【完結】末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う

空原海

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番外編2 閨講義と猥談と

第四話 置いてけぼりな弟

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 エーベルは「やべっ」と言って舌を出した。

 コーエンばかりがその所業に目をつけられがちだが、双子のエーベルもなかなか王女とは言い難い口振りに仕草である。
 悪目立ちするコーエンに隠れているだけで、エーベルも結構な跳ねっ返りの問題児である。

 誰からも怖れられるリヒャード王太子を兄に持ち。
 その兄に向かって真っ向から憎まれ口を叩く気概も小賢しさも備えているため、国内貴族ではエーベルの引き取り手など皆無だ。
 隣国の王太子との婚約が流れれば、エーベルの嫁ぎ先は絶望的である。
 本人がそれを気にしているのかいないのかは不明だが。

 リヒャードは頭を抱えた。


「エーベル……。お前もいい年なのだから、もう少し落ち着いてくれ。お前に淑女らしくあれなど言わん。だが、無闇やたらに突っかかっていくな。頭に血が上ると周りが見えなくなる悪癖は改めろ。いつか身を滅ぼすぞ」

「いい歳とか余計なお世話だし」


 プイッと顔を背けるが、エーベルの頬はだらしなく緩んでいる。
 エーベルはブラコンなのである。とは言っても、リヒャードのみに限定するわけではない。
 エーベルは兄リヒャード、双子の弟コーエン、年の離れた弟バルドゥールの三人皆愛しく思い、彼等を超えるような男の元に嫁ぎたいと考えていた。
 三人三様、それぞれタイプはかなり異なるが、皆王族としては珍しい程に愛情深く優しい王子達なのだ。

 コーエンはそんなエーベルの様子を見て「あーあ」と肩を竦めた。


「エーベルのブラコンも重症だな。あちらの王子さんもこりゃ大変だわ」

「うるさいっ!」


 拳を振り上げるエーベルを前に、リヒャードは額に手を当て嘆いた。


「……エーベルは本当に嫁に行けるのだろうか……」


 もしエーベルが本当に嫁に行き損ねたのなら、王太子妃バチルダに任せようとリヒャードは諦めた。
 バチルダとエーベルとで我が子を育ててもらおう。エーベルがいれば、乳母の必要もないかもしれないし。

 そして兄王子姉王女のやり取りから置いてかれ、ポツンと立っていたバルドゥールはハッと我に返って声を発する。


「あのー……。僕の相談の続きを聞いてもらってもいいでしょうか……?」


 おそるおそる、といった具合に発言するバルドゥールに、三人は振り返った。


「あっ。そうだった。バルの相談だったね」

「バルごめんなー。なんだったっけ?」

「……閨講義の件ではなかったか?」


 双子の王子王女は悪びれなく、長兄リヒャードだけがやや決まり悪げである。


「……はい。畏れながら、リヒャード兄上は閨講義は……」

「勿論受けた。私は王太子だからな。私情より義務を優先した。だがお前の葛藤は理解しているつもりだ」


 つまり、リヒャード個人としては閨の実技は実践したくなかったということである。
 バルドゥールはどこまで踏み込んでいいのだろうか、と躊躇いつつ、リヒャードに重ねて問うた。


「兄上は……その……、実技を受けて、結果的によかったと……?」


 婚姻後に役に立ったのか、と明け透けに問うバルドゥール。
 さすがにこの質問には、リヒャードも目を見開いた。
 エーベルとコーエンの双子は興味津々でリヒャードの応えを待っている。リヒャードは腕を組みしばし天を仰ぐと、ふうっと短く嘆息した。


「……お前の望む答えになるかわからんが……。まぁ、役に立たなかったわけではない。それは知識として私の頭に残った。だがそれがなかったとして、滞りがあったかどうかは定かではない」


 リヒャードはバルドゥールの目を真っ直ぐに見つめた。


「ただ言えることは、私にとってバチルダと結ばれた日は何にも替えがたい幸福を得た日であったということだ。それを受けたからこの身と行為がけがれたわけでも、受けぬからバチルダを愛せぬわけでもない」


 ふむ、とリヒャードが手で顎をしゃくる。バルドゥールはリヒャードの言葉を待った。


「初夜とは我らにとって義務だ。相手も我らと同様の重責を負う。婚姻を結べば二人で越え難いものは今後いくらでも出てこよう。その始まりに過ぎぬ。バルドゥール、お前とその相手とで解を探ることが最善ではないだろうか。婚姻前の今は問えずとも、しかし相手をよく見よ」


 バルドゥールが息を呑むと、リヒャードが口の端を微かに歪めた。


「これでよいか?」

「はっ、はいっ!」


 上擦った声で返事をするバルドゥールは、流石リヒャード兄上だ、と尊敬の眼差しをキラキラと向けた。一方でコーエンが鼻白む。

「……っかーっ! 兄貴はこう、なんていうか、カッコつけやがって! っていうのを地で行くからなぁ……おい、バル」


 半目になったコーエンがバルドゥールを呼ぶ。


「はい。何でしょうか」

「兄貴はな、超人だから。お前、兄貴と同じことが出来ると思うなよ」


 コーエンの実感の籠もった言葉に貫かれたバルドゥールは、ウッと胸を抑える。


「いいか。テクニックがなくていいわけねえんだ。テクニックてぇのはな、別に超絶技巧とか、そういうんじゃねーよ。そんなのは男の自己満足だ。自分のしごいて勝手に気持ちよくなってんのと、ひとっつも変わんねーからな。俺が言いたいのは、ただ女の体を知ってやれってことだ」


 凄んだ目つきで、急にマトモなことを口にするコーエンに、リヒャードは澄ました顔で内心大爆笑していた。
 この弟は大層捻くれているが、年の離れた弟バルドゥールが可愛くてたまらないらしい。


「どこをどんな加減で触ってやれば気持ちよくなれるのか、なんてのは相手と少しずつ探りながら、お前が積み重ねていくことだ。閨講義で教わることじゃねーよ。ていうか、そこまでやる必要はねーからな」


 お前は閨講義を何だと思ってんだ、とコーエンが溜息と共に呆れた声を出す。
 バルドゥールは目を瞬いた。


「え……。ということは、快感を得るための実技ではないということで……?」

「そこまでは言っちゃいねーよ。そりゃ気持ちよくさせる基本のイロハくれぇはやるけど。なぁ? 兄貴」

「……私に振るのか。……うむ。つまり実技講義とは、教本に図解として掲載されたものを三次元に起こすだけのことだ」


 リヒャードの言葉にバルドゥールの頭は疑問符で満ちた。
 えっと。つまりどういうこと? どこまでやるの?
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