『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第二十二章

酋長と父との絆

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 ジョンと浩子は、老婆に教えられた通りに公園前の白い漆喰の壁、まるで水晶のような輝きを放つ豪邸の前に辿り着いた。

 玄関構えは砂塵を避けるための防風林が生茂り、門は開かれていた。

 ジョンは、門番に『酋長に会いたい』と伝えたが、門番は困惑そうに『今は無理だ』と言い、案内を拒んだが、

 ジョンが、1967年のリンチ事件の親族であることを告げると、

 門番の顔色は一転して変わり、ジョンにここで待つように告げると、駆け足で屋敷の中に入って行った。

 ジョンと浩子が待つ間、時折、砂塵を含んだ旋風が2人の脇を通り越して、

『様子を見てくるよ』と言わんばかりに玄関入り口の扉を吹き叩いた。

 やがて、門番が戻って来て、『酋長に案内する』と言い、2人は屋敷の中に通された。

 屋敷の中は先住民の生活感は全く感じられず、大理石の床が敷かれ、玄関の壁にはバッファローの角が何体も飾られていた。

 螺旋階段を登り、2階の酋長の部屋に通された。

 部屋の中は光に満ちており、ここだけは先住民の生活の名残りとして、囲炉裏が備えられ、各種の薬草の粉とパイプが数多く並べられていた。

 酋長はベットではなく、床に色鮮やかな敷物を何重も重ねた敷布団の上に横たわっており、

 丁度、世話人の女性が酋長に食事の世話をしていた。

 酋長の顔は皺だらけで、眼は細く、窪んでおり、髪の毛は長髪で一本に結って、後ろに垂らしていた。

 酋長はジョンの存在に気づくと、世話人を部屋から追い出し、手招きをして、ジョンと浩子に側に来るように促した。

 ジョンが酋長の前に座り、その後ろに浩子が座った。

 酋長はゆっくりと起き上がると、先ずはジョンではなく、後ろの浩子を見遣りながら、ジョンに話しかけた。

「ロビン・フッドの親族だと言ったが、お前は息子か?」と

「はい。」とジョンは一言返事をした。

「この女はお前の妻か?」と酋長は尚も浩子を見遣りながらジョンに問うた。

 ジョンは少し間を置いて、

「妻以上の存在です。」と答えた。

 酋長は、首を傾げながら、初めてジョンを見遣り、

「妻以上?それはどんな存在だ?」と更に問うた。

 ジョンは即答した。

「僕の最大の味方です。」と

 酋長は、まだ合点がいかないように、ジョンと浩子を見比べた。

 酋長の様子をじっと見ていた浩子がそっと言った。

「同じ感性、同じ心を持った人間…、分身のような…、そう、同じ人間なんです。私とジョンは。」と

 「同じ人間か…」と酋長は呟き、目を閉じた。

 暫し沈黙した後、

 酋長は、ゆっくりと話し始めた。

「お前は『ジョン』と言うのか。

では、ジョンよ…、

お前がこの女性と一緒にワシの前に現れることは、ワシは予期していた。」と言い、囲炉裏のパイプに手を伸ばした。

「予期していた?」とジョンが問うと、

「そう、夢が教えてくれた。」と言い、パイプに煙草の粉を詰め込み、火を付けると、大きく吸い込んだ。

 そして、紫煙を吐き出しながら、こう説明した。

「ワシは毎晩、夢をみる。精霊の夢だ。

夢は過去のものもあれば、未来のものもある。

昨夜見た夢は、未来の夢だ。

『ロビン・フッド』の息子が妻と一緒にワシの前に現れ、ワシにこう言うのだ。

『ロビン・フッドの血は受け継いだ。そして、これからも伝承する。もう心配することはない。何も心配要らない。』とな。」

 酋長はそう説明すると、一旦、パイプの灰をトントンと囲炉裏に捨て、パイプをそっと囲炉裏の縁に置くと、

「今から、お前がワシに何を申すかは分からない。

 しかし、こうしてお前等2人がワシの目の前に居ることは事実であり、それは、昨夜の夢が正夢であったということだ。」

 そう述べると、酋長はジョンを見つめ、ジョンの発する言葉を待った。

 それを察したジョンは、

「僕の父親は、どんな男だったのですか?」と、先ほど老婆にしたのと同じ質問をした。

 酋長は、「ふぅ~」と安堵したようなため息をつくと、強張った表情を初めて緩めた。

 そして、酋長は祭壇の方を向いて、手を合わせ、何かに祈るように呟いた。

「そうか…、そうであろうよ…、お前は知りたいはずだ。いや、お前は知らなければならない。

 自分の父親がどんな男であったかを…」

 祈りを終えた酋長はジョンの方へ向き直し、こう述べた。

「今からお前の父親が、どれほど勇敢であったか、そして、ワシとお前の父親がどれほど固い絆で結ばれていたか…、その物語をする。」と

 そう述べると、酋長はジョンに祭壇に飾ってある首飾りを取って来いと促した。

 ジョンは祭壇から白い牙で細工をされた首飾りを持ち、また、酋長の前に座った。

 それを確認した酋長は、大きく頷き、

「それはヒグマの牙じゃ。今から物語る主人公でもある。

それを握りしめて聞くのじゃ。」と、ジョンに言うと、ゆっくりと語り始めた。

「もう30年以上も前の物語だ。

ある年の初冬、此奴が現れた。
大きなヒグマだ。
此奴に部族の住民が次々と喰い殺された。犠牲者は赤子を含み10人を超えた。
ワシ等の部族は、熊退治を行うことにした。

