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第四十章
ジョンからの手紙
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入学式は滞りなく終了し、浩子と祖母は神学校の隣の建物である女子寮に向かった。
バーハムは2人に校長との話の続きがあるからと告げ、一旦、2人と別れ、急いで校内の電話ボックスへと向かった。
バーハムは電話ボックスに着くとサンタフェの病院へ電話した。
「其方に入院しているジョン・ブラッシュをお願いします。」
「ジョン・ブラッシュさんですね。少々お待ちください。」
バーハムは、辞表届の件はさて置き、取り急ぎ、ジョンの声を聞きたかった。
「お待たせしました。ジョン・ブラッシュさんは先程退院なされました。」
「退院?予定では1週間後ではなかったのですか?」
「失礼ですが、ブラッシュさんのご家族のお方でしょうか?」
「はい、ジョン・ブラッシュの後見人のバーハムと申します。主治医と話すことができますか?」
「聞いてみます。少々お待ちください。」
暫くすると主治医が電話元に出た。
「私、ブラッシュさんを担当してました者です。」
「私、ブラッシュの後見人であるバーハムと申します。
今日、退院するなど本人から何も聞いていなかったものですので…」
「ご本人さんから聞いてなかった?」
「何も聞いていません。当初の予定どおり、退院は1週間後と思っていました。」
「そうですか…、此方も予定どおりでいたところ、本日になって、本人がどうしても退院したいと申しまして。
状態としては退院しても日常生活には支障がないほど回復していましたので退院を許可した次第なんです。
まさか、バーハムさんがそれを聞いてないとは思ってもみなかったです。」
「そうですか…、先生、本人の退院先の住所等は分かりますでしょうか?」
「ちょっとお待ちくださいね。あっ、分かりますよ。ユタ州の住所を書かれています。」
医師はバーハムに住所を教えた。
バーハムは手帳に住所を書き留めると、
「分かりました。ありがとうございました。」と
医師にお礼言い、電話を切ろうとした。
「あっ、ちょっとお待ちになって下さい。」
「何か?」
「確か…、バーハムさんは、ブラッシュさんの後見人、育ての親と言っておられましたね。」
「そうですが。」
電話口の医師の声が急に小さくなった。
「これはあくまでも私の私見に過ぎませんが、バーハムさんにはお伝えしていた方が良いかと思いまして。」
バーハムは瞬時に察した。
「もしや、ジョンの精神状態についてのことですか?」
医師は小声で、
「そうなんですよ、お時間はお有りですか?」
バーハムは覚悟していたかのように「構いません。」と答えた。
医師はこう述べた。
「まず1点目として、あれだけの恐怖体験をしたのにも拘らず全くと言って良い程、PDST症状トラウマが見受けられない点、2点目として、喜怒哀楽といった感情表現が平板化しており、感情鈍化の状態が見受けられる点です。
この2点に関連して、ブラッシュさんの生い立ち等で、もし何かお心当たりが有ればと思いまして。」
バーハムは躊躇なく答えた。
「彼には幼い頃から非常に強い自殺願望がありました。」と
医師は共感したように、「やはり」と呟いた。
そして、医師はこう続けた。
「お気をつけてください。今のブラッシュさんには何に対しても恐怖観念を抱くことはなく、かつ、時間不安といった焦りが見受けられます。」と
それを聞いたバーハムは少し強い口調で医師に言った。
「それを分かっていて、どうして退院させたのですか?」と
医師は事務的にこう答えた。
「先に申し上げたとおりこれは私の私見に過ぎません。私は整形外科であり、私の施す医療行為はブラッシュさんの両腕の損傷及び左大腿部筋肉断裂の治療です。
それがある程度治癒し、日常生活を行う上で特段の支障がないと判断出来れば、本人の退院申し出を拒否することはできません。」と
