30 / 75
第三十章
未来が怖い
しおりを挟む
ジョンは夢の中に居た。
・・・・・・・・・・・・・
目の前には、『神秘の湖』が見える。
渓谷の岩山の上からは朝日が昇り、群青色の湖面が瞬く間に黄金色に変身して行った。
森の方を振り向くと小さな平屋が見える。
その屋根の煙突から白い煙が上がっていた。
ふと、隣を見遣ると舌を出して笑っているような顔をした犬が座っていた。
平屋の窓が開き、明るい声が聞こえる。
『朝ごはんできたよ♪』と
ジョンは無意識に犬を連れ、家に戻る。
家に入るとテーブルの上に焼き立てのパンと野菜料理が用意されている。
ジョンが椅子に座ると浩子が祈りを捧げ、祈りを終えると、浩子がカップにコーヒーを注ぐ。
2人は楽しそうに話しながら朝食をする。
しかし、ジョンが何を喋っているのかは分からない。
聞こえるのは浩子の楽しそうな声のみであった。
『今日の狩は何処に行くの?』
『分かったわ。キジ狩ね!じゃぁ、今夜はローストチキンでも作ろっかなぁ♪』
『うん、私は編み物をしてるから。そろそろ、貴方のセーターを完成させないと。』
そして、浩子がしみじみと言う。
『今が一番幸せ。こうやって、のんびり2人っきりで過ごせるから。
他に欲しいものなんてないわ。』と
ジョンはそう話す浩子の微笑みとその後ろで『パチパチ』と暖かい音を立てて燃える暖炉の焚き火を眺めている。
そして、ジョンはこう思う。
『ゆっくりと動いている。焚き火の炎、浩子の言葉、部屋の空気、時間もそうだ。そう、僕の心もそうだ。全てがゆっくりと動いている。』と
・・・・・・・・・・・・・・
ジョンは目を覚ました。
ぼんやりと見えてきたのはテントの天井であった。
ジョンはふと我に返り、隣を見遣ると、浩子がぐっすりと寝ていた。
『夢か…』とジョンは心で呟くと、そっとテントから出て、湖畔に行き、湖を眺めた。
ジョンは何となく、この場所から動きたくないように思った。何となく…
そして、ジョンはぼんやりと湖を見ながら、その『何となく』を考えた。
『夢か…、僕の未来への気持ちを表した夢だ。
そう、あんな風に、浩子と2人っきりで、この美しい自然の中で暮らしたい。
此処でもいい、いや、久住でもいい、自然の中でゆっくり暮らしたい。』と
ジョンは今見た夢をひとまず解釈したが、何か腑に落ちない感じがした。
『僕の欲する未来の形…、でも、何故か今の僕の心は喜んでない。
どうして…、
あんなに幸せな未来であるのに、何故か、心が晴れない。』と
その時、ジョンは『ピッ』と脳と心に棘が刺さるような痛みを感じた。
そして、『あっ!』と言葉を漏らした。
『そうだ、そうだよ。無理なんだ。あんな幸せな未来は来やしないんだ。今のままでは…』
ジョンは今ある現実に改めて気付き、それに怯えた。
『今のままでは浩子と一緒になれやしない。
神父のままでは…
じゃぁ、僕はどうする?神父以外に何になる?
2人っきりなら何も要らない?
それは夢だ。
現実は違う。
僕は果たして浩子を幸せにできるのか?
浩子を不自由なく養っていけるのか?
浩子はまだ18歳だ、浩子の人生を僕が独り占めにしても良いのか?
バーハム神父、浩子のおばあさん達を裏切って良いのか?
何故、僕は焦るんだ?
僕は一体何から逃げようとしているんだ?
一体僕は今何をしているんだ?
どうすれば良い?
