『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第二十一章

父はロビン・フッド

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 ジョンと浩子は、岩山の山道を登り直し、舗装された道路に出て、昨夜、太陽が沈み込んだメサの方角に向い、1時間ほど歩くと、ナバホ族居住地の案内標識が見えて来た。

 案内標識どおり、道路を左折すると、近代的な観光名所と化した居住地の門構が見えた。

 門構の門柱には、バッファローの角が左右とも飾られ、色鮮やかな木彫りの彫刻が施されていた。

 24年前、この門柱でジョンの父親は白人至上主義者らによって焼き殺された。

「リンチの死刑台か…」と、

 ジョンは、一言呟き、門柱に向かい十字を切った。

 昨夜見た悪夢の残像は、既に脳裏から消え去っており、心が揺れ動くことは無かった。

 浩子も自然と十字を切り、祈りを捧げた。

 ジョンが居住地を訪れるのは2回目であった。

 初めて訪れたのは、ジョンが神学校に入学した夏休み、そう、久住にバーハムを訪問する直前であった。

 その時は、ただ単に自身の出身地を観光がてらに訪れた程であった。

 それから、6年の歳月が経ったが、居住地の景色は、何も変わった所はなく、整然と区画された家々が立ち並び、手作りの木彫りの置物等を並べた土産屋が軒を連ねていた。

 ただ、ジョン自身の心構えは前回とは全く異なっていた。

 今回訪れた目的は、白人至上主義者らによりリンチの犠牲者となった父を感じることであり、父の生きた証を知るという目的があった。

 ジョンと浩子は門を潜った。

 ジョンは父の手掛かりとして、夢で見た『酋長』を探そうとしていた。

 ジョンは、手っ取り早く、土産屋にでも入り、聞いてみようかと思い、

「浩子、酋長の家は何処か、土産屋で聞いてみようか。」

「うん。何処のお土産屋さんに入る?沢山あるけど…」

「取り敢えず、そこの土産屋にするか?」と

 ジョンは門から一番近い土産屋を指差し、行こうとしたが、

 浩子が

「待って…」とジョンを制した。

「どうした?」

「うん…、もう少し歩いてみない?」

 ジョンは浩子が何かを感じていると思い、浩子の霊感に任せることにした。

 2人は土産屋が立ち並ぶメイン通りを歩いて行った。

 観光客は疎であった。

 暫く歩くと、メイン通りの行き止まりに、ハーブの専門店が見えて来た。

 店の扉は開かれ、砂埃がつむじ風のように旋回し、店頭の旗を左右上下に靡かせていた。

 浩子はそのハーブの専門店から何かを感じた。

「ロビン・フッド…」

 その店の名前にも興味を惹かれた。

「ジョン、この店に入ってみない?」

 浩子はそうジョンを促した。

「何か感じるのかい?」

「うん…、風達の声は聞こえないけど、何となく、感じるの…」

 ジョンは浩子の霊感を信じることにした。

 ジョンと浩子は、店に入って行った。

 店の中には瓶に詰まった数々のハーブが並べられており、マグカップや皿などの工芸品もオシャレに展示されていた。

 店のカウンターには老婆の姿があった。

 此方を見るでもなく、声をかけることもなく、眠っているよう目を閉じて座っていた。
 
 ジョンは適当に目の前にあったレモングラスのハーブの包みを掴むと、カウンターに向かった。

 寝ているように見えた老婆をカウンター越しに見てみると、ストーブに手を翳していた。

「これをください。」と、ジョンがレモングラスの包みをカウンターに置くと、

 老婆はゆっくりと顔上げて、

「2ドルじゃ。」と一言、無愛想に言った。

 ジョンがお金を払うと、老婆はハーブを袋に入れ、ジョンに渡そうとした。

 その時、老婆の視界に、ジョンの隣に居る浩子の姿が入って来た。

 すると、老婆はジョンではなく浩子に袋を渡しながら、

「あんた、日本人か?」と浩子に問いかけた。

「はい、そうです。」と浩子が答えると、

 無愛想であった老婆は人が変わったように、

「あんたは神秘的じゃぁ。私等と同じ、自然の中に生きてる。」と、身を乗り出すよう浩子をまじまじと見ながらそう言った。
 
 そして、白人のジョンを見比べるよう見遣ると、また、表情は不機嫌な面構えに戻った。

 ジョンは思った。

『この老婆は、白人を忌み嫌ってる。
 ならば、リンチ事件の件も知っているかもしれない。』と

 ジョンは老婆に尋ねた。

「あの、1967年のリンチ事件はご存知ですか?」と

 その瞬間、老婆の顔付きが険しくなり、そして、ジョンに目を合わせることもせず、

「白人に言うことは何も無い!用が済んだら帰っておくれ。」と、

 恰も蝿を払う仕草のように手を振り、ジョンをあしらおうとした。

 ジョンは勇気を持って言った。

「あのリンチ事件で殺された犠牲者は、僕の父です。」と、

 すると、老婆の皺だらけの象のような小さい目が、明らかに見開いた。

 そして、店の置物のように固まってしまい、まるで時が止まったように佇んだ。

 暫しの沈黙の後、

 老婆は震える声でこう言った。

「あ、あんた、『ロビン・フッド』の息子か?」

「『ロビン・フッド』?」

 老婆はジョンの質問は無視し、

「お、お、お前は、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドの息子か…」と声を震わせながジョンに呼びかけ、

