負け犬様

ジョン・グレイディー

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第九章

決断と約束

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 浩子と再会を果たした年の暮れ、俺は一抹の不安に駆られ、本来勤しむべき受験勉強も手につかない有様だった。

 例えようのない喜びと不安を比較考慮し、不安を喜びの副産物と捉え、開き直ろうと意識的に模索するが、小手先の摺り替えは、俺の心を騙す事は出来なかった。

「このまま、2人はどうなって行くのか?」

「俺は今何をしている?どう進もうとしている?」

「大学に合格する?全く勉強もしてない癖に?」

「また、浪人するのか?」

「それで浩子を幸せに出来るのか?」

「何と中途半端で身勝手な救世主だ?」

「もしかしたら、アイツの不安は俺そのものかも…」

 そんな出口の見えない謎解きのような思案に没頭していた。

 やはり、負け犬様が現れた。

【『そう思うよな。普通、そお思う。』

「負け犬様?貴方もそう思ったの?」

『いや、そう思わなかった。大介みたいに気づいてあげられなかったよ。俺はな。』

「気づいてあげられなかった?」

『そうだ。浩子の不安に気づいてあげられなかった。

 俺は自己本位だった。

 完全に舞い上がっていた。

 夢物語ばかり宣ってな…』

「俺もそうだよ…、こんな惨めな分際で大きな事ばかり浩子に言ってる。」

『そうなる。悪気はない。浩子を楽しませようと、浩子に好かれようと、浩子に安心して貰おうと、そう言ってしまう。仕方がない。

 しかし、お前は気づいた。

 浩子の不安気な表情に。

 俺はそれを看過してしまったよ。』

「負け犬様、頼む、アンタの失敗を教えてくれ。

 俺の為じゃない、浩子の為に教えてくれ。」

『そのつもりで来た。

 今から言う事が俺の最大の汚点だ。

 お前が言う負け犬様となった要因そのものだ。

 俺と浩子の盲目の一年を今から話す。良く聞いておけ。

 俺はお前と同じ様に浩子と再会を果たし、喜びに満ち溢れていた。

 浩子とのデートも重ね、日常話しから将来の話をし出した。

 お前と一緒だ。

 浩子の近くの大学に入り、2人で楽しいキャンバスライフを送ろうとか、

 大学卒業したら起業して、2人で喫茶店を持とうとか、

 2人で海外に移住し、誰も邪魔しない土地でのんびり暮らそうとか、

 当てもない空想的な夢物語ばかり浩子に話していた。

 浩子も喜んでいた。

 浩子もそう願っていた。

 しかし…

 俺は結果、受験に失敗し、二浪が確実になった。

 結局、法螺吹きの道化師だった。

 それでも浩子は俺を信じていた。

 俺の苦し紛れの「今度は大丈夫」、「次は大丈夫」、「何とかなる」といったリカバリーにも、「うん、うん」と頷いていてくれた。

 俺は浩子の優しさ、浩子の愛情に甘え過ぎていたんだ。

 浩子のことを何も考えてやれなかった。

 浩子は何があっても俺に着いてくると思い込んでいたんだ。

 浩子が元気なら、おそらく、こんな道化師の俺の側にずっと居たと思う…』

「浩子が元気なら?

 やっぱり、浩子は何か隠しているんだね?」

『そうだ。浩子は心の病気だ。俺と再会する前も大学を休学していたんだ。

 極度の不安から外に出られない。

 大学も行けずに実家に帰っていた。

 そこに俺が現れ、浩子に一つの明かりを灯し、奇しくも浩子の家族にとっては、俺は浩子を立ち直らせた救世主扱いとなった。

 それが逆効果になるとも知らずに!

 浩子は喜びの余り、無理をしたんだ。

 俺と逢う喜びのため、キツいのに頑張って、起き上がり、逢いに行くのだ。

 逢えば楽しかった。

 しかしだ!

 病気は決して完治してない。

 あの時…

 専門的に治療すべき時期でもあったんだ。

 やがて…

    期待ばかりさせられて、なかなか結果の出ない俺から身を退いて行ったよ。』

「………………」

『飼い猫が死に際に飼い主から姿を消す様にな。』

「別れたの?」

『そうだ。浩子は理由は最後まで言わなかった。』

「理由を言わなかった?」

『そうだ。

 その時は俺は動転した。晴天の霹靂だ。

 執拗に別れの理由を求めた。

 それがまた彼女を追い詰めたんだ。』

「分からない。病気と言えば良かったんじゃないか?浩子は貴方に…」

『俺が浩子に夢を語り、好かれたいと思うことと同じ様に、浩子も綺麗な自分を俺に見せ続けたいと思っていたんだ。

 病魔により潤いが失われ、陰鬱な表情になって行く、自分自身を俺の前に表出したくなかったのだ。

 そして、それを誤魔化すほど、病気は柔ではなかったのだ。』

「聞いてもいい?」

『良いよ』

「今、2人にとって、何が一番重要と思う?」

『約束と決断だ。』

「約束と決断?」

『いいか大介!

 これから無造作に無駄に時間を費やすな。

 これからの2、3年が2人にとって一番重要な時間となる。

 いいか大介!

 予備校なんか辞めてしまえ!

 大学なんか行くな!』

「どうして、大学に行かないと一流企業に就職できないよ。

 それこそ、浩子と結婚できないよ。」

『違う。

 いいか大介。

 俺みたいに二浪し、大学にやっと入り、卒業するまでに5年間も時間を費やすことを考えてみろ。

 浩子はまた無理をする。

 いいか大介。

 浩子は大学を辞めたいんだ。

 楽になりたいんだ。

 しかし、お前に相応しい妻となるには大学を卒業しないといけないと思っているんだ、

 それが彼女の病気治療を逃すことになるんだ。

 お前が大学に行かなければ良いんだ。』

「そして、約束?」

『結婚するから待っていてくれ!

 この言葉だけ約束しろ!』

「うん…」

『こう約束してお前は姿を消せ。

 そして、仕事を探せ。

 社会に出るんだ。

 そして、浩子を迎えに行くんだ。』

「うん…」

『浩子は必ず待っていてくれるよ。

 安心しろ。

 俺はそんな決断も出来ず、親の言われたまま、大学に入り、公務員になり、それから等々と呑気に構えていた。

 その間、約束もしないで、あんな綺麗な女に虫が寄って来ないはずがないんだ。

 案の定、邪魔が入ったよ。』

「あの男か?悪魔ツラのデビルマンか?」

『そうだ。結局、ハイエナのような悪魔野郎と浩子は結婚したよ。』

「………………」

『あの時、俺に約束と決断の勇気があれば…』

「分かったよ!負け犬様!

 俺は絶対、浩子をあんな悪魔野郎に渡さない!

 絶対だ!

 俺は約束と決断をする。」

『そうすれば、必ず上手く行く。』】

 俺はその翌日、予備校を辞めて、実家に戻った。

 親父は怒っていたが、兄貴はこう言ってくれた。

「俺は大介が羨ましいよ。お前は末っ子だ。

 好きなように生きろ!」と

 俺は浩子を楽にさせるために、浩子に約束を契るために、仕事を探し始めるのであった。
 
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