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第二十二章
酋長と父との絆
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ジョンと浩子は、老婆に教えられた通りに公園前の白い漆喰の壁、まるで水晶のような輝きを放つ豪邸の前に辿り着いた。
玄関構えは砂塵を避けるための防風林が生茂り、門は開かれていた。
ジョンは、門番に『酋長に会いたい』と伝えたが、門番は困惑そうに『今は無理だ』と言い、案内を拒んだが、
ジョンが、1967年のリンチ事件の親族であることを告げると、
門番の顔色は一転して変わり、ジョンにここで待つように告げると、駆け足で屋敷の中に入って行った。
ジョンと浩子が待つ間、時折、砂塵を含んだ旋風が2人の脇を通り越して、
『様子を見てくるよ』と言わんばかりに玄関入り口の扉を吹き叩いた。
やがて、門番が戻って来て、『酋長に案内する』と言い、2人は屋敷の中に通された。
屋敷の中は先住民の生活感は全く感じられず、大理石の床が敷かれ、玄関の壁にはバッファローの角が何体も飾られていた。
螺旋階段を登り、2階の酋長の部屋に通された。
部屋の中は光に満ちており、ここだけは先住民の生活の名残りとして、囲炉裏が備えられ、各種の薬草の粉とパイプが数多く並べられていた。
酋長はベットではなく、床に色鮮やかな敷物を何重も重ねた敷布団の上に横たわっており、
丁度、世話人の女性が酋長に食事の世話をしていた。
酋長の顔は皺だらけで、眼は細く、窪んでおり、髪の毛は長髪で一本に結って、後ろに垂らしていた。
酋長はジョンの存在に気づくと、世話人を部屋から追い出し、手招きをして、ジョンと浩子に側に来るように促した。
ジョンが酋長の前に座り、その後ろに浩子が座った。
酋長はゆっくりと起き上がると、先ずはジョンではなく、後ろの浩子を見遣りながら、ジョンに話しかけた。
「ロビン・フッドの親族だと言ったが、お前は息子か?」と
「はい。」とジョンは一言返事をした。
「この女はお前の妻か?」と酋長は尚も浩子を見遣りながらジョンに問うた。
ジョンは少し間を置いて、
「妻以上の存在です。」と答えた。
酋長は、首を傾げながら、初めてジョンを見遣り、
「妻以上?それはどんな存在だ?」と更に問うた。
ジョンは即答した。
「僕の最大の味方です。」と
酋長は、まだ合点がいかないように、ジョンと浩子を見比べた。
酋長の様子をじっと見ていた浩子がそっと言った。
「同じ感性、同じ心を持った人間…、分身のような…、そう、同じ人間なんです。私とジョンは。」と
「同じ人間か…」と酋長は呟き、目を閉じた。
暫し沈黙した後、
酋長は、ゆっくりと話し始めた。
「お前は『ジョン』と言うのか。
では、ジョンよ…、
お前がこの女性と一緒にワシの前に現れることは、ワシは予期していた。」と言い、囲炉裏のパイプに手を伸ばした。
「予期していた?」とジョンが問うと、
「そう、夢が教えてくれた。」と言い、パイプに煙草の粉を詰め込み、火を付けると、大きく吸い込んだ。
そして、紫煙を吐き出しながら、こう説明した。
「ワシは毎晩、夢をみる。精霊の夢だ。
夢は過去のものもあれば、未来のものもある。
昨夜見た夢は、未来の夢だ。
『ロビン・フッド』の息子が妻と一緒にワシの前に現れ、ワシにこう言うのだ。
『ロビン・フッドの血は受け継いだ。そして、これからも伝承する。もう心配することはない。何も心配要らない。』とな。」
酋長はそう説明すると、一旦、パイプの灰をトントンと囲炉裏に捨て、パイプをそっと囲炉裏の縁に置くと、
「今から、お前がワシに何を申すかは分からない。
しかし、こうしてお前等2人がワシの目の前に居ることは事実であり、それは、昨夜の夢が正夢であったということだ。」
そう述べると、酋長はジョンを見つめ、ジョンの発する言葉を待った。
それを察したジョンは、
「僕の父親は、どんな男だったのですか?」と、先ほど老婆にしたのと同じ質問をした。
酋長は、「ふぅ~」と安堵したようなため息をつくと、強張った表情を初めて緩めた。
そして、酋長は祭壇の方を向いて、手を合わせ、何かに祈るように呟いた。
「そうか…、そうであろうよ…、お前は知りたいはずだ。いや、お前は知らなければならない。
自分の父親がどんな男であったかを…」
祈りを終えた酋長はジョンの方へ向き直し、こう述べた。
「今からお前の父親が、どれほど勇敢であったか、そして、ワシとお前の父親がどれほど固い絆で結ばれていたか…、その物語をする。」と
