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第二十二章
酋長と父との絆
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ジョンと浩子は、老婆に教えられた通りに公園前の白い漆喰の壁、まるで水晶のような輝きを放つ豪邸の前に辿り着いた。
玄関構えは砂塵を避けるための防風林が生茂り、門は開かれていた。
ジョンは、門番に『酋長に会いたい』と伝えたが、門番は困惑そうに『今は無理だ』と言い、案内を拒んだが、
ジョンが、1967年のリンチ事件の親族であることを告げると、
門番の顔色は一転して変わり、ジョンにここで待つように告げると、駆け足で屋敷の中に入って行った。
ジョンと浩子が待つ間、時折、砂塵を含んだ旋風が2人の脇を通り越して、
『様子を見てくるよ』と言わんばかりに玄関入り口の扉を吹き叩いた。
やがて、門番が戻って来て、『酋長に案内する』と言い、2人は屋敷の中に通された。
屋敷の中は先住民の生活感は全く感じられず、大理石の床が敷かれ、玄関の壁にはバッファローの角が何体も飾られていた。
螺旋階段を登り、2階の酋長の部屋に通された。
部屋の中は光に満ちており、ここだけは先住民の生活の名残りとして、囲炉裏が備えられ、各種の薬草の粉とパイプが数多く並べられていた。
酋長はベットではなく、床に色鮮やかな敷物を何重も重ねた敷布団の上に横たわっており、
丁度、世話人の女性が酋長に食事の世話をしていた。
酋長の顔は皺だらけで、眼は細く、窪んでおり、髪の毛は長髪で一本に結って、後ろに垂らしていた。
酋長はジョンの存在に気づくと、世話人を部屋から追い出し、手招きをして、ジョンと浩子に側に来るように促した。
ジョンが酋長の前に座り、その後ろに浩子が座った。
酋長はゆっくりと起き上がると、先ずはジョンではなく、後ろの浩子を見遣りながら、ジョンに話しかけた。
「ロビン・フッドの親族だと言ったが、お前は息子か?」と
「はい。」とジョンは一言返事をした。
「この女はお前の妻か?」と酋長は尚も浩子を見遣りながらジョンに問うた。
ジョンは少し間を置いて、
「妻以上の存在です。」と答えた。
酋長は、首を傾げながら、初めてジョンを見遣り、
「妻以上?それはどんな存在だ?」と更に問うた。
ジョンは即答した。
「僕の最大の味方です。」と
酋長は、まだ合点がいかないように、ジョンと浩子を見比べた。
酋長の様子をじっと見ていた浩子がそっと言った。
「同じ感性、同じ心を持った人間…、分身のような…、そう、同じ人間なんです。私とジョンは。」と
「同じ人間か…」と酋長は呟き、目を閉じた。
暫し沈黙した後、
酋長は、ゆっくりと話し始めた。
「お前は『ジョン』と言うのか。
では、ジョンよ…、
お前がこの女性と一緒にワシの前に現れることは、ワシは予期していた。」と言い、囲炉裏のパイプに手を伸ばした。
「予期していた?」とジョンが問うと、
「そう、夢が教えてくれた。」と言い、パイプに煙草の粉を詰め込み、火を付けると、大きく吸い込んだ。
そして、紫煙を吐き出しながら、こう説明した。
「ワシは毎晩、夢をみる。精霊の夢だ。
夢は過去のものもあれば、未来のものもある。
昨夜見た夢は、未来の夢だ。
『ロビン・フッド』の息子が妻と一緒にワシの前に現れ、ワシにこう言うのだ。
『ロビン・フッドの血は受け継いだ。そして、これからも伝承する。もう心配することはない。何も心配要らない。』とな。」
酋長はそう説明すると、一旦、パイプの灰をトントンと囲炉裏に捨て、パイプをそっと囲炉裏の縁に置くと、
「今から、お前がワシに何を申すかは分からない。
しかし、こうしてお前等2人がワシの目の前に居ることは事実であり、それは、昨夜の夢が正夢であったということだ。」
そう述べると、酋長はジョンを見つめ、ジョンの発する言葉を待った。
それを察したジョンは、
「僕の父親は、どんな男だったのですか?」と、先ほど老婆にしたのと同じ質問をした。
酋長は、「ふぅ~」と安堵したようなため息をつくと、強張った表情を初めて緩めた。
そして、酋長は祭壇の方を向いて、手を合わせ、何かに祈るように呟いた。
「そうか…、そうであろうよ…、お前は知りたいはずだ。いや、お前は知らなければならない。
自分の父親がどんな男であったかを…」
祈りを終えた酋長はジョンの方へ向き直し、こう述べた。
「今からお前の父親が、どれほど勇敢であったか、そして、ワシとお前の父親がどれほど固い絆で結ばれていたか…、その物語をする。」と
