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第二十六章
東に感じる母の声
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酋長は懺悔を終えた後、暫く眠ったように眼を閉じていたが、再び、ゆっくりと眼を開くと、ジョンに一言、こう言った。
「ジョン…、すまぬ。」と
ジョンは何も言わず、酋長の手を握った。
酋長もジョンの手を握り返すと、
「ジョン、許してくれるかい。お前の父と母を守ってやれなかった、このおいぼれを。」
ジョンはゆっくりと顔を横に振りながらこう言った。
「誰も助けることは出来なかったと思います。
貴方が言ったとおり、『運命の悪戯』であったんだろうと、そう思います。」と
すると酋長は感慨深く、こう言った。
「そうじゃのぉ…、『運命の悪戯」か…
『運命』…
運命の入口は『生』であり、終わりは『死』だ。
これだけは万人、万物、差別なく同じなのにのぉ…
ジョン!お前の入口は『風の谷』だ。
『風の谷』には行ったか?」
「はい、今朝も2人で行って来たところです。
『風の谷』で生まれたことは、僕を助けてくれたバーハム神父から聞いていました。」
「そうか。あのイエズス会の神父か…、よく覚えておるよ。」
「僕は母の遺体の下で生きていたそうです。」
「マリアの遺体か…、マリアはあの事件の後、自分を責めてな。」
「えっ」とジョンは声を上げた。
酋長はゆっくりと起き上がり、ジョンに説明した。
「マリアは、ケビンが焼き殺されたのも全て自分に責任があるとな。
自分の我儘でホイラー山に登ったばっかりにと自らを責めたんじゃ。
さらに、マリアは身籠った身体にも拘らず、この居住地を離れると言い出した。
『私の存在で、多くの人達が死んでしまった。これ以上、皆さんに迷惑は掛けられない。』とな。
ワシは、『出産だけは無事に済ませるのだ。それは、ケビンの願いでもある。せめてそれまでは、この地に残るように』と言ったが、
マリアは、『このお腹の子は、敵の欲しがる『混血』です。
この居住地で産むことは出来ません。
産めば、必ず奴らが此処にやって来ます。
この子の為にも私は『風の谷』に身を隠します。』と言い、居住地を離れて行ったんじゃ。」
「そうだったんですか…」
「ワシらはマリアを探そうとした。
しかし、マリアが案じたとおり、居住地の外には白人至上主義者らの追手が眼を光らせていた。
そう、お前が産まれるのを今か今かと待っておったのじゃ。」
「僕が、今、こうして生存しているのは、『風の谷』で人知れず生まれたから…」
「結果的にはそう思う。
マリアの考えは正しかったと思う。
願わくば…、母子ともに生きていて欲しかったが…
ワシは、一途の望みを賭けて、あのイエズス会の神父にマリアの居る方角を教えた。
この人なら、マリアを、お腹の子を救ってくれると思ってな。」
「バーハム神父は言ってました。僕の泣き声が風に乗って聞こえて来たと。」
「マリアは風の声が聞こえると言っておったよ。」
「お母さんは…、たぶん…」と浩子が言いかけて、泣き出した。
酋長は浩子の手を握り、優しく問いかけた。
「そうか、浩子も分かるんじゃったな、風の声が。
浩子、『マリアはたぶん』、どうしたと思う?」
浩子が泣きながらこう言った。
「お母さんは、もし、自分が死んだら、風達に頼んでいたと思います。
ジョンの泣き声が届くように、良き人に届くようにと…」
酋長は泣きじゃくる浩子の背を優しく撫でた。
そして、こうジョンに言った。
「ワシらは、白人らが諦めて引き上げた後、急いで『風の谷』に向かった。
しかし、マリアの姿はそこには無かった。」
