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第十九章
アイデンティティは夢の中
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アリゾナ州とユタ州の州境を果てしなく続く一本道に一台のジープが、モニュメント・バレーの景観が最も色濃く映る停留所に停車した。
時刻は午後5時を回っていたが、
停留所には、多くの観光客が詰め寄せ、夕陽がメサに隠れる絶景を背景に記念撮影をしていた。
その中、デンガロハットを被った一人の白人青年と、艶のある黒髪をポニーテールに結った美少女が、
ジープからリュックを降ろし、背中に担ぎ、夕陽を見遣ることもなく、その反対方向のまだ朧げな白い三日月の方へと向かって歩み出していた。
その青年はジョンであり、その美少女は浩子であった。
2人の姿は次第に広大な砂漠の中に消えるように見えなくなった。
「浩子、見えるかい?月の下の岩山が。」
「うん、あそこなの?ジョンが生まれた岩山は?」
「そうだ!あそこだ!」
ジョンはそう言うと、オオカミのように顔を天に向け、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
ジョンはこの砂漠、荒野の匂いを知っていた。
そして、体内のどこかにセンサーが装備されているかのように自然と脚が動き始める。
「浩子、僕に付いておいで。」と浩子を促した。
歩き始めて、1時間も経つと夕陽がメサのお盆のような頂上に尻を座らせ、
やっと三日月がその存在を発揮するかのように弱々しい月光を放ち出した。
ジョンは三日月の方向へひたすら歩み続ける。
浩子も月光に映されたジョンの影を踏みながら後を歩いた。
浩子は感じた。
『久住と真逆の世界だわ』と
辺りは砂とサボテンだけの世界であり、人が歩む痕跡は全く無かった。
弱々しい月光が微かに映し出す砂地の足跡は、コヨーテ、ガラガラヘビ、ジャックラビットといった何千年前から、この荒涼たる大地で生存し続ける先住生物のものでしかなかった。
ジョンは歩きながら自分の故郷に近づくのを風で感じ取った。
三日月の下の岩山ビュートが見え始めると、風が急に追い風となり背中を押し始めた。
そして、一つの旋風がジョンの左側を吹き抜ける際、
『ジョン、お帰り!』と耳元で囁いた。
『ただいま、帰ってきたよ!』とジョンが応えた。
『おい、ジョン!後ろの美人はお前の恋人かい?』
『そうさ!浩子さ!』
すると、旋風はジョンを通り越して、浩子のポニーテールの束を揺らし注いだ。
浩子も感じ取った。
『初めまして。私、浩子です!
よろしくね!』
『ジョンには勿体無いくらい美人じゃないか!』
『やぁ!浩子!此方こそよろしく!』
『オレ達、ジョンの友達なんだ!』
『浩子なら大歓迎さ!さぁ、こっちにおいでよ!』
挨拶を済ました疾風達は、ジョンと浩子を手招きするよう先導して行った。
2時間ぐらい歩くと、岩山ビュートの麓に辿り着いた。
ジョンと浩子は、疾風達に身を委ねるように、暗闇の岩山を迷い無く駆け登って行った。
「浩子、少し休憩しよう!」
ジョンはそう言うと、
岩山の中腹あたりの花崗岩の巨巌の上に腰を下ろし、リュックからサンドイッチを取り出した。
浩子もジョンの隣に腰掛け、肩を寄せ合いながらサンドイッチを食べた。
浩子はすっかり暗闇に覆われた砂漠の大地を見遣り、そして、三日月の月光に誘われるよう天空を見上げた。
「綺麗…」
思わず浩子がため息のように囁いた。
天空には久住に劣らず無数の星達が煌めいていた。
そして、舞台の幕開けのよう、麗しく夥しくもある星達は、徐々に徐々に、蛍の群のように光を放ち始め、競い合うよう個々の存在をアピールし始めた。