分からない…』
ジョンは、母マリアのアイデンティティを探し求めるという、この旅の目的さえも、なんか…、どうでも良いように感じ始めていた。
ジョンはこれまで生きていく中で『過去』も『現在』も『未来』も大嫌いであった。
そんな風に思って生きて来た。
だが、浩子と出逢ってから、『現在』のみがジョンに微笑んでくれた。
幸せ過ぎる今を過ごしている。
ならば、この幸せを未来に繋げたい。
未来も好きになりたい。
そう思う潜在意識が夢に表出していたのだ。
しかし、『現在』と『未来』への想いは、シーソーのように互いを違える。
『未来』を好きになろうと欲すれば欲するほど、幸せな『現在』の隅々まで目が行き届き、その綻びを探し当てる。
探さなくても良い、無用の不安を拾い集め、その挙句に幸せであるはずの『現在』を急に嫌うようになる。
そして、最後は昔同様、『過去』も『現在』も『未来』も嫌いになる。
ジョンは心の晴れない原因を無闇に詮索し、先に進まず、『何となく』此処に止まろうと思っていた。
「おはよう♪ジョン♪」と
明るい声がテントの中から聞こえて来た。
ジョンは声のする方を振り返る。
テントの小窓から可愛い笑顔が見えた。
『夢と同じだ。』とジョンは感じながら、
「おはよう!」と浩子に言った。
そして、テントに近づくと、ジョンは浩子にこう言った。
「浩子、此処に暫く居ようか?」と
それを聞いた浩子は急いでテントから出るとジョンに抱き付き、
「うん!私ももう少し此処に居たいと思っていたの!こんな美しい自然の中でジョンと一緒に過ごしたいと思っていたの!」と喜んだ。
『夢と同じだ。』とジョンは再びそう感じた。
そして、ジョンは悲観的に自身を見つめた。
『此処は僕の中で唯一『現在』と『未来』の幸福が同居できる場所なのかも知れない。
此処に居よう。
時間を止め、もう少し『幸せ』を感じたい。
『未来』が怖いんだ。
だから、僕は動きたくない。時を進めたくない。先を見たくない。
幸せな『現在』と同じ『未来』なんて…、所詮、夢でしかないんだ…』と
・・・・・・・・・・・・・
目の前には、『神秘の湖』が見える。
渓谷の岩山の上からは朝日が昇り、群青色の湖面が瞬く間に黄金色に変身して行った。
森の方を振り向くと小さな平屋が見える。
その屋根の煙突から白い煙が上がっていた。
ふと、隣を見遣ると舌を出して笑っているような顔をした犬が座っていた。
平屋の窓が開き、明るい声が聞こえる。
『朝ごはんできたよ♪』と
ジョンは無意識に犬を連れ、家に戻る。
家に入るとテーブルの上に焼き立てのパンと野菜料理が用意されている。
ジョンが椅子に座ると浩子が祈りを捧げ、祈りを終えると、浩子がカップにコーヒーを注ぐ。
2人は楽しそうに話しながら朝食をする。
しかし、ジョンが何を喋っているのかは分からない。
聞こえるのは浩子の楽しそうな声のみであった。
『今日の狩は何処に行くの?』
『分かったわ。キジ狩ね!じゃぁ、今夜はローストチキンでも作ろっかなぁ♪』
『うん、私は編み物をしてるから。そろそろ、貴方のセーターを完成させないと。』
そして、浩子がしみじみと言う。
『今が一番幸せ。こうやって、のんびり2人っきりで過ごせるから。
他に欲しいものなんてないわ。』と
ジョンはそう話す浩子の微笑みとその後ろで『パチパチ』と暖かい音を立てて燃える暖炉の焚き火を眺めている。
そして、ジョンはこう思う。
『ゆっくりと動いている。焚き火の炎、浩子の言葉、部屋の空気、時間もそうだ。そう、僕の心もそうだ。全てがゆっくりと動いている。』と
・・・・・・・・・・・・・・
ジョンは目を覚ました。
ぼんやりと見えてきたのはテントの天井であった。
ジョンはふと我に返り、隣を見遣ると、浩子がぐっすりと寝ていた。
