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本編

第十話 憔悴するグリューンドルフ公爵は、食えない叔父

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 その日、バルドゥールは自身の離宮ではなく、グリューンドルフ公爵王都屋敷を訪れ、公爵自慢の庭園を散策していた。

 二年半前、グリューンドルフ公爵は、二人の子供を同時に手放すことになった。
 嫡男フルトブラントと、そして養女として匿っていたアンナ。

 アンナは自身の供に、フルトブラントを選んだ。
 アンナの言葉は、グリューンドルフ公爵が養女アンナではなく。ガルボーイ王国が王女アンナとして。
 アンナの要求を了承したフルトブラント。

 その時点で、フルトブラントは次期グリューンドルフ公爵ではなくなった。
 ゲルプ王国貴族としての籍を抜かれ、ガルボーイ王国国王から一代限りの騎士爵を叙爵された。

 アンナが旅を終えてガルボーイ王国に帰還し女王に即位すれば、フルトブラントは騎士爵から、いずれかより上の爵位へと陞爵しょうしゃくされるだろう。
 グリューンドルフ公爵の家督は、フルトブラントの弟が継ぐこととなった。
 フルトブラントよりよっぽど学業成績はいい。自分より弟こそ次期公爵に相応しい。と、フルトブラントは何の憂慮も見せず、公爵家を出た。


「はは……。不出来な息子でしたが、可愛がっていたのですがね……」


 グリューンドルフ公爵は寂しさを色濃く滲ませ、力なく笑った。


「アーニャも……。いや、アンナ王女殿下も。畏れ多いことながら、我が娘として慈しんでおりました。まこと愛らしく聡明な御方で……。
「妻を早くに亡くした私にとって、王女殿下は我が公爵家の一輪の薔薇にございました」


 この二年半、グリューンドルフ公爵はぐっと老け込んだ。

 ゲルプ王国国王の王弟であり、バルドゥールの叔父であるグリューンドルフ公爵。
 若い頃から精悍な美丈夫と謳われ、恵まれた体躯と優れた武勇で、貴婦人の人気を博していた御仁だ。
 男としての色香や人気。両名が王子時代から続いて、正直なところ、国王陛下よりずっと高い。

 しかしその勇ましく立派なグリューンドルフ公爵の輝かしく濃い金髪には、白いものが混じり。
 大きな身体は少しばかり痩せ。
 常に威風堂々と威厳に満ちた厳めしい顔つきは、沈痛に耐え。
 弱弱しく、力無い。

 あまりに痛ましい叔父の姿。
 バルドゥールは、慰めの言葉を軽々しく口にすることはできなかった。

 グリューンドルフ公爵の寂寥と喪失感が、バルドウールのそれと同じだとは思わない。
 グリューンドルフ公爵にとっての嫡男フルトブラント、そして養女アンナ。
 二人の存在がどのようなものであったのか。それは公爵にしかわからない。

 しかし同じく大事な人の帰りを待ち侘び、祈るしかない身として。
 バルドゥールは公務の合間を縫って、たびたび叔父であるグリューンドルフ公爵の元、慰安に訪れた。


「叔父上。アンナ王女殿下などと叔父上から呼ばれることを、アーニャは厭うでしょう。これまで通りアーニャと。彼女の帰りを共に待ち、帰還の折には共に出迎えましょう」

「殿下……」


 庭園半ばで立ち止まり、灰青色の瞳を細めたグリューンドルフ公爵に、バルドゥールは首を振る。


「バルとお呼びください。今ここでは、僕は叔父上の愛息あいそくブラントの身を案じ、叔父上の愛娘まなむすめアーニャを恋い慕う、貴方の甥に過ぎません。共に悲しみを分かち、彼らの無事を祈りませんか」


 グリューンドルフ公爵は、バルドゥールの強い光を宿した真摯な瞳に目を見開くと、柔らかく微笑んだ。


「そうだな、バル。ありがとう」


 ようやく笑みを見せたグリューンドルフ公爵。ほっと安堵したバルドゥールは、悪戯ぽく片目を瞑った。


「どういたしまして。正直なところ、アーニャとの再会は二人きりで、とお願いしたいところですが。傷心の叔父上にそれを願い出るのはあまりに酷かと。妥協することにしたのですよ」


 途端にグリューンドルフ公爵は、元来の鹿爪らしい表情に戻った。
 そして眉間に深く皺を刻み、険のある声を発する。


「おいバル。私はお前をアーニャの相手として、まだ認めていないぞ」

「何を仰いますか、叔父上。僕ほどアーニャに相応しい男はいないでしょうに」


 グリューンドルフ公爵は、フンっと鼻を鳴らす。


「ブラントがアーニャに婿入りすればよい。さすれば二人とも我が子のままよ」

「身分が違いすぎます。ブラントは今や一介の騎士でしかない。一国の王女に……いや近い将来、女王陛下となるアーニャの相手となるには、騎士では務まりません。
「僕ならばゲルプとガルボーイの架け橋ともなれる。国益にも繋がる!」


 必死に言い募るあまり、声を荒げるバルドゥール。
 グリューンドルフ公爵は嘲笑うかのようにバルドゥールを見下ろし、口の端をゆがめた。


「ほう……。ブラントを一介の騎士に過ぎぬとな? 面白い。便宜上籍を抜いたとはいえ、奴は我が息子。身分の差などあってないようなものだ。
「むしろ第三王子に過ぎぬ貴様と、ゲルプの武を一手に担う我がグリューンドルフ公爵家の権力。果たしてどちらがアーニャに相応しいかな?」

「大人げないですよ! 叔父上! アーニャは僕を愛しているんです! ブラントではない!」

「ははは! それは旅立つ前のことだろう。二年半もの間、寝食を共にした男女に何の思慕も起こらぬと、お前は本気で思っているのか?」


 ――こんの、ゲス野郎~!!!


 両拳を握りしめたバルドゥールは、哀愁溢れる背中を前に、この嫌らしく不敵な叔父をうっかり慰めてしまった、己の迂闊さを呪った。


 ――そうだ。叔父上はこういう人だった……!
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