真正面のお盆のようなメサの上には、光を失った夕陽が水に潜るようズブズブと堕ちて行き、
次第に、メサは宵闇と同化するよう、その輪郭を消し始めていた。
三日月と星達の光が散りばめた広大な荒野の舞台では、ジョンと浩子に居場所を奪われたかのように、1匹のコヨーテが悔しそうに遠吠えを上げていた。
ジョンは、宵闇の速さ、気温の急激な低下に、荒野の厳しさを感じた。
そして、初日の今日はあまり無理をしない方が良いし、この旅行には充分過ぎるほどの日程期間があることから、
『慌てる必要はないさ。浩子も疲れただろう』と思い、
「今日は此処でキャンプを張ろう。」と浩子に告げた。
「良かったぁ~」と、案の定、浩子は安堵の表情で仰向けに横になった。
ジョンが、リュックからテント、ロープ、シュラフ、ランタンを取り出し、岩のテーブルにテントを張り始めた。
浩子はそれを今か今かとじっと見つめている。
ようやくテントが完成して、テントの中にシュラフが置かれた。
それを見た浩子は悪戯っぽく微笑み、
真っ先にテントに入り込み、リュックを枕にシュラフに潜り込んだ。
そして、尚も悪戯っぽく微笑みながら、シュララフの中で、ヨイショ、ヨイショと言いながら、服を脱ぎ始めた。
2月半ば、この荒涼たる岩山は深々とし、冷気が頬を突き刺すように寒かった。
「浩子、寒いぞ~、此処は!」と
ジョンが苦笑いをすると、
「だからねぇ、温め合うのよ。
さぁ、ジョンも入って来て。」と
浩子はジョンに向かって両手を差し出した。
「分かったよ。温めてあげるよ。」
ジョンはそう言うと服を脱ぎ捨て、浩子を包むようにシュラフに入って行った。
「ジョン、ランタンの火、消してもいい?」
「うん。」
「月と星の光の元で、抱かれたいの…」
2人は、荒涼たる大地、麗しい星空の天空に挟まれなが、身体を重ね合わせた。
「寒くないかい?」
「寒くないよ。温かい、ジョンの身体!」
「うん、浩子も温かいよ。」
2人はシュラフの中で身体を重ね合わせ、愛し合った。
いつしか、浩子は子猫のようにジョンの胸の中に顔を埋め、可愛い寝息を立てていた。
ジョンも眠りかけた時、風達が遠慮がちに口笛のように岩山の穴から話しかけてきた。
『ジョン、そろそろ、話しかけて良いかな?』
『どうしたぁ、構わないよ。』
『ジョン、どうして帰ってきたんだい?』
『ジョン、何かあったのかい?』
『何もありゃしないよ。ただ…』
『ただ?』
『ただねぇ、自分を知りたくて、そして、本当の自分の正体、アイデンティティを浩子に知って貰いたくてね。』
風達はジョンを気遣ってこう言った。
『知らなくて良いこともあるさ。』
『過去は見えないから、見ようとするなよ、ジョン!』
ジョンは風達の優しい気持ちを有り難く思い、ゆっくり説明した。
『心配するな。生い立ちの事などなんとも思ってないよ。
僕が知りたいのは、血の中身さ。
今こうして僕は生きている。
浩子という僕の最大の味方が見つかったんだ。
そして、僕の血は、脈々と流れ、浩子に愛を注ぎ込んでいる。
だからさ、僕は、僕の『血の意義』を知りたいだけさ。」と
風達が首を傾げるように一瞬、風音を止め、また、口笛のように岩穴から囁き出した。
『『血の意義』?、先祖を辿るのか?』
『辿ってどうするのか?』
『どうしてジョンは、そんなに血にこだわるんだい?』
ジョンは風達に言った。
『愛する人、浩子にね。教えてあげたいんだよ。
血統とかじゃないんだよ。家系を辿ることじゃないんだよ。
僕に血を与えてくれた父と母は、
『惨虐されたインディアン』
『インディアンと不貞し狂人となった白人女』
こんな酷いくだりの情報しかないんだ。
僕は違うと思う。
僕の父と母は、もっと素晴らしい人達であったと思う。
僕は、生を謳歌していた時の両親を知りたいんだ!