そう述べると、酋長はジョンに祭壇に飾ってある首飾りを取って来いと促した。
ジョンは祭壇から白い牙で細工をされた首飾りを持ち、また、酋長の前に座った。
それを確認した酋長は、大きく頷き、
「それはヒグマの牙じゃ。今から物語る主人公でもある。
それを握りしめて聞くのじゃ。」と、ジョンに言うと、ゆっくりと語り始めた。
「もう30年以上も前の物語だ。
ある年の初冬、此奴が現れた。
大きなヒグマだ。
此奴に部族の住民が次々と喰い殺された。犠牲者は赤子を含み10人を超えた。
ワシ等の部族は、熊退治を行うことにした。
予言者が烏の血を白紙に滲ませ、ヒグマの棲家を突き止めた。
『奴は、『悪魔の怪物』は、神の山に眠っておる。
神の山、東のホイラー山の中腹
崖際の洞穴…、暗闇の穴…、『悪魔の口』の中に眠っておる。』とな。
しかし、ホイラー山の領域は、プロブロ族の縄張りであり、他部族であるワシ等が入山するには掟があった。
『人は2名まで。犬を伴ってはいけない。狩は槍のみ。』
ワシ等は躊躇した…、
化け物相手に2人で、武器は槍のみ…、
また、ホイラー山は四千メートルと高く、積雪も深い。
更に、ヒグマは既に冬眠しておる。という事は、化け物が眠っている洞穴に足を踏み入れる必要がある。
とても危険な狩になると…、誰もがそう思った。
ワシは酋長だ。そんな危険な狩に部族の者を行かしたくはなかった。
だが、一度、人肉の味を覚えた熊は、春になれば、再び、此処に降って来る。
今、退治しておかなければならない。
ワシは悩んだ。
酋長である己は、狩に行くつもりでいたが、後、1人…、誰にするか思い悩んでいた。
そんな時分、お前の父親がワシの家に来て、ワシにこう言った。
「お前と俺で行こう。」とな。
お前の父親の名は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドだ。
ワシは奴のことをケビンと呼んでいた。
ワシとケビンは物心ついた時から親友であり、戦友でもあった。
ワシが困った時、いつもケビンが助けてくれた。
今回もワシの相棒は、やはりケビンであった。
熊退治の日、ホイラー山の麓に、ケビンは、槍1本とナイフ1刀を持って現れた。
そして、ワシに槍をよこし、こう言った。
「お前が止めを刺せ。」と
ケビンはナイフで化け物と闘うつもりでいたのだ。
山に入りながらケビンが俺に作戦を説明した。
『こんな簡単な狩はない。寝てる奴を殺すだけだ。洞穴の中には俺が入る。奴が出て来たら、お前が槍で止めを刺せ。』と
こんな感じだった。
ワシは驚いた。
ワシは洞穴の中に煙を注ぎ込み、熊を誘い出し、仕留めた方が安全だとケビンに言ったが、
ケビンは笑いながらこう言うのだ。
『寝てる奴をわざわざ起こす馬鹿はいない。』とな。
そして、こうも言った。
この言葉は今でもよーく覚えている。
『最大の武器は、槍でもナイフでもない。『勇気』だ!』と
奴は、ケビンはそう言ったんじゃ…
本当に勇敢で頼もしい奴だったよ…
ワシらは、山深い冬山のホイラー山を2晩かけて登って行った。
食料は持参した鹿の生肉2束のみであった。
野営の際も最新の注意を払い、火は熾さず、雪で釜くらを作り、その中で寝た。
火の煙で化け物を起こさないためにな…
想像を絶する寒さだった。
ワシ等は凍死しないよう抱き合いながら夜を凌いだ。
3日目の昼前、やっと、予言者の言った洞穴に辿り着いた。
正に『悪魔の口』のように、崖際にぽっかりと穴が空いていた。
穴の先は、真っ暗闇で何も見えない…、
そして、何よりも、そこだけ空気が違っていた。
どんよりと…、重い…、霊気…、
『此処から先は近づいてはならぬ』
と『悪魔』が黒いカーテンを張ったような、そんな感じがした。
ワシは洞穴を見ただけで命の危険を感じた。
ワシはケビンに再度、言った。
『こんな恐ろし穴に入る必要はない!煙で燻して誘き出そうと!』と
しかし、ケビンはこう言うんだ。
『いいか!もし奴を起こして、仕留め損なえば、化け物は山を下り、また、村を襲う。そして、人を喰う。
いいか!悪魔を起こしてはならないのだ。悪魔が寝てる間に仕留める!』と
ケビンはそう言うと、
『悪魔の口』の中に、スッと入って行った。
外は深々と雪が降っていた。
辺りに音は無く、時も止まっているかのようであった。
ワシは槍を握りしめ、化け物が出て来るのを待ち構えていた。
その時、
洞穴の中から、この世の物とは思えぬ、凄まじい雄叫びが響き渡って来た。
ワシは思わず洞穴を覗き込み、
「ケビン!大丈夫かぁ!ケビン!」と叫んだ。
するとだ、
これだ、今、お前が握ってる牙!
