社宅

ジョン・グレイディー

文字の大きさ
上 下
15 / 33
第十五章

苦しみの果てに「怨念」が見える

しおりを挟む
 多幸は押入れの四隅北側の一角を睨み、お経を唱え始めた。
 
 声を張り上げることもなく、平静無心にお経を唱えた。

 その四隅は陽の光も届かず、ぼんやりと暗闇が見えるだけであった。

 多幸はお経を唱えながら、こう感じていた。

「今までの地縛霊の波動とは明らかに異なる。

 この波動は…、浮遊霊か、生霊か…」

 お経を唱え始めて数十分間が経ったが、多幸には何も見えず、何も聞こえて来なかった。

 北部屋には二人が唱えるお経のみが響き渡って行った。

 暫くすると、

「ピンポン、ピンポン」と玄関の呼鈴が突然、鳴り始めた。

「決して動かないでください。」と多幸はすぐさま背後の妻に釘を刺した。

 妻は頷いた。

「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン」と

 呼鈴が連呼始める。

 更に、「トントントン、トントントン」と玄関ドアをノックする音も鳴り響き始める。

 押入れ四隅には何等変化が見えない中、妻は、油断し、ちらっと玄関の方に目を向けた。

 その時、

 多幸の頬を一矢の冷気が掠めて行った。

「小野さん、前を向きなさい!」と多幸は慌てて妻に言った。

 妻は玄関の方が気になり、

「もしかしたら、娘が帰ってきたのかも…」と呟きながら、多幸に言われた通り前を向き直した。
 
「ひっ!」

 前を向き直した妻は息を呑んだ。

「どうしたんですか?小野さん?」

 と多幸が問うた。

 多幸の背後に居る妻が明らかに身震いしているのを多幸は感じ取った。

「あの人が…、あの女が…」と妻が辛うじて言葉を口にした。

「小野さん、見えるんですか?

 四隅に何か見えるですか?」

 と多幸は四隅の暗闇を凝視しながら妻に問い掛けた。

「は、はい…、み、見えます…、私を睨んでいます…」

「黒髪の白い女なんですね!」

「そ、そうです…」

 そう返事をした妻は、「ひっ!」と再度、悲鳴を上げた。

「小野さん、どうしたんですか?」

 多幸には女の姿は全く見えなかった。

「く、黒目がある…、大きな黒目で睨んでる…」と妻は言う。

「いつもは白目だけなんですよね!」

「そうです。今は大きな黒目で…」

 多幸は咄嗟に妻にこう指示した。

「小野さん、目を瞑って!

 お経を心で唱えて!」と

 妻は急いで目を瞑った。

「ひっ!」

 また、妻が悲鳴を上げた。

「どうしたんですか?」

「顔に何かが触って来る…」

 多幸は急いで妻の手を握り、

「私の掌を強く握ってください!」と叫んだ。

 妻はしっかりと多幸の掌を握り締めた。

 その瞬間、多幸にも聞こえ始めた。

 四隅暗闇の中から響く、獣のような唸り声が…

 そして、多幸の側を無数もの冷気が通り過ぎて行く感覚がひしひしと伝わり出した。

「触るでない!」と多幸は一喝した。

 そして、

「お前は何者なのか!言いなさい!

 お前は何者か!言いなさい!」と糾弾しながら、般若心経を唱えた。

 すると、四隅暗闇から、

「こ、こ、ここは、わ、わ、わたしの、ところ、わ、わ、わたしのもの…」と唸り声が言葉になった。

「いいえ!此処は貴女の居る場所ではありません。

 立ち去りなさい!」と

 多幸は更に一喝し、強く強くお経を唱え、白紙を燃やし、その煙を押入れの中に注ぎ込んだ。

「うぅ、うぅ、うぅ~~~!」と

 四隅暗闇から悶絶するような唸り声が響く!

 すると、押入れに注ぎ込んだ煙が、空流を逆流し、押入れが吐き出すかのように戻り始め出した。

「つ、つ、強い…」と多幸は一言呟き、懸命にお経を唱え続けた。

 その時、

「もう、もう駄目!」と背後の妻が叫んだ。

「どうしたんですか!」

「掴まれた…、首を…掴まれ…ています…」と妻が小声で叫ぶ。
 
 多幸は四隅暗闇を睨み叫んだ!

「私を掴みなさい!

 助けてあげる!

 私を掴みなさい!」と

 すると、多幸の首筋が赤く染まり始めた。

「ゴホッ、ゴホッ!」と背後の妻が息を吸い込み、咳をしながら座り込んだ。

 多幸はじわじわと締め付けられる首元の感覚と同時に意識が朦朧とし始めた。

 多幸は遂に目を瞑った。

 その瞬間、

 多幸に何かが見え始めた。

「貴女の苦しみが見えます。

 貴女の生き姿が見えます。」と

 多幸は四隅暗闇にそっと囁いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue

野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。 前作から20年前の200X年の舞台となってます。 ※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。 完結しました。 表紙イラストは生成AI

【完結済】僕の部屋

野花マリオ
ホラー
僕の部屋で起きるギャグホラー小説。 1話から8話まで移植作品ですが9話以降からはオリジナルリメイクホラー作話として展開されます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

感染した世界で~Second of Life's~

霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。 物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。 それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......

紺青の鬼

砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。 千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。 全3編、連作になっています。 江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。 幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。 この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。 其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬  ──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。  その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。 其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉  ──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。  その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。 其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂  ──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。  その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。

くろいろ

しゅん
ホラー
たす……け…て…… 死の街 謎の?2 そして謎の少年華原

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ホラーの詰め合わせ

斧鳴燈火
ホラー
怖い話の短編集です

処理中です...