【完結】ダフネはアポロンに恋をした

空原海

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それから

面食いの、一目惚れの何が悪い

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 たとえば、人は美しいものを見れば気分が高揚するだろう。

 まさか醜いものについて、精神の全てを限界まで集中させて見つめ続けたいなんて、そんなことを好んで本気で、心底望んでいるやつがいるか?

 いや。いないとは言わない。確かにそういうやつだっているだろう。
 とはいえ、そうは言っても、そういう特殊なやつというのは、醜いものにソイツなりの美を見出しているのだ。
 美という言葉に語弊があるのなら、魅力と言い換えてもいい。

 つまりは、ソイツにとって魅力的で引力があるから。
 それだから、どうにも見るに耐えない、と他の人間からは哀れみと嫌悪でもって目を逸らさざるをえない対象を熱心に長時間見つめ続けられる。
 美しかろうが醜かろうが。どちらにせよ、ジロジロ見るのがマナー違反だということは、この際目をつむることにして。

 話が逸れた。

 俺は美しいものが好きだ。
 醜いものに魅力を感じるような、そんな高尚な感性は持ち合わせていない。
 だから俺は美人が好きだ。

 わかってる。
 こういう言い方をすれば、軽蔑されるだろう。
 時には差別主義者だと言われたり、まぁ、たいてい嫌われる。ときには憎まれる。

 だからなんだ?
 ウソをついてどうする。
 ブスが嫌いだなんて言ってねーだろ。

 カッコつけて善人ぶるヤツも、過ぎたポリコレでギャーギャー騒ぐヤツだって、どうせ口にしないだけで、好きな顔やら体があるだろう。
 対象が三次元か二次元かは知らねーけど。
 だいたい俺は、ビューテイースタンダードなんつーものに合わせろなんて言ってねぇよ。

 『俺が』美人だと思うかどうか。
 『俺が』ブスだと思うかどうか。

 そこに世界の誰かのわけわかんねぇジャッジなんか、ひとつも求めてねーよ。

 ――まぁ、うん。
 ブスなんて単語を持ち出す必要はなかった。わかる。
 たぶん、そう。アイツも怒るだろうな。これ聞いたら。言い過ぎだよな。わかる。

 俺は言い過ぎるし、感情と結論までの距離が短くて、視野狭窄で、無神経なところがある。
 逆に神経質に過ぎたり、疑り深くて、簡単に人を見下して嫌いになることもよくある。

 だけど、驚くぐらいすぐに懐に飛び込んで、異常な早さと近さで距離を詰めたり、普通じゃ考えられないくらい簡単に、人を好きになったりもする。
 すぐに面倒くさがって、繋いだ縁を断ち切ったり、結び直したりする。

 それが俺だ。

 多少言葉を濁したり取り繕うことを知り、ドライなジョークを控えるようになったとしても、本質は変わらない。


 人間、顔じゃないとよく聞く。
 それならそれでいい。
 でも俺は美人が好きだ。美人に惹かれる。
 どうしようもなく目と心が持ってかれるのは美人だ。
 人種も国籍も年齢も性別も関係なく、美人が好きだ。

 とはいえ、俺の恋愛対象は成人済の年下過ぎず年上過ぎない女で、つまり性的には美女に惹かれる。
 惹かれたら、会話して食事して。運が良ければキスして、さらなる幸運が舞い降りたら寝てみて。
 それで、こりゃ合わねぇと思えばそこで終わる。

 性格だとか相性だとか。主義主張に宗教、政治的信念、抱えている様々な背景だとか。
 そんなもんをまるっと無視するわけじゃなくて、それは関係を深めていくかどうか。その先なんだ。
 大事じゃないなんて、そんなことは思っていない。

 姿形に、その他わかりやすいセックスアピール以外で、一番セクシーだと感じるのは、同じものを見て笑いあえること。俺のジョークに笑ってくれて、彼女のジョークが冴えてること。
 怒りのポイントは似ていたら嬉しいが、どうしても絶対に譲れないこと以外は、妥協できる。
 周りなんか気にせず大口を開けて、豪快に、腹の底から楽しいって笑う顔を前にしたら。そうしたら最高な気持ちになるって、それはわかってもらえるかな。どう?