ケビンは、化け物の牙を握って、平然と洞穴から出て来たんだ!
そして、俺にこの牙を渡すと、こう言ったよ。
『俺が急所を突き刺すまで、奴は寝てたよ。
眼を開くことも無かった。
人を喰い過ぎ、満腹でいびきをかき、呑気に寝ていやがった。
愚かな奴だ。』と
ワシがどうやって仕留めたのかと聞くと、
ケビンは、ヒグマの胸元に潜り込み、心臓を一突きし、仕留めたと、淡々と言ってのけた。
その時、まだ、ワシはケビンの偉大さを分かっていなかった…、この化け物を見るまで…
次の日、プロブロ族に加勢を頼み、洞穴からヒグマを引き摺り出した。
ワシもプロブロ族の狩人も仰天した!
こんな巨大なヒグマを今まで見た事はなかった。
全長はゆうに4mは超えていた。
この化け物を見れば見るほど、ワシはケビンの偉大さを感じ出した。
化け物の分厚く毛深い胸の奥を探ると、赤黒く血が固まってる箇所があった。
そこをケビンは、ナイフで一突きし、仕留めた。
その仕留めた痕跡を見た瞬間、ワシは全身が震えた。
手も足も、全身を流れる血液さえも、ケビンの偉大さに震え始めた。
『畏怖の念』
そう、ワシは改めてケビンに対して、深い敬意と畏敬を感じたのだ。
考えてみろ!
想像してみろ!
あの『悪魔の口』の洞穴
何も見えない暗闇の中、化け物が眠る暗闇の中、一歩、一歩、前に進む、
恐怖に打ち勝ち、死を恐れず、一歩、一歩、前に進む、
そして、真っ暗闇の中、化け物の存在を感じ取り、
躊躇する事なく、化け物の凶暴な爪や丸太のような太い腕を掻き分け、剛毛の茂った懐に潜り込み、
暗闇の中、真っ暗闇の中、何も見えない中、自身の感性のみに従い、
化け物の急所、心臓を確実に一撃で突き刺す…
こんな神業を簡単にやって遂げるケビンに、ワシはある意味、恐怖さえ感じたよ。
プロブロ族の勇敢な狩人も驚いていた。
『お前は本当にこの洞穴に入り、あの化け物を仕留めたのか?そうであれば、それは『真の勇者』だ!』とな。
その時!
ワシの心をケビンの言葉が矢の如く突き刺した。
『最大の武器は『勇気』!』
そう…、ワシはケビンから、『勇気』こそ、真の勇者に最も必要な武器であることを教えて貰ったんだ…」
ここまで話すと酋長は、少し疲れたように深く深く「ふぅ~」と息を吐いた。
そして、ジョンの方に手を伸ばした。
その指先は震えていた。
ジョンがその手を握ると、酋長はもう一つの手を浩子に差し出した。
浩子は前に進み、酋長が差し出した手を握った。
酋長は声を上げずに泣いていた。
線のような細い眼から一筋の涙が、透明な線を描き、皺皺の頬を潤そうとしていた。
酋長は2人の手をしっかりと握りしめ、声を大にして言った。
「ジョン!信じてくれ!
