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07 ハーレム要員のレッスン2
しおりを挟む「もっと……もっと下」
あたしは美香に言われた通り素直に、中指だけ下の方へゆるゆる移動させた。
ぴちゃっ。
付けっぱなしのパソコンから発せられるはずの音は、さっきまで二人で見ていたメイクハウツー動画。
次はこのアイカラーを指先にとって、軽くのばします。クリームタイプの、ゆるめテクスチャーなので、取りすぎないように気をつけてくださいね。取りすぎたからといって、容器に戻しちゃダメですよ。ティッシュオフしましょうね。
それからトントンたたいて、ナチュラルな感じにボカして伸ばして――。
雑音の中に、ひとつ。またひとつ。絡み合う、粘り気のある、いやらしくてフケツな水音。
それを聞くために、中指に意識を集中させていく。
「ここ、どう?」
「ん……」
美香の口から溜息と共に漏れる、くぐもった声。あたしの質問への返事、なのだろうか。
眉間にきゅっと皺が寄り、上唇が下唇に覆い被さって、たぶん、上の前歯はくるっと下唇を巻き込んで、軽く噛んでいるのだろう。美香の両肩がびくり、と挙がる。
「ねえ、美香」と鼻にかかった甘ったるい声を、美香の右耳に吹きかける。ふうっと生ぬるい一息をプラスすることを忘れない。
水音が少しずつ、大きくなる。静かな部屋が、その音だけで満たされるには、あともう少し。
そして静かな部屋は、なお一層静かになる。今はまだ、ユーチューバーの、間の抜けた声が気になる。
「ね? ここでいいの?」
美香は身を捩る。
返事の返ってこない美香に、もう返事を求めることは諦め、あたしは美香の左の乳首を舌で転がす。美香は左乳首の方が感じやすい。今まで散々、おっぱいを舐めて、おっぱいを舐めるだけしか芸のなかったあたしが、ようやく学んだこと。
おっぱいを吸いながら、左手で空いているおっぱいを揉む。
右手は下へと延ばし、中指と人差し指はそれぞれ異なったリズムをうつ。
ああ、指がつりそう。
不自然な体勢に首だって痛いし、体重のほとんどをかけている片膝もじんじん痺れてきている。
早くいってほしい。
それだけを願って、ひたすら指でかき混ぜる。
美香の切れ長の瞳。黒目は天井のどこかを漂い、白目が多くを占めている。体がびくびく痙攣している。
あともう一押し。
右手の中指を引き抜き、薬指を添えてそっといれる。
締め付けられる感覚がまだ緩いような気がする。爪弾いていた人差し指で、そこをぐにゃりと押しつぶしてから、中指に添える。今度は三本。
乳首を軽く噛む。前歯にひっかけて、そうっと引っ張る。左手で腰のラインをなぞる。
やや広めの骨盤と、その上にあるやわらかな脂肪。
太股から膝にかけて、きゅっと引き締まった、張りのある筋肉。じっとりとした汗。
三本の指を、ねじ込む。
美香に手を引かれて、洗面所へ向かった。
美香が蛇口を強くひねり、勢いよく飛び出す水がシンクを跳ねる。
液体石鹸のポンプを数回プッシュして、二人、手を重ね合いもつれ合わせながら互いの手を洗いっこして、どちらからともなく目を合わせ、微笑む。
美香の顔が近付いてきて、ああキスするんだろうな、と目を閉じる。柔らかい唇が重ねられ離れていく。
「ほんと可愛い。可愛いよ、早紀ちゃん」
そう言う美香の瞳を覗いてみる。
熱を帯びたような、瞳は潤み、目尻は赤らんでいる。
「美香だって。すごく可愛い。ううん、可愛いっていうより、美香って美人なのよね」
しげしげと美香と顔立ちを眺め、批評家のように、思ったことを口にする。
美香は美人だ。それはずっと思っていた。
卓也を慕うハーレムパーティーのライバル達はこぞって皆、美人だ。タイプはそれぞれ、違うけれど。
その中でも美香は、楚々として凛としていて、筋が通っているような、これぞ和美人、といった態。
卓也を盗られてしまうんじゃないか、という不安。実を言えば、その一番は美香だった。