「バーハム神父は、母の遺体を土に埋葬し、十字架を建てたと言ってました。」
「何も無かった。髪の毛1本、見つからなかった。」
「母の遺骨は…、白人至上主義者らが掘り起こして持ち去ったのですか?」
「それはない。奴らの狙いは生きた混血だ。屍には用はない。」
その時、浩子が思い出したように、こう言った。
「私、昨夜、夢を見たのです。東の高い山から、悲しい声が聞こえて来る夢を。
その声はジョンのお母さんの声かもと、そう感じていたのです。」
「東の高い山、ホイラー山だ!」
「プロブロ族ですか?」
「恐らくそうだ。プロブロ族がマリアの遺骨を持っているかも…」
「プロブロ族の酋長は今もホイラー山の頂上に居るのですか?」
「それが…、あのリンチ事件以来、プロブロ族との関係は断絶してしまった。マリアの生存を秘密にしていたことが『裏切り』とみなされた。
それで彼らの情報は何も分からない。」
ジョンは立ち上がると、
「ありがとうございました。貴方に会えて、僕の父の本当の姿を知ることが出来ました。
次は母のことをもっと知るため、東へ行ってみます。ホイラー山のプロブロ族に会いに行ってみます。」と酋長に礼を言った。
浩子も酋長に礼を言い、2人が部屋を出ようとした時、酋長がジョンを呼び止め、ヒグマの牙の首飾りを渡し、こう言った。
「これを着けておきなさい。『ロビン・フッド』の称号はプロブロ族も忘れては居るまい。
この首飾りが役に立つ。」と
ジョンは、重ねてお礼を言いつつ、こう問うた。
「最後に一つ聞いてもいいですか?
貴方の物語に出て来る『予言者』とは、ハーブ店の老婆のことですか?」と
酋長は、そうだと頷き、笑いながら、こう付け足した。
「あのばぁーさんは、ケビンは必ず蘇ると言い続けてな。
店の名前まで『ロビン・フッド』としやがった。
それも、店に置くハーブは、ケビンとマリアが育てていた『レモングラス』のハーブだけだ。
今日、遂に予言は的中したわい!
ジョンと浩子は、正にケビンとマリアだ!」と
「ジョン…、すまぬ。」と
ジョンは何も言わず、酋長の手を握った。
酋長もジョンの手を握り返すと、
「ジョン、許してくれるかい。お前の父と母を守ってやれなかった、このおいぼれを。」
ジョンはゆっくりと顔を横に振りながらこう言った。
「誰も助けることは出来なかったと思います。
貴方が言ったとおり、『運命の悪戯』であったんだろうと、そう思います。」と
すると酋長は感慨深く、こう言った。
「そうじゃのぉ…、『運命の悪戯」か…
『運命』…
運命の入口は『生』であり、終わりは『死』だ。
これだけは万人、万物、差別なく同じなのにのぉ…
ジョン!お前の入口は『風の谷』だ。
『風の谷』には行ったか?」
「はい、今朝も2人で行って来たところです。
『風の谷』で生まれたことは、僕を助けてくれたバーハム神父から聞いていました。」
「そうか。あのイエズス会の神父か…、よく覚えておるよ。」
「僕は母の遺体の下で生きていたそうです。」
「マリアの遺体か…、マリアはあの事件の後、自分を責めてな。」
「えっ」とジョンは声を上げた。
酋長はゆっくりと起き上がり、ジョンに説明した。
「マリアは、ケビンが焼き殺されたのも全て自分に責任があるとな。
自分の我儘でホイラー山に登ったばっかりにと自らを責めたんじゃ。
さらに、マリアは身籠った身体にも拘らず、この居住地を離れると言い出した。
『私の存在で、多くの人達が死んでしまった。これ以上、皆さんに迷惑は掛けられない。』とな。
ワシは、『出産だけは無事に済ませるのだ。それは、ケビンの願いでもある。せめてそれまでは、この地に残るように』と言ったが、
マリアは、『このお腹の子は、敵の欲しがる『混血』です。