ワシとケビンは、本当の友であった…、
真の友、真の仲間、いや、お前達が言ったように、
同じ人間、心と心が通じ合う、同じ感性を持った、掛け替えのない友であったんじゃぁ…」と
そう言うと、酋長は、声にならない唸り声を上げながら泣き崩れて行った。
玄関構えは砂塵を避けるための防風林が生茂り、門は開かれていた。
ジョンは、門番に『酋長に会いたい』と伝えたが、門番は困惑そうに『今は無理だ』と言い、案内を拒んだが、
ジョンが、1967年のリンチ事件の親族であることを告げると、
門番の顔色は一転して変わり、ジョンにここで待つように告げると、駆け足で屋敷の中に入って行った。
ジョンと浩子が待つ間、時折、砂塵を含んだ旋風が2人の脇を通り越して、
『様子を見てくるよ』と言わんばかりに玄関入り口の扉を吹き叩いた。
やがて、門番が戻って来て、『酋長に案内する』と言い、2人は屋敷の中に通された。
屋敷の中は先住民の生活感は全く感じられず、大理石の床が敷かれ、玄関の壁にはバッファローの角が何体も飾られていた。
螺旋階段を登り、2階の酋長の部屋に通された。
部屋の中は光に満ちており、ここだけは先住民の生活の名残りとして、囲炉裏が備えられ、各種の薬草の粉とパイプが数多く並べられていた。
酋長はベットではなく、床に色鮮やかな敷物を何重も重ねた敷布団の上に横たわっており、
丁度、世話人の女性が酋長に食事の世話をしていた。
酋長の顔は皺だらけで、眼は細く、窪んでおり、髪の毛は長髪で一本に結って、後ろに垂らしていた。
酋長はジョンの存在に気づくと、世話人を部屋から追い出し、手招きをして、ジョンと浩子に側に来るように促した。
ジョンが酋長の前に座り、その後ろに浩子が座った。
酋長はゆっくりと起き上がると、先ずはジョンではなく、後ろの浩子を見遣りながら、ジョンに話しかけた。
「ロビン・フッドの親族だと言ったが、お前は息子か?」と
「はい。」とジョンは一言返事をした。
「この女はお前の妻か?」と酋長は尚も浩子を見遣りながらジョンに問うた。
ジョンは少し間を置いて、
「妻以上の存在です。」と答えた。
酋長は、首を傾げながら、初めてジョンを見遣り、
「妻以上?それはどんな存在だ?」と更に問うた。
ジョンは即答した。
「僕の最大の味方です。」と
酋長は、まだ合点がいかないように、ジョンと浩子を見比べた。
酋長の様子をじっと見ていた浩子がそっと言った。
「同じ感性、同じ心を持った人間…、分身のような…、そう、同じ人間なんです。私とジョンは。」と
「同じ人間か…」と酋長は呟き、目を閉じた。
暫し沈黙した後、
酋長は、ゆっくりと話し始めた。
「お前は『ジョン』と言うのか。
では、ジョンよ…、
お前がこの女性と一緒にワシの前に現れることは、ワシは予期していた。」と言い、囲炉裏のパイプに手を伸ばした。
「予期していた?」とジョンが問うと、
「そう、夢が教えてくれた。」と言い、パイプに煙草の粉を詰め込み、火を付けると、大きく吸い込んだ。
そして、紫煙を吐き出しながら、こう説明した。
「ワシは毎晩、夢をみる。精霊の夢だ。
夢は過去のものもあれば、未来のものもある。
昨夜見た夢は、未来の夢だ。
『ロビン・フッド』の息子が妻と一緒にワシの前に現れ、ワシにこう言うのだ。
『ロビン・フッドの血は受け継いだ。そして、これからも伝承する。もう心配することはない。何も心配要らない。』とな。」
酋長はそう説明すると、一旦、パイプの灰をトントンと囲炉裏に捨て、パイプをそっと囲炉裏の縁に置くと、
「今から、お前がワシに何を申すかは分からない。
しかし、こうしてお前等2人がワシの目の前に居ることは事実であり、それは、昨夜の夢が正夢であったということだ。」
そう述べると、酋長はジョンを見つめ、ジョンの発する言葉を待った。
それを察したジョンは、
「僕の父親は、どんな男だったのですか?」と、先ほど老婆にしたのと同じ質問をした。
酋長は、「ふぅ~」と安堵したようなため息をつくと、強張った表情を初めて緩めた。
そして、酋長は祭壇の方を向いて、手を合わせ、何かに祈るように呟いた。
「そうか…、そうであろうよ…、お前は知りたいはずだ。いや、お前は知らなければならない。
自分の父親がどんな男であったかを…」
祈りを終えた酋長はジョンの方へ向き直し、こう述べた。
「今からお前の父親が、どれほど勇敢であったか、そして、ワシとお前の父親がどれほど固い絆で結ばれていたか…、その物語をする。」と
そう述べると、酋長はジョンに祭壇に飾ってある首飾りを取って来いと促した。