そう述べると、酋長はジョンに祭壇に飾ってある首飾りを取って来いと促した。
ジョンは祭壇から白い牙で細工をされた首飾りを持ち、また、酋長の前に座った。
それを確認した酋長は、大きく頷き、
「それはヒグマの牙じゃ。今から物語る主人公でもある。
それを握りしめて聞くのじゃ。」と、ジョンに言うと、ゆっくりと語り始めた。
「もう30年以上も前の物語だ。
ある年の初冬、此奴が現れた。
大きなヒグマだ。
此奴に部族の住民が次々と喰い殺された。犠牲者は赤子を含み10人を超えた。
ワシ等の部族は、熊退治を行うことにした。
予言者が烏の血を白紙に滲ませ、ヒグマの棲家を突き止めた。
『奴は、『悪魔の怪物』は、神の山に眠っておる。
神の山、東のホイラー山の中腹
崖際の洞穴…、暗闇の穴…、『悪魔の口』の中に眠っておる。』とな。
しかし、ホイラー山の領域は、プロブロ族の縄張りであり、他部族であるワシ等が入山するには掟があった。
『人は2名まで。犬を伴ってはいけない。狩は槍のみ。』
ワシ等は躊躇した…、
化け物相手に2人で、武器は槍のみ…、
また、ホイラー山は四千メートルと高く、積雪も深い。
更に、ヒグマは既に冬眠しておる。という事は、化け物が眠っている洞穴に足を踏み入れる必要がある。
とても危険な狩になると…、誰もがそう思った。
ワシは酋長だ。そんな危険な狩に部族の者を行かしたくはなかった。
だが、一度、人肉の味を覚えた熊は、春になれば、再び、此処に降って来る。
今、退治しておかなければならない。
ワシは悩んだ。
酋長である己は、狩に行くつもりでいたが、後、1人…、誰にするか思い悩んでいた。
そんな時分、お前の父親がワシの家に来て、ワシにこう言った。
「お前と俺で行こう。」とな。
お前の父親の名は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドだ。
ワシは奴のことをケビンと呼んでいた。
ワシとケビンは物心ついた時から親友であり、戦友でもあった。
ワシが困った時、いつもケビンが助けてくれた。
今回もワシの相棒は、やはりケビンであった。
熊退治の日、ホイラー山の麓に、ケビンは、槍1本とナイフ1刀を持って現れた。
そして、ワシに槍をよこし、こう言った。
「お前が止めを刺せ。」と
ケビンはナイフで化け物と闘うつもりでいたのだ。
山に入りながらケビンが俺に作戦を説明した。
『こんな簡単な狩はない。寝てる奴を殺すだけだ。洞穴の中には俺が入る。奴が出て来たら、お前が槍で止めを刺せ。』と
こんな感じだった。
ワシは驚いた。
ワシは洞穴の中に煙を注ぎ込み、熊を誘い出し、仕留めた方が安全だとケビンに言ったが、
ケビンは笑いながらこう言うのだ。
『寝てる奴をわざわざ起こす馬鹿はいない。』とな。
そして、こうも言った。
この言葉は今でもよーく覚えている。
『最大の武器は、槍でもナイフでもない。『勇気』だ!』と
奴は、ケビンはそう言ったんじゃ…
本当に勇敢で頼もしい奴だったよ…
ワシらは、山深い冬山のホイラー山を2晩かけて登って行った。
食料は持参した鹿の生肉2束のみであった。
野営の際も最新の注意を払い、火は熾さず、雪で釜くらを作り、その中で寝た。
火の煙で化け物を起こさないためにな…
想像を絶する寒さだった。
ワシ等は凍死しないよう抱き合いながら夜を凌いだ。
3日目の昼前、やっと、予言者の言った洞穴に辿り着いた。
正に『悪魔の口』のように、崖際にぽっかりと穴が空いていた。
穴の先は、真っ暗闇で何も見えない…、
そして、何よりも、そこだけ空気が違っていた。
どんよりと…、重い…、霊気…、
『此処から先は近づいてはならぬ』
と『悪魔』が黒いカーテンを張ったような、そんな感じがした。
ワシは洞穴を見ただけで命の危険を感じた。
ワシはケビンに再度、言った。
『こんな恐ろし穴に入る必要はない!煙で燻して誘き出そうと!』と
しかし、ケビンはこう言うんだ。
『いいか!もし奴を起こして、仕留め損なえば、化け物は山を下り、また、村を襲う。そして、人を喰う。
いいか!悪魔を起こしてはならないのだ。悪魔が寝てる間に仕留める!』と
ケビンはそう言うと、
『悪魔の口』の中に、スッと入って行った。
外は深々と雪が降っていた。
辺りに音は無く、時も止まっているかのようであった。
ワシは槍を握りしめ、化け物が出て来るのを待ち構えていた。
その時、
洞穴の中から、この世の物とは思えぬ、凄まじい雄叫びが響き渡って来た。
ワシは思わず洞穴を覗き込み、
「ケビン!大丈夫かぁ!ケビン!」と叫んだ。
するとだ、
これだ、今、お前が握ってる牙!
