『愛の霊感』〜風と共に祈りを〜

ジョン・グレイディー

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第六章

霊的な知恵

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「それでは皆さん、新しい神父をご紹介いたします。ジョン・プラッシュ神父です。」

「初めまして。今度、この教会を任せられたジョン・プラッシュです。
 バーハム神父様(老神父)は私の助け親でもあり、私の尊敬する宗教家でもあります。
 彼への惜別の言葉とともにイエズス会の根源とするお話をさせて頂きます。」

 ジョンを見守る教徒達には、この若い、神学校を出たばかりの神父の最初の説教を半ば一つの余興として感じていた。

 しかし、浩子は、ジョンの神父服を着込んだ凛々しい佇まいから、大きなオーラを感じ取っていた。

 ジョンは説教をゆっくりと始め出した。

「『祈りの起源』の言葉をもう一度、皆さんと考えてみましょう。

『神よ、私に変えることができないものは、それを素直に受け入れるような心の平和を…

    変えることのできるものはそれを変える勇気を…

    そして変えられるものと変えられないものとを見分ける知恵を…

 この私にお与えください。』

 そうです、イエス・キリストが最後に私達に授けた言葉、それは『心の平和』です。

 私も皆さんも、もっともっと、『心の平和』を得たいと思っています。

 そのためには、この『祈りの起源』を改めて心に染みこませていきましょう。

『自分で変えることができないもの、忌々しいもの』

 それに抗してはなりません。受け入れるのです。『受容』するのです。

 皆さんも承知していると思います。

 現実の苦悩、どうしようない哀しみ、自分の手ではどうしようもできない状況…

 受け入れるのです。

 そして、神に委ねるのです。

 全能の神はいつも貴方の側に居てくれます。

 神に助けを求めてください。

『自分で変えることができるものは、その変える勇気』

 今やるべき事を精一杯やる事です。

 柵が壊れたら先の遠い事を考えず、今できる事、柵を直すことに精一杯、勇気を持って打ち込むのです。

 神は皆さんをいつも見つめてくださっています。

 自信を持って、今できる事をやれば、神も皆さんも満足するのです。

『そして変えられるものと、変えられないものを見分ける知恵…』

 これが最も重要なのです。

 霊的な知恵、洞察力、インスピレーションです。

 この『霊的な知恵』こそが、自分ではどうしようもない事、変えられないもの、自分で勇気を出せば変えられるものを、確実に区別してくれるのです。

 新約聖書ヤコボの手紙第1章第5節を思い出してみましょう。

『もし知恵を持たない者があるというなら…、神にそれを求めなさい。…そうすれば、与えられるでしょう。」

 皆さん、迷いがある時はまず祈りましょう。

 そして、いつでも私に相談してください。

 神は私の側にも皆さんの側にも、今も居るんですから…、アーメン」

 ジョンの説教を聞き終わった教徒の目の色は明らかに変わっていた。

 単なる儀礼感から神の下に引き寄せられたような平穏の表情が見て取れた。

 老神父は涙を流していた。

 風の谷で生まれた赤子がこんなに神々しく成長したことに…

「神よ!神の偉大なる摂理にこの若者は身を委ねます…アーメン」と

 後ろの十字架を振り返り、心で唱えた。

 浩子は違っていた。

 何故か、ジョンが今日述べる事柄が最初から分かっているように感じていた。

 「霊的な知恵」

 「インスピレーション」

 浩子の心のアンテナは既にジョンの心の周波数を感受していた。

 説教の後に讃美歌が合唱され、午前の部は終了した。

 教会の芝生にはテーブルが用意され、老神父の送別会と新神父の歓迎会のため数々の久住の地元料理が並べられた。

 久住牛のバーベキュー、鮎、ヤマメの塩焼き、破竹の煮付け、蕨などの山菜のパスタ、久住牛から作った六種類のチーズをたっぷりと載せた石窯ピザ、そして、久住ワインなどなど。

 皆んなが椅子に座り、祈りの後、集落の自治会長から老神父への労い、そして、ジョンへの歓迎の言葉が述べられ、楽しい食事が始まった。

 老神父は地元の老人のようにジョンに料理の説明を盛んに始めた。

「ジョン、先ずは、この久住牛です!アメリカの牛とは全然違います!」と言うと、ジョンの皿に肉を盛った。

 ジョンは嬉しそうに肉にかぶりついた。

「うわぁー、全然、違いますね!柔らかくて肉汁が美味いです!」と驚いたように首を振った。

 肉を提供した教徒が自慢した。

「プラッシュ神父様、久住の牛は自然の飼葉で育ってますから。肉質がとても柔らかいんですよ。
 バーハム神父様は、ご高齢なのに1ポンド(450g)、軽く召し上がりますからね!」と老神父を見ながら言った。

