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語り部 ジョン
或るロックスターの気まぐれな感傷的クレジット
しおりを挟む『Seize Glory』
いつも
思い浮かべてるって
そんなわけじゃない。
たとえば、ツアーを回っているさなか
たまたま
彼の地に降り立って。
インタビューを受けるだろ?
そうすると
聞き覚えのある雑誌でさ。
だから、ちょっとだけ。
イタズラ心が疼いたんだ。
きみが好きだった、あの映画。
白いディナージャケットより
アクアスキュータムのトレンチが
きみは好きだった。だろ?
襟を立てて、紙巻きたばこをふかせて
ハットを被り直して。
俺はピアノを弾かないから
ギターを弾いた。
きみがヘタクソだと笑った
歌を歌ったよ。
いつも
思い浮かべてるって
そんなわけじゃない。
たとえば、俺の若い頃によく似た青年。
ひそひそ
耳打ちするんだ。
ハリウッド髭の男がさ。
「おまえのダブルを見かけたよ!」
だから、少しだけ。
懐かしく思ったんだ。
きみとの日々と、おしゃべり。
俺の夢と、きみの夢と。
貪欲に命を燃やしてた
ひたむきな願いを。
ダークブラウンの髪にヘーゼルの瞳
片眉を挙げて、ウインクするんだ。
下唇をつきだして目を回したりね。
思わず笑ったよ。
きみが俺に
さんざん
威圧的だって口を尖らせた癖。
錆びた鍵穴に、ぴたりとハマる。
きみは幸せ?
グローリーデイズを思い出すことはある?
いつもいつも
思い浮かべてるって
そんなわけじゃない。
きみは夢をつかんだ?
オーキッドホームは真実だった?
きっときみは
家に帰っただろう。
一月の第三月曜日には
俺を思い出して
祈ってくれたらいいな。
ただそれだけ。
-----
「何これ。あたし、こんなの歌わないよ。こんなglory daysに浸った、陶酔しきって辛気くさい歌。アイリッシュパブでアル中が飲んだくれて歌ってそうな。
「80年代回帰でもしたい? それとも笑い飛ばされたかった? 高度なジョークってわけ?
「だいたい、キング牧師記念日に、なんだって、あんたに祈ることになるの?」
「はは。メリッサに歌ってもらうつもりはないよ」
「……Yoko Ono-ingされなくて、ホントよかった。あんた、使い物にならなくなってたかもしれない」
ブリュネットの女は鼻白むと、つまらなそうに、覗き込んでいたパソコンから身を引く。
年はいっているが、まだ美人だ。
背筋はしゃんとしているし、白髪の見当たらないよう染髪され、それでいて髪の艶もある。
年相応の肌のたるみにシワは、不自然に引き伸ばされてはいないし、呼吸困難を引き起こしそうな、異様に小さく尖った鼻でもなく、閉じるのも大変そうなほど、腫れ上がった唇もしていない。
アイラインを引くのに苦労しそうな瞼になり始めているが、目尻も態度も、何もかもが吊り上がって尖っていた小娘時代とは違う。
重くなった瞼が、相応の魅力を醸し出すのに役立っている。
離れていく女の残り香を惜しむように、男は目を細めた。そして肩をすくめる。
「そんなことはないよ。いつだって俺の一番は、メリッサ。君だ」
「ジョン。あんた、これまでさんざん、あちこち誰彼と楽しんだし、懲りたでしょ。そろそろ落ち着きなさい」
ゆるく巻かれた一房に伸ばした男の手を払い落とし、女がため息をつく。
腰に手を当て、片手を額に当て。
どうしたらこの聞き分けの悪いこどもに、道理を理解させることができるだろう、というように。
「もうじゅうぶん、落ち着いてるよ。なんたって俺には、立派な息子がいるみたいなんだ」
「ああ……。エリックが言ってた、あの……」
気遣わしげに眉を寄せる女に、男は目玉を回して見せる。
珍しいくらいに、くっきりと濃い青。それが少年のようにキラリと光る。
「彼はどうやら、ギターを演奏るんだそうだ。ちびっ子達がロックスターになりきってガレージでかき鳴らす、あんな程度のプレイで、それでいて熱量は彼らに遠く及ばないって。そういう、よくあるたしなみだそうだよ」
「歌はあんたより、きっとうまいね」
女が口の端を歪めると、男は指を鳴らした。
パチン!