『夢か…』とジョンは心で呟くと、そっとテントから出て、湖畔に行き、湖を眺めた。
ジョンは何となく、この場所から動きたくないように思った。何となく…
そして、ジョンはぼんやりと湖を見ながら、その『何となく』を考えた。
『夢か…、僕の未来への気持ちを表した夢だ。
そう、あんな風に、浩子と2人っきりで、この美しい自然の中で暮らしたい。
此処でもいい、いや、久住でもいい、自然の中でゆっくり暮らしたい。』と
ジョンは今見た夢をひとまず解釈したが、何か腑に落ちない感じがした。
『僕の欲する未来の形…、でも、何故か今の僕の心は喜んでない。
どうして…、
あんなに幸せな未来であるのに、何故か、心が晴れない。』と
その時、ジョンは『ピッ』と脳と心に棘が刺さるような痛みを感じた。
そして、『あっ!』と言葉を漏らした。
『そうだ、そうだよ。無理なんだ。あんな幸せな未来は来やしないんだ。今のままでは…』
ジョンは今ある現実に改めて気付き、それに怯えた。
『今のままでは浩子と一緒になれやしない。
神父のままでは…
じゃぁ、僕はどうする?神父以外に何になる?
2人っきりなら何も要らない?
それは夢だ。
現実は違う。
僕は果たして浩子を幸せにできるのか?
浩子を不自由なく養っていけるのか?
浩子はまだ18歳だ、浩子の人生を僕が独り占めにしても良いのか?
バーハム神父、浩子のおばあさん達を裏切って良いのか?
何故、僕は焦るんだ?
僕は一体何から逃げようとしているんだ?
一体僕は今何をしているんだ?
どうすれば良い?
分からない…』
ジョンは、母マリアのアイデンティティを探し求めるという、この旅の目的さえも、なんか…、どうでも良いように感じ始めていた。
ジョンはこれまで生きていく中で『過去』も『現在』も『未来』も大嫌いであった。
そんな風に思って生きて来た。
だが、浩子と出逢ってから、『現在』のみがジョンに微笑んでくれた。
幸せ過ぎる今を過ごしている。
ならば、この幸せを未来に繋げたい。
未来も好きになりたい。
そう思う潜在意識が夢に表出していたのだ。
しかし、『現在』と『未来』への想いは、シーソーのように互いを違える。
『未来』を好きになろうと欲すれば欲するほど、幸せな『現在』の隅々まで目が行き届き、その綻びを探し当てる。
探さなくても良い、無用の不安を拾い集め、その挙句に幸せであるはずの『現在』を急に嫌うようになる。
そして、最後は昔同様、『過去』も『現在』も『未来』も嫌いになる。
ジョンは心の晴れない原因を無闇に詮索し、先に進まず、『何となく』此処に止まろうと思っていた。
「おはよう♪ジョン♪」と
明るい声がテントの中から聞こえて来た。
ジョンは声のする方を振り返る。
テントの小窓から可愛い笑顔が見えた。
『夢と同じだ。』とジョンは感じながら、
「おはよう!」と浩子に言った。
そして、テントに近づくと、ジョンは浩子にこう言った。
「浩子、此処に暫く居ようか?」と
それを聞いた浩子は急いでテントから出るとジョンに抱き付き、
「うん!私ももう少し此処に居たいと思っていたの!こんな美しい自然の中でジョンと一緒に過ごしたいと思っていたの!」と喜んだ。
『夢と同じだ。』とジョンは再びそう感じた。
そして、ジョンは悲観的に自身を見つめた。
『此処は僕の中で唯一『現在』と『未来』の幸福が同居できる場所なのかも知れない。
此処に居よう。
時間を止め、もう少し『幸せ』を感じたい。
『未来』が怖いんだ。
だから、僕は動きたくない。時を進めたくない。先を見たくない。
幸せな『現在』と同じ『未来』なんて…、所詮、夢でしかないんだ…』と
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる