『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第五十一章

寸前の行き違い

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 ビリーはタオス中心部のハイウェイに入るとジャンクションでR510号線に入り、『ランチェス・デ・タオス』の町に向かった。

 時刻は既に午後4時を回り太陽はクリスト山脈の真上に茜色の錆びた血を滴り落とすように沈み掛けていた。

 ビリーは『ランチェス・デ・タオス』の街並みのメイン通りをゆっくりと進んだ。

 そこに人影は全く無かった。

 ビリーはメイン通りのガソンリンスタンドに寄った。

 店に入るとカウンターに年老いた男が立っていた。

 男の容姿はキャップを被り、シャツの上に毛皮のベストを着込んでいた。

 顔付きは見た限り先住民のものであった。

 ビリーを見ると男は燻げな表情を露わにした。

『ちっぇ、こいつも白人嫌いか。』とビリーはそう感じたが、

「ちょっと聞きたいが。」と言い、ビリーは男に保安官バッジを提示した。

 男はそれを見ると、やはりこう言った。

「白人に話すことはない。」と

 ビリーはこの手の会話をタオスに居た時から心得ていた。

「心配するな。俺は南部の白人じゃない。生まれも育ちもサンタフェだ。」と言った。

 しかし、男は尚もビリーを燻しげに見遣っていた。

 保安官や警察官には右翼共和党支持者である白人至上主義者が多数居たからである。

『仕方がない、マリアの力を借りるか。』

 ビリーはいつもの手を講じた。

「バッジをよく見ろよ。サンタフェの森林保安官事務所って書いてるだろう。俺はマリア・ディアスの同僚だ。」と言い、プロブロ族のボディランゲージである手刀の挨拶をしてみせた。

 すると男は、

「マリアのダチかい?」と言い、初めてビリーのバッジに目を通し、

「いいぜ、何を探してる?」と口を開いた。

 ビリーはやれやれという表情をし、こう尋ねた。

「そのマリアを見なかったかい?」

「見てないな。」

「じゃあ、馬を乗せたパトロールカーはどうだい?」

「馬を乗せた?」

「そうだ!馬を乗せたパトロールカー、ピックアップ型のトラックだ。」

「あぁ、それなら見たよ。」

「此処に寄ったのか?」

「いや、この先の教会の前に止まっているのを見たよ。」

「この先の教会?」

「あぁ、この先の突き当たりを左に曲がると日干しれんがの家が見えて来る。その隣に教会がある。ミッションスクールだ。」

「分かった。ありがとう。」

 ビリーは急いでジープに乗り込みミッションスクールへ急いだ。

 ビリーはミッションスクールに着くとジープから降り教会の門を開けようとしたが門は鎖に南京錠がかけられ開かなかった。

 ビリーは門をよじ登り敷地内に入ると階段を昇り教会のドアを開けようとしたが、施錠されていた。

 仕方なく中の様子を窺いたく建物の周りを歩いて行った。

「あった!」

 教会裏の敷地にブルーシートに覆われた物体が見えた。

 ブルーシートを剥がすと間違いなくマリアの乗っていた2号車であった。

 車のキーはスターターに差し込まれていた。

 ビリーは車の中を物色したが何も手掛かりは残されていなかった。

 ビリーはジープに戻り、2号車を発見した旨を無線で報告した。

 ビリーはジープに乗り込むと放牧地に向かった。

『やはりマリアは土地勘のある『ランチェス・デ・タオス』に来ていた。後は馬を探せば…』

 ビリーはR510号線に戻るとクリスト山脈の放牧地帯へ車を向かわせた。

 この時、マリアとジョンはミッションスクールの裏の森の中で丁度、テントを張っていた最中であった。

 マリアの予感は的中したが、寸前の所でビリーは遠のいて行ったのだ。

 ビリーはR510号線から『サングレ・デ・クリスト山地放牧地帯』の標識に従いランプ(出口)を降り、放牧地帯の中にジープを走らせた。

『ここに居るはずだ。奴等はここから川沿いに降りるはずだ。』

 ビリーは広大な放牧地帯の中を西に聳えるホイラー山を目印として幾つもの丘を越えて走った。

『芦毛の馬を探すんだ。』

 放牧地帯の中には数頭の黒牛と半ば野生化した馬が疎に点在していたが、芦毛の馬は見当たらなかった。

 次第に夕陽は薄くなり、瞬く間に放牧地帯に宵闇が覆い出し始めた。

 ビリーは諦めた。

「くそぉ!奴等は一足先に行っちまったか!」

 ビリーは放牧地帯からR510号線で『ランチェス・デ・タオス』には寄らず、タオスの事務所へ直帰した。

 マリアとジョンとは目と鼻の先まで接近していたことに気付かずに…。

 タオスの事務所に着くと、所長が出て来た。

「奴等とは入れ違いか?」

「そうみたいです。トラックまでは推測どおりだったんですが、馬が見当たりませんでしたよ。」

「今、奴等は支流の川沿いを登っているのか?」

「それはどうですかね。馬は夜目が効くと言っても、岩だらけの川沿いですから。靄も深い。」

「何処かで野営をしている。」

「恐らく。」

「今から『ランチェス・デ・タオス』の森林を探すのは厄介だぞ。」

「分かってます。プロブロ族の案内人が居ないと、無闇矢鱈に彷徨うだけになっちまう。」

「プロブロ族の知合いは居るかい?」

「居ますよ。マリアだけですが…」

「なら諦めろ。」

「了解。奴等の行き先は分かっていますから。」

「そうだ。遅かれ早かれの問題だ。」

「所長も久々ヘリを操縦したいですからね。」

「ああ、7~8年は操縦レバーを握ってないよ。お前と一緒に墜落するのは何かの縁だな。」

「勘弁してくださいよ。」

 2人は明日に備えて今夜の捜索は打ち切った。

 ビリーは事務所に入るとシアトルのバーハムに電話を掛けた。

「バーハムさん、サンタフェの保安官のビリーです。」

「ジョンは見つかりましたか!」

「いえ、まだです。」

「そうですか…。」

「2人の足取りは確認できました。2人は『ランチェス・デ・タオス』という町に立ち寄り車を乗り捨てていました。恐らく、リオ・グランデ川の支流を馬で登り、カーソンの森を抜けて、ホイラー山に登るつもりです。」

「分かりました。ありがとうございます。」

「あの少女、浩子は大丈夫ですか?」

「………………」

「どうしたのですか?」

「私の説明が拙かったのか…、かなり落ち込んで…」

「マリアと一緒に居ると言ったのですか?」

「はい。あの子には嘘は通じませんから、貴方に聞いた情報をそのまま伝えました。」

「そうですか…、あの子は何か言ってましたか?」

「浩子は泣きながら…、作り笑顔を頑張って見せながら、私にね…、『好きなってはいけない人を好きになってしまったんですね』って、そう言うんですよ。

 今日、新入生の歓迎会なんです。

 浩子、行きましたよ。

 本当は行きたくなかったと思います。

 でも、無理して行きましたよ。」

 ビリーの握る受話器は怒りで震えていた。

「バーハムさん、あの子に伝えてください。私が必ず彼を連れ戻すからと、そう伝えてください。」

 そう告げるとビリーは電話を切った。

 ビリーは椅子に腰掛けると机の上で足を組み、煙草に火を付け、そして深く深く吸い込むと、ゆっくりと紫煙を蒸した。

『好きになってはいけない人か…』

 ビリーはそのフレーズに暫し囚われた。

 そしてビリーはこう呟いた。

「幸せ者だよ。ジョン・ブラッシュさんよ!そして、お前はかなりの愚か者だよ!」と
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