 老神父はまだ一口も手をつけず、ジョンの食いっぷりを嬉しそうに見つめていた。

 今度は、「ジョン、久住のワインも最高です!」と言い、ワインを勧めた。

 久住山の雪解け水、そして、九州山脈の適度な湿度により、良質のピネリー種の葡萄が栽培されていた。

 ジョンは老神父に聞いた、

「赤と白、どちらがオススメですか?」と

 老神父は眉を顰め、こう言った。

「神の血は「赤」ですが…、美味しいのは「白」です!」と

 周りの皆んなは、いつもの砕けた老神父のジョークに大笑いした。

 浩子は皆の給仕を婦人会と一緒にしていた。

 時折、ジョンの嬉しそうな横顔をチラリチラリと見つめながら…

 高い鼻筋、しっかりとした顎、綺麗な黒い瞳、ウェーブのかかった黒髪、太い首…

 浩子の小さな胸は喜びの鼓動を打ち鳴らしていた。

 ジョンが皆んなに語り出した。

「バーハム神父は私の親以上の存在です。私は孤児でした…、バーハム神父に岩山の谷底で見つけてもらったんです。」と

 老神父は、そんな事、言わなくても良いかのように、苦虫を噛み潰したように顔の前で手を振った。

 ジョンは続けた。

「バーハム神父からは、ここの話は何度も手紙で教えてもらいました。
 皆さんのお人柄、そして、アリゾナやシアトルにはない自然の良さ….、
 何よりも森の美しさ、それに一番関心を持ちましたよ!」と

 老神父はジョンが悲惨な境遇を言い出すのではないかと気が気ではなかったが、安心して、拍手をした。

 自治会長がジョンに尋ねた。

「しかし、プラッシュ神父様は日本語がお上手ですなぁ~、いや、バーハム神父様が下手とは言いませんが…」と

 周りからどっと笑いが上がった。

 ジョンが説明した。

「実は4年前の夏休み、ここに一度訪問したことがありまして。
 その時、バーハム神父から、この教会の重要性をお聞きしまして、できるなら、初任地を久住に希望してみてはどうかと勧められました。
 そこで、4年間、キリスト教学よりも日本語の方を熱心に勉強しましたよ!」と

 また、周りから笑いが上がった。

 皆んな嬉しそうであった。

 特に、この地を去る老神父が一番嬉しそうであった。

 午後3時、老神父は連れの車に乗り、久住を後にした。

 教徒の皆んなは、ジョンに握手を求め、帰って行った。

 婦人部と浩子が昼食会の後片付けをしていた。

 ジョンは自分の為に老神父が建ててくれた平家に戻り、私服に着替えた。

 そして、平家から出てきて、浩子に尋ねた。

「浩子!森はこの小径の左側かい?」と

 浩子はジョンに左側の小川を渡り、杉林を…と説明していると、

 浩子の祖母が

「浩子!ジョン神父様を案内しておいで!」と叫んだ。

 浩子は嬉しそうに頷き、エプロンを外し、ジョンを森に案内した。

「ジョン神父様、今日の説教は心に染みました、綺麗なお言葉でした。」

「ありがとう。僕は何よりもインスピレーションを大事にしてるんだ。
 なかなか説明しづらいが、聞こえない言葉、見えないサイン…、日本語で言えば、『霊感』…かな、それが一番大事だと思っているんだ!」

「私もそう思ってました。いつも、この森に来て、風の声と遊んでます。」

「風の声?」

「はい、私、風の声が聞こえるんです。変な子でしょ…、友達からは『風の妖精』とあだ名がつけられて…」

「浩子?、実は僕もそうなんだ…」

「えっ!」

「僕は岩山の谷底で生まれたんだ。僕の記憶には何も残ってないけど、谷の風がバーハム神父に僕の居場所を教えてくれたって…
 風がね、いつも、側に居てくれるんだ…
 どこに行っても…、話しかけてくれるんだ…」

「じゃあ、私とここの風達の集まり場に案内しますわ!」

 浩子はあの楠木にジョンを案内した。

 杉林を抜けると、真正面に大きな楠木が辺りを領しており、その大きな枝は巨人の両腕のこどく、円を描き、枝葉から繁々と葉っぱを生やし、太陽の光を遮っていた。

 その下方は、草も生えてなく、一種、儀礼場のサークルのようであった。

「あの楠木の穴です。あそこの前が私達の待合場所なんです」

 ジョンは、自ずと楠木の穴が、自身が見つけられたビュートの谷底の巨巌の穴と同じ様に感じられた。

 ジョンは木漏れ日が差し込む、楠木の前のサークルの中心で立ち止まった。

 そして、両手を広げ、くるりと辺りを見回した。

 すると、木々が揺れだし、木漏れ日が微かに流れた。

「来たわ!あの子達が…」と浩子が呟いた。

「分かるよ、浩子。飛んで来てる。皆んな、笑ってるよ!」

「やっと来たなぁ、ジョン!待っていたぜ!」と

 無邪気な風達がジョンと浩子の髪の毛をそよぎ、代わりばんこにハグを繰り返した。

 
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