僕と浩子のように、『感性』で結びつき、互いを尊敬し合い、無償の愛を注ぎあった真の2人を知りたいんだ。
そして、それを浩子に伝えたいのさ。」と
風達は全てを了解したように口笛を吹くのを止めて、
ジョンから去る間際、ジョンの耳元にそっと囁いた。
『ジョン、夢が教えてくれるよ。』と
ジョンは、風達の囁きに頷きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
時刻は午後5時を回っていたが、
停留所には、多くの観光客が詰め寄せ、夕陽がメサに隠れる絶景を背景に記念撮影をしていた。
その中、デンガロハットを被った一人の白人青年と、艶のある黒髪をポニーテールに結った美少女が、
ジープからリュックを降ろし、背中に担ぎ、夕陽を見遣ることもなく、その反対方向のまだ朧げな白い三日月の方へと向かって歩み出していた。
その青年はジョンであり、その美少女は浩子であった。
2人の姿は次第に広大な砂漠の中に消えるように見えなくなった。
「浩子、見えるかい?月の下の岩山が。」
「うん、あそこなの?ジョンが生まれた岩山は?」
「そうだ!あそこだ!」
ジョンはそう言うと、オオカミのように顔を天に向け、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
ジョンはこの砂漠、荒野の匂いを知っていた。
そして、体内のどこかにセンサーが装備されているかのように自然と脚が動き始める。
「浩子、僕に付いておいで。」と浩子を促した。
歩き始めて、1時間も経つと夕陽がメサのお盆のような頂上に尻を座らせ、
やっと三日月がその存在を発揮するかのように弱々しい月光を放ち出した。
ジョンは三日月の方向へひたすら歩み続ける。
浩子も月光に映されたジョンの影を踏みながら後を歩いた。
浩子は感じた。
『久住と真逆の世界だわ』と
辺りは砂とサボテンだけの世界であり、人が歩む痕跡は全く無かった。
弱々しい月光が微かに映し出す砂地の足跡は、コヨーテ、ガラガラヘビ、ジャックラビットといった何千年前から、この荒涼たる大地で生存し続ける先住生物のものでしかなかった。
ジョンは歩きながら自分の故郷に近づくのを風で感じ取った。
三日月の下の岩山ビュートが見え始めると、風が急に追い風となり背中を押し始めた。
そして、一つの旋風がジョンの左側を吹き抜ける際、
『ジョン、お帰り!』と耳元で囁いた。
『ただいま、帰ってきたよ!』とジョンが応えた。
『おい、ジョン!後ろの美人はお前の恋人かい?』
『そうさ!浩子さ!』
すると、旋風はジョンを通り越して、浩子のポニーテールの束を揺らし注いだ。
浩子も感じ取った。
『初めまして。私、浩子です!
よろしくね!』
『ジョンには勿体無いくらい美人じゃないか!』
『やぁ!浩子!此方こそよろしく!』
『オレ達、ジョンの友達なんだ!』
『浩子なら大歓迎さ!さぁ、こっちにおいでよ!』
挨拶を済ました疾風達は、ジョンと浩子を手招きするよう先導して行った。
2時間ぐらい歩くと、岩山ビュートの麓に辿り着いた。
ジョンと浩子は、疾風達に身を委ねるように、暗闇の岩山を迷い無く駆け登って行った。
「浩子、少し休憩しよう!」
ジョンはそう言うと、
岩山の中腹あたりの花崗岩の巨巌の上に腰を下ろし、リュックからサンドイッチを取り出した。
浩子もジョンの隣に腰掛け、肩を寄せ合いながらサンドイッチを食べた。
浩子はすっかり暗闇に覆われた砂漠の大地を見遣り、そして、三日月の月光に誘われるよう天空を見上げた。
「綺麗…」
思わず浩子がため息のように囁いた。
天空には久住に劣らず無数の星達が煌めいていた。
そして、舞台の幕開けのよう、麗しく夥しくもある星達は、徐々に徐々に、蛍の群のように光を放ち始め、競い合うよう個々の存在をアピールし始めた。
真正面のお盆のようなメサの上には、光を失った夕陽が水に潜るようズブズブと堕ちて行き、
次第に、メサは宵闇と同化するよう、その輪郭を消し始めていた。
三日月と星達の光が散りばめた広大な荒野の舞台では、ジョンと浩子に居場所を奪われたかのように、1匹のコヨーテが悔しそうに遠吠えを上げていた。