この居住地で産むことは出来ません。
産めば、必ず奴らが此処にやって来ます。
この子の為にも私は『風の谷』に身を隠します。』と言い、居住地を離れて行ったんじゃ。」
「そうだったんですか…」
「ワシらはマリアを探そうとした。
しかし、マリアが案じたとおり、居住地の外には白人至上主義者らの追手が眼を光らせていた。
そう、お前が産まれるのを今か今かと待っておったのじゃ。」
「僕が、今、こうして生存しているのは、『風の谷』で人知れず生まれたから…」
「結果的にはそう思う。
マリアの考えは正しかったと思う。
願わくば…、母子ともに生きていて欲しかったが…
ワシは、一途の望みを賭けて、あのイエズス会の神父にマリアの居る方角を教えた。
この人なら、マリアを、お腹の子を救ってくれると思ってな。」
「バーハム神父は言ってました。僕の泣き声が風に乗って聞こえて来たと。」
「マリアは風の声が聞こえると言っておったよ。」
「お母さんは…、たぶん…」と浩子が言いかけて、泣き出した。
酋長は浩子の手を握り、優しく問いかけた。
「そうか、浩子も分かるんじゃったな、風の声が。
浩子、『マリアはたぶん』、どうしたと思う?」
浩子が泣きながらこう言った。
「お母さんは、もし、自分が死んだら、風達に頼んでいたと思います。
ジョンの泣き声が届くように、良き人に届くようにと…」
酋長は泣きじゃくる浩子の背を優しく撫でた。
そして、こうジョンに言った。
「ワシらは、白人らが諦めて引き上げた後、急いで『風の谷』に向かった。
しかし、マリアの姿はそこには無かった。」
「バーハム神父は、母の遺体を土に埋葬し、十字架を建てたと言ってました。」
「何も無かった。髪の毛1本、見つからなかった。」
「母の遺骨は…、白人至上主義者らが掘り起こして持ち去ったのですか?」
「それはない。奴らの狙いは生きた混血だ。屍には用はない。」
その時、浩子が思い出したように、こう言った。
「私、昨夜、夢を見たのです。東の高い山から、悲しい声が聞こえて来る夢を。
その声はジョンのお母さんの声かもと、そう感じていたのです。」
「東の高い山、ホイラー山だ!」
「プロブロ族ですか?」
「恐らくそうだ。プロブロ族がマリアの遺骨を持っているかも…」
「プロブロ族の酋長は今もホイラー山の頂上に居るのですか?」
「それが…、あのリンチ事件以来、プロブロ族との関係は断絶してしまった。マリアの生存を秘密にしていたことが『裏切り』とみなされた。
それで彼らの情報は何も分からない。」
ジョンは立ち上がると、
「ありがとうございました。貴方に会えて、僕の父の本当の姿を知ることが出来ました。
次は母のことをもっと知るため、東へ行ってみます。ホイラー山のプロブロ族に会いに行ってみます。」と酋長に礼を言った。
浩子も酋長に礼を言い、2人が部屋を出ようとした時、酋長がジョンを呼び止め、ヒグマの牙の首飾りを渡し、こう言った。
「これを着けておきなさい。『ロビン・フッド』の称号はプロブロ族も忘れては居るまい。
この首飾りが役に立つ。」と
ジョンは、重ねてお礼を言いつつ、こう問うた。
「最後に一つ聞いてもいいですか?
貴方の物語に出て来る『予言者』とは、ハーブ店の老婆のことですか?」と
酋長は、そうだと頷き、笑いながら、こう付け足した。
「あのばぁーさんは、ケビンは必ず蘇ると言い続けてな。
店の名前まで『ロビン・フッド』としやがった。
それも、店に置くハーブは、ケビンとマリアが育てていた『レモングラス』のハーブだけだ。
今日、遂に予言は的中したわい!
ジョンと浩子は、正にケビンとマリアだ!」と
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