 これまで興味の欠片もなかった事柄が急に、とんでもなく魅惑的でワクワク感じられたり。
 眠気しか誘われないような退屈さや、見るのも聞くのも嫌だった最悪の義務が、刺激的でスリル満点の冒険のように輝き出したり。
 耐え難い苦痛に襲われることから逃げていた問題に、手を付ける勇気が奮い立ったり。
 たとえ怖気づいたり失敗したとしても、相手の存在を感じることで覚悟を決め、何度だって立ち向かう。

 共に歩むことが、とてつもない喜びと安らぎをもたらす。そういう相手になるかどうか。

 恋に落ちるまではいかない、最初の興味。引力。それが俺について言えば、ほとんどのケースで美人だったって、そういうこと。

 だからアイツが俺に興味を持ってくれた、そのキッカケが俺の顔だとか体だからって、そんなことはアイツのお眼鏡に叶ったことについて光栄だと嬉しく思うだけで、なんの引っかかりも躓きも感じない。
 アイツ好みの顔と体をしていてよかった。ただそれだけ。

 全然、本当に、少しの罪悪感も感じる必要がない。
 俺の見た目について、褒めるべきかどうかなんて、そんなことに神経質にならなくていい。

 俺だって、アイツの顔と体が好みじゃなかったら、あんな風に迫らなかった。
 全然気にもならず、そのまま忘れただろう。
 付随したものの順番なんて、俺は気にしない。気にならない。

 面食いの、一目惚れの何が悪い。


「あんたのこと、ツンケンして、金持ちっぽくて、高慢な、いけすかねぇ女だと思ってたし」


 ようやく顔を突き合わせ、マトモな会話を始めたとき。
 一目惚れしていたものの、身勝手で卑屈な恨みをこじらせていた俺は、一段上に立って見下ろして、からかうような言葉を投げつけた。
 俺の言葉を受けて、アイツはアホみたいに目と口を開けてた。

 こんな台詞を誰かが口にしたら。その誰かさん、失礼な勘違い野郎は鼻で笑われ、ドぎつい嫌味の応酬を食らって当然。
 そんな、会話の流れからして、ただのジョークだと流そうとするには、俺の言い草は酷い代物だった。
 侮辱されたといきり立っていいような台詞だったのに、アイツは間抜けに真面目に返事をした。

 それはそれで純真そうで可愛かったが、そんな女はどこにでも転がっているような気もした。

 傷ついたり怒ったり。不満があっても黙って飲み込み反論せず、半笑いでヘラヘラするだけの。
 自分の頭でちゃんと考えているのかいないのか。事なかれ主義なのか無感動なのか。
 周囲に合わせて流され、自己主張することなく。媚びへつらうことが得意だったり。
 そんな人間なら、代わりがいるだろうと。

 「彼女かもしれない」なんていう、曖昧なくせして、やけに確信的な予感は否定せず。
 だが引きずり込まれそうになる強力な磁力に、どうにか反発して。期待が暴走しないよう、歯を食いしばって、苦し紛れのブレーキをかけ。
 慎重にジャッジしていくつもりだった。


「あんたみてぇなお嬢さんから見たら、俺は腐ってるよな。腐ってんなら腐った女で我慢しろってあんたも思う?」

「わあ。ずるい人ですね。どう答えても、あなたの優位に話が進みます」


 綺麗なだけの人形かもしれない、と様子見していた中で、眉をひそめた、その表情。
 呆れた風を装いながら、俺の軽口を受け入れ答えを返し、楽しんでいた。シリアスに陥ることなく。