ケビンは、化け物の牙を握って、平然と洞穴から出て来たんだ!
そして、俺にこの牙を渡すと、こう言ったよ。
『俺が急所を突き刺すまで、奴は寝てたよ。
眼を開くことも無かった。
人を喰い過ぎ、満腹でいびきをかき、呑気に寝ていやがった。
愚かな奴だ。』と
ワシがどうやって仕留めたのかと聞くと、
ケビンは、ヒグマの胸元に潜り込み、心臓を一突きし、仕留めたと、淡々と言ってのけた。
その時、まだ、ワシはケビンの偉大さを分かっていなかった…、この化け物を見るまで…
次の日、プロブロ族に加勢を頼み、洞穴からヒグマを引き摺り出した。
ワシもプロブロ族の狩人も仰天した!
こんな巨大なヒグマを今まで見た事はなかった。
全長はゆうに4mは超えていた。
この化け物を見れば見るほど、ワシはケビンの偉大さを感じ出した。
化け物の分厚く毛深い胸の奥を探ると、赤黒く血が固まってる箇所があった。
そこをケビンは、ナイフで一突きし、仕留めた。
その仕留めた痕跡を見た瞬間、ワシは全身が震えた。
手も足も、全身を流れる血液さえも、ケビンの偉大さに震え始めた。
『畏怖の念』
そう、ワシは改めてケビンに対して、深い敬意と畏敬を感じたのだ。
考えてみろ!
想像してみろ!
あの『悪魔の口』の洞穴
何も見えない暗闇の中、化け物が眠る暗闇の中、一歩、一歩、前に進む、
恐怖に打ち勝ち、死を恐れず、一歩、一歩、前に進む、
そして、真っ暗闇の中、化け物の存在を感じ取り、
躊躇する事なく、化け物の凶暴な爪や丸太のような太い腕を掻き分け、剛毛の茂った懐に潜り込み、
暗闇の中、真っ暗闇の中、何も見えない中、自身の感性のみに従い、
化け物の急所、心臓を確実に一撃で突き刺す…
こんな神業を簡単にやって遂げるケビンに、ワシはある意味、恐怖さえ感じたよ。
プロブロ族の勇敢な狩人も驚いていた。
『お前は本当にこの洞穴に入り、あの化け物を仕留めたのか?そうであれば、それは『真の勇者』だ!』とな。
その時!
ワシの心をケビンの言葉が矢の如く突き刺した。
『最大の武器は『勇気』!』
そう…、ワシはケビンから、『勇気』こそ、真の勇者に最も必要な武器であることを教えて貰ったんだ…」
ここまで話すと酋長は、少し疲れたように深く深く「ふぅ~」と息を吐いた。
そして、ジョンの方に手を伸ばした。
その指先は震えていた。
ジョンがその手を握ると、酋長はもう一つの手を浩子に差し出した。
浩子は前に進み、酋長が差し出した手を握った。
酋長は声を上げずに泣いていた。
線のような細い眼から一筋の涙が、透明な線を描き、皺皺の頬を潤そうとしていた。
酋長は2人の手をしっかりと握りしめ、声を大にして言った。
「ジョン!信じてくれ!