ジョンは祭壇から白い牙で細工をされた首飾りを持ち、また、酋長の前に座った。
それを確認した酋長は、大きく頷き、
「それはヒグマの牙じゃ。今から物語る主人公でもある。
それを握りしめて聞くのじゃ。」と、ジョンに言うと、ゆっくりと語り始めた。
「もう30年以上も前の物語だ。
ある年の初冬、此奴が現れた。
大きなヒグマだ。
此奴に部族の住民が次々と喰い殺された。犠牲者は赤子を含み10人を超えた。
ワシ等の部族は、熊退治を行うことにした。
予言者が烏の血を白紙に滲ませ、ヒグマの棲家を突き止めた。
『奴は、『悪魔の怪物』は、神の山に眠っておる。
神の山、東のホイラー山の中腹
崖際の洞穴…、暗闇の穴…、『悪魔の口』の中に眠っておる。』とな。
しかし、ホイラー山の領域は、プロブロ族の縄張りであり、他部族であるワシ等が入山するには掟があった。
『人は2名まで。犬を伴ってはいけない。狩は槍のみ。』
ワシ等は躊躇した…、
化け物相手に2人で、武器は槍のみ…、
また、ホイラー山は四千メートルと高く、積雪も深い。
更に、ヒグマは既に冬眠しておる。という事は、化け物が眠っている洞穴に足を踏み入れる必要がある。
とても危険な狩になると…、誰もがそう思った。
ワシは酋長だ。そんな危険な狩に部族の者を行かしたくはなかった。
だが、一度、人肉の味を覚えた熊は、春になれば、再び、此処に降って来る。
今、退治しておかなければならない。
ワシは悩んだ。
酋長である己は、狩に行くつもりでいたが、後、1人…、誰にするか思い悩んでいた。
そんな時分、お前の父親がワシの家に来て、ワシにこう言った。
「お前と俺で行こう。」とな。
お前の父親の名は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドだ。
ワシは奴のことをケビンと呼んでいた。
ワシとケビンは物心ついた時から親友であり、戦友でもあった。
ワシが困った時、いつもケビンが助けてくれた。
今回もワシの相棒は、やはりケビンであった。
熊退治の日、ホイラー山の麓に、ケビンは、槍1本とナイフ1刀を持って現れた。
そして、ワシに槍をよこし、こう言った。
「お前が止めを刺せ。」と
ケビンはナイフで化け物と闘うつもりでいたのだ。
山に入りながらケビンが俺に作戦を説明した。
『こんな簡単な狩はない。寝てる奴を殺すだけだ。洞穴の中には俺が入る。奴が出て来たら、お前が槍で止めを刺せ。』と
こんな感じだった。
ワシは驚いた。
ワシは洞穴の中に煙を注ぎ込み、熊を誘い出し、仕留めた方が安全だとケビンに言ったが、
ケビンは笑いながらこう言うのだ。
『寝てる奴をわざわざ起こす馬鹿はいない。』とな。
そして、こうも言った。
この言葉は今でもよーく覚えている。
『最大の武器は、槍でもナイフでもない。『勇気』だ!』と
奴は、ケビンはそう言ったんじゃ…
本当に勇敢で頼もしい奴だったよ…
ワシらは、山深い冬山のホイラー山を2晩かけて登って行った。
食料は持参した鹿の生肉2束のみであった。
野営の際も最新の注意を払い、火は熾さず、雪で釜くらを作り、その中で寝た。
火の煙で化け物を起こさないためにな…
想像を絶する寒さだった。
ワシ等は凍死しないよう抱き合いながら夜を凌いだ。
3日目の昼前、やっと、予言者の言った洞穴に辿り着いた。
正に『悪魔の口』のように、崖際にぽっかりと穴が空いていた。
穴の先は、真っ暗闇で何も見えない…、
そして、何よりも、そこだけ空気が違っていた。
どんよりと…、重い…、霊気…、
『此処から先は近づいてはならぬ』
と『悪魔』が黒いカーテンを張ったような、そんな感じがした。
ワシは洞穴を見ただけで命の危険を感じた。
ワシはケビンに再度、言った。
『こんな恐ろし穴に入る必要はない!煙で燻して誘き出そうと!』と
しかし、ケビンはこう言うんだ。
『いいか!もし奴を起こして、仕留め損なえば、化け物は山を下り、また、村を襲う。そして、人を喰う。
いいか!悪魔を起こしてはならないのだ。悪魔が寝てる間に仕留める!』と
ケビンはそう言うと、
『悪魔の口』の中に、スッと入って行った。
外は深々と雪が降っていた。
辺りに音は無く、時も止まっているかのようであった。
ワシは槍を握りしめ、化け物が出て来るのを待ち構えていた。
その時、
洞穴の中から、この世の物とは思えぬ、凄まじい雄叫びが響き渡って来た。
ワシは思わず洞穴を覗き込み、
「ケビン!大丈夫かぁ!ケビン!」と叫んだ。
するとだ、
これだ、今、お前が握ってる牙!
