『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第六十二章

『僕の正体を知りたいだけ…』

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 暗闇から2つの光が揺れ動きながら近寄って来る。

「マリア!大丈夫か!」

 暗闇からビリーの声がした。

「私は大丈夫!ジョンが!」

 マリアはそう叫ぶと懐中電灯でジョンの居る方向を照らした。

 暗闇の中、ジョンの表情が照らされた。

「ジョン!大丈夫?」

 マリアはジョンに駆け寄った。

 灯りに照らされたジョンの視線は暗闇から近づく2つの光を睨んでいた。

 右頬にはピューマにやられた傷痕が痛々しく血を滲ませていた。

 ジョンは左肩を押さえながら立ち上がると、

「大丈夫だ。」と一言呟き、尚も近寄る光を睨んでいた。

 マリアはジョンの隣に布団のように横たわるピンク色の怪物を照らした。

 頭蓋骨は粉々に砕け散り、その原型を留めておらず、大きな前足の爪の先にはジョンの肩に食い込んだ証として血で染まっていた。

「爪で肩をやられたの?」

 マリアがジョンの傷痕を心配して、肩に触れようとしたが、ジョンはマリアに構わず、ライフル銃を拾い上げると先へ歩き出した。

 マリアは、一瞬戸惑ったが、近づいて来るビリーらの光を見遣りながら、ジョンの後を追った。

 ビリーと所長は、銃を構えながら、地面に横たわるピンク色の巨体に辿り着き、ぴくりとも動かないことを確認すると、

「ビリー、どうするんだ?あの2人をこのまま行かせるのか?」と所長がビリーに問うた。

「説得します。」とビリーは言い、足早に2人を追った。

「ジョン!追って来るわ!」とマリアが後ろを振り向きながらジョンに言った。

 ジョンは肩を押さえながら、左脚を引きずり、何も言わず、前へ進んだ。

 直にビリーは2人に追いつくと、

「止まるんだ。話がある。」と言い、ジョンの前に立ちはだかった。

 ジョンは何も言わず、立ち止まった。

 マリアがビリーに言った。

「ビリー!お願い!このまま行かせて!」と

 ビリーはマリアを無視し、ジョンに言った。

「浩子さんの元に戻るんだ。バーハム神父も心配している。」と

 ジョンは何も答えなかった。

 そこに、所長が追い付き、

「危ないところだったな。間一髪だったよ!」と言い、

 赤外線スコープが装着されたライフル銃を構えて見せた。

「所長!イラクに行ってたはずじゃなかったんですか?」とマリアが驚いて言った。

「老兵はお役御免さ!」と所長は言い、マリアの肩を叩いた。

 そして、所長はジョンに言った。

「神父さんよぉ!この道は普通のライフル銃は役に立たないぜ!

 なんせ真っ暗闇だ!

 赤外線スコープがないと撃ちようがない。」と

 ジョンは気軽に話しかけて来る所長を無視し、何も答えず、ビリーを睨んでいた。

 所長は唾を吐き捨て、

「ちぇっ!御礼も言わないのか?そうか、神父様は神様だけに御礼を言うのか!」と戯言を宣った。

 無言で睨むジョンにビリーがこう言った。

「相棒の馬を見たか?」と

「…………………………」

「君の無鉄砲な行動で死ななくても良い命が無くなったんだ。

 あの馬は君の相棒だろ?

 あの苦しみの泣き声を聞いただろう?

 君も分かっている筈だ。

 あの馬は君の犠牲者であることを。」

 ジョンは初めて口を開いた。

「分かってます。僕はベガを守れなかった。僕の責任です。」と

 それを聞いたビリーは、いきなり、ジョンの顔を殴り飛ばし、

「『僕の責任』!そんなもん関係ない!

 事を起こせば責任を取れば済む?

 お前はどこまで身勝手なんだよ!

 いいか!

 死なせずに済んだ命を死なせたんだ!

 2度と過ちを犯すな!」と言い放った。

 ジョンが口から流れる血を吐き捨て、立ち上がると、ビリーは再度、殴り飛ばした。

「ビリー!もうやめて!お願いやめて!」とマリアが泣き叫んだ。

 所長は胸元のポケットから葉巻を取り出し、ジッポライターで火を付けると、暗闇の中に紫煙を吐き、

「マリア、ビリーに任せておけ。」と静かに言った。

 ジョンが再び立ち上がると、ビリーはジョンの襟首を掴み、顔を近づけ、こう言った。

「いいか!よく聞くんだ!死なずに済んだ命を良く考えろ!馬の悲鳴を思い浮かべろ!

 お前には聴こえて来るはずだ!

 馬の悲鳴と同じように、浩子の悲鳴が!

 あの子がどんなに苦しんでいるか!

 心の耳で聞いてみろ!」と

 ジョンは膝から崩れ落ちると地面に顔を着け、肩を振るわせ泣いた。

 ビリーは尚も叫ぶ。

「泣くぐらいなら、こんな身勝手な事をするな!

 お前以上に、浩子は涙を流しているんだ!

 あの子はお前を助ける為、100発だ!

 30口径のライフル弾を18歳のか弱い少女が2時間で100発も撃ち続けたんだ!

 分かるか!お前!

 あの子の掌は紫色に変色していたんだ!腫れあがってな!

 俺が駆け付けても、止めようとしない!

 尚も撃ち続けようとするんだ!

 お前を助けるために!

 くそったれが!

 あの子の必死の想いを無下にしやがって!

 いいか!

 あの子を捨てるなら、紙切れ一枚ではなく、ちゃんと目を見て言ってみろ!

 そして、あの子に謝れ!

 それからだ!

 お前が身勝手に死ぬのは、それからだ!」と

 ジョンは泥と血と涙で汚れた顔を上げ、ビリーに叫んだ。

「分からないんだ!僕は何をしたいのか、分からないんだ!」と

 そして、ビリーのズボンを掴み、震える声でこう言った。

「僕は…、知りたいだけなんだ…、僕の正体を…、知りたいだけなんだ…」と
 



 
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