。私はね。」
祖母は医師の言葉を思い出した。
~浩子さんは我慢せずに怒っても良いんですよ。~との言葉を。
そして、祖母は浩子の心の病が峠を越したと感じた。
祖母は笑いながら浩子に問うた。
「一体、何にそんなに怒ってるのよ?」と
浩子は尚も手鏡を見ながら、こう答えた。
「嘘つきに怒ってるの。」
「嘘つき?」
「そう!私を絶対に離さないと言っておきながら、訳も言わずに居なくなった人よ!」
祖母は浩子にたっぷりと話させたかった。心の深淵で鎖に繋がられ浮上を許されず埋没していた種々様々な言葉を吐いて欲しかった。
祖母は浩子の話に乗った。
「そうよね。理由が分からない別れなんて一番酷よね。」
浩子は祖母を見遣り、こう問うた。
「おばあちゃんは、人に捨てられたことがあるの?」と
祖母は浩子の隣に座り、首を振りながら、
「私はないよ。」と言い、そして、浩子の手を握りこうも言った。
「でもね。浩子の気持ちは良く分かるよ。私もあなた達2人を間近に見てたもの。浩子は怒って当然よ。」と
浩子はまた手鏡の中に目を映し、理論整然とこう語った。
「私ね。こう思うの。別れは仕方がないと思うの。ただ、その理由は伝えるべきだと思う。たとえ言えない理由があったとしても、それは言わなくてはいけないと思う。」
祖母は頷きながら合いの手を入れる事なく浩子の言葉に耳を傾けた。
「『理由なき別れ』、私、その受ける側に立たせれて、つくづく感じたわ。
こんな苦しい想いはないと!
だって、今さっきまで『離れ離れになったら生きていけない!』って言っていた人が、『君は僕の重荷だ!』なんて言うのよ。
理由も言わずに豹変するのよ。
受けた方は悲しみより驚きの方が大きの。
『一体、何が起こったの?私、何をしたの?』って、心も頭の中も混乱してしまうの。
そして、遡るの。
彼と出会ってからの1日、1日、ひたすらに遡って、
『私は彼に何をしたのかしら?』って、自分の『非』をさがしつづけるの。
結局、何も分からないの。」
浩子はここまで堰を切ったように話すと一息入れた。
祖母はここで合いの手を打った。
「浩子に『非』なんてないわよ。」と
浩子はゆっくりと頷き、少し眉間に皺を寄せ、尖った口調でこう語った。
「私がどんなにお人好しでも『嘘つき』と『裏切り』は決して許さない。」と
そして、手鏡から目を離し、祖母の方を見てこう言った。
「おばあちゃん!私ね、もう懲りた。これからは、私を大事にしてくれるおばあちゃんやバーハム神父様に喜んで貰えるように生きたいの!
神学校も楽しみ!
オルガンももっともっと上手く弾きたい!
多くの人に心から愛される聖女になりたいの!」
そう語る浩子の目は喜びで輝いていた。
祖母は涙が溢れるのを精一杯我慢し、笑顔で何度も頷いた。
そして、祖母は心の中で静かに祈りを捧げた。
『神様、ありがとうございます。この子の心の深淵から彷徨う哀愁の念を取り上げて頂き…。
この子の真の笑顔を取り戻して頂き…。
神様、感謝致します。』と
浩子は病室の窓辺から桜の木を眺めていたが、その視線が追うのは散り行く花びらであった。
『皆んな見上げて桜の木を見てるわ…。私が見てるのは散り行く花びら…。また、花びらが散ってる…。誰も気づかない…、誰も見向きもしない散り行く花びら…』
浩子は自身の『愛』という感情が散り行く桜の花びらのように刻々と心から消え去るのを感じていた。
涙は雨となり、悲痛な叫びは風となって満開に咲き誇っていたジョンへの『愛』は瞬く間に散って行った。
もう涙は流れなかった。
もう哀愁の念が心を乱すこともなくなった。
『私はもう忘れたのかしら…。違う。忘れてはいない。でも、もう…、どうでも良くなったわ…、あの人は私を捨てたの…、そう、私は捨てられた…』
浩子はそう思うとベットから起き上がり、ポシェットの中へ仕舞い込んでいた紙切れを取り出すと、
窓を開け、その紙切れを細かくちぎり、散り行く桜の花びらのように風に乗せて捨て去った。
その紙切れは、何度も何度も読み返したジョンからの別れの手紙であった。
