『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第二十八章

天空と大地の狭間で…

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 2人は夕暮れ時に『風の谷』に辿り着いた。

 2人は今朝と同じように壁面の十字架のデザイン画に祈りを捧げ、昨夜のキャンプ地である岩山ビュートを目指し、途中、谷間を流れる小川で馬に水を飲ませながら、谷沿いの道を登って行った。

 2人が昨夜のキャンプ地である花崗岩の岩盤に着いた頃には、

 辺りはすっかり夕闇が覆い、東のホイラー山の山頂と同じ高さで固まっていた朧げな月はいつの間にか山頂を見下ろす高さまで昇っており、生気を帯びた月光を灯し始めていた。

 ジョンは急いでテントを張り、周りの枯れ技を拾い集め、小石で竈門を作ると薪火を熾した。

 浩子は馬を崖裏の湧水の辺りに連れて行き、大きな倒木に馬を繋ぐと、馬は薄闇の中で水辺の草をむしって食べた。

 浩子は、「私もお腹すいたなぁ。」と言いながら、キャンプ地に戻って来た。

 そして、焚き火を見て、声を上げた。

「うわぁ、美味しそう!」と

 浩子が居ない間、ジョンが、飯盒で豆を煮立て、コーンビーフと卵のスクランブルエッグの夕食をこしらえていた。

「朝から何も食べてなかったからね。」

「うん!お腹ぺこぺこ…」

「さぁ、熱いうちに食べよう!」

「うん!」

 2人は対面のメサの裏に沈み込む役目を終えた夕陽を見ながら夕餉を食べた。

 食べ終わると2人は昨夜と同じように服を脱ぎ、シュラフに潜り込み身体を温め合った。

・・・・・・・・・・・・・・

 シュラフの中で浩子が悪戯っぽい声でジョンの耳下に囁いた。

「あのね。ジョンのお父さんと酋長様、2人も熊狩の時、こんなふうに重ね合ったのかな。」と

 ジョンが笑って言った。

「2人は寒さを凌ぐために身体を寄せ合ったんだよ!」

 すると浩子はジョンに覆い被さり、

「私たちも寒さを凌ぐだけなの?」とにっこり笑って言い、ジョンを見つめた。

「そうだよ。寒さを凌ぐためだ。」と、ジョンはわざと真顔で答えた。

「ジョンの意地悪…」と浩子は不貞腐れた。

「どうして欲しいんだい?」とジョンが浩子に囁くと、

 浩子はまた、「ジョンの意地悪…」と言い、ジョンにキスをした。

 2人は愛し合った。
 
 浩子は、愛し合いながら、

『こんなに愛してるのに、こんなに好きなのに、もう離れられないのに。』と何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 浩子は自然とマリアの気持ちを感じていた。

