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第四十九章
『好きなってはいけない人』
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バーハムはシアトル国際空港に降り立ち、車に乗り、神学校へ向かっていた。
バーハムの心にはジョンよりも浩子の面影が支配していた。
『浩子の顔を見て何と話せば良いものか…』
バーハムは少し考える時間が欲しくパーキングエリアに寄ろうと車線変更し車のスピードを落とした。
だが、
『浩子に嘘を言っても…、あの子は分かるはずだ。いや、もうあの子は既に分かっておる。正直に話すか…』
バーハムはそう思うと、再度、車線変更し、車のスピードを上げた。
浩子の神学校での生活は始まっていた。
この日は新入生用のカリキュラムに従い、講義内容のオリエンテーションが実施されていた。
そこには久住に居る時の天真爛漫とした浩子の姿はなかった。
各教室を案内して回る時もいつも一番最後を歩き、誰とも会話を交わすこともなかった。
同級生に自己紹介されても、作り笑顔で必要最低限の名前だけ述べ、会話を続けることもなかった。
オリエンテーションは午前中には終わり、後は自由時間であった。
この日の晩は、寮で新入生の歓迎会が予定されていた。
新入生は寮に戻るとそれぞれ各部屋を周り、懇親を図りあっていたが、浩子は部屋に鍵を掛けた。
浩子の部屋も何度かノックがされたが浩子がそれに応じることはなかった。
浩子はベットに入り込み布団を被り震えていた。
『神様、お願いします。ジョンが私の元に戻って来ますように。神様、お願いします。』
そう繰り返し祈りを捧げていた。
突然、部屋の電話が鳴った。
浩子は布団から飛び出し電話に出た。
『浩子、私よ。バーハム神父様が戻って来たの。今、ロビーに居るわ。』
祖母からの電話であった。
浩子は急いでロビーへ向かった。
浩子が階段から降りて来るとロビーのソファーにバーハムと祖母が座っていた。
浩子はバーハムの顔を一目見て感じた。
『私の願いは叶わなかった。』と
浩子は急足を止め、ゆっくりと歩き直し、バーハムの前に座った。
バーハムはそんな浩子の様子を見て、
『やはり、この子は既に分かっておるか…、この子に追い討ちをかけるようなことは言えない。』と思い、
「ジョンには会えなかったよ。」と一言だけ告げた。
浩子はバーハムに目を合わせず、バーハムの口元を見ながらこう尋ねた。
「神父様、マリアさんには会えましたか?」と
バーハムは仕方なく答えた。
「マリアさんにも会えなかった。」と
浩子は続けてこう問うた。
「では、ジョンとマリアさんは一緒なんですね?」と
バーハムは仕方なく頷いた。
浩子の瞳に涙が溢れ始めた。
バーハムはビリーから聞いた情報を言葉を選びながら浩子に伝えた。
「ジョンは神父を辞め、母親の遺骨を探すため、マリアさんの協力を得ながらホイラー山へ向かっているとのことだったよ。」と
浩子が呟いた。
「マリアさんの協力…」
バーハムは慌てて説明し直した。
「マリアさんの父親はプロブロ族の酋長だそうだ。ジョンはマリアさんを通じて父親と会おうとしているみたいだ。」と
浩子の視線はバーハムの口元からバーハムの目へゆっくりと向けられ、
「そうだったんだ…」と一言呟いた。
バーハムは笑いながら浩子に念を押した。
「そうなんだよ!ジョンがマリアさんに協力を求めたのもそう言うことだったんだ!理由があったんだよ!」と
そうは言ったものの、バーハムは心では思っていた。
『浩子はすべて分かっている。』と
しかし、バーハムはこれまでの説明で浩子が少しでも安心してくれればとの期待の下、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
浩子はバーハムの視線から目を逸らすと、何処を見るでもなくぼんやりとした表情を浮かべ、ぽつりとこう言った。
「私の必要は無くなったんだ。」と
バーハムは「そうじゃない、そうじゃないんだよ…」と浩子の肩に慌てて手を差し伸べようとした。
その時、浩子はバーハムの目に視線を戻し、語気を強めてこう言った。
「神父様、あの人は私よりマリアさんを選んだんです!」と
バーハムは浩子を宥めるよう、
「浩子、そうじゃないんだ。ジョンはプロブロ族の酋長に会うため、その娘のマリアさんに協力を求めただけなんだ。」と言ったが、
浩子の濡れた瞳からは涙が溢れていた。
そして、浩子は涙が流れ落ちないよう目頭を小指で拭い、目一杯の作り笑顔でこう言った。
「もう良いんです!私には入れない世界なんです。私には2人みたいに先住民の血が流れていませんから。」と
そして、笑顔のまま涙を零しこう付け加えた。
「神父様、私…、好きなってはいけない人を好きになってしまったんですね…。それだけのこと…」と
祖母は浩子の隣に行き、
「もう良いよ。浩子、もう良いから。」と言い、背中を撫でた。
バーハムは浩子の肩から手を離すと、浩子に諭すようこう言った。
「浩子、これだけは心の隅にでも留めて置いて欲しい。
ジョンは浩子のことを一番大切に想っている。
浩子を一番愛してる。
それは紛れもない真実だ。
しかし、今のジョンの精神は脆弱過ぎるんだよ。
愛するために生きようとするエネルギーがないんだ。
だから、ジョンは敢えて浩子の前から姿を消したんだ。」と
それを聞くと、浩子は泣きながらバーハムにこう訴えた。
「ジョンが命を絶つから…、私から離れた…、そんなこと…、私、分かっているんです。
だったら…、だからこそ、私を必要として欲しかった…、
私のこと、一番大切に想ってくれているのなら、一番愛しているんだったら、最期まで私と一緒に居て欲しかった…、
死ぬから…、お別れなんて…、酷すぎます。
私が重荷なんて…
神父様!
