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本編
第九話 アーニャへと繋がる空
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侍従は静かに振り返る。
「はい。何でございましょう」
「うん。アーニャに贈る魔剣に付加する属性だけどね。雷にしようかと思って」
「雷神ペルーンを讃えて、でございますか?」
バルドゥールは満足げに微笑んだ。
侍従の幅広い知識と、また察しのよさをバルドゥールは気に入っている。これがフルトブラントではこうはいかない。
「うん。アーニャによると、水については何らかの加護を得たようだ。人魚の畔とあったから、そこで人魚によるのか、他水の精か、はたまた水神から加護を贈られたのだろう」
「そうですね。そのようにお見受け致します」
「そしてこれから出向く活火山に住まう眠れるドラゴンとは、火の神スヴァローグの化身である可能性が高いのだろう?」
侍従の喉仏がごくりと上下する。
刹那、視線をバルドゥールから外し、自身のつま先を一瞥したかと思うと、侍従は確信に満ちた強い瞳でバルドゥールに向かい合った。
「……愚考にございますが、その可能性は極めて高いかと」
「いや、僕もそう思う。だからきっと、アンナはドラゴンより火の加護を得るだろう。そのために出向くのだろうし」
バルドゥールは顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「雷神ペルーンの名をガルボーイ王国国王が代々襲名していることから、おそらく雷神ペルーンの祝福は、先代国王から即位時に引き継がれるのだろう。
「しかしアーニャは王女だ。まったく祝福を受けないということはないだろうが、歴代国王と同等の加護を得られるかどうかは怪しい。それに今現在、アーニャに雷の加護はない」
直立してバルドゥールの言葉を待つ侍従の目を覗き込む。
「どうだろう。僕の推測は間違っているかな?」
「いえ。ご慧眼にございます」
恭しく頭を垂れる侍従に、バルドゥールは嘆息した。
「何言ってるんだ。全部君が導き出した答えだろうに」
侍従はニヤリと口の端を歪める。
「殿下の迷いを断ち、歩まれる道を正すのが、私の役目でございますから」
「まったく。最初からわかっていたのなら、もっと早く教えてほしかったよ」
バルドゥールが肩を竦めて侍従を咎めると、侍従は目を丸くした。
「まさか! そこまで買い被られますな。私とてガルボーイ王国の古代神話と建国伝説をなぞった絵本、それらとアンナ王女殿下の旅が結びついたのは、ごく最近にございます」
「どうだか」
胡乱な視線を寄越すバルドゥールに、侍従はキッと睨み返す。
「何を仰いますか。アンナ王女殿下の足取りこそご教授くださるものの、お手紙の内実についてお知らせくださらなかったのは殿下ではございませんか!」
思わぬ反撃に、バルドゥールはウッと言い淀んだ。
バルドゥールは視線を彷徨わせ、「あー」とか「うー」だとか、意味のない呻き声を漏らす。
バルドゥールは苦し紛れに「だって」と言い訳を始めた。
「愛する女性からの手紙を、他人の君に見せるわけにはいかないだろう。君だって恋人同士の手紙のやり取りに手を出すほど、野暮な男じゃないだろう?」
縋るような目を向けるバルドゥールに、侍従は氷のように冷たい目を向けた。
はんっと鼻で笑ったようにも思える。気のせいだろうか。気のせいだよな。
「それとこれとは別でしょう。殿下の嫉妬深い狭心で、ご自身の御首を絞められただけですがね。自業自得というものです」
容赦のない侍従の言葉に、バルドゥールはぐうの音も出なかった。
これって不敬じゃないのか。間違いなく不敬だろう。
バルドゥールは拗ねたような素振りで侍従に恨めしそうな視線を投げる。
侍従は溜息をつくと、再びバルドゥールに礼をした。
「では私は父を呼び出しますので、これにて失礼いたします」
「……ああ。頼んだよ」
ぱたり、と静かな音を立てて閉まる扉を前に、バルドゥールは長く細い呼気を全身から吐き出し、ゆっくりと革張りの椅子に沈み込む。
――しかし。これでアーニャの行く手と目的については、粗方わかった。
バルドゥールは目を閉じ眉間を指で揉むと、ふっと口元を緩めた。
アンナからの手紙で初めて記された次の予定。ガウボーイ王国に根付く神話とドラゴン。
侍従の父からもバルドゥールの知らぬ見識を乞い総じたところ、バルドゥールの立てた予測への概略に修正は必要になるだろうが、それにしたってこのドラゴンを求める旅がアンナの最後の冒険になるだろう。
バルドゥールは窓から覗く空を見上げる。
どこまでも透き通った雲一つない青空。この空はアンナへと繋がっている。
――アーニャ。どうか無事でいて。
