負け犬様

ジョン・グレイディー

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エピローグ

負け犬様はもう居ない

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 あの100段階段の契りから2年が過ぎた。

 俺は望み通り海の男となり、地元に戻って来た。

 船の免許も得て、逞しく戻って来た。

 俺は戻ると直ぐに浩子に電話を掛けた。

 浩子もちゃんと退院し、家に戻っていた。

 俺はタクシーに乗り、浩子の家に向かった。

 浩子の家の前の道でタクシーを降りると、既に浩子がボストンバックを一つ下げて立っていた。

 俺は浩子をタクシーに乗せた。

 ニコニコ笑っている浩子が楽しげにこう聞いて来た。

「これから何処に行くの?」

「瀬戸内海の離島だ。」

「移住するのね。」

「あぁ、誰も俺たちを知らない島に行くんだ。」

「その前に…」

「そうだよ。運転手さん、駅に行く前に市役所に寄ってください。」

「そうそう」と浩子は嬉しそうに呟いた。

 婚姻届を出した。

 そして、俺たちは海を渡り、瀬戸内海の離島に移住した。

 船も買った。

 毎日、海に出てる。

 青空と青い海に挟まれて、延縄漁をしている。

 負け犬様?

 負け犬様が最後に現れたのは、この島で初めて漁に出た時だった。

 俺が舵を握り、漁場に向かっていた時だ。

 負け犬様が現れた。

【『大介、俺はなぁ、ずっと人間には幸せなんか無いと思って生きて来たんだ。

 いつもいつもちっぽけな我慢をし、いつもいつも嫌なことをし、それでも飯を喰って生きるのが人間だと思っていたんだよ。

 この世の生き物の中で一番我慢を強いられるのが人間だと思っていたんだよ。

 違った。

 お前ら夫婦を見ていると、俺の考えは違うと思った。

 お前らは、いつも上を見ている。

 平気で太陽を眺めている。

 決して下を向いていない。

 幸せ者だ。』

「それもこれも負け犬様のお陰だよ。」

「いや、俺じゃ無い、神様だ。

 神はちゃんと約束を守ってくれた。

「前世の不幸者は必ず来世では幸福者となる。」

 神は平等だったよ。』

「負け犬様、もう俺は心配要らないよな?」

『あぁ、大介と浩子は最高の幸せ者だよ。』】

「負け犬様……」

「何?負け犬様?変な名前の神様、可笑しい!」と

 操舵室の中で弁当を食べていた妻が笑った。

「そうさ、負け犬様だよ…、俺とお前の救世主だよ。」

 船は凪の海原をゆっくりゆっくり漁場に向かっている。

 俺達の人生もゆっくりゆっくり進んでいる。

 もう、負け犬様が俺の前に現れることはないだろう…

   俺はそう思い、

 潮に濡れた操舵室の窓ガラスの中に映る俺の耳元をそっと見遣った。

 
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