『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第六十四章

獣道に木漏れ日が揺れる

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 所長はライフル銃を構え後ろ歩きに進みながら、

「いいか!絶対に走るんじゃないぞ!走ると追って来るぞ!」と指示を出し、

「おい!抜けるまでどのくらいあるんだ?」とビリーに問うた。

「10kmはあるかと思います。」

「10kmか!風はどっちだ!」

 ビリーは指を舐め上に翳し、

「風上です。奴らは既に我々の存在に気付いていますよ。」

「くそぉ!2匹で仲良く喰ってら良いものの…、」

「ヒグマが仲良く餌を分け合って食べてるところ見たことありますか?」

「無い!強い奴が独り占めだ!」

 ビリーが赤外線スコープで覗き込む。

「仰るとおりですよ。喧嘩を始めましたよ。」

「今のうちだ!兎に角、距離を稼ごう!」

 すると、ビリーが片膝を着き、散弾銃を構えながら所長に言った。

「先に行ってください。前方も決して安全だとは言えませんから。」と

 所長は頷くとビリーを残し、ジョンとマリアに合流すると、

「俺が先頭を行く。君達は左右、上方を警戒してくれ!」と言い、

 赤外線スコープを覗きながら先頭に立った。

「ビリーは?」とマリアが所長に問うた。

 所長は一言こう言った。

「奴は仕留めるつもりだ。」と

 ビリーは待っていた。

 喰いっぱぐれた一匹が此方に向かって来るのを。

 すると、喧騒が止み、餌の奪い合いに敗れたヒグマが此方にのろのろと歩き始め、二本足で立ち上がり、風を匂い始めた。

『来るぞ!』

 ビリーは散弾銃の引き金に指を掛けた。

 ビリーとヒグマの距離は2、300mの距離があった。

 ヒグマは四本足で歩きながら地面を嗅ぐと、前方のビリーへ向かって猛追して来た。

『来い、来い!もっと近くに来い!』
 
 ビリーは散弾銃の威力が発揮出来る50mの距離間を憶測しながら、スコープの中を凝視した。

『来い、来い!もっとだ!』

 呪文を唱えるようビリーはそう呟きながら、スコープの望遠レンズのネジをジリジリと回し、猛然と襲って来るヒグマの顔を拡大した。

『牙を剥いて来やがるぜ!そうだ!そうだ!その間抜けな面でもっと近づきやがれ!』

 ビリーは引き金を引く指に神経を集中させた。

『今だ!』

 散弾銃は大きな炸裂音を放った。

 ビリーが覗くスコープ画面の中でヒグマの顔がぐっしゃりと歪み、ヒグマは前のめりに前転した。

 ビリーはヒグマが立ち上がれないことを確認すると、スコープの望遠レンズを最大に遠ざけ、馬肉を漁るヒグマに向けて、もう一発、散弾銃を発砲すると、

 前方へ向かって叫んだ。

「走れ!もう走っても大丈夫だ!」と

 ビリーの声を聞いた所長がジョンとマリアに言った。

「後ろはビリーが片付けた。今から走るぞ!」と

 マリアが所長に、

「ジョンは左脚を怪我してるから走るのは無理なの!」と言ったが、

 ジョンは「大丈夫だ!」と言い、

左脚を引き摺りながらも懸命に駆け出した。

 ビリーが追い付いて来た。

「一匹は仕留めた。もう一匹へも威嚇発砲しておいた。

 時間は稼げる。

 行けるとこまで行くんだ!」と言い、所長と並んで先頭を走った。

 4人の息を切らす呼吸音と足音が暗闇の中に鳴り続けた。

「もう駄目!もう走れない!」とマリアが最初に根を上げた。

「よし!ここまで来れば、後ろは大丈夫だろう!皆んな歩いても良いぞ!」と所長が言った。

 ビリーはジョンの隣に行くと、

「肩を見せてみろ。」と言い、ジョンの破れた左肩の皮ジャンの中をヘッドライトで照らした。

「出血が酷いな。ちょっと待ってろ。」と言うと、ビリーはリュックから携帯用の包帯を取り出し、ジョンの肩に巻き応急措置を施した。

「ありがとう。」とジョンがビリーを見て、初めて笑顔でそう言った。

 それを見た所長は、

「俺には御礼は無く、ビリー様にはちゃんと御礼を言うのかよ!」と戯言を言い、笑った。

 ビリーのジョンに対する気持ちは、この何時間の間で変化していた。

 ビリーはジョンに包帯を巻きながら思った。

『コイツはやわな男じゃない。何かを持ってる。』と

 マリアはその光景を嬉しそうに見ながら所長に言った。

「ビリーがジョンを認めたようね。」と

 所長は言った。

「奴も認めるさ。1か月の間に熊とピューマに襲われた神父なんて、そうは居ないからな!」と

 そして、所長は前方をスコープで覗き込むと、

「やっとトンネルの出口が見えたぞ!」と叫んだ。

 マリアも前方を見遣って叫んだ。

「本当だ!木漏れ日が見えるわ!」

 永遠に続くと思われた暗闇の支配は、木漏れ日に照らされ揺れ動くケショウヤナギの鮮やかな緑色がその終わりを告げていた。
 
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