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第二十九章

神秘の湖で愛を捧ぐ

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 ジョンは湖畔のベンチの上に地図を広げていた。

 浩子も地図を覗き込んだ。

「この先、どう行くの?」

「うん…、カーソン国有林はこんなに広いんだなぁ。」

「うわぁ、こんなに!」

「目的地は、この国有林を抜けたニューメキシコ州の『サンタフェ』という町だよ。だけど…」

「だけど…?」

「抜けるのに200kmはあるんだ…」

「200km?って、どのくらいなの?」

「そうだなぁ、久住から桜島に行くくらいかなぁ?」

「えぇ~、桜島!鹿児島県!」

「どうしよっかなぁ、これじゃぁ、浩子の入学式に間に合わないかも…」

 浩子は例の悪戯っぽい笑顔でこう言った。

「行こうよ!なんとかなるって!間に合わない時はその時だよ、ジョン!」

「こんな時、浩子はいつも男の子みたいになるね。」

「『男の子』!そうなんだ?それって褒めてるの?」

「褒めてるさ!頼もしいってね!」

 2人は楽しそうに笑った。

「じゃぁ、行ける所まで行くとするか!」

「うん!」

 この時、2人にとって、ちょっと先のちっぽけな未来など、今ある現実の幸せに比べると、どうでも良かった。

 2人は馬に跨り、ジョンが森林道へ馬を向かわせようとした。

 その時、森が喋るよう木々を鳴らし、そよ風が浩子の耳元で囁いた。

『浩子、俺達に着いておいで!とっておきの場所を教えてあげるよ!』

『とっておきの場所?』

『そうさ、夜はお城になるんだよ!とっても綺麗だよ!』

『お城?こんな森の中に?』

『まぁー、着いてきなって!』

 浩子はジョンに伝えた。

「ジョン、風達がとっておきの場所を教えてくれるって!」

「よし!そこに行こう!」

 浩子は指を舐ると指先で風を感じた。

「ジョン、こっちよ!湖の水辺を進むの!」

「分かった!」

 ジョンは馬を引き戻し、湖畔をゆっくりと南に進んだ。

 一つの湖を過ぎると左手につづら道が見えて来た。

「こっちかい?」とジョンが浩子に確認すると、

 浩子はまた指を舐め上に向けて、風を感じ、

「うん!こっちよ!」と答えた。

 2人は馬から降り、狭いつづら道を馬を引きながら降って行った。

 つづら道は言わば獣道のようであった。

 暫く降ると、木々の間から日が差し込み、虹色の空間が漂い始め、左前方に壮大な渓谷が開けて来た。

「凄い!」と思わず、2人は息を呑んだ。

 古来幾千年前から、いや、それ以上前から変化を止めた岩肌が眼前に迫り、所々にそこで産まれたかのような巨石が点在していた。

 その巨石らを縫うように白い糸のような清流がくねくねと流れていた。

 つづら道を降りきり、2人は馬に跨り、沢沿いを進んで行った。

 すると、見えない前方から『ゴォーゴォー』と爆音が聞こえてきた。

「滝だ!」とジョンが叫んだ。

 清流が一つの泉を造り、それが段々畑のように幾つも連なりながら滝として流れ落ちていた。

「綺麗…」

 浩子は時を忘れたように自然の織りなす景観に見惚れた。

 丁度、夕陽が渓谷の壁面に当たり、その壁面は恰も鏡のように夕陽を照り返していた。

 その照り返しの逆光により、沢沿いの道はオレンジ色のカーペットのように光輝き、馬は気持ち良さそうに、その上を闊歩した。

 滝を過ぎると二つ目の湖が見え始めた。

 その景観は正に『神秘の湖』であった。

 2人は言葉にならぬ声を上げ、暫し沈黙した。

「エメラルドの湖だ!」