ただ祈るしかできない。それは変わらない。
しかしバルドゥールの瞳には明るい希望が煌めいていた。
「はい。何でございましょう」
「うん。アーニャに贈る魔剣に付加する属性だけどね。雷にしようかと思って」
「雷神ペルーンを讃えて、でございますか?」
バルドゥールは満足げに微笑んだ。
侍従の幅広い知識と、また察しのよさをバルドゥールは気に入っている。これがフルトブラントではこうはいかない。
「うん。アーニャによると、水については何らかの加護を得たようだ。人魚の畔とあったから、そこで人魚によるのか、他水の精か、はたまた水神から加護を贈られたのだろう」
「そうですね。そのようにお見受け致します」
「そしてこれから出向く活火山に住まう眠れるドラゴンとは、火の神スヴァローグの化身である可能性が高いのだろう?」
侍従の喉仏がごくりと上下する。
刹那、視線をバルドゥールから外し、自身のつま先を一瞥したかと思うと、侍従は確信に満ちた強い瞳でバルドゥールに向かい合った。
「……愚考にございますが、その可能性は極めて高いかと」
「いや、僕もそう思う。だからきっと、アンナはドラゴンより火の加護を得るだろう。そのために出向くのだろうし」
バルドゥールは顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「雷神ペルーンの名をガルボーイ王国国王が代々襲名していることから、おそらく雷神ペルーンの祝福は、先代国王から即位時に引き継がれるのだろう。
「しかしアーニャは王女だ。まったく祝福を受けないということはないだろうが、歴代国王と同等の加護を得られるかどうかは怪しい。それに今現在、アーニャに雷の加護はない」
直立してバルドゥールの言葉を待つ侍従の目を覗き込む。
「どうだろう。僕の推測は間違っているかな?」
「いえ。ご慧眼にございます」
恭しく頭を垂れる侍従に、バルドゥールは嘆息した。
「何言ってるんだ。全部君が導き出した答えだろうに」
侍従はニヤリと口の端を歪める。
「殿下の迷いを断ち、歩まれる道を正すのが、私の役目でございますから」
「まったく。最初からわかっていたのなら、もっと早く教えてほしかったよ」
バルドゥールが肩を竦めて侍従を咎めると、侍従は目を丸くした。
「まさか! そこまで買い被られますな。私とてガルボーイ王国の古代神話と建国伝説をなぞった絵本、それらとアンナ王女殿下の旅が結びついたのは、ごく最近にございます」
「どうだか」
胡乱な視線を寄越すバルドゥールに、侍従はキッと睨み返す。
「何を仰いますか。アンナ王女殿下の足取りこそご教授くださるものの、お手紙の内実についてお知らせくださらなかったのは殿下ではございませんか!」
思わぬ反撃に、バルドゥールはウッと言い淀んだ。
バルドゥールは視線を彷徨わせ、「あー」とか「うー」だとか、意味のない呻き声を漏らす。
バルドゥールは苦し紛れに「だって」と言い訳を始めた。
「愛する女性からの手紙を、他人の君に見せるわけにはいかないだろう。君だって恋人同士の手紙のやり取りに手を出すほど、野暮な男じゃないだろう?」
縋るような目を向けるバルドゥールに、侍従は氷のように冷たい目を向けた。
はんっと鼻で笑ったようにも思える。気のせいだろうか。気のせいだよな。
「それとこれとは別でしょう。殿下の嫉妬深い狭心で、ご自身の御首を絞められただけですがね。自業自得というものです」
容赦のない侍従の言葉に、バルドゥールはぐうの音も出なかった。
これって不敬じゃないのか。間違いなく不敬だろう。
バルドゥールは拗ねたような素振りで侍従に恨めしそうな視線を投げる。
侍従は溜息をつくと、再びバルドゥールに礼をした。
「では私は父を呼び出しますので、これにて失礼いたします」
「……ああ。頼んだよ」
ぱたり、と静かな音を立てて閉まる扉を前に、バルドゥールは長く細い呼気を全身から吐き出し、ゆっくりと革張りの椅子に沈み込む。
――しかし。これでアーニャの行く手と目的については、粗方わかった。
バルドゥールは目を閉じ眉間を指で揉むと、ふっと口元を緩めた。
アンナからの手紙で初めて記された次の予定。ガウボーイ王国に根付く神話とドラゴン。
侍従の父からもバルドゥールの知らぬ見識を乞い総じたところ、バルドゥールの立てた予測への概略に修正は必要になるだろうが、それにしたってこのドラゴンを求める旅がアンナの最後の冒険になるだろう。
バルドゥールは窓から覗く空を見上げる。
どこまでも透き通った雲一つない青空。この空はアンナへと繋がっている。
――アーニャ。どうか無事でいて。
ただ祈るしかできない。それは変わらない。
しかしバルドゥールの瞳には明るい希望が煌めいていた。
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