ワシとケビンは、本当の友であった…、
真の友、真の仲間、いや、お前達が言ったように、
同じ人間、心と心が通じ合う、同じ感性を持った、掛け替えのない友であったんじゃぁ…」と
そう言うと、酋長は、声にならない唸り声を上げながら泣き崩れて行った。
玄関構えは砂塵を避けるための防風林が生茂り、門は開かれていた。
ジョンは、門番に『酋長に会いたい』と伝えたが、門番は困惑そうに『今は無理だ』と言い、案内を拒んだが、
ジョンが、1967年のリンチ事件の親族であることを告げると、
門番の顔色は一転して変わり、ジョンにここで待つように告げると、駆け足で屋敷の中に入って行った。
ジョンと浩子が待つ間、時折、砂塵を含んだ旋風が2人の脇を通り越して、
『様子を見てくるよ』と言わんばかりに玄関入り口の扉を吹き叩いた。
やがて、門番が戻って来て、『酋長に案内する』と言い、2人は屋敷の中に通された。
屋敷の中は先住民の生活感は全く感じられず、大理石の床が敷かれ、玄関の壁にはバッファローの角が何体も飾られていた。
螺旋階段を登り、2階の酋長の部屋に通された。
部屋の中は光に満ちており、ここだけは先住民の生活の名残りとして、囲炉裏が備えられ、各種の薬草の粉とパイプが数多く並べられていた。
酋長はベットではなく、床に色鮮やかな敷物を何重も重ねた敷布団の上に横たわっており、
丁度、世話人の女性が酋長に食事の世話をしていた。
酋長の顔は皺だらけで、眼は細く、窪んでおり、髪の毛は長髪で一本に結って、後ろに垂らしていた。
酋長はジョンの存在に気づくと、世話人を部屋から追い出し、手招きをして、ジョンと浩子に側に来るように促した。
ジョンが酋長の前に座り、その後ろに浩子が座った。
酋長はゆっくりと起き上がると、先ずはジョンではなく、後ろの浩子を見遣りながら、ジョンに話しかけた。
「ロビン・フッドの親族だと言ったが、お前は息子か?」と
「はい。」とジョンは一言返事をした。
「この女はお前の妻か?」と酋長は尚も浩子を見遣りながらジョンに問うた。
ジョンは少し間を置いて、
「妻以上の存在です。」と答えた。
酋長は、首を傾げながら、初めてジョンを見遣り、
「妻以上?それはどんな存在だ?」と更に問うた。
ジョンは即答した。
「僕の最大の味方です。」と
酋長は、まだ合点がいかないように、ジョンと浩子を見比べた。
酋長の様子をじっと見ていた浩子がそっと言った。
「同じ感性、同じ心を持った人間…、分身のような…、そう、同じ人間なんです。私とジョンは。」と
「同じ人間か…」と酋長は呟き、目を閉じた。
暫し沈黙した後、
酋長は、ゆっくりと話し始めた。
「お前は『ジョン』と言うのか。
では、ジョンよ…、
お前がこの女性と一緒にワシの前に現れることは、ワシは予期していた。」と言い、囲炉裏のパイプに手を伸ばした。
「予期していた?」とジョンが問うと、
「そう、夢が教えてくれた。」と言い、パイプに煙草の粉を詰め込み、火を付けると、大きく吸い込んだ。
そして、紫煙を吐き出しながら、こう説明した。
「ワシは毎晩、夢をみる。精霊の夢だ。
夢は過去のものもあれば、未来のものもある。
昨夜見た夢は、未来の夢だ。
『ロビン・フッド』の息子が妻と一緒にワシの前に現れ、ワシにこう言うのだ。
『ロビン・フッドの血は受け継いだ。そして、これからも伝承する。もう心配することはない。何も心配要らない。』とな。」
酋長はそう説明すると、一旦、パイプの灰をトントンと囲炉裏に捨て、パイプをそっと囲炉裏の縁に置くと、
「今から、お前がワシに何を申すかは分からない。
しかし、こうしてお前等2人がワシの目の前に居ることは事実であり、それは、昨夜の夢が正夢であったということだ。」
そう述べると、酋長はジョンを見つめ、ジョンの発する言葉を待った。
それを察したジョンは、
「僕の父親は、どんな男だったのですか?」と、先ほど老婆にしたのと同じ質問をした。
酋長は、「ふぅ~」と安堵したようなため息をつくと、強張った表情を初めて緩めた。
そして、酋長は祭壇の方を向いて、手を合わせ、何かに祈るように呟いた。
「そうか…、そうであろうよ…、お前は知りたいはずだ。いや、お前は知らなければならない。
自分の父親がどんな男であったかを…」
祈りを終えた酋長はジョンの方へ向き直し、こう述べた。
「今からお前の父親が、どれほど勇敢であったか、そして、ワシとお前の父親がどれほど固い絆で結ばれていたか…、その物語をする。」と
そう述べると、酋長はジョンに祭壇に飾ってある首飾りを取って来いと促した。