ケビンは、化け物の牙を握って、平然と洞穴から出て来たんだ!
そして、俺にこの牙を渡すと、こう言ったよ。
『俺が急所を突き刺すまで、奴は寝てたよ。
眼を開くことも無かった。
人を喰い過ぎ、満腹でいびきをかき、呑気に寝ていやがった。
愚かな奴だ。』と
ワシがどうやって仕留めたのかと聞くと、
ケビンは、ヒグマの胸元に潜り込み、心臓を一突きし、仕留めたと、淡々と言ってのけた。
その時、まだ、ワシはケビンの偉大さを分かっていなかった…、この化け物を見るまで…
次の日、プロブロ族に加勢を頼み、洞穴からヒグマを引き摺り出した。
ワシもプロブロ族の狩人も仰天した!
こんな巨大なヒグマを今まで見た事はなかった。
全長はゆうに4mは超えていた。
この化け物を見れば見るほど、ワシはケビンの偉大さを感じ出した。
化け物の分厚く毛深い胸の奥を探ると、赤黒く血が固まってる箇所があった。
そこをケビンは、ナイフで一突きし、仕留めた。
その仕留めた痕跡を見た瞬間、ワシは全身が震えた。
手も足も、全身を流れる血液さえも、ケビンの偉大さに震え始めた。
『畏怖の念』
そう、ワシは改めてケビンに対して、深い敬意と畏敬を感じたのだ。
考えてみろ!
想像してみろ!
あの『悪魔の口』の洞穴
何も見えない暗闇の中、化け物が眠る暗闇の中、一歩、一歩、前に進む、
恐怖に打ち勝ち、死を恐れず、一歩、一歩、前に進む、
そして、真っ暗闇の中、化け物の存在を感じ取り、
躊躇する事なく、化け物の凶暴な爪や丸太のような太い腕を掻き分け、剛毛の茂った懐に潜り込み、
暗闇の中、真っ暗闇の中、何も見えない中、自身の感性のみに従い、
化け物の急所、心臓を確実に一撃で突き刺す…
こんな神業を簡単にやって遂げるケビンに、ワシはある意味、恐怖さえ感じたよ。
プロブロ族の勇敢な狩人も驚いていた。
『お前は本当にこの洞穴に入り、あの化け物を仕留めたのか?そうであれば、それは『真の勇者』だ!』とな。
その時!
ワシの心をケビンの言葉が矢の如く突き刺した。
『最大の武器は『勇気』!』
そう…、ワシはケビンから、『勇気』こそ、真の勇者に最も必要な武器であることを教えて貰ったんだ…」
ここまで話すと酋長は、少し疲れたように深く深く「ふぅ~」と息を吐いた。
そして、ジョンの方に手を伸ばした。
その指先は震えていた。
ジョンがその手を握ると、酋長はもう一つの手を浩子に差し出した。
浩子は前に進み、酋長が差し出した手を握った。
酋長は声を上げずに泣いていた。
線のような細い眼から一筋の涙が、透明な線を描き、皺皺の頬を潤そうとしていた。
酋長は2人の手をしっかりと握りしめ、声を大にして言った。
「ジョン!信じてくれ!
ワシとケビンは、本当の友であった…、
真の友、真の仲間、いや、お前達が言ったように、
同じ人間、心と心が通じ合う、同じ感性を持った、掛け替えのない友であったんじゃぁ…」と
そう言うと、酋長は、声にならない唸り声を上げながら泣き崩れて行った。
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【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
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数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
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