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03 ハーレム要員とデート

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「早紀ちゃん……ごめんね」


 申し訳なさそうに眉を寄せ、小声で美香が囁く。あたしはふるふると頭を振った。
 手なんて、繋ぎたいとも思ってない。
 そう口にしてみたら、美香はどんな顔をするだろう。そんなことを考えるのは、もう幾度目か数えることも出来ないほどの回数になるけれど、まだ一度も言葉にできたことはない。
 目の前を歩く男女のカップルが、歩きにくそうにべったりと腕を絡ませているのを、美香は羨望を混じらせながら、目を細めて眺めていた。


「このクソ暑い中、ベッタベタくっついてご苦労さま!」


 ふん、と鼻を鳴らし、美香はハンドバッグをがさごそと探った。スマホを取り出し、画面をスクロールさせる。


「えーっと、私らが観る回は十三時二十分からで、今が十二時五分前でしょ……」


 美香がこれから観る予定の映画の情報を整理している隣り、あたしはきょろきょろと街中を歩く人々、その様子、ウィンドウに飾られた洋服、オシャレなカフェにレストラン。目に飛び込んでくるまばゆい世界に思いを馳せ、見渡した。
 電車で数駅か越えれば、休日の都会はこんなにも活気に満ちて、お洒落で。そこに住まう人達はまるで別世界で暮らす人間であるかのように、装いも身のこなしもスマートで格好いい。

 校則をきっちり守って、勉学に勤しみ、教師陣から学生らしい規範と目され、優秀な成績を収めていること。
 何より、『異世界を救う』ために、戦っていること。選ばれた人間であること。ただ諾々と日々を送る有象無象とは違うこと。
 普段は誇りにすら感じているのに、こうしてショッピングに映画に、と街へ出てくれば、そんな自分がどうしようもなく野暮ったく、時代遅れの女に思えてならない。

 あたしと同じ年頃の女の子達は、あんなにも可愛くオシャレに着飾って、青春を謳歌している。青春を謳歌、だなんて言葉が出てくること自体、もう古くさい。
 まぶしい世界にどきどき胸が高鳴りながらも、少し憂鬱になって隣りに振り返る。
 美香はぶつぶつと独りごちながら、映画の前売りチケットとスマホ画面とを見比べていた。

 予め買っておいたチケットに印字された内容と、携帯に表示される映画館情報とを改めて確認し、それからおそらく映画の前の昼食をどこでとるべきか。映画館までの距離、食事の内容、店の雰囲気、値段、その他諸々のことを踏まえ、捻出しようとしている。
 そんな美香の律儀さが、周囲の華やかで軽薄な雰囲気とを隔てている。
 隣りをすれ違った、露出した肌をこんがりと焼いた女の子の姿が目に入り、あたしは少しだけ、美香から離れて歩いた。

 あたりを行き交う、イマドキという看板をつけて歩いているかのような女の子達。
 黒のタンクトップと派手な柄のゆったりとしたタイパンツ。しゃらしゃらと音がなりそうな、シルバーの華奢なチェーンの揺れるサンダル。淡いグリーンのカラーレンズが爽やかなサングラス。バッファローホーンのモチーフが揺れる大振りなピアスと、それに似た質感のバングル。
 夏らしいカゴバッグを手に、すれ違う瞬間鼻についたのは、夏になると女の子達が一様につける、画一的でチープなフルーティフローラル。


「お昼どしよっか? 早紀ちゃん、何食べたい?」

「んー。あたしは何でもいいよ。美香は?」


 なんでもいい、と口にしながらも、内心ラーメンは店内の空気が油でむっとしていそうで嫌だし、せっかく街に出てきたのだから食券を買うような定食屋さんも嫌だし、今日の洋服は真っ白なパフスリーブに真っ白のスカートだから、カレー屋さんも洋服が汚れそうで嫌だし、まず椅子が汚れているかもしれないような、オシャレでないお店は行きたくない、なんてことを考えている。
 美香は唇に指を当て、眉間に皺を寄せていた。
 美香なら。同じ女の子の美香なら、わかってくれるはず。
 気遣いの欠片もない、無神経な男の子代表の卓也じゃなく。美香なら。きっと。


「そうだなぁ……。早紀ちゃんが嫌でなければ、私、今日はラーメン食べたい気分!」


 ヒトはソレを傲慢と呼ぶ。


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