予言者が烏の血を白紙に滲ませ、ヒグマの棲家を突き止めた。

『奴は、『悪魔の怪物』は、神の山に眠っておる。

神の山、東のホイラー山の中腹

崖際の洞穴…、暗闇の穴…、『悪魔の口』の中に眠っておる。』とな。

 しかし、ホイラー山の領域は、プロブロ族の縄張りであり、他部族であるワシ等が入山するには掟があった。

『人は2名まで。犬を伴ってはいけない。狩は槍のみ。』

 ワシ等は躊躇した…、

 化け物相手に2人で、武器は槍のみ…、

 また、ホイラー山は四千メートルと高く、積雪も深い。

 更に、ヒグマは既に冬眠しておる。という事は、化け物が眠っている洞穴に足を踏み入れる必要がある。

 とても危険な狩になると…、誰もがそう思った。

 ワシは酋長だ。そんな危険な狩に部族の者を行かしたくはなかった。

 だが、一度、人肉の味を覚えた熊は、春になれば、再び、此処に降って来る。

 今、退治しておかなければならない。

 ワシは悩んだ。

 酋長である己は、狩に行くつもりでいたが、後、1人…、誰にするか思い悩んでいた。

 そんな時分、お前の父親がワシの家に来て、ワシにこう言った。

「お前と俺で行こう。」とな。

 お前の父親の名は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドだ。

 ワシは奴のことをケビンと呼んでいた。

 ワシとケビンは物心ついた時から親友であり、戦友でもあった。

 ワシが困った時、いつもケビンが助けてくれた。

 今回もワシの相棒は、やはりケビンであった。

 熊退治の日、ホイラー山の麓に、ケビンは、槍1本とナイフ1刀を持って現れた。

 そして、ワシに槍をよこし、こう言った。

「お前が止めを刺せ。」と

 ケビンはナイフで化け物と闘うつもりでいたのだ。

 山に入りながらケビンが俺に作戦を説明した。

『こんな簡単な狩はない。寝てる奴を殺すだけだ。洞穴の中には俺が入る。奴が出て来たら、お前が槍で止めを刺せ。』と

 こんな感じだった。

 ワシは驚いた。

 ワシは洞穴の中に煙を注ぎ込み、熊を誘い出し、仕留めた方が安全だとケビンに言ったが、

 ケビンは笑いながらこう言うのだ。

『寝てる奴をわざわざ起こす馬鹿はいない。』とな。

 そして、こうも言った。

 この言葉は今でもよーく覚えている。

『最大の武器は、槍でもナイフでもない。『勇気』だ!』と

 奴は、ケビンはそう言ったんじゃ…

 本当に勇敢で頼もしい奴だったよ…

 ワシらは、山深い冬山のホイラー山を2晩かけて登って行った。

 食料は持参した鹿の生肉2束のみであった。

 野営の際も最新の注意を払い、火は熾さず、雪で釜くらを作り、その中で寝た。

 火の煙で化け物を起こさないためにな…

 想像を絶する寒さだった。

 ワシ等は凍死しないよう抱き合いながら夜を凌いだ。

 3日目の昼前、やっと、予言者の言った洞穴に辿り着いた。

 正に『悪魔の口』のように、崖際にぽっかりと穴が空いていた。

 穴の先は、真っ暗闇で何も見えない…、

 そして、何よりも、そこだけ空気が違っていた。

 どんよりと…、重い…、霊気…、

『此処から先は近づいてはならぬ』

 と『悪魔』が黒いカーテンを張ったような、そんな感じがした。

 ワシは洞穴を見ただけで命の危険を感じた。

 ワシはケビンに再度、言った。

『こんな恐ろし穴に入る必要はない!煙で燻して誘き出そうと!』と

 しかし、ケビンはこう言うんだ。

『いいか!もし奴を起こして、仕留め損なえば、化け物は山を下り、また、村を襲う。そして、人を喰う。

 いいか!悪魔を起こしてはならないのだ。悪魔が寝てる間に仕留める!』と

 ケビンはそう言うと、

