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3 コロンブスにヴァスコ・ダ・ガマ。世は大航海時代なのである

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「カルロスさま、カルロスさま」

 ちょうど目の前で生ガキをつるん、と飲み込んだ夫の名を呼ぶと、カルロスさまはきょとん、とつぶらな目を丸くしてこちらを見た。

「先日、貿易船がなにやら、新たな香辛料を持ち込んだとうかがいました」
「うむ」

 カルロスさまは口のはしから垂れた、カキの汁を手でぬぐう。
 それからちっちゃい男の子みたいな、愛らしいしぐさで首をかしげた。

「きみの御父上、ポルトガル王のマヌエル殿がインド総督としたヴァスコ・ダ・ガマだったか? 彼がポルトガルに胡椒を大量にもたらしたろう。であるからして、我がスペインも負けてはいられぬな、と」

 カルロスさまのふくふくとした手が、新たな生ガキへとのびる。
 これはまずい。

「はい。わたくし達のお祖母さま、カスティリヤ先王イザベルさまがジェノヴァ人の船乗り、コロンブスを取り立て。そしてその彼が、我らがスペインのため、新たな航路を発見しましたでしょ」

 カルロスさまの瞳を見つめながら、手をそっと取る。
 するとカルロスさまは、あたしの手を情熱的な手つきで、スリスリなで返してくれた。

 やだー、あたしったら、愛されてる!
 もうカルロスさま、大好きっ!

「ですから、父マヌエルもまた、我らがスペインに負けじとガマに航路を開拓させたのだそうですわ」

 あたしの生まれる前年に、ガマがインド航路航海に出たって、今世のおとうさまが言ってたなぁ。

「そうだったな」
 カルロスさまはあたしの手をにぎにぎしながら、こんどは反対側へと首をかしげた。
「彼のおかげで、我が領港アントウェルペンが香辛料貿易で栄えることができた」

 カルロスさまの、ご機嫌そうなニッコニコ顔。

 そらそうよね。
 香辛料という莫大な利益をあげる貿易。
 それをこれまでずっと、ヴェネツィアが独占していたのが、ポルトガルのリスボアを経由するとはいえ、カルロスさまの領地へうつったのだもの。

 スペインとポルトガル、ウッハウハよね。

 ……大国の栄光の影に隠れて、アステカ帝国やインカ帝国の征服、インディオの大虐殺とかアフリカの黒人奴隷問題とか、あったような気がするけど。

 カトリック両王の先王治世でもそうだったけど。
 カルロスさまのご威光は、遠く離れた新天地で君主ヅラする総督には届かないのよね……。
 カルロスさまご自身は、もんのすごくストイックで敬虔な、慈悲深いカトリック教徒でいらっしゃるのに。

 政治ってむずかしーわー。
 Fラン大学をようやく卒業できただけのバカ女には、荷が重いわー。


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