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10 ハレーム要員の告白

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 十月の末頃と言えば。
 思い返してみて、美香を咄嗟に見る。美香は泣きそうな顔をしていた。


「私のこと、許してくれる? 私、まだあの頃、早紀ちゃんの気持ち、疑ってて……。というより、私自身の気持ちもよくわからなくて。卓ちゃんのこと、嫌いになったわけじゃなかったし。一応、私もまだハーレム要員だしなぁって思って……。
「それで、卓ちゃんに何プレゼントしたらいいかなって、雑誌探してたら、『ポール・スミス』ってブランドがカッコいいなあって……。そんで、マフラーっていうのも、クリスマスプレゼントにいいかなあって……。
「もう卓ちゃんにプレゼントするつもりなんて、全くない。ほんとにこれは、パパにだよ。色とかデザインがすごくカッコいいから、忘れられなかっただけなの。丁度半額になってたし」


 神無月。
 美香が、あたしに「本気だ」と告白してきた、ほんの少し前のこと。

 ああ、あのとき。それならば。
 「いったいなんの話なの」と冗談めかして、切り返していれば。まだ、間に合ったはずだったのだ。
 そうすれば美香も、傷ついた顔を隠しながら、「やだぁ~、早紀ちゃん。冗談にきまってるじゃん~」と笑って返してくれたはずだ。
 マフラーを巻きつけたあたしを見て、卓也の名前を出すことなどなかったはずだ。卓也の首にマフラーを巻きつける想像をすることも、もちろん。

 眉を寄せ、青白い顔で必死に弁明している美香に、今ではそんな躊躇いなど見えなかった。
 出雲に出掛けたがための神の不在は、あたしと美香に真実を教えることができなかった。


「あーだけど、ほんと、恥ずかしかったぁ……」

 気が楽になったような、清々しい表情になった美香は、ぶんぶんっとジュエリーの入った、小さな紙袋二つを振り回す。
 あたしはデパートを出てからというもの、そのもう一つがいつ手渡されるのかを待っている。


「女同士でお揃いの指輪なんて、変に思ったんだろな~。怪訝な顔してたもん……。あー! ものっすっごく恥ずかしいぃ~! あーあーあー!」

「そんなことないわよ。美香だって言ってたじゃない、女の子同士でお揃いの指輪するのが流行ってるって。お姉さんだって、そうなんだなって思ったわよ」

「いやっ! そんなんじゃないっ! 絶対、あのおねーさん、変に思ってた! 最後にわざわざ『お友達とお揃いのリングなんて、素敵ですね』って言ったの、当てこすりに決まってる!
「ああ~。ほんと、もう、恥ずかしぃいい……」


 美香は頭を抱えて、愚痴を続ける。未だに紙袋は手渡されない。
 だいたい美香がお揃いのリングを買おうなどと提案したのではなかったか。
 あたしは、そんなことないわよ、ともう一度慰めてから、息を吸った。


「それにしても、今日は本当にありがとう」


 美香が顔をあげる。あたしはにこっと微笑む。


「この指輪、大事にするね」


 促されるようにして、美香が紙袋をあたしに差し出す。あたしが紙袋を受け取る。
 手を伸ばしたとき、左の薬指にはめた、小さなダイヤがいくつか並んだエタニティーリングが、夕暮れの赤っぽい光を弾いた。クリスマスに、卓也からもらった指輪。
 いや、買ってもらったわけじゃない。
 あたしのお小遣いと、卓也のお小遣いと。二人で折半した。

 卓也は「くっそ。こんなたけーの買わせやがって」と、別れる間際までブツクサ言っていた。


「おい。言っとくけど、おまえだけなんだかんな。こんなのしたの。大事にしろよな。特別だぞ」


 そんなふうに。偉そうに。あたしだけが卓也の特別だって。そう言って。
 それから、それから。

 あたしが答えないことに、怪訝そうな、何より不安そうな美香の表情の目に入る。にっこりと微笑みかける。


「何があっても、大事にするからね」


 美香はほっとしたように笑って「そらもう。大事にしてよね。ほんと高かったんだからぁ~」と言った。


「かなり予算オーバーだったんだよ」


 美香が口を尖らせる。
 大丈夫。何があっても大事にする。たとえ、このリングが美香とお揃いのリングではなくなったとしても。


「早紀ちゃんが自分で買ったっていう、そのダイヤのリングよりかは、安いかもしれないけどさ……」


 私からの真心なんだからね、と美香はあたしの左の薬指に光る指輪を指さした。


「今日からそこは、こっちの指輪が定位置でしょ?」

「どっちもつけるのよ」

「どっちも?」


 怪訝そうな顔をする美香。


「ほら、あの店員のお姉さんもしてたでしょう。重ねづけするのよ」


 オパールのリング。
 石言葉は、希望とか安楽とか、無邪気とか忍耐とか、たくさんあるけれど。
 美香からもらった、角度で違う表情に色を魅せる、この素敵なリング。
 ずっと大事にする。約束する。ずっとつけ続けるわ。ダイヤのリングと重ねづけして使うの。

 ダイヤのリング。
 普段はあまりダイヤモンドに興味はなかったけれど、小さな石がいくつも並んだ、このクリスマス限定ライン、フル・エタニティー・リングは特別中の特別だ。
 そのために、美香が呆れるくらい時間をかけて散々悩んで、単体づけでも重ねづけでも魅力的なオパールリングのデザインを選んで、その中でダイヤのリングに一番似合う、と思ったこの指輪を買ってもらったのだもの。

 お揃いのリングでなくなったあとも。
 卓也からもらった、フル・エタニティー・リング、永遠のリングと一緒に、あたし一人で、ちゃんとつけてあげる。
 オパールの石言葉はたくさんあるけれど、移り気、という言葉もあるらしい。ジュエリーショップのお姉さんは、この石言葉を知っていたのだろうか。


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