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5 愛する夫には、健やかでいてほしいのである
しおりを挟むそっか、そっか……。
カルロスさまったら、ホントのホントに、大変な時代を生きて、大国の君主として、大変なおつとめをなさっているんだ。
そんなの、ストレスたまるに決まってるよね。
暴飲暴食にもなるよね。
わかるよ、わかる。
だって前世のあたしだって、食については、ぜんぜんエラそうなこと言えない。
たぶん、前世で死んだのだって、暴飲暴食で心身弱りきっていたからなんじゃないかと思う。
でもね。
だからこそ。
「カルロスさまをひとり占めしたいなどと、とんでもないワガママを申し訳ございません。カルロスさまがあまりに愛しいからといって、度が過ぎました」
真摯にあやまり、カルロスさまの大きな体にぎゅっと抱き着く。
「おお、イザベル……」
カルロスさまはあたしの肩に手を置き、そっと身を離すと、うるんだ瞳であたしを見つめた。
「天にまします我らの神が、カルロスさまへ尊きお役目を任されたこと。存じております」
「ああ。教皇とともに、私は民を導いてゆかねばならぬ」
うんうん、そうだよね。
そういう時代だもん。
「ですから、その尊きお役目を担うカルロスさまには、世のため、民のため。今後も長く健やかであってくださらなくては」
「健やかに……」
カルロスさまは、あたしの言葉にちょっとだけ顔をしかめた。
暴飲暴食が体にあんまりよくないんじゃないかって、カルロスさまだって本当はわかっているのだ。
「カルロスさまのお側にいられるあいだは、わたくしがカルロスさまのお食事について、料理人に指示するご許可をいただけませんか?」
しりごみするカルロスさまに、ずいっと詰め寄る。
弟フェルディナントさまの禁欲的な食事と比べられたりして、不摂生を指摘されることを嫌うカルロスさま。
でもでも、あたしがカルロスさまに摂生してほしい理由は、フェルディナントさまを持ち上げてカルロスさまを揶揄するような、そんな厭らしいスペイン宮廷人と同じじゃない。
「先日届いたという香辛料をたっぷり使わせましょう」
にっこりと笑って、カルロスさまの手を取った。
「そうすれば、脂も塩も少量でおいしい食事になります。カルロスさまのお好みの味を、きっとわたくしが考案いたします」
26歳という若さで、すでに痛風の気があるカルロスさま。
おねがいだから、体を大事にしてほしい。
「これからもカルロスさまには、偉大なる君主として、ご活躍いただかなくては、民が困ります」
カルロスさまは難色を示したままだ。
「わたくしも」
あたしは、カルロスさまの手を包み込んだまま、どくどくと脈打つ心臓へと導いた。
「愛しい夫のあなたが、いつまでも側にいてくださらなくては――」
そのさきの言葉は、言わなくてよかったみたい。
カルロスさまは、あたしに情熱的なキスをくれて。
それからあたし達夫婦は、王と王妃としてのつとめを果たしました、とさ。
あたし、いや、わたくし。ポルトガル王女、イサベル・デ・ポルトガル・イ・アラゴンは。
大食漢カルロス1世の胃袋をつかんで、愛妻家な彼の可愛い奥さまをつとめ、夫婦そろって幸せになることをここに宣誓します!
神さま。
カルロスさまとわたくしを、どうか見守ってください。
夫婦ふたりで、がんばるので!
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなれば。
(了)
◇ ◇ ◇ ◇
◇主な参考文献
「カール五世 : 中世ヨーロッパ最後の栄光」:江村洋 著、東京書籍
固有名詞にスペイン語、ポルトガル語、フランス語、ドイツ語、英語(のカタカナ読み)などが混じり、言語の統一性がないことなど、史実に忠実でないことをお許しください。
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