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14 ハーレム要員と別れ話(2)
しおりを挟む「取り繕おうと思って、媚び売ったんだ? 次の日にフる相手に」
あたしの言葉を受けて、美香が俯く。それを見て、あたしの胸に何かが灯る。
「そりゃまーお優しいことね。ああそうか。お人好しだもんね、美香は。それとも単に、自分が嫌いな相手でも何だろーと、誰にも嫌われたくない、とかいう、八方美人なお調子者なだけなのかしら。
「まるで卓也みたいね。ハーレム作っていい気になってる、あいつと一緒。
「好きな人ができたわけじゃないって言ってたけど。違うって言ってたけど。結局それ、ただ卓也に戻りたいってだけじゃないの?」
あたしも美香のメロドラマな性質を言えない。
役割を振られれば、その場の雰囲気でどうとでも流される。
怒っても、ましてや傷ついてなんて、まったく感じるところもないくせに。物語が転がり出せば、いくらでもアドリブは口をついて出る。
「それはほんとに違うよ……って言っても、信じてもらえないと思うけど……。早紀ちゃんが納得するように、思ってくれていい。私が卓ちゃん戻ったって思われても、私は構わない。けど、それだと早紀ちゃん傷つけちゃうかなって……。実際、卓ちゃんに気持ち、戻ったわけじゃないし」
傷つく? これはまた、随分自惚れていらっしゃる。
そこまで勘違いしてもらえたってことは、あたしの演技は見抜かれていなかったということだ。この、卓也からもらった指輪も。結局最後まで、美香は気がつかなかったのだ。
よかった。本当に。よかった。
これに尽きる。
あたしは悪役になることもなく、悲劇のヒロインとして、同情される立場として。うまく美香と手が切れる。
平和に卓也のハーレム要員、ただそれだけに戻ることが出来る。
そしてそこから本命に昇格して、卓也の隣に立つことに、なんの引け目も感じずに済む。
美香は鼻声で続けた。
「それに、私、ほんとに自分でも驚いてて……。あんまり突然だったから……。その、気持ちの変化が」
美香の苛立ち始めた時期と、あたしへの気持ちが冷めた時期を結んでもいいとするのなら、確かに美香があたしに冷めたのは、ごく最近のことだ。
「突然って、いつ?」
「はっきり……はわからないけど、一ヶ月も経ってない。突然ぱっと消えちゃって。自分でもわけわかんなくて」
美香はハッとしたように顔をあげ、「こんなこと、早紀ちゃんに言うべきじゃないよね。ごめんね」と、泣く寸前のように顔を歪めた。
一ヶ月も経っていないのに。一ヶ月も経っていなければ、もしかすれば単なる気のせいかも知れないのに。
それにも関わらず、こうしてすぐさま別れ話を切り出すとは、随分潔い。
本当にそれほど短時間だったのだろうか? しかし、美香の態度を鑑みれば、確かにそのくらいであるような気はする。
そうだとすれば、美香はひどく潔い。
念のため、というように保身のための保留といった行動を選ばない、まったくもって清廉潔白な、ストイックな人間だということになる。吐き気がする。
「ふうん。でも、その間も美香、あたしに好きだって言ってたわね」
美香の鼻声が増す。
「ほんとにごめんなさい……。あんまり突然すぎて……。自分でも信じられなくって……。ついこの間まで、どんなときでも早紀ちゃんのこと想って考えて。ほんとのほんとに、一瞬たりとも、バトルしてるときでも、早紀ちゃんが頭から消えるときなんてなくて。
「将来二人で一緒に暮らすにはどうしようか。どうしたらいいのか。そればっかり、真剣に考えてたのに……。ほんとに突然ぱっと……跡形もなく……。
「言い訳だね。けど、ほんとに、そうで……。ごめんなさい」
とんでもない。
お礼を言いたいくらいだ。あまりに順調に事が進みすぎて、怖いくらい。
好奇心を満たして、滅多にない経験を楽しむだけ楽しんで。傷つかず、修羅場にもならず。
後々の問題も引き起こしそうになく。第三者に露見することもなさそうで。
欲しかった指輪まで貢いでもらって。映画もカラオケも遊園地も水族館も、行ってみたいところへ、自腹をきることなく体験できた。
その上であたしは、被害者の顔ができる。
「そう。それじゃ、仕方ないね。残念だけど」
別れましょう、と口にする。
明るく冗談めかして言う方がよかっただろうか。いい女ぶって。
しかしそれでは、対応があんまり、大人過ぎる。
普段のあたしの振る舞いでは、そんなことをすれば疑われてしまう。
しかし、泣いて縋る演技が必要なのだとしても、そんなことをするのは、なんだか癪に障った。
美香の求めるメロドラマに、完全にはのってあげたくない。
美香が真っ赤な目を上げて「なんでそんなに、冷静なの?」と言った。
思わずあたしは声を荒げる。
「じゃあなに? 美香はあたしが怒り狂うか泣きわめくかして、追いかけて欲しいとでも言うの? その上で惨めな振られ女を振ってやりたいってわけ? それともあたしに責められることで、モテる女はつらいなあ、とか卓也みたいなことを言いたいの? 罪悪感に悩む悲劇のヒロインでもやりたいの?」
美香は見るからに肩をおとして「ごめんなさい」と言った。
美香の望むシナリオに、まんまとのせられてしまったことにだけ、少し腹が立った。
でもそのおかげで、あたしは美香にぞっこん夢中な私に振られた、可哀想な女になることができた。
それだから明日からは、『卓也と正式に付き合うことになりました』ということを公表することが、許されるようになった。
卓也から貰った指輪を自慢しても。その上で、美香から貰った指輪を捨てずに、指につけたままでも。
美香に未練があって、寂しさを埋めるために卓也に甘えた、同情すべき女、という姿に不自然さはなくなった。
そして一番の強敵、美香が卓也を奪う不安に、もう悩むことはない。
本当に。全てがうまくいきすぎて、怖いくらい。
美香は涙を拭い鼻をかんで、店を出た。
一緒に帰りたくない、とあたしが言うと、美香はジュース代に千円札を二枚置いていった。
美香の飲んだオレンジジュースが九百円で、あたしのグレープフルーツジュースも九百円だった。
お釣りの二百円が最後の儲けね、なんて。
窓ガラスから外を覗けば、肩を落として、泣くのを堪えるように痛みに耐えるように、眉間に皺を寄せた美香が、駅の方角へと歩いていくのが見えた。
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