かすれることなく、気持ちのいい音。
「その通り! だから、この曲を贈ろうと思って」
「あんたのクレジットつきで?」
女が目を丸くすると、男は微笑んで首を振る。
「No guts, no glory! 彼自身が動かないのならば、俺はこのままだ」
「glory? あんたのこと? glory daysに浸るのも、ほどほどにしなよ」
付き合っていられない、とばかりに女は片手を鼻先で払う。
男は笑った。
――彼にとって、俺はgloryではないよね。
男の脳裏に浮かぶのは、彼の横顔。
しこたま飲み、顔を真っ赤にさせた青年。
数日前のことだ。
付き合いのそこそこ長い、映画プロデューサーが男を誘った。
男が楽曲を提供する映画。そのプロデューサー。わかりやすいハリウッド髭を生やした。
ハリウッド髭の招待とは、はたして、ビジネスディナーを共にしようということだった。
そのテーブルに、男の若い頃と、不気味なくらいよく似た青年を呼ぶから、と。
この度の映画の買い付けに、同行してきたらしい、若い日本人。
タカシ・ユーキ。
男はその申し出を断り、だが、青い目をイタズラっぽく光らせた。
「俺の代わりにエリックを。それから、彼からは死角になる、『ステージ観覧席』のテーブルをひとつ、用意してくれるかな?」
インド系のエリック。
まだ三十そこそこの、年若い青年。
彫りの深い、浅黒い肌。凛々しく太い眉に、同色の豊かな黒髪。神秘的なヘーゼルの瞳。整えられた、柔らかな印象の髭。上背があって、手足も長くしなやか。
穏やかで温かみのある微笑みを浮かべる。
男の所属し、また経営者の一人として名を連ねるマネジメント事務所。
バンドとしての音楽活動メインに、トークショー、ドラマシリーズの本人役などのテレビ出演、雑誌インタビュー、広告、様々。
映画の楽曲提供、出演についても、もちろん。
その映画部門に、エリックがいる。
-----
男の古びた記憶では、日本人男性は、そう酒に強くはなかった。だが彼は、よく保っている。
泥酔するなんていう、あまりに酷い醜態を、彼は演じずに済みそうだ。
男は安堵し、すぐさま自嘲した。
――たしかに日本からのお客様をもてなすようおねがいしたのは、俺だけどさ。
だが、目の前の彼は青年。赤子ではないのだ。
自身のアルコールへの耐性も、日本とここで、理性をなくした酔っぱらいへの評価がどう違うのかも。すべて彼が自分で判断すべきことだ。
彼がエリックに誘われ、ともにバーラウンジへ移動しようとするところまで見守ると、男は預けていたコートを受け取った。
エリックのヘーゼルが男のブルーと交差する。男は口元にのみ、笑みを浮かべた。
エリックの瞳と、彼の瞳の色は、よく似ている。男は思い返す。
他人の空似。エリックと彼の瞳の色。
他人の空似ではないもの。男と彼の顔貌。
その日、男はひとりきりのディナーを楽しんだホテルに、そのまま泊まった。
予定外のことだったが、だけど予定通りじゃないかと微笑む。
シャワーを浴びた後、男は古いプロパガンダ映画を観た。
白黒で反ナチス。男はドイツ系アメリカ人だ。
ハリウッド黄金期。グローリーデイズの、往年の名作。アカデミー賞8部門ノミネート。3部門受賞。
カサブランカ。
ユリ科の花。日本原種のユリをかけ合わせたオリエンタルハイブリッド。
映画『カサブランカ』の舞台となったモロッコの最大都市。スペイン語で、白い家。
ホームに帰った、オーキッド。『きみ』。
彼にとって男はgloryではない。
だが男にとって。
あのglory daysをともに過ごした、seize glory精神の同志である『きみ』――彼女の名が、カサブランカの花によく似た花、オーキッドを意味するのだと、男が知ったのはごく最近だ――にとって。
二人の『Seize Glory』物語にとって。
白と黒を基調とした、モダンで高級感があり、清潔で無機質な部屋。
窓からは高層階から見下ろす、眩いばかりの夜景が見えるのだろう。見晴らしは最高のはずだ。
だが、そんなものに男の関心はない。
「Here's to our glory, kid!」
――俺たちのgloryに、乾杯!