 カウンターからよろよろと出るなり、ジョンを抱きしめ、

「よう生きとった、よう来てくれた…」と何度も何度も言い続けた。

 そして、「ふぅ~」と一呼吸すると、今度は堰を切ったよう語り出した。

「お前の父親は、ナバホ族の英雄じゃった。
皆んな、お前の父親を尊敬しておった。
この部族だけじゃない!
他の部族の連中も、皆んな尊敬しておった!」と

 そして、ジョンが本当にロビン・フッドの息子かどうかを確かめるが如く、拳でジョンの胸板を叩き、

 次に、手刀を上に向け、そして、それをジョンの顔に当たるすれすれに振り落とし、ジョンの瞳をじっと見つめ、

 何かを感じ取ると、こくりと頷き、

「さぁ、中にお入りなさい。」と言い、ジョンと浩子をカウンター奥の客間に通した。

 客間は6畳程の広さに、熊や鹿らの動物の毛皮が絨毯の代わりに敷き詰められており、部屋の中央には囲炉裏が設置され、煙草のパイプが無造作に何本も差し込まれていた。

 老婆は、2人を囲炉裏の前に座らせ、

「煙草は吸うか?」とジョンと浩子にパイプを勧めたが、2人は首を横に振った。

 老婆は自身もゆっくりと腰を下ろし、パイプに煙草の粉を詰め、囲炉裏の熾りを火挟で掴み、火をつけ、ゆっくりと紫煙を鼻と口から吐き出し始めた。

 ジョンが、老婆よりも先に口火を切った。

「僕の父は、どんな人だったんですか?」と

 老婆はパイプを口から離し、囲炉裏に吸殻をトントンと放ると、

「さっきも言ったが、お前の父親は勇敢な戦士じゃった。

『ロビン・フッド』

 この店の名前でもあるが、この呼び名は、部族の中でも勇敢な戦士のみ名乗ることができる名声のことじゃ。

お前の父親は、狩の達人でな、巨大なバッファローも一撃の槍で仕留めた。

そして…」

「そして?」

「お前の父親は強いだけではなく、心も優しかった。

この部族の仲間だけではなく、他の部族の者も助ける勇者だった。」

「助ける?」

「そうじゃぁ!白人共から助けたんじゃよ。」

 ジョンと浩子は、顔を見合わせ、きょとんとした表情をした。

 老婆は2人の表情を見遣ると、
「分からんでも仕方がない。」と独り言を呟き、

 そして、老婆は囲炉裏の中央に掛けたやかんを取ると、2人に焦げたマグカップを差し出し、沸かしたハーブを注いだ。

 マグカップから、薬草ハーブの香りがひろがった。

「いい匂い!」と浩子が言うと、

「レモングラスのハーブじゃよ。」と老婆は応えた。

 そして、老婆はまたパイプに火を付け、一服し始め、暫し、2人の表情を伺うと、

「そうか…、あんた達には、この地、いや、アメリカ先住民の歴史を最初に教えないといけないね。」と言い、ゆっくりと話し出した。

「お前の父親が勇者となった時代は、まだまだ、白人との闘いの時代じゃった。

白人共は、私等が頼みもしないのに、勝手に居住地をこしらえ、そこに私等を押し込んだ。
そればかりか、いろいろと難癖をつけては、私等の土を、水を、家畜を奪い、部族の女までも拐って行った…

更にじゃ、あのリンチ…

奴らは、自分等が部族の女にした事は棚に置き、白人女と恋に落ちた者を殺しに来る…、

私等は逃げなかった。

私等は闘った。最初はなぁ…

その先頭に居たのが、お前の父親、ロビン・フッド・ケビン・ベルナルドであったんじゃ。」

「僕の父が先頭に立って、白人と闘っていた…」

「そう。お前の父親は、開拓時代さながら、白人共と闘い、多くの村を救った。

 ここから東に見える『太陽が出でる山』、ホイラーピークの麓の部族は、スペイン人との混血が多かった。

白人至上主義の奴らは、混血児を見境なくリンチにかける。

お前の父親は、1人で東に向かい、自らの命も厭わず、白人らと闘った。

白人達に『怒りの矢』を放ったんじゃ!