ジョンは祭壇から白い牙で細工をされた首飾りを持ち、また、酋長の前に座った。
それを確認した酋長は、大きく頷き、
「それはヒグマの牙じゃ。今から物語る主人公でもある。
それを握りしめて聞くのじゃ。」と、ジョンに言うと、ゆっくりと語り始めた。
「もう30年以上も前の物語だ。
ある年の初冬、此奴が現れた。
大きなヒグマだ。
此奴に部族の住民が次々と喰い殺された。犠牲者は赤子を含み10人を超えた。
ワシ等の部族は、熊退治を行うことにした。
予言者が烏の血を白紙に滲ませ、ヒグマの棲家を突き止めた。
『奴は、『悪魔の怪物』は、神の山に眠っておる。
神の山、東のホイラー山の中腹
崖際の洞穴…、暗闇の穴…、『悪魔の口』の中に眠っておる。』とな。
しかし、ホイラー山の領域は、プロブロ族の縄張りであり、他部族であるワシ等が入山するには掟があった。
『人は2名まで。犬を伴ってはいけない。狩は槍のみ。』
ワシ等は躊躇した…、
化け物相手に2人で、武器は槍のみ…、
また、ホイラー山は四千メートルと高く、積雪も深い。
更に、ヒグマは既に冬眠しておる。という事は、化け物が眠っている洞穴に足を踏み入れる必要がある。
とても危険な狩になると…、誰もがそう思った。
ワシは酋長だ。そんな危険な狩に部族の者を行かしたくはなかった。
だが、一度、人肉の味を覚えた熊は、春になれば、再び、此処に降って来る。
今、退治しておかなければならない。
ワシは悩んだ。
酋長である己は、狩に行くつもりでいたが、後、1人…、誰にするか思い悩んでいた。
そんな時分、お前の父親がワシの家に来て、ワシにこう言った。
「お前と俺で行こう。」とな。
お前の父親の名は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドだ。
ワシは奴のことをケビンと呼んでいた。
ワシとケビンは物心ついた時から親友であり、戦友でもあった。
ワシが困った時、いつもケビンが助けてくれた。
今回もワシの相棒は、やはりケビンであった。
熊退治の日、ホイラー山の麓に、ケビンは、槍1本とナイフ1刀を持って現れた。
そして、ワシに槍をよこし、こう言った。
「お前が止めを刺せ。」と
ケビンはナイフで化け物と闘うつもりでいたのだ。
山に入りながらケビンが俺に作戦を説明した。
『こんな簡単な狩はない。寝てる奴を殺すだけだ。洞穴の中には俺が入る。奴が出て来たら、お前が槍で止めを刺せ。』と
こんな感じだった。
ワシは驚いた。
ワシは洞穴の中に煙を注ぎ込み、熊を誘い出し、仕留めた方が安全だとケビンに言ったが、
ケビンは笑いながらこう言うのだ。
『寝てる奴をわざわざ起こす馬鹿はいない。』とな。
そして、こうも言った。
この言葉は今でもよーく覚えている。
『最大の武器は、槍でもナイフでもない。『勇気』だ!』と
奴は、ケビンはそう言ったんじゃ…
本当に勇敢で頼もしい奴だったよ…
ワシらは、山深い冬山のホイラー山を2晩かけて登って行った。
食料は持参した鹿の生肉2束のみであった。
野営の際も最新の注意を払い、火は熾さず、雪で釜くらを作り、その中で寝た。
火の煙で化け物を起こさないためにな…
想像を絶する寒さだった。
ワシ等は凍死しないよう抱き合いながら夜を凌いだ。
3日目の昼前、やっと、予言者の言った洞穴に辿り着いた。
正に『悪魔の口』のように、崖際にぽっかりと穴が空いていた。
穴の先は、真っ暗闇で何も見えない…、
そして、何よりも、そこだけ空気が違っていた。
どんよりと…、重い…、霊気…、
『此処から先は近づいてはならぬ』
と『悪魔』が黒いカーテンを張ったような、そんな感じがした。
ワシは洞穴を見ただけで命の危険を感じた。
ワシはケビンに再度、言った。
『こんな恐ろし穴に入る必要はない!煙で燻して誘き出そうと!』と
しかし、ケビンはこう言うんだ。
『いいか!もし奴を起こして、仕留め損なえば、化け物は山を下り、また、村を襲う。そして、人を喰う。
いいか!悪魔を起こしてはならないのだ。悪魔が寝てる間に仕留める!』と
ケビンはそう言うと、
『悪魔の口』の中に、スッと入って行った。
外は深々と雪が降っていた。
辺りに音は無く、時も止まっているかのようであった。
ワシは槍を握りしめ、化け物が出て来るのを待ち構えていた。
その時、
洞穴の中から、この世の物とは思えぬ、凄まじい雄叫びが響き渡って来た。
ワシは思わず洞穴を覗き込み、
「ケビン!大丈夫かぁ!ケビン!」と叫んだ。
するとだ、
これだ、今、お前が握ってる牙!