 『悪魔の口』の中に、スッと入って行った。

 外は深々と雪が降っていた。

 辺りに音は無く、時も止まっているかのようであった。

 ワシは槍を握りしめ、化け物が出て来るのを待ち構えていた。

 その時、

 洞穴の中から、この世の物とは思えぬ、凄まじい雄叫びが響き渡って来た。

 ワシは思わず洞穴を覗き込み、

「ケビン!大丈夫かぁ!ケビン!」と叫んだ。

 するとだ、

 これだ、今、お前が握ってる牙!

 ケビンは、化け物の牙を握って、平然と洞穴から出て来たんだ!

 そして、俺にこの牙を渡すと、こう言ったよ。

『俺が急所を突き刺すまで、奴は寝てたよ。

 眼を開くことも無かった。

 人を喰い過ぎ、満腹でいびきをかき、呑気に寝ていやがった。

 愚かな奴だ。』と

 ワシがどうやって仕留めたのかと聞くと、

 ケビンは、ヒグマの胸元に潜り込み、心臓を一突きし、仕留めたと、淡々と言ってのけた。

 その時、まだ、ワシはケビンの偉大さを分かっていなかった…、この化け物を見るまで…

 次の日、プロブロ族に加勢を頼み、洞穴からヒグマを引き摺り出した。

 ワシもプロブロ族の狩人も仰天した!

 こんな巨大なヒグマを今まで見た事はなかった。

 全長はゆうに4mは超えていた。

 この化け物を見れば見るほど、ワシはケビンの偉大さを感じ出した。

 化け物の分厚く毛深い胸の奥を探ると、赤黒く血が固まってる箇所があった。

 そこをケビンは、ナイフで一突きし、仕留めた。

 その仕留めた痕跡を見た瞬間、ワシは全身が震えた。

 手も足も、全身を流れる血液さえも、ケビンの偉大さに震え始めた。

 『畏怖の念』

 そう、ワシは改めてケビンに対して、深い敬意と畏敬を感じたのだ。

 考えてみろ!

 想像してみろ!

 あの『悪魔の口』の洞穴

 何も見えない暗闇の中、化け物が眠る暗闇の中、一歩、一歩、前に進む、
 恐怖に打ち勝ち、死を恐れず、一歩、一歩、前に進む、

 そして、真っ暗闇の中、化け物の存在を感じ取り、

 躊躇する事なく、化け物の凶暴な爪や丸太のような太い腕を掻き分け、剛毛の茂った懐に潜り込み、

 暗闇の中、真っ暗闇の中、何も見えない中、自身の感性のみに従い、

 化け物の急所、心臓を確実に一撃で突き刺す…

 こんな神業を簡単にやって遂げるケビンに、ワシはある意味、恐怖さえ感じたよ。

 プロブロ族の勇敢な狩人も驚いていた。

 『お前は本当にこの洞穴に入り、あの化け物を仕留めたのか?そうであれば、それは『真の勇者』だ!』とな。

 その時!

 ワシの心をケビンの言葉が矢の如く突き刺した。

 『最大の武器は『勇気』!』

 そう…、ワシはケビンから、『勇気』こそ、真の勇者に最も必要な武器であることを教えて貰ったんだ…」

 ここまで話すと酋長は、少し疲れたように深く深く「ふぅ~」と息を吐いた。

 そして、ジョンの方に手を伸ばした。

 その指先は震えていた。

 ジョンがその手を握ると、酋長はもう一つの手を浩子に差し出した。

 浩子は前に進み、酋長が差し出した手を握った。

 酋長は声を上げずに泣いていた。

 線のような細い眼から一筋の涙が、透明な線を描き、皺皺の頬を潤そうとしていた。

 酋長は2人の手をしっかりと握りしめ、声を大にして言った。

「ジョン!信じてくれ!

ワシとケビンは、本当の友であった…、

真の友、真の仲間、いや、お前達が言ったように、

同じ人間、心と心が通じ合う、同じ感性を持った、掛け替えのない友であったんじゃぁ…」と

 そう言うと、酋長は、声にならない唸り声を上げながら泣き崩れて行った。
 






  
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