ジョンは、宵闇の速さ、気温の急激な低下に、荒野の厳しさを感じた。
そして、初日の今日はあまり無理をしない方が良いし、この旅行には充分過ぎるほどの日程期間があることから、
『慌てる必要はないさ。浩子も疲れただろう』と思い、
「今日は此処でキャンプを張ろう。」と浩子に告げた。
「良かったぁ~」と、案の定、浩子は安堵の表情で仰向けに横になった。
ジョンが、リュックからテント、ロープ、シュラフ、ランタンを取り出し、岩のテーブルにテントを張り始めた。
浩子はそれを今か今かとじっと見つめている。
ようやくテントが完成して、テントの中にシュラフが置かれた。
それを見た浩子は悪戯っぽく微笑み、
真っ先にテントに入り込み、リュックを枕にシュラフに潜り込んだ。
そして、尚も悪戯っぽく微笑みながら、シュララフの中で、ヨイショ、ヨイショと言いながら、服を脱ぎ始めた。
2月半ば、この荒涼たる岩山は深々とし、冷気が頬を突き刺すように寒かった。
「浩子、寒いぞ~、此処は!」と
ジョンが苦笑いをすると、
「だからねぇ、温め合うのよ。
さぁ、ジョンも入って来て。」と
浩子はジョンに向かって両手を差し出した。
「分かったよ。温めてあげるよ。」
ジョンはそう言うと服を脱ぎ捨て、浩子を包むようにシュラフに入って行った。
「ジョン、ランタンの火、消してもいい?」
「うん。」
「月と星の光の元で、抱かれたいの…」
2人は、荒涼たる大地、麗しい星空の天空に挟まれなが、身体を重ね合わせた。
「寒くないかい?」
「寒くないよ。温かい、ジョンの身体!」
「うん、浩子も温かいよ。」
2人はシュラフの中で身体を重ね合わせ、愛し合った。
いつしか、浩子は子猫のようにジョンの胸の中に顔を埋め、可愛い寝息を立てていた。
ジョンも眠りかけた時、風達が遠慮がちに口笛のように岩山の穴から話しかけてきた。
『ジョン、そろそろ、話しかけて良いかな?』
『どうしたぁ、構わないよ。』
『ジョン、どうして帰ってきたんだい?』
『ジョン、何かあったのかい?』
『何もありゃしないよ。ただ…』
『ただ?』
『ただねぇ、自分を知りたくて、そして、本当の自分の正体、アイデンティティを浩子に知って貰いたくてね。』
風達はジョンを気遣ってこう言った。
『知らなくて良いこともあるさ。』
『過去は見えないから、見ようとするなよ、ジョン!』
ジョンは風達の優しい気持ちを有り難く思い、ゆっくり説明した。
『心配するな。生い立ちの事などなんとも思ってないよ。
僕が知りたいのは、血の中身さ。
今こうして僕は生きている。
浩子という僕の最大の味方が見つかったんだ。
そして、僕の血は、脈々と流れ、浩子に愛を注ぎ込んでいる。
だからさ、僕は、僕の『血の意義』を知りたいだけさ。」と
風達が首を傾げるように一瞬、風音を止め、また、口笛のように岩穴から囁き出した。
『『血の意義』?、先祖を辿るのか?』
『辿ってどうするのか?』
『どうしてジョンは、そんなに血にこだわるんだい?』
ジョンは風達に言った。
『愛する人、浩子にね。教えてあげたいんだよ。
血統とかじゃないんだよ。家系を辿ることじゃないんだよ。
僕に血を与えてくれた父と母は、
『惨虐されたインディアン』
『インディアンと不貞し狂人となった白人女』
こんな酷いくだりの情報しかないんだ。
僕は違うと思う。
僕の父と母は、もっと素晴らしい人達であったと思う。
僕は、生を謳歌していた時の両親を知りたいんだ!
僕と浩子のように、『感性』で結びつき、互いを尊敬し合い、無償の愛を注ぎあった真の2人を知りたいんだ。
そして、それを浩子に伝えたいのさ。」と
風達は全てを了解したように口笛を吹くのを止めて、
ジョンから去る間際、ジョンの耳元にそっと囁いた。
『ジョン、夢が教えてくれるよ。』と
ジョンは、風達の囁きに頷きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
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