負け犬様

ジョン・グレイディー

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第二章

負け犬様は僕の味方

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 綿菓子のような入道雲がもくもくと競り合うように空のあちらこちらで背伸びをしている。

 夏休み最初の日

 僕は野球部の朝練を終え、くたくたで帰宅した。

 家には誰も居なかった。

 両親は教員で共働き、兄と姉も高校の部活動に行っている。

 僕は両親の寝室に行き、冷房をつけて、ベットに横になった。

 直ぐにも眠りそうだ。

 やがて冷風が汗で濡れた髪をドライヤーのように乾かし始めた。

 そして、僕はそれを合図に深い眠りに堕ちて行った。

【『大介、大介』

 夢の中で誰かが僕を呼んでいた。

「誰?」

『………………』

「誰なの?」

『誰でもいい。とにかく、俺の言う通りにしろ。

 すれば、上手く行く。』

「何をするの?」

『いいか、これから俺が言うことをよく聞け。

 あの子を好きになってはならぬ。』

「あの子?」

『とぼけるな!今、お前が好きで好きで堪らない同じクラスの中川浩子だ。』

「………………」

『いいか!奴を好きになってはならぬ。』

「どうして?」

『これから先、お前は奴に翻弄される羽目になる。』

「何で分かるの?」

『うむ…

 そうか、まだお前は俺の存在を分かっていないのか…

 大介、俺はお前の前世の人間だ。』

「前世の人間?どういうこと?」

『過去のお前だ。この世を妬み、僻み、恨みながら、死に絶えたお前だ。
 
 俺はお前が産まれた時から、そこに居た。』

「そこ?何処に居たの?」

『お前の耳元だ。』

「見えないの?僕にも誰にも見えないの?」

『見えない。』

「どうして居るの?」

『お前に合図を送るためだ。』

「合図?」

『質問ばかりするな!

 もう良い!

 いいか!

 お前は俺の言う通りにすれば良いんだ!

 これまでもお前は俺の合図に従って来た。

 お前は無意識にな。』

「あっ、夢の中…、宇宙から聞こえる声…」

『やっと分かったか。』

「夢ではなかったの?」

『夢ではない。これからは分かる。

 お前は成長した。

 俺が合図を送るのも久方振りだ。

 そうそう、3年振りかな。お前は10歳だった。

 覚えているか?

 お前の兄貴と親父が殴り合いの親子喧嘩をした時のことを。』

「うん、覚えている。」

『その夜、見た夢、覚えているか?』

「覚えているよ…

 誰かの声が宇宙から聞こえて来たんだ。

『兄貴をよく見とけ。兄貴を自分の先の姿だと思え。兄貴は悪くない。悪いのは親父だ。』

 そう覚えている。」

『その通りだ。

 お前の兄貴は不憫だ。俺と良く似ている生き方だ。
 兄貴は運が悪い。
 名前?「榊」、変な名前だ。
 身体もデカく、顔付きもゴリラのようだ。
 親父も兄貴を怖がっている。嫌っている。
 俺もそうだった。

 ついつい、お前が間違った感覚を持たないように合図を送った。

 兄貴の生き方は不恰好だが、決して間違ってはいない。

 兄貴の失敗の反対をすれば、それはそれでお前は楽になる。

 しかし、それでは卑怯な狐と同じだ。

 お前は兄貴の強さも学ぶ必要がある。

 それで合図を送った。

 怒られた方が決して悪いのではないとな。』

「うん!それはよく分かったよ。にいちゃんは本当に可哀想だよ…。

 何をしてもお父さんに褒めて貰えない。

 でも、にいちゃんは凄いよ!

 野球も上手いし、喧嘩も強いし!」

『まぁ、兄貴の事はここまでだ。

 大介、中川浩子を嫌え!』

「嫌だ…」

『嫌え!

 さもないとお前の人生は台無しになる。』

「貴方がそうだったの?」

『そうだ。』

「僕は中川が好きだ。初めて女の子を好きになった。
 いつもいつも中川を想っているんだ。」

『よ~く分かるよ。

 大介?

 中川と結婚したいと想っているだろう?

 中学2年の坊主の分際で!』

「結婚できたの?」

『出来ない。』

「そっか…」

『だから嫌いになれと言っている。』

「………………」

『騙されるぞ。惨めになるぞ。負け犬になるぞ。』

「負け犬…」

『そうだ、咬ませ犬だ。』

「辛かった?」

『死にたかったよ。』

「そっか…、中川とは上手く行かないんだね…」

『俺は上手く行かなかった。』

「教えて!何が上手く行かなかったのか?教えて!」

『その前にもう一度聞く。中川を嫌いになれ!
 さもないと惨めな負け犬になるぞ。』

「嫌だ!

 貴方は言った。

 兄貴は決して悪くはない。

 怒られた方が悪いのではないと。

 惨めな負け犬だって悪くはないんだ。

 そうだろう!」

『ふん!

 小癪な事を言いやがる。

 好きにしろ!』

「僕は中川と付き合えるの?」

『付き合える。』

「でも結婚は出来ない…」

『分からんぞ。』

「出来るの?」

『邪魔を消せばな!』

「邪魔?」

『時期に分かる。慌てるな。

 いいか、俺の言う通りにすれば、中川と結婚出来る。

 いいか!

 俺の言う通りにしろ!』】

「大介!大介!起きなさい!

 風邪をひきますよ。

 自分の部屋に戻って寝なさい。」

 いつの間にか母が帰っていた。

 僕はねむりまなこのまま、部屋に行き、机に座り、デスクマットの裏に忍ばせた修学旅行の写真を眺めた。

 そう、中川を眺めた。

 綺麗で大人しい転校生

 いつもいつも僕を見ている。

 目が合うんだ。

 あの大きな黒い瞳と…

 そして、僕はつい先程の夢を思い出した。

『負け犬になるぞ!』

「負け犬…、でも、あの人の忠告を守れば、中川と結婚出来る…、負け犬様様だ…、負け犬様か…」

 これが僕と負け犬様の正式な初対面となった。

 負け犬様はこうも言っていた。

『俺にも勝ち組の時期はあったんだ。』と

 僕は思った。

「負け犬様は僕の味方なんだ…、肝心な時に来てくれるんだ。」

 僕は耳元に囁いた。

「負け犬様の仰る通りにするから…、

 中川と結婚させてください。」と
 



 

 
 
 

 
 
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