姉御肌で結局お人好しで、家庭科のような調理機材、具材のしっかり用意された場での料理が上手なのは勿論。野営時の、ほとんど何もない状態で何かをこしらえる、といった、食べられれば、命を繋げることができるのならなんでもいい、という状況下でも、思わずほうっと感嘆の息を漏らしてしまうようなご飯を作り出す。
そのうえ卓也と幼馴染み。
でもそういった美香の優位性を除いても。
容姿だけでも、美香はおおよその日本の男の人が、一番『本命』に据えたがりそうな女性だと思っていた。
神秘的な美貌のエルフや、お色気満点の褐色女戦士のような。一目見ただけで魂が一瞬、全部持って行かれそうな、どぎつい派手さと華やかさはないけれど。
いつまでもずっと見つめていたくなる、整った感じ。穏やかで落ち着く感じ。それでいて、どこか神秘的で汚せない感じ。
長い時間をかけて、卓也が真剣に品定めをするとしたら。
卓也がやや苦手としている、ベタベタ触りまくる褐色女戦士はともかくとして、それはエルフでもあたしでもなく、美香を選ぶんじゃないか。
あたしが卓也だったら、きっとそうする。
「早紀ちゃん、何言ってんの」
美香は一瞬、目を丸くした。
それからぼんっと音がしたかと思うほど、顔が真っ赤になる。
「もっ、もうっ! そんなの、知ってるし! 私ほど、いい女なんて、そういないって、私だって知ってるしっ!」
あたしの背中をバンバンと、美香の怪力でもって何度も叩く。
「い、いたいいたいいたいっ!」
「あ。手形ついちゃった……」
「もうっ」
赤くなっちゃったじゃないの、と洗面所の鏡にうつった背中を見る。
鏡の中に、申し訳なさそうに笑う美香と、首を捻って背中を向けるあたしが映っている。
美香は美人だ。
スタイルも、あたしよりずっといい。バストはあるし、ウェストも細い。
でも、美香よりあたしの方が優れた点もある。
こうして同じ鏡に映ればわかる。
同じ鏡に並んで映ることで、初めて知った。
あたしの方が、美香より顔が小さい。色が白い。腕が細い。
体を重ねた後、お互いの手を洗いっこすることは慣例だ。
そのとき、いつも、あたしは美香の顔に体とあたしの顔に体とを見比べていた。美香には悟られないようにこっそりと。
批評家の目で互いの容姿を見比べて、劣等感に落ち込んだり優越感に浸ったりをしていた。
美香の瞳に浮かんでいた、情欲の色とは違う、批評家の視線で。
美香はとろん、と熱っぽい瞳を向けたまま言った。
「この前のクリスマス、一緒に祝えなかったでしょ? コッチ戻ってきたばっかりで、お互い疲れちゃってたし」
前回のステージクリアにはかなり苦戦した。
卓也は治癒では補いきれなかった、明らかに目立つ負傷を負っていたし、あたしと美香は、目に見えてわかる傷はなかったけれど、疲労困憊していて、全員が全員、一週間くらいベッドから出られなかった。
そして気がつけばクリスマスは終わっていた。
「せっかくの一大イベントだったのに! 心残りでしかたないよ……」
しゅん、とうつむく美香。
そうは言っても、イベントにおいてはクリスマスなんかすっかり過去のことになり、翌月のバレンタインに向けて動き出している。
「バレンタイン、一緒に楽しめばいいんじゃない?」
「それもするけどっ! 違うの! バレンタインはね、なんかこう、ほら、女友達でみんな送りあいっこするじゃん……。普通じゃん……。特別感、ぜんぜんないじゃん……」
いや、バレンタインに美香と送りあいっこなんか、したことあったっけ?
首をひねっていると、美香が赤らめた顔をきりっと引き締め、あたしの手を取った。
「そんでね、指輪……。お揃いに、しない? 私が買ったげる」
お年玉をもらったばかりで軍資金もそこそこあるし、クリスマスプレゼントもできなかった分、プレゼントさせてほしい、と美香は言った。
あたしが美香のおっぱいを舐めるだけの女ではなくなった、初めての日。冬も深まった頃。
家路は霜を踏み踏み、白い息を後ろになびかせる。
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