ケビンは、化け物の牙を握って、平然と洞穴から出て来たんだ!
そして、俺にこの牙を渡すと、こう言ったよ。
『俺が急所を突き刺すまで、奴は寝てたよ。
眼を開くことも無かった。
人を喰い過ぎ、満腹でいびきをかき、呑気に寝ていやがった。
愚かな奴だ。』と
ワシがどうやって仕留めたのかと聞くと、
ケビンは、ヒグマの胸元に潜り込み、心臓を一突きし、仕留めたと、淡々と言ってのけた。
その時、まだ、ワシはケビンの偉大さを分かっていなかった…、この化け物を見るまで…
次の日、プロブロ族に加勢を頼み、洞穴からヒグマを引き摺り出した。
ワシもプロブロ族の狩人も仰天した!
こんな巨大なヒグマを今まで見た事はなかった。
全長はゆうに4mは超えていた。
この化け物を見れば見るほど、ワシはケビンの偉大さを感じ出した。
化け物の分厚く毛深い胸の奥を探ると、赤黒く血が固まってる箇所があった。
そこをケビンは、ナイフで一突きし、仕留めた。
その仕留めた痕跡を見た瞬間、ワシは全身が震えた。
手も足も、全身を流れる血液さえも、ケビンの偉大さに震え始めた。
『畏怖の念』
そう、ワシは改めてケビンに対して、深い敬意と畏敬を感じたのだ。
考えてみろ!
想像してみろ!
あの『悪魔の口』の洞穴
何も見えない暗闇の中、化け物が眠る暗闇の中、一歩、一歩、前に進む、
恐怖に打ち勝ち、死を恐れず、一歩、一歩、前に進む、
そして、真っ暗闇の中、化け物の存在を感じ取り、
躊躇する事なく、化け物の凶暴な爪や丸太のような太い腕を掻き分け、剛毛の茂った懐に潜り込み、
暗闇の中、真っ暗闇の中、何も見えない中、自身の感性のみに従い、
化け物の急所、心臓を確実に一撃で突き刺す…
こんな神業を簡単にやって遂げるケビンに、ワシはある意味、恐怖さえ感じたよ。
プロブロ族の勇敢な狩人も驚いていた。
『お前は本当にこの洞穴に入り、あの化け物を仕留めたのか?そうであれば、それは『真の勇者』だ!』とな。
その時!
ワシの心をケビンの言葉が矢の如く突き刺した。
『最大の武器は『勇気』!』
そう…、ワシはケビンから、『勇気』こそ、真の勇者に最も必要な武器であることを教えて貰ったんだ…」
ここまで話すと酋長は、少し疲れたように深く深く「ふぅ~」と息を吐いた。
そして、ジョンの方に手を伸ばした。
その指先は震えていた。
ジョンがその手を握ると、酋長はもう一つの手を浩子に差し出した。
浩子は前に進み、酋長が差し出した手を握った。
酋長は声を上げずに泣いていた。
線のような細い眼から一筋の涙が、透明な線を描き、皺皺の頬を潤そうとしていた。
酋長は2人の手をしっかりと握りしめ、声を大にして言った。
「ジョン!信じてくれ!
ワシとケビンは、本当の友であった…、
真の友、真の仲間、いや、お前達が言ったように、
同じ人間、心と心が通じ合う、同じ感性を持った、掛け替えのない友であったんじゃぁ…」と
そう言うと、酋長は、声にならない唸り声を上げながら泣き崩れて行った。
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『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
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サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

踏み台(王女)にも事情はある
mios
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