『もう終わりね。』
風に舞う紙切れを見ながら浩子はジョンへそう言った。
そして、なんだか無性に可笑しくなった。
『ほんと…、なんだったのかな~、私、ほんと、馬鹿だった…、一生懸命に愛して、アメリカまでついて来て、結局、捨てられて、マリアさんに奪われて…、ほんと、惨めねぇ…』
浩子は手鏡を取り出し、自身の顔を映して、にっこり笑ってみた。
『この作り笑顔をするのも、もう疲れたよぉ~』と思いながら、鏡の中に映る自身の顔を暫く見つめた。
『これが捨てられた女のお顔か。我ながら情けないわね。』と呟き、今度は頬を膨らまし怒った顔をしてみた。
『そうよ!私、何も悪くないもん!私が一体何をしたのよ!人を傷つけることなんかしてないもん!私は悪くない!』
浩子は鏡の中に映る自分に何度も何度もそう言い聞かせていた。
そこに祖母が入って来た。
「浩子、何してるの?ほっぺ膨らませて?」
「怒ってるの。私はね。」
祖母は医師の言葉を思い出した。
~浩子さんは我慢せずに怒っても良いんですよ。~との言葉を。
そして、祖母は浩子の心の病が峠を越したと感じた。
祖母は笑いながら浩子に問うた。
「一体、何にそんなに怒ってるのよ?」と
浩子は尚も手鏡を見ながら、こう答えた。
「嘘つきに怒ってるの。」
「嘘つき?」
「そう!私を絶対に離さないと言っておきながら、訳も言わずに居なくなった人よ!」
祖母は浩子にたっぷりと話させたかった。心の深淵で鎖に繋がられ浮上を許されず埋没していた種々様々な言葉を吐いて欲しかった。
祖母は浩子の話に乗った。
「そうよね。理由が分からない別れなんて一番酷よね。」
浩子は祖母を見遣り、こう問うた。
「おばあちゃんは、人に捨てられたことがあるの?」と
祖母は浩子の隣に座り、首を振りながら、
「私はないよ。」と言い、そして、浩子の手を握りこうも言った。
「でもね。浩子の気持ちは良く分かるよ。私もあなた達2人を間近に見てたもの。浩子は怒って当然よ。」と
浩子はまた手鏡の中に目を映し、理論整然とこう語った。
「私ね。こう思うの。別れは仕方がないと思うの。ただ、その理由は伝えるべきだと思う。たとえ言えない理由があったとしても、それは言わなくてはいけないと思う。」
祖母は頷きながら合いの手を入れる事なく浩子の言葉に耳を傾けた。
「『理由なき別れ』、私、その受ける側に立たせれて、つくづく感じたわ。
こんな苦しい想いはないと!
だって、今さっきまで『離れ離れになったら生きていけない!』って言っていた人が、『君は僕の重荷だ!』なんて言うのよ。
理由も言わずに豹変するのよ。
受けた方は悲しみより驚きの方が大きの。
『一体、何が起こったの?私、何をしたの?』って、心も頭の中も混乱してしまうの。
そして、遡るの。
彼と出会ってからの1日、1日、ひたすらに遡って、
『私は彼に何をしたのかしら?』って、自分の『非』をさがしつづけるの。
結局、何も分からないの。」
浩子はここまで堰を切ったように話すと一息入れた。
祖母はここで合いの手を打った。
「浩子に『非』なんてないわよ。」と
浩子はゆっくりと頷き、少し眉間に皺を寄せ、尖った口調でこう語った。
「私がどんなにお人好しでも『嘘つき』と『裏切り』は決して許さない。」と
そして、手鏡から目を離し、祖母の方を見てこう言った。
「おばあちゃん!私ね、もう懲りた。これからは、私を大事にしてくれるおばあちゃんやバーハム神父様に喜んで貰えるように生きたいの!
神学校も楽しみ!
オルガンももっともっと上手く弾きたい!
多くの人に心から愛される聖女になりたいの!」
そう語る浩子の目は喜びで輝いていた。
祖母は涙が溢れるのを精一杯我慢し、笑顔で何度も頷いた。
そして、祖母は心の中で静かに祈りを捧げた。
『神様、ありがとうございます。この子の心の深淵から彷徨う哀愁の念を取り上げて頂き…。
この子の真の笑顔を取り戻して頂き…。
神様、感謝致します。』と
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