男は真っ白に輝くバスローブを身に纏い、ひとり、杯を掲げる。
メゾン マムのシャンパンがないことを少しだけ残念に思いながら、男はバーボンで唇を濡らした。
――書き下ろした新曲は、エリックにデータを預けよう。
青い目が細められ、少年のように、イタズラに光る。
イタズラに、といえば。
結婚と離婚を繰り返していること。
なにも好き好んで、繰り返したがっているわけではなかったが、そう見えても仕方がないし、振り返れば自分でも、イタズラに繰り返しているように思えてくる。
最初はどの妻も、まるで運命みたいな顔をして、目と目があって、いくつか言葉を交わして間もなく、雷に身を貫かれたような気になる。
だがそれが単純に、自分第一主義による女好きの言い訳と、正しい理性に背くための、楽観主義による都合のいいまやかしに過ぎないと、いい加減に認めなくてはいけない。
始めには、男を最高だと褒め称えた妻達は、終わり頃には決まって、男を最低だと唾を吐きかけんばかり。
離婚訴訟に強い弁護士達が、いつの間にかDCヒーローのいずれかに変身し、妻達を小脇に抱えたり、背に庇ったり。
ジャスティス・リーグを結成している。
それからヒーロー達は、婚前に交わした契約をあっさりと破棄し、法廷で『見たこともない金額』を毎回塗り替えようと、男に立ち向かってくるのだ。
スーパーヴィランではない男に、スーサイド・スクワッドなんてものはない。
黄色い帽子のレディなどいない。
いもしない幻の理想を、生身の人間に押しつけるなんて馬鹿げた真似には、そろそろ終止符を打つべきだ。
男は思う。
もう頃合いだ。
完璧なホーム。完璧なモデルルームを探すなんて無謀なことには見切りをつけよう。
もしホームを必要とするときがくれば、素直に必要だと受け入れよう。そしてどんなふうに、骨組みをするのか。いちから考えよう。
互いに図面とにらめっこして、ペンを持ち、線を引こう。
まずは基本設計図。配置図に立面図。それから平面図と断面図。ほかにはなにがあるだろう? 図面の見方から始めるべきだ。
それから相手が抱える複雑な配線も、簡単な配線も、絡まらないよう丁寧にほどいて理解する必要が、きっとある。
動線がスムーズであること。それだけをいつも留意していた。
見えない配線は互いに不備があり、複雑化していく。けれど見えないのだからそれでいい。
そうして頻発するショートと、いつのまにか燃え盛ったホームは手に負えなくなり、消火するより、すべて燃え尽きるのをじっと耐えて待つしか、手立てがない。
悪友相手には、肩を抱いて「さぁ、俺たちのパンドラの匣を開け合おうぜ」と、たやすくけしかけられること。
黄色い帽子のレディを見込んだ女達相手には、誰一人としてうまくやれなかった。やろうとしなかった。
No guts, no glory.
その通り。
そして男はgloryを手にした。
若い頃に渇望し夢見ていたgloryも、年を経てからようやく切望し始めたgloryも。この手にある。
『Seize Glory』物語はエンディング・クレジットを終えた。
第一のgloryをつかむまでがファーストシーズン。第二のgloryを得るまでがセカンドシーズン。
ならばサードシーズンの構想を練る。
『Seize Glory』物語は近いうち、再びオープニング・クレジットを披露するだろう。
だが、結婚はしばらくごめんだ。
(「或るロックスターの気まぐれな感傷的クレジット」了)
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