【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
上 下
51 / 96
第2部

16 王女殿下の仕切り直し

しおりを挟む
「アスコット子爵よ。そこまでにしておけ」

 アンジーが強い口調でアスコット子爵を窘める。
 アスコット子爵はたじろいだように身を引いた。

 第二王女殿下のお言葉とあっては、異を唱えることは許されない。
 アスコット子爵はお母様から離れ、胸に手を当て礼をし、「かのような醜態を殿下の御前失礼いたしました」と謝罪した。

 アンジーは鷹揚に頷き「許す」と応じる。それからアンジーはアラン様とわたしの方へ歩み寄り、ニヤリと笑った。

「カドガン伯、そこを退け」
「は……?」

 アラン様はアンジーの言葉に戸惑われ、気の抜けたお声を出された。
 アンジーはむっと眉根を寄せ、ぐいっと私の手を引いた。

「退け、と言っておる!」

 アラン様は不服そうだったけれど、エインズワース様が少々乱雑なご様子でアラン様の肩を組んだ。そうして引き離される。
 するとエインズワース様は悪戯っぽくウィンクされ、「大丈夫だよ」と微笑まれた。

 アラン様は「メアリーに色目を使うな」とエインズワース様を睨まれたけれど、先ほどまでの張りつめたご様子はすっかり消えていた。
 わたしはアラン様の穏やかなご様子に安堵し、アンジーと向き合う。

 ほぼ背丈の同じアンジーは、わたしの鼻先近くまでお顔を寄せて、ふっと柔らかく微笑んだ。
 これまでの強気で悪戯な少女らしい笑みでも、王女らしく尊大な笑みでもなく。
 慈愛に満ちた、優しく美しい、包み込まれるような微笑にわたしは魅入ってしまう。

 アンジーはすっと身を引くと、わたしの手を胸元まで引き上げた。

「この者、メアリー・ウォールデンは妾のかけがえのない大切な友であり、また陛下も認める才女である!」

 へ、へへへへへ陛下!?
 陛下って、陛下って国王陛下のことでございますか!?

 とんでもない法螺話が飛び出て、腰が抜けそうになった。
 へっぴり腰でよろめくわたしをアンジーはひと睨みし、小声で「しっかりせい!」と一喝する。

 これまで口にするのもおぞましい下劣なウォールデン、父子問題を抱えたコールリッジ家といった醜聞に沸いていた参席者達は静まり返り、第二王女殿下の御言葉に聞き入っている。

「皆の者、この者の装いを見よ。この美しく意匠を凝らしたドレスに髪飾りは、この者が近日看板を上げるポリーブティックの品である。これらの品については我が母、王妃陛下の御前にも通され、賛辞を送られておる。また妾の婚約式における装いは、この者に頼むことが内定しておる」

 聞いてませんけど!?

 いえ。でも、万が一、仮にそのお話が内定していたのだとしても、婚約式という最も清廉であるべき装いを、それも第二王女殿下の婚約式という国の威信のかかった行事において、汚れた血の流れるわたしを起用してはならない。
 そんなことをすれば、国内貴族からも他国からも、我が国の王室を軽視されてしまう。

 なんとかアンジーに思いとどまらせようと、視線を送るが、アンジーはニヤリと笑うだけ。
 第二王女殿下のお言葉を遮ることなど出来るはずがないから、わたしはもどかしくもアンジーに目で訴えるしか策がない。

 あら、でも婚約式って……エインズワース様がお相手なのかしら……。

 これまでお相手の決まっていなかった第二王女殿下の婚約式、という重大な発表がさらりと為され、聴衆がざわめく。
 お相手は誰かと皆口々に候補の予測を立てているが、エインズワース様の名は聞こえてこない。
 本日のアンジーのエスコートはエインズワース様だけれど、ファルマス公爵令息とはいえ三男のエインズワーズ様の元へ降嫁なさるはずがない、ということだろうか。

 エインズワース様を見ると、特に表情は変わらず涼し気にしていらっしゃるし、アラン様はわたしと目が合うと、穏やかに微笑まれた。
 アラン様の甘い眼差しに、先程の情熱的に過ぎるお言葉が蘇って、頬がかっと熱くなる。
 いえ、決して閉じ込められたいわけではないのですけど……。
 俯いたわたしに、アンジーがまたもや小声で「前を向け」と叱責した。

「ポリーブティックの立ち上げには妾も携わっておる。ファルマス公とカドガン伯の尽力もあった」

 あ、ああ……。つまり、汚れた血など吹き飛ばす権力が後ろについているということを誇示しているのね……。

「また、この者の身に着ける首飾りに耳飾りは、王家の友人として認められた者にしか許されぬ印章も施されておる」

 アラン様のシンボルに浮かれて、全く気が付いておりませんでした。
 今更ながら、とんでもない宝飾品をいただいてしまったことに青くなる。畏れ多いにも程がある。

「まさかこの期に及んで、妾の友の門出を歓ばぬ者はおらんと思うが」

 アンジーがぐるりと聴衆に視線を走らせる。
 鋭く威圧的な眼差しに、視線を下げたり、びくりと肩を揺らす方もいらして、アンジーはそれらを目にすると「なるほど」と呟いた。

 何がなるほどなのでしょう。怖くて想像したくない。
 というより、ここまでしていただいているけれど、アンジーとわたしは今日が初対面よね?お会いしたことはないわよね?

「妾の友の壮途を、共に祝おうではないか。さあ、皆の者、杯を持て!」

 アンジーの音頭にその場で固まっていた人々は慌ててグラスを掲げ、給仕も急いで人々の間を行き交い、グラスを行き渡らせんと奮闘している。

「妾の愛すべき友、カドガン伯とメアリー嬢の婚約に。またポリーブティックの壮途を祝して、杯を掲げよ!」

 一斉に上がるグラスと、第二王女殿下のご尊名、アラン様とわたしの名が人々の間で続けざまに挙がり、わたしはアンジーに手を引かれて立ちすくむ他なかった。

 とんでもないデビュタントボールだ。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...