バーハムは医師の事務的な答弁に些かやるせ無い気持ちでこう言った。
「では、何故、貴方はそんな私見を私に申すのですか?」と
医師は即答した。
「この電話で、ブラッシュさんの退院について貴方が把握してないと知ったからです。それともう一つ、貴方であれば私の感じた不安を理解し、対処されることを期待したからです。」と
それを聞き、バーハムは落ち着き、
「お心違いに感謝します。」と医師に改めて礼を述べると、
「しかし、この住所は…」と言い掛け、
「分かりました。」と言い、電話を切った。
ジョンの退院手続書に書かれた退院後の住所はナバホ族居住地であった。
バーハムは察していた。
『先を急ぐジョンが出発点に戻るはずがない。』と
バーハムはジョンが何処に身を寄せたか考えながら車に戻ると、浩子と祖母が既に車の前で待っていた。
バーハムは浩子の顔を見て、『はっ』と感じた。
『手紙!ジョンからの手紙が届いているはずだ!』と
バーハムは2人を車に乗せると家へ急いだ。
車中、何も話さず、珍しく車を飛ばすバーハムの様子を見て、浩子が尋ねた。
「神父様、何かあったんですか?ジョンの事で…」と
バーハムは隠しても直ぐに分かることだと思い、浩子に話した。
「ジョンは病院を退院した。ジョンから辞表届が届いていた。」
「ジョンから!ジョンはシアトルに戻って来ないのですか?」
「多分、ジョンは戻って来ない。」
それを聞くと浩子は呆然と目を閉じた。
『ジョンは戻って来ない。ジョンは行くつもりだわ。ホイラー山へ』
浩子の瞑った目から涙が溢れた。
『私を置いて行くつもりなのね。私は何のためにシアトルに来たのかしら。』
そう想う浩子は居た堪れない気持ちで一杯となった。
家に着くと、バーハムは郵便受けへ駆け足で急ぎ郵便受けを開いた。
『やはり届いていたか…』
郵便受けには封書が2通届いていた。
差出人は2通とも『ジョン・ブラッシュ』
宛先は浩子とバーハム宛であった。
バーハムは車に戻り、後部座席のドアを開き、
「浩子、ジョンからだ。」と言い、浩子に封書を手渡した。
封書を受け取る浩子の手は震えていた。
バーハムは2人に校長との話の続きがあるからと告げ、一旦、2人と別れ、急いで校内の電話ボックスへと向かった。
バーハムは電話ボックスに着くとサンタフェの病院へ電話した。
「其方に入院しているジョン・ブラッシュをお願いします。」
「ジョン・ブラッシュさんですね。少々お待ちください。」
バーハムは、辞表届の件はさて置き、取り急ぎ、ジョンの声を聞きたかった。
「お待たせしました。ジョン・ブラッシュさんは先程退院なされました。」
「退院?予定では1週間後ではなかったのですか?」
「失礼ですが、ブラッシュさんのご家族のお方でしょうか?」
「はい、ジョン・ブラッシュの後見人のバーハムと申します。主治医と話すことができますか?」
「聞いてみます。少々お待ちください。」
暫くすると主治医が電話元に出た。
「私、ブラッシュさんを担当してました者です。」
「私、ブラッシュの後見人であるバーハムと申します。
今日、退院するなど本人から何も聞いていなかったものですので…」
「ご本人さんから聞いてなかった?」
「何も聞いていません。当初の予定どおり、退院は1週間後と思っていました。」
「そうですか…、此方も予定どおりでいたところ、本日になって、本人がどうしても退院したいと申しまして。
状態としては退院しても日常生活には支障がないほど回復していましたので退院を許可した次第なんです。
まさか、バーハムさんがそれを聞いてないとは思ってもみなかったです。」
「そうですか…、先生、本人の退院先の住所等は分かりますでしょうか?」
「ちょっとお待ちくださいね。あっ、分かりますよ。ユタ州の住所を書かれています。」
医師はバーハムに住所を教えた。
バーハムは手帳に住所を書き留めると、
「分かりました。ありがとうございました。」と
医師にお礼言い、電話を切ろうとした。
「あっ、ちょっとお待ちになって下さい。」
「何か?」
「確か…、バーハムさんは、ブラッシュさんの後見人、育ての親と言っておられましたね。」
「そうですが。」
電話口の医師の声が急に小さくなった。
「これはあくまでも私の私見に過ぎませんが、バーハムさんにはお伝えしていた方が良いかと思いまして。」
バーハムは瞬時に察した。
「もしや、ジョンの精神状態についてのことですか?」
医師は小声で、
「そうなんですよ、お時間はお有りですか?」
バーハムは覚悟していたかのように「構いません。」と答えた。
医師はこう述べた。
「まず1点目として、あれだけの恐怖体験をしたのにも拘らず全くと言って良い程、PDST症状トラウマが見受けられない点、2点目として、喜怒哀楽といった感情表現が平板化しており、感情鈍化の状態が見受けられる点です。
この2点に関連して、ブラッシュさんの生い立ち等で、もし何かお心当たりが有ればと思いまして。」
バーハムは躊躇なく答えた。
「彼には幼い頃から非常に強い自殺願望がありました。」と
医師は共感したように、「やはり」と呟いた。
そして、医師はこう続けた。
「お気をつけてください。今のブラッシュさんには何に対しても恐怖観念を抱くことはなく、かつ、時間不安といった焦りが見受けられます。」と
それを聞いたバーハムは少し強い口調で医師に言った。
「それを分かっていて、どうして退院させたのですか?」と
医師は事務的にこう答えた。
「先に申し上げたとおりこれは私の私見に過ぎません。私は整形外科であり、私の施す医療行為はブラッシュさんの両腕の損傷及び左大腿部筋肉断裂の治療です。
それがある程度治癒し、日常生活を行う上で特段の支障がないと判断出来れば、本人の退院申し出を拒否することはできません。」と
バーハムは医師の事務的な答弁に些かやるせ無い気持ちでこう言った。
「では、何故、貴方はそんな私見を私に申すのですか?」と
医師は即答した。
「この電話で、ブラッシュさんの退院について貴方が把握してないと知ったからです。それともう一つ、貴方であれば私の感じた不安を理解し、対処されることを期待したからです。」と
それを聞き、バーハムは落ち着き、
「お心違いに感謝します。」と医師に改めて礼を述べると、
「しかし、この住所は…」と言い掛け、
「分かりました。」と言い、電話を切った。
ジョンの退院手続書に書かれた退院後の住所はナバホ族居住地であった。
バーハムは察していた。
『先を急ぐジョンが出発点に戻るはずがない。』と
バーハムはジョンが何処に身を寄せたか考えながら車に戻ると、浩子と祖母が既に車の前で待っていた。
バーハムは浩子の顔を見て、『はっ』と感じた。
『手紙!ジョンからの手紙が届いているはずだ!』と
バーハムは2人を車に乗せると家へ急いだ。
車中、何も話さず、珍しく車を飛ばすバーハムの様子を見て、浩子が尋ねた。
「神父様、何かあったんですか?ジョンの事で…」と
バーハムは隠しても直ぐに分かることだと思い、浩子に話した。
「ジョンは病院を退院した。ジョンから辞表届が届いていた。」
「ジョンから!ジョンはシアトルに戻って来ないのですか?」
「多分、ジョンは戻って来ない。」
それを聞くと浩子は呆然と目を閉じた。
『ジョンは戻って来ない。ジョンは行くつもりだわ。ホイラー山へ』
浩子の瞑った目から涙が溢れた。
『私を置いて行くつもりなのね。私は何のためにシアトルに来たのかしら。』
そう想う浩子は居た堪れない気持ちで一杯となった。
家に着くと、バーハムは郵便受けへ駆け足で急ぎ郵便受けを開いた。
『やはり届いていたか…』
郵便受けには封書が2通届いていた。
差出人は2通とも『ジョン・ブラッシュ』
宛先は浩子とバーハム宛であった。
バーハムは車に戻り、後部座席のドアを開き、
「浩子、ジョンからだ。」と言い、浩子に封書を手渡した。
封書を受け取る浩子の手は震えていた。
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