私はジョンにとって、一体何なのですか!
私の存在は…、一体…、何なの…」と
浩子は泣き崩れ祖母の膝の上に顔を埋めた。
バーハムにはこれ以上浩子にかける言葉は見当たらなかった。
『好きになってはいけない人か…』
バーハムは浩子の言葉を心で呟いた。
そして、イエス・キリストに心の中で訴えた。
『イエス様、貴方は仰る。
【愛する者を手放しなさい。もし、その人が戻って来なければ、初めから貴方のものではなかったのです。
もし、戻って来れば、初めから貴方のものだったのです。】と
真の愛を確かめるための施しを貴方はそう仰る。
イエス様、私は貴方に敢えて聞きたいのです。
この施しは万人に必要であるかを。
こんな純粋に愛を育もうと翼を広げ始めた天使のような少女にも必要なのかと。
イエス様、この少女は私にこう訴えるのです。
『好きなってはいけない人を好きになってしまったんですね。』と
この少女は真の愛を確認する前に愛そのものに諦念を抱いているのです。
私はこの少女にはもう言えません。
貴方の御言葉は…』と
バーハムの心にはジョンよりも浩子の面影が支配していた。
『浩子の顔を見て何と話せば良いものか…』
バーハムは少し考える時間が欲しくパーキングエリアに寄ろうと車線変更し車のスピードを落とした。
だが、
『浩子に嘘を言っても…、あの子は分かるはずだ。いや、もうあの子は既に分かっておる。正直に話すか…』
バーハムはそう思うと、再度、車線変更し、車のスピードを上げた。
浩子の神学校での生活は始まっていた。
この日は新入生用のカリキュラムに従い、講義内容のオリエンテーションが実施されていた。
そこには久住に居る時の天真爛漫とした浩子の姿はなかった。
各教室を案内して回る時もいつも一番最後を歩き、誰とも会話を交わすこともなかった。
同級生に自己紹介されても、作り笑顔で必要最低限の名前だけ述べ、会話を続けることもなかった。
オリエンテーションは午前中には終わり、後は自由時間であった。
この日の晩は、寮で新入生の歓迎会が予定されていた。
新入生は寮に戻るとそれぞれ各部屋を周り、懇親を図りあっていたが、浩子は部屋に鍵を掛けた。
浩子の部屋も何度かノックがされたが浩子がそれに応じることはなかった。
浩子はベットに入り込み布団を被り震えていた。
『神様、お願いします。ジョンが私の元に戻って来ますように。神様、お願いします。』
そう繰り返し祈りを捧げていた。
突然、部屋の電話が鳴った。
浩子は布団から飛び出し電話に出た。
『浩子、私よ。バーハム神父様が戻って来たの。今、ロビーに居るわ。』
祖母からの電話であった。
浩子は急いでロビーへ向かった。
浩子が階段から降りて来るとロビーのソファーにバーハムと祖母が座っていた。
浩子はバーハムの顔を一目見て感じた。
『私の願いは叶わなかった。』と
浩子は急足を止め、ゆっくりと歩き直し、バーハムの前に座った。
バーハムはそんな浩子の様子を見て、
『やはり、この子は既に分かっておるか…、この子に追い討ちをかけるようなことは言えない。』と思い、
「ジョンには会えなかったよ。」と一言だけ告げた。
浩子はバーハムに目を合わせず、バーハムの口元を見ながらこう尋ねた。
「神父様、マリアさんには会えましたか?」と
バーハムは仕方なく答えた。
「マリアさんにも会えなかった。」と
浩子は続けてこう問うた。
「では、ジョンとマリアさんは一緒なんですね?」と
バーハムは仕方なく頷いた。
浩子の瞳に涙が溢れ始めた。
バーハムはビリーから聞いた情報を言葉を選びながら浩子に伝えた。
「ジョンは神父を辞め、母親の遺骨を探すため、マリアさんの協力を得ながらホイラー山へ向かっているとのことだったよ。」と
浩子が呟いた。
「マリアさんの協力…」
バーハムは慌てて説明し直した。
「マリアさんの父親はプロブロ族の酋長だそうだ。ジョンはマリアさんを通じて父親と会おうとしているみたいだ。」と
浩子の視線はバーハムの口元からバーハムの目へゆっくりと向けられ、
「そうだったんだ…」と一言呟いた。
バーハムは笑いながら浩子に念を押した。
「そうなんだよ!ジョンがマリアさんに協力を求めたのもそう言うことだったんだ!理由があったんだよ!」と
そうは言ったものの、バーハムは心では思っていた。
『浩子はすべて分かっている。』と
しかし、バーハムはこれまでの説明で浩子が少しでも安心してくれればとの期待の下、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
浩子はバーハムの視線から目を逸らすと、何処を見るでもなくぼんやりとした表情を浮かべ、ぽつりとこう言った。
「私の必要は無くなったんだ。」と
バーハムは「そうじゃない、そうじゃないんだよ…」と浩子の肩に慌てて手を差し伸べようとした。
その時、浩子はバーハムの目に視線を戻し、語気を強めてこう言った。
「神父様、あの人は私よりマリアさんを選んだんです!」と
バーハムは浩子を宥めるよう、
「浩子、そうじゃないんだ。ジョンはプロブロ族の酋長に会うため、その娘のマリアさんに協力を求めただけなんだ。」と言ったが、
浩子の濡れた瞳からは涙が溢れていた。
そして、浩子は涙が流れ落ちないよう目頭を小指で拭い、目一杯の作り笑顔でこう言った。
「もう良いんです!私には入れない世界なんです。私には2人みたいに先住民の血が流れていませんから。」と
そして、笑顔のまま涙を零しこう付け加えた。
「神父様、私…、好きなってはいけない人を好きになってしまったんですね…。それだけのこと…」と
祖母は浩子の隣に行き、
「もう良いよ。浩子、もう良いから。」と言い、背中を撫でた。
バーハムは浩子の肩から手を離すと、浩子に諭すようこう言った。
「浩子、これだけは心の隅にでも留めて置いて欲しい。
ジョンは浩子のことを一番大切に想っている。
浩子を一番愛してる。
それは紛れもない真実だ。
しかし、今のジョンの精神は脆弱過ぎるんだよ。
愛するために生きようとするエネルギーがないんだ。
だから、ジョンは敢えて浩子の前から姿を消したんだ。」と
それを聞くと、浩子は泣きながらバーハムにこう訴えた。
「ジョンが命を絶つから…、私から離れた…、そんなこと…、私、分かっているんです。
だったら…、だからこそ、私を必要として欲しかった…、
私のこと、一番大切に想ってくれているのなら、一番愛しているんだったら、最期まで私と一緒に居て欲しかった…、
死ぬから…、お別れなんて…、酷すぎます。
私が重荷なんて…
神父様!
私はジョンにとって、一体何なのですか!
私の存在は…、一体…、何なの…」と
浩子は泣き崩れ祖母の膝の上に顔を埋めた。
バーハムにはこれ以上浩子にかける言葉は見当たらなかった。
『好きになってはいけない人か…』
バーハムは浩子の言葉を心で呟いた。
そして、イエス・キリストに心の中で訴えた。
『イエス様、貴方は仰る。
【愛する者を手放しなさい。もし、その人が戻って来なければ、初めから貴方のものではなかったのです。
もし、戻って来れば、初めから貴方のものだったのです。】と
真の愛を確かめるための施しを貴方はそう仰る。
イエス様、私は貴方に敢えて聞きたいのです。
この施しは万人に必要であるかを。
こんな純粋に愛を育もうと翼を広げ始めた天使のような少女にも必要なのかと。
イエス様、この少女は私にこう訴えるのです。
『好きなってはいけない人を好きになってしまったんですね。』と
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