 なんだ。ユーモアもあるのか。思わずニヤけた。

 決定的だったのはアイツがとうとう俺にブチ切れたとき。初めてアイツと寝て、そのすぐあと。
 俺がまたもや、くだらない狭量さでアイツをからかったとき。

 処女だというアイツに、百人斬りでもしてそうだ、と言った。
 それで今度こそアイツは傷ついて、怒りを露わにした。


「『百人斬り』なんてしてない! あたしはあなたが初めてだった! 今日が初めて! 男の人とデートするのも、キスするのも、セックスするのも! 『これは運命』だなんて、世の中に山ほど溢れてるありきたりなバカバカしい勘違いをしたのも初めて!」


 やっちまった、と苦い後悔が口の中やら胸に広がった。

 一方で、目と鼻を真っ赤にさせ、すげぇ形相で噛み付いてくるアイツの様子を目の当たりにして、高揚していくのが、はっきりと感じ取れた。
 自覚してしまえば、どうにか抑えつけようとしてきた蓋は完全にぶっ飛んだ。

 それなりに楽しんで、お互いに盛り上がる時期が過ぎたら、ゴタゴタせずに気持ちよく別れる。
 情欲なしに相手に人間的魅力があって、気が合って、お互い納得できれば友人関係を続けるし、関係性と距離感の変化に気まずさ、違和感にためらいを感じるような仲であれば、すっぱり関係を切る。

 そんないつものやり方が通用しなくなるだろうと、俺の心臓が主たる俺自身に警告してきた。
 目が離せなかった。


「初めてを捧げたから責任を取れなんて思ってない! ただあなたと素敵な時間を過ごしたかっただけ! セックスが終わって夢から醒めたあなたが、あたしを思ったような『ユニコーンの乙女』じゃなくて、顔を覚えもしない行きずりの女に過ぎなかったって落胆したのだとしても、せめて部屋から出ていくまでは、恋人のように振舞ってほしかった!」


 完璧にしつけられた盲導犬みたいに、それまで行儀よく鎮座していた理性を振り払い、感情のまま怒鳴り散らしながら、アイツは自身を『ユニコーンの乙女』だと言ってみせた。
 完全に怒っていた。それにも関わらず、出てきた言葉が『ユニコーンの乙女』。
 頭で考えるのを放棄して、感情のままに怒鳴り散らしながら出てきた言葉。それが『ユニコーンの乙女』。

 俺の頭の中はそのとき、凄いことになっていた。
 ヨレヨレの布をだらしなく着崩した女神が、汚い言葉遣いで野次を飛ばしながらニヤニヤ手を叩き、酔っ払った天使が調子っぱずれの酷いやり方でファンファーレを吹き鳴らす。
 そんな感じ。

 この女だとわかった。

 俺がずっと出会いたかったのは、目の前にいる女で、彼女が俺の『ユニコーンの乙女』なんだと。



 俺はおまえに惚れてるし、大事だし、美人だと一つの疑いもなく、思うよ。
 出会った日から変わらず、ずっとそう思ってる。

 初めておまえを見かけたあの日。すげぇ美人だって目も心も持ってかれた。
 もともと美人は好きだったけど、こんな女がいるのかって、とてつもない引力に驚愕した。

 年を重ねて互いにシワシワになって、一度別れて。こうしてベッドの中、かろうじて息をして、かすかな最期の鼓動を刻んで、俺の迎えを待ってたおまえも、すごく美人だ。

 会いたかった。
 やっと迎えにこられた。
 もっと長く生きていたかった?
 もう十分?
 迎えにきたよ。

 おまえと出会って、生きた道のり。全てが素晴らしかった。
 ここからもまた、一緒にいこう。

 おまえと俺が最初に惹かれた、姿形。その顔も体も、それから名も。全部なくなるけど。俺ももう持ってないけど。
 俺たち、器がなくなったって、愛はいつまでもあるだろう?

 いつまでも。





(それから「面食いの、一目惚れの何が悪い」了)
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