そして、お前の父親は、『ロビン・フッド』、英雄と呼ばれるようになった。」

 ジョンは目を瞑り、浩子の膝に手を置き、心で語った。

『浩子…、分かったかい?僕の父は、惨めに殺された野蛮人じゃなかったよ…、僕の父は英雄だったよ…』と

 浩子はジョンの心の念じを感じ取り、ジョンの手の上に手を重ねた。

 そして、浩子がジョンを代弁するかのように老婆に言った。

「ジョンのお父さんは、皆んなを助けたんですね。
ジョンのお母さんも、そして、ジョンも…」と

 老婆の皺だらけの象のよう小さい目から涙が溢れていた。

「そうだよ。この男の父親は、皆んなを助けた。

 あのリンチの時も…、

 最期まで、お前の母親を守ろうと…、

 燃え上がる炎の中で白人らと対峙した。

 あの勇気…、私等、部族の英雄じゃった…、最期までな。」

「対峙…、勇気…」

 ジョンは老婆の発した2つの単語を呟き、それと同時に悟った。

『父の血は、僕の体内に脈々と受け継がれている。

『対峙』、そして、『勇気』

これこそが、僕のアイデンティティだ…』と

 そう、ジョンの血は既に父の血が覚醒していたのだ。産山高原での『神との対峙』、そして、今朝、決意した『日に一度の勇気』、

 この2つの言葉こそ、父から息子へと受け継がれたアイデンティティであるのだ。

 老婆は皺だらけの顔を緩め、初めてジョンに笑顔を見せながら、こう言った。

「お前の父親は、白人女を孕ませた異教徒、異端児として、白人の都合の良いように言われておる。

あのリンチの後も、興味本位の白人共が噂を聞きつけ、ここに押し寄せた。

ある者は猟で仕留めた獲物と記念写真を撮るかのように、門柱で黒焦げとなったお前の父親を写真に収めていた。

新聞記者共は、事実を決して書かず、白人社会が喜ぶような記事を書いた。

『白人至上主義の躍進、インディアンの無惨な最期』とかな。

そう、決して、『リンチ』とは書かないのだ。

良いか、事実はこの地の内にしか無いのだよ。」と

「事実?」とジョンが問うと、

 老婆は、小さな眼をキリッと光らせ、こう言った。

「リンチの大義名分は、白人女を孕ませたからだと白人らは宣っておる。

それは白人らに都合の良い言い分に過ぎん。

白人らは、私等と政府が交わした協定以上に、この西部一帯の自然、全てを手に入れたかったのだ!

その違法取引に、私等の酋長も合意してしまい…

だが、お前の父親は最期の最期まで闘った。

白人らにとって、お前の父親が最も厄介な者であり、邪魔者であったんじゃ。

そして、私等、ナバホ族の戦闘意識を抑える目的で、「見せしめのリンチ」を行った。

勇者も白人には屈することを知らしめるためにな…」と

 老婆は語り終えると、ジョンと浩子のマグカップにハーブ茶を注いであげた。

 ジョンは、急に父の面影、父の形見、遺品が欲しくなった。

「父の家は今も残っていますか?」と、

 老婆は顔を横に振り、

「お前の家は無くなったよ。」と答えた。

 ジョンは頷き、こう問い返した。

「それでは、僕の父と一番仲の良かった人を知りませんか?」と

 老婆は一瞬、口篭ったが、一言、こう言った。

「酋長か…」と

 ジョンは驚いて、思わず言った。

「酋長は、僕の父を白人に手渡した人、裏切者ですよね!
居住地拡大のために!」と

 老婆は、ジョンから目を逸らし、こう言った。

「皆んな、そう思っておった。

皆んな、初めは、酋長を裏切り者とな。」

「違うんですか?」

 老婆はジョンの問いには答えず、こう言った。

「酋長の家がこの先の公園の前にある。白い大きな家だ。見ればすぐに分かる。」と

 そして、こう付け足した。

「酋長はもう長くない。」と

「酋長は病気なんですか?」

「酋長は呪われた。お前の父親らの精霊に呪われておる。

それは、酋長の望みでもある。

酋長は呪われながら苦しみ死ぬのが、お前の父親への供養になると思っておる。

酋長はなぁ、あの世に行って、お前の父親に早く謝りたいと言っておったわ…

早く行くが良い…、今なら間に合う…、酋長が全てを知っておる。」と

 ジョンと浩子は老婆にお礼を言い、店を出ようとした。

 その時、老婆が旗を靡かす様子を見ながら呟いた。

「つむじ風の悪ども。本当、いたずら好きの寂しがり屋め!」と

 浩子は「あっ」と言い、老婆を振り返り、こう問うた。

「風の声が聞こえるんですか?」と

 老婆は、初めから承知していたかのように、こう答えた。

「あんたと同じじゃよ。」と

 ジョンが老婆に問うた。

「貴女は一体何者なんですか?」と

 老婆ははためく旗を見ながらこう答えた。

「私は予言者だった。部族の精霊を祭主する酋長の側近だった。

 お前の父親を守れなかった臆病者よ…」と

 ジョンと浩子は再度、老婆に礼を言うと、酋長の家を目指した。

 老婆は、2人の後ろ姿を見送りながら、こう感じていた。

『酋長…、あんたもやっと死ねるよ…、ロビン・フッドの血に語るがよい…、全てを…、真実をな』と
 
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