『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

文字の大きさ
上 下
50 / 75
第五十章

『あの子はお前には勿体無い』

しおりを挟む
 ビリーはリオ・グランデ川の川沿いの農道からタオスの中心部にかけて2人が立ち寄りそうなハイウェイのサービスエリア、ガソリンスタンド、量販店等で聞き込み調査を行ったが目撃情報を得ることは出来ずにいた。

 ビリーは取り敢えずタオスの森林保安官事務所に立ち寄り、その日の報告をサンタフェの所長にし、併せて当分の間はタオス事務所を拠点にして捜索に当たる旨を告げた。

 電話を掛け終わるとビリーはタオス事務所の所長室に向かった。

「ビリーか!今日は別嬪さんの彼女は一緒じゃないのかい?」

「その別嬪さんを探してるんですよ!」

 タオスの所長とビリーは長年、コンビを組んだ間柄であった。

 ビリーはタオスの所長に事情を話した。

「事情は分かったが、お前さんまでもが骨を折る必要は無かろう?
 放っておけ!
 昔から保安官とポリ公は色恋沙汰の不祥事がオンパレードだ!
 お前さんが心配するほどマスコミは食いつかないよ。」

「分かってますよ、それぐらい。うちのボスは出世欲の塊ですから、彼に了解を得るためマスコミで脅したまでです。」

「あんまりイジメるなよ。彼は直に偉くなるぞ!なんせ、州幹部の視察の際は正座して靴まで磨いた男だからな。後々仕返しされるぞ!」

「構いませんよ。俺はお偉い方がどうも好きになれませんから。」

「さて、それは良いとして、ビリー、お前の狙いは何だい?

 こんなくだらないことにお前が首を突っ込むには理由があるはずだ。」

「狙いはありません。理由ですか…」

 ビリーは改めてそう問われると、自分自身でも何故か明瞭な答えはないような気がした。

 タオスの所長が鎌をかけた。

「あの別嬪さんがその神父とできたのが気に食わないのか?」

 ビリーはその愚問に苦笑いしたが、ふとそれに近いような気がした。

「所長、30口径の弾を2時間で100発撃ち続けることができますか?」

 ビリーは所長の鎌には乗らず、逆にそう質問してみた。

「ライフル銃でか?ここがイラクの戦場ならできるかもな。普通は無理だ。」

「それをやってのけたのが18歳の少女」

「ビリー、お前、いつから映画監督になったんだい。ランボーの女版か!」

「愛する人を助けるため、カーソンの森の中で撃ち続けた。SOSをね。」

 所長の顔が真顔になった。

「本当の話かよ?詳しく聞かせてくれ。」

 ビリーは所長に浩子のことを詳しく説明した。

 それを聞いた所長はビリーにこう聞き直した。

「お前が惚れたのはその少女か?それならよく分かるさ。お前好みだ。」

 ビリーは笑いながら首を振り、

「俺がその子に惚れてる?俺は年上好みですよ!」

 そう惚けながらもビリー自身も浩子に何かを感じていた。

『確かにあの子は奴には勿体無い。』

 ビリーは再度こう感じると、所長に言った。

「マリアと一緒にいる元神父がその少女を捨てやがった。

 あんなに必死で助けを呼んだ少女を手紙一枚で捨てやがった。

 所長、俺はそんな奴が反吐が出るくらい大っ嫌いなんです。

 奴の首根っこを掴んででも少女の元に連れ戻し、

 そして顔に土が付くくらい土下座させてやりたいんですよ!」と

 所長はニヤリと笑いこう言った。

「ビリー、お前は間違いなくその子に恋してるよ。

 それはともあれ、俺にどうしろと?」

 ビリーは所長の机に両手をつき、顔を乗り出して、こう頼んだ。

「あの時と同じように俺と一緒にヘリで…」

「あの時…、10年前の獣道か?」

 ビリーは所長の目を睨みゆっくり頷いた。

 そう、10年前の獣道の惨劇、その救援ヘリを操縦したのがタオスの所長であった。

「ビリー、マリア達はあの獣道に向かっているのか?」

 所長の表情が急に険しくなった。

「間違いありません。」

「今からでも間に合うか?」

「恐らく2人はまだこのタオス近郊に居るかと。

 また、2人は馬で川沿いを登るつもりです。」

「よし、それなら十分間に合う。お前の計画を聞かせてくれ。」

 ビリーはこう説明した。

『この時期のリオ・グランデ川の支流は靄が立ち込み上空から川沿いを目視するのは難しい。かつ、ヘリの着陸地点が限られている。

 よって、先回りして橋桁の手前にヘリを着陸させ、そこで待機する。』と

 所長は頷きながらも一つ質問した。

「2人は大人しく説得に応じてヘリに乗ると思うか?」と

 ビリーは言った。

「大人しくはしないと思います。その時は力尽くです。」と

 所長も同感し、こう言った。

「それで行こう。獣道に入るのは二度とごめんだからな。」と

 そう言うと所長は州本部に電話を掛けた。

「こちらタオス事務所、ヘリを一台要請する。リオ・グランデ川支流を北上しカーソン森林地帯を抜けようとする登山者の情報あり。」と

 電話を切ると所長はビリーに言った。

「ヘリは明朝には此処に着く。それまで、装備品の用意をしておこう。」と

 2人は事務所を出るとビリーの特殊ジープからライフル銃、散弾銃等を降ろした。

 所長はビリーが乗って来た特殊ジープをまじまじと見ながらこう問うた。

「ビリー、ヘリで行くなら、特殊ジープでわざわざ来なくても良かったな。」と

 ビリーは言った。

「こいつはクリスト山脈の放牧地帯に行くために必要です。」

「放牧地帯?」

「奴等は馬を連れている。川を登る前に必ず馬に餌を食わせます。」

「『ランチェス・デ・タオス』の放牧地か?」

「ええ、マリアの生まれ故郷です。今からこいつで行って来ます。」

「おいおい、それならヘリは必要なかったんじゃないか?」

「ヘリは次の手段です。先の一手を打つように教えたのは所長、貴方ですよ。」

「流石、ニューメキシコ州のホープだ!君には参ったよ。

 では、ヘリをキャンセルできることを願うとするか。」

 ビリーはジープに乗り込み『ランチェス・デ・タオス』へと向かった。

『腐れ野郎共、そこに居ろよ!俺も獣道を二度と通りたくはないからな。』

 ビリーはそう思うと同時に所長の言葉が浮かんだ。

『お前は間違いなくその子に恋してるよ』

 そして、ライフル銃を握ったまま呆然としていた浩子の姿が浮かんできた。

 ビリーはまたも呟いた。

『あの子はお前には勿体無い』と
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

処理中です...