 ジョンにもそれが伝わって来た。

 ジョンは浩子を愛しながら心で感じた。

『離れるなんて出来ない。絶対に無理だ。離れるなんて!』と

 丁度、天空では黄色い月が周りの星座に光を分け与えるかのように優しく月光を放ち、点在する星座はやっと自らの存在を大地に向けて現し始めていた。

 昼間、吹き荒んだ旋風も2人の愛を邪魔しないよう吹き止み、荒野を彷徨うコヨーテさえも遠吠を遠慮した。

 その荒野と岩だけの暗闇の大地は深く深く黒色に染まりながら、天空に煌めく星たちの一夜の営みを際出させようともしていた。

 その暗闇の大地と宝石の天空の狭間において、ジョンと浩子はお互いが唯一無二の存在であることを確認する為に、深く愛の泉に身を沈めて行った。

 今日という、たった1日の時間の中で、2人は、余りにも大きく重たい物語を聞いてしまった。

 酋長と予言者が語ったケビンとマリアの物語

 特に運命の出口である『死』の悲劇は、2人の心に深く影を落とし、否も応もなく脳裏に刻み込まれていた。

 知りたいと思った事実は知りたくもない悲劇であったのだ。

 2人は神に救いを求めるように愛し合った。

 決して自分らに対し同じような運命を用意しないことを神に願い。

 だが、そう神に祈り願いながらも、2人は、とても心許なく、不安で仕方なかった。

 神を信用するよりも、互いを信用し合うことが優先であると思え、2人は競うよう激しく求め合った。

『私たちはどんなことがあっても決して離れません。』

 重なり合う2人の想いは同じであった。

・・・・・・・・・・・・・・

 次の日、2人が目を覚ましたのは昼前であった。

 2人は簡単な食事を済ませると出発した。

 岩山ビュートを降り、一旦、砂漠に降り立ち、ホイラーピークへ続く山道を探したが、道らしき道は見当たらなかった。

 2人は仕方なく岩山ビュートを登り直し、改めて『風の谷』へ向かうと、その途中、古びた道標が目に入った。

 その道標は右矢印で『カーソン国有林』と明示していた。

 2人は馬に跨り、馬をその方向に向かわせると、馬は思い出したかのように足取り軽く闊歩し始めた。

 暫く行くと岩山から抜け出した。

 そして、その前方にホイーラー山が蒼然と構えているのが見え出したことから、ジョンは向かう方向に間違いはないことを確信した。

「この山道がホイラーピークに繋がるのね。」と浩子が言った。

「ああ、間違いないよ。」とジョンが頷いた。

 山道は狭く幅2mくらいで馬がすれ違うのがやっとであった。

 暫く進むと山道の側面は岩肌から針葉樹の森林へと移り変わって行った。

 道面も砂地から赤土に変わり、それに伴い馬の蹄鉄が鳴らす音も低い音色に変化して行った。

 やがて平坦な道に登りの傾斜角度が生じ、前方には新たな道標が見え始めた。

「あれが分岐点ね!」と浩子が指差した。

 分岐点で2人は馬から降りて道標を確認した。

 大きな四角形の道標で新しく作られたもののようであった。

「あっ!まずいなぁ。」と道標を見て思わずジョンが声を漏らした。

 道標には『右矢印ホイラーピーク(通行禁止)』と示されていた。

「やっぱり、ホイラーピークは封鎖されたままなのね。」と浩子が呟いた。

「左はカーソン国有林か…」とジョンが呟いた。

「そうね。予言者のおばあちゃんが言ったとおり、カーソン国有林から南に降りるしかないのかも。」と浩子がそう言いながら左方面を見遣ると、浩子が声を上げた。

「あっ!綺麗!ジョン、見て!」と

 左前方の山道の脇には広大な森林が広がっていた。

「もう、この辺りはカーソン国有林の麓なのか!」とジョンが呟いた。

「ジョン、左に行かない?あの森を見ると久住の森を思い出すわ!」

「よし!カーソン国有林へ行こう。
急ぐ旅でもないし、森林の中をゆっくり進もう!」

「やったぁー!」

 2人は馬に跨り、左方面へ向かわせ、小道の登り坂を登り詰めると、小道は一転して下り坂となり、次第に道幅も広くなった。

 そして下り坂の前方には森林の入口が見え、森の中に一本道が通っていた。

 馬は水の匂いを嗅ぎとったのか、急に首を上下に振り出し、駆け足となった。

「ベガも喜んでるみたいよ!」と浩子が笑いながら叫んだ。

「よし!ベガ!走れ!」とジョンは手綱を緩め、両足でベガの腹を軽く叩いた。

 馬は風を切るよう森林道を駆け抜けた。
 
 すると、木々の間から青い湖が見えて来た。

 馬は湖の辺りに近づき、水面に顔を突っ込んだ。

「浩子、休憩しよう!」とジョンは言い、馬から降りて、馬の服帯を緩め、鞍を下ろした。

 浩子は馬から降りると大きく深呼吸をし、そして、目を閉じると、耳に手を当てた。

「聞こえるかい?浩子の友達の声?」とジョンが言った。

「うん、聞こえてくる。やって来るよ!あの子達が!」

 湖面が静かに揺れた。

 浩子はポニーテールのシュシュを外し、湖に向かって両手を広げた。

 その時、森林の木々が『ザワザワ』と一斉に騒めき、無数の風達が浩子の黒髪を大きく靡かせた。

『君達はいつも元気だね♪』

『浩子も元気そうじゃないか!安心したよ。』

『また、私を案内してね!森の中へ!』

『任せておけよ!俺達に着いておいで!』

 暫し、浩子は風達と楽しげに語り続けていた。


 
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