「うん、そっちはサファイヤみたい…」

 夕陽が織りなす光によって、湖面は鮮やかな彩りを醸し出していた。

 そして、湖畔の右手には、ムツやマキの木々が折り重なり、天然の天井を造り上げていた。

「ジョン、此処だわ!風達の言った、とっておきの場所は!」

「うん!此処に泊まろう!」

 2人は馬を降りて、キャンプの準備をした。

 浩子は飯盒に水を汲もうと、湖に手を入れた。

「あっ!暖かい!もしかして、温泉!」

 そう、この湖の湖底からは地熱により暖かい地下水が湧き上がっていた。

 浩子は服を脱ぎ捨て、湖に一歩、一歩、入って行った。

「気持ちいい…」

 暖かく、清らかな温水が浩子の身体を包み込んだ。

 そして、浩子はジョンに叫んだ。

「ジョン!来て!」

 ジョンは浩子の声がする方を振り向いた。

 ジョンからは、渓谷の壁面に夕陽が反射し、浩子が逆光の中に見えた。

 ジョンは額に手を翳し、目を凝らして見た。

「浩子…、妖精…」とジョンは呟くと、次の言葉を失った。

 夕陽が放つ無数の光線が湖面を色鮮やかなステンドカラスのように仕立て、

 湖面から昇る湯けむりは恰もドライアイスのように舞台を演出していた。

 その舞台の真ん中には、まるで百合の華蕾、今から花開き、宙に浮かび上がる花の妖精のような神秘で妖艶な浩子の姿があった。

 ジョンはゆっくりと服を脱ぐと、湖に入って行った。

「ジョン、此処よ。」

 浩子が手を差し伸べる。

 ジョンが浩子の手を握り、引き寄せようとする。

 浩子の真っ白な肌は水色の水泡を纏い、虹鱒のようにジョンの腕からすり抜ける。

 浩子は戯けながらジョンを誘う。

「ジョン、こっちよ!」

 ジョンはそっと浩子に近づき、今度はしっかりと抱きしめた。

「温かいよ。」とジョンが囁いた。

「ジョンも温かい。」と浩子がジョンの濡れた胸を指すりながら囁いた。

 2人は抱き合いながら、ゆっくりと湖に身を委ねた。

 入浴後、ジョンと浩子は夕食を済ませ、今日は直ぐにはシュラフに潜り込むことなく、焚き火の前に座り、湖を眺めていた。

「まだかなぁ、お城は…」と浩子が呟いた。

「本当にお城が見えるのかい?真っ暗だよ。」とジョンが言った。

「うーん、風達は嘘は言わないから…」と浩子が不安気に答えた。

 暫く眺めていると、森の中から冷たい風が吹き、真っ黒な湖面を僅かに揺らした。

 その時、

 渓谷の上から光が差し込み始めた。

「月だ。」とジョンが囁いた。

 すると、漆黒の湖面が変化を始め出した。

 月が昇るに連れて、渓谷の岩山が織りなす複雑な形が、月光を絶妙に遮り、岩山を潜り抜けた光が湖面に降り注いだ。

「うわぁ、お城だ!」

 思わず浩子が声を上げた。

「本当だ…、金色のお城だ…」

 ジョンも幻を見たかのように目を擦った。

 2人は立ち上がるとゆっくりと服を脱ぎ、湖に入って行った。

 2人の入水によるさざなみが金色の城を揺らした。

 2人は手を繋ぎ入城するよう歩いて行った。

 上昇した月は湖面に城の代わりに自身を映し込んだ。

 2人は月面の上で抱き合い、月面の水の中にゆっくりと身を沈めた。

 そして、再び湖面に浮かび上がると、キスを交わした。

 温水に暖められた浩子の裸体は、月光に照らされルビー色に輝いていた。

 ジョンは感じた。

『世界に一つだけの宝石。僕だけの宝石。』

 ジョンは宝石を触るよう浩子の身体をそっと撫でた。

 浩子は震える唇でこう言った。

「ジョン、お願い。愛して。私、もっと輝くから。」と
 
 

 
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