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第四十三章
『忘れないと…』
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コロラド州を上流とするリオ・グランデ川はニューメキシコ州サンタフェで広大な三角州デルタ地帯を形成し、その豊潤な土地は牧草地として活用されていた。
そして、河川敷と牧草地の間には何キロにも及ぶ柵が設置されており、その中でメキシコ産の野生馬が調教されていた。
その牧草地の一角に森林保安官用の厩舎があった。
厩舎には10頭ほど調教済みの馬が飼育され、リオ・グランデ川の増水により河川敷が決壊しデルタ地帯が増水した際、自動車の代用として使われていた。
厩舎の中にはジョンの馬である『ベガ』も居り、すっかり他の馬達と馴染んでいた。
厩舎の隣には馬番用の小屋が建てられていた。
小屋の外観は真っ白な漆喰の壁に合わせ屋根は白煉瓦が積まれていた。
床面積は3坪程と猫の額ように狭く、増水に備え高床式構造であった。
ジョンはこの厩舎の馬番として雇われ、この小屋で生活することになっていた。
これまで、この厩舎は馬番不在で管理を行っていたが、森林保安官事務所の少ない要員による交代制の管理は少なからず職員の負担となっていたことから、
乗馬が上手く、馬の知識が豊富であるジョンを馬番として雇うようマリアが所長に掛け合ってくれたのだ。
この日、ジョンは右手片方に杖を持ち、一段、一段、慎重に小屋の階段を降りると、牧草地を目指し、一歩、一歩、歩いて行った。
退院して早くも松葉杖からステッキ杖に替え、左脚のリハビリに努めていた。
ジョンは柵まで辿り着くと未調教のメキシコ産の野生馬を一頭づつ隈なく見遣っていた。
『国境を越えてこの地に放たれた馬達か。
芦毛、栗毛、栃毛…、本来の血統の賜物として毛色に表れてる。』
ジョンはそう思いながら、自然と母マリアの血を感じた。
『僕の肌の色は白だ。母の遺伝だ。僕は母の血を色濃ゆく継承しているのか?
母はスペイン系アメリカ人なのか?何系なのか?
プロテスタントのシスターならば、イングランド系、ドイツ系か?
瞳の色は僕と同じ黒だったのか?
髪の毛の色は?』と
この頃、ジョンは亡き母マリアを近くに感じるようになっていた。
偽りの神父の仮面を脱ぎ捨て、ホイラー山の麓の街サンタフェで少なからず体制を整えることができた。
その協力者は母と同じ名前のマリアであり、自分と同じ先住民と白人の混血児であった。
さらには、マリアは生前の母を最もよく知るプロブロ族の酋長の娘でもある。
この偶然の出会いは、ジョンの気持ちをより一層、母マリアに近づけたのであった。
そして、ジョンの目的は一本に絞られていた。
『早く脚を直し、僕はタオスに行く。そして、マリアの父親であるプロブロ族の酋長に会う。』と
一台のピックアップトラックが小屋の前に停車した。
マリアであった。
マリアは車から降りると小屋の階段を昇り、ドアの前で振り返ると、大声でジョンに叫んだ。
「ジョン!お昼持って来たわ!戻って来てねー!」と
ジョンは手を振って答えると小屋へと戻った。
マリアは小屋の中の古汚いコンロでコーヒーを沸かし、テーブルの上には手作りのサンドイッチを用意していた。
ジョンが戻るとマリアは心配そうに言った。
「昨日、退院したばっかりよ!無理したらダメだからね。」と
ジョンは『分かった』と頷き、テーブルに腰掛けた。
マリアは一転して喜びの笑みを浮かべてこう言った。
「このサンドイッチ、美味しいわよ!私の手作り!」と
ジョンは笑いながら言った。
「普通、手作り料理は謙遜して言うもんだけどね。」と
マリアは少し膨れっ面をし、
「良いのよ!私、料理上手いから。」と言い、
「兎に角、食べて!沢山食べてね!」とジョンに勧めた。
ジョンは美味しそうに食べた。
マリアは食べずにジョンの食べる様子を頬杖しながら眺めていた。
ジョンが食べながら言った。
「ジッと見られているとなんだか食べずらいよ。」と
マリアはにっこり笑い、
「いいの、いいの、私は男の人が食べてる姿が好きなのよ。」と言い、益々、ジョンを見つめながら、
「当分、私マリアがジョンのお母さんになってあげるわ!」と真顔で言った。
「お母さん?」とジョンが聞くと、
「だって、名前一緒でしょ?」と言い、そして、照れながら、
「お母さんじゃない方が良いかな?」って囁いた。
ジョンは何も答えず、笑いながらサンドイッチを食べ続けた。
ジョンが食べ終わるとマリアはコーヒーを注いでくれた。
そして、ジョンに一言尋ねた。
「手紙は書いたの?」と
ジョンはこくりと頷いた。
「そっか。」とマリアは一言答えた。
ジョンはマリアに言った。
「浩子と僕は住む世界が違うんだ。」と
マリアは大きく頷き、こう言った。
「私とジョンは同じ先住民と白人の混血児。勇者の息子と酋長の娘。」
ジョンがこう付け加えた。
「そして、母と同じ名前だろ!」と
「そうそう!」とマリアが嬉しそうに笑った。
そして、マリアがジョンの瞳を見つめ、こう言った。
「今度は私がジョンの最大の味方になってあげるからね。」と
ジョンは何も答えず、マリアから視線を外し、コーヒーを一口飲んだ。
マリアはジョンの反応が無いことに少し焦り、
「そっか…、まだ、あの子のこと、気になるのね。」とジョンの直情を触った。
ジョンはコーヒーカップを静かに置くと、マリアの瞳に視線を戻して、こう言った。
「浩子は僕と居ない方が幸せになれる。だから、浩子の事はもう気にしてないよ。」と
マリアはもう一度ジョンに問うた。
「良いの?あの子のこと、忘れられる?」と
ジョンはマリアを見つめゆっくりと頷いた。
そして、ジョンは心に誓った。
『僕と浩子は違う人間なんだ。
そう、浩子のためなんだ!
忘れないといけないんだ!
忘れないと…』
そして、河川敷と牧草地の間には何キロにも及ぶ柵が設置されており、その中でメキシコ産の野生馬が調教されていた。
その牧草地の一角に森林保安官用の厩舎があった。
厩舎には10頭ほど調教済みの馬が飼育され、リオ・グランデ川の増水により河川敷が決壊しデルタ地帯が増水した際、自動車の代用として使われていた。
厩舎の中にはジョンの馬である『ベガ』も居り、すっかり他の馬達と馴染んでいた。
厩舎の隣には馬番用の小屋が建てられていた。
小屋の外観は真っ白な漆喰の壁に合わせ屋根は白煉瓦が積まれていた。
床面積は3坪程と猫の額ように狭く、増水に備え高床式構造であった。
ジョンはこの厩舎の馬番として雇われ、この小屋で生活することになっていた。
これまで、この厩舎は馬番不在で管理を行っていたが、森林保安官事務所の少ない要員による交代制の管理は少なからず職員の負担となっていたことから、
乗馬が上手く、馬の知識が豊富であるジョンを馬番として雇うようマリアが所長に掛け合ってくれたのだ。
この日、ジョンは右手片方に杖を持ち、一段、一段、慎重に小屋の階段を降りると、牧草地を目指し、一歩、一歩、歩いて行った。
退院して早くも松葉杖からステッキ杖に替え、左脚のリハビリに努めていた。
ジョンは柵まで辿り着くと未調教のメキシコ産の野生馬を一頭づつ隈なく見遣っていた。
『国境を越えてこの地に放たれた馬達か。
芦毛、栗毛、栃毛…、本来の血統の賜物として毛色に表れてる。』
ジョンはそう思いながら、自然と母マリアの血を感じた。
『僕の肌の色は白だ。母の遺伝だ。僕は母の血を色濃ゆく継承しているのか?
母はスペイン系アメリカ人なのか?何系なのか?
プロテスタントのシスターならば、イングランド系、ドイツ系か?
瞳の色は僕と同じ黒だったのか?
髪の毛の色は?』と
この頃、ジョンは亡き母マリアを近くに感じるようになっていた。
偽りの神父の仮面を脱ぎ捨て、ホイラー山の麓の街サンタフェで少なからず体制を整えることができた。
その協力者は母と同じ名前のマリアであり、自分と同じ先住民と白人の混血児であった。
さらには、マリアは生前の母を最もよく知るプロブロ族の酋長の娘でもある。
この偶然の出会いは、ジョンの気持ちをより一層、母マリアに近づけたのであった。
そして、ジョンの目的は一本に絞られていた。
『早く脚を直し、僕はタオスに行く。そして、マリアの父親であるプロブロ族の酋長に会う。』と
一台のピックアップトラックが小屋の前に停車した。
マリアであった。
マリアは車から降りると小屋の階段を昇り、ドアの前で振り返ると、大声でジョンに叫んだ。
「ジョン!お昼持って来たわ!戻って来てねー!」と
ジョンは手を振って答えると小屋へと戻った。
マリアは小屋の中の古汚いコンロでコーヒーを沸かし、テーブルの上には手作りのサンドイッチを用意していた。
ジョンが戻るとマリアは心配そうに言った。
「昨日、退院したばっかりよ!無理したらダメだからね。」と
ジョンは『分かった』と頷き、テーブルに腰掛けた。
マリアは一転して喜びの笑みを浮かべてこう言った。
「このサンドイッチ、美味しいわよ!私の手作り!」と
ジョンは笑いながら言った。
「普通、手作り料理は謙遜して言うもんだけどね。」と
マリアは少し膨れっ面をし、
「良いのよ!私、料理上手いから。」と言い、
「兎に角、食べて!沢山食べてね!」とジョンに勧めた。
ジョンは美味しそうに食べた。
マリアは食べずにジョンの食べる様子を頬杖しながら眺めていた。
ジョンが食べながら言った。
「ジッと見られているとなんだか食べずらいよ。」と
マリアはにっこり笑い、
「いいの、いいの、私は男の人が食べてる姿が好きなのよ。」と言い、益々、ジョンを見つめながら、
「当分、私マリアがジョンのお母さんになってあげるわ!」と真顔で言った。
「お母さん?」とジョンが聞くと、
「だって、名前一緒でしょ?」と言い、そして、照れながら、
「お母さんじゃない方が良いかな?」って囁いた。
ジョンは何も答えず、笑いながらサンドイッチを食べ続けた。
ジョンが食べ終わるとマリアはコーヒーを注いでくれた。
そして、ジョンに一言尋ねた。
「手紙は書いたの?」と
ジョンはこくりと頷いた。
「そっか。」とマリアは一言答えた。
ジョンはマリアに言った。
「浩子と僕は住む世界が違うんだ。」と
マリアは大きく頷き、こう言った。
「私とジョンは同じ先住民と白人の混血児。勇者の息子と酋長の娘。」
ジョンがこう付け加えた。
「そして、母と同じ名前だろ!」と
「そうそう!」とマリアが嬉しそうに笑った。
そして、マリアがジョンの瞳を見つめ、こう言った。
「今度は私がジョンの最大の味方になってあげるからね。」と
ジョンは何も答えず、マリアから視線を外し、コーヒーを一口飲んだ。
マリアはジョンの反応が無いことに少し焦り、
「そっか…、まだ、あの子のこと、気になるのね。」とジョンの直情を触った。
ジョンはコーヒーカップを静かに置くと、マリアの瞳に視線を戻して、こう言った。
「浩子は僕と居ない方が幸せになれる。だから、浩子の事はもう気にしてないよ。」と
マリアはもう一度ジョンに問うた。
「良いの?あの子のこと、忘れられる?」と
ジョンはマリアを見つめゆっくりと頷いた。
そして、ジョンは心に誓った。
『僕と浩子は違う人間なんだ。
そう、浩子のためなんだ!
忘れないといけないんだ!
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