【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
上 下
49 / 96
第2部

14 不本意に違いない狂気

しおりを挟む
 アラン様の胸元を突っぱねて、「お離しくださいませ!」と小声で非難する。
 アラン様とて、このような振る舞いはあまり好ましいことではない。

 これまで王宮の権力争いには静観の立場を保っていた、歴代カドガン伯爵。

 それだからこそ、無理にでも王家と縁付こうといった類の、政略結婚を推し進めることもなく。
 お母様が嫁がれるまで王家の血は混じらなかった。

 しかしながらアラン様はお母様より王家の血を受け継いだし、何より第二王女殿下にファルマス公爵令息という権力者に通じる方々を友人として味方につけた。
 アラン様をカドガン伯爵としたコールリッジ家は、これからますます力をつけていくことだろう。

 それにカドガン伯爵領の財政の豊かさは、誰もが知るところ。
 政権争いに参じなくてもカドガン伯爵が一目置かれていたのは、商人達から貴族にしておくには惜しいと囁かれる、その卓越した経済力、商業的才覚による。

 カドガン伯爵領は、養蚕業に絹糸紡績業、撚糸ねんし業、織物業まで一手に担う。
 染色業に縫製業こそ他所に譲るが、それは技術を追求しなかったからではなく、その方がカドガン伯爵の取引相手にとって有益であるからだ。

 製造側にとって自由の効く反物である方が使い勝手がいい。
 そしてまたカドガン伯爵領の織物の質は抜群に優れている上、領地内で養蚕から担うため、質に見合った価格を他所より低く提示することができる。
 カドガン伯爵領産であるというブランド価値を加味してさえも、他所の絹織物より低く抑えられるのは、これらの商売を担うのが純粋に利益だけを追い求める商人ではなく、公の利益を追求する貴族だからだ。

 歴代カドガン伯爵は、貴族としてその利が領民に正しく分け与えられること、領内が安全で活気に溢れることを第一信条としてきた。
 得られた利益を伯爵の懐に入れようとするわけではなく、領内で活動する商売人が、その商売をし易いように便宜を図ること。
 それこそが貴族として領主たる務めだと弁えている。

 領主は領民を守るものであって、商売人の真似事をして金稼ぎをすることを目的とするわけではない。
 近年そこを履き違えたエセ商売人たらんとする貴族もいるが、歴代カドガン伯爵は、民の上に立ち民を守る貴族としての矜持を崩すことはなかった。

 それ故に、カドガン伯爵領は益々栄える。他の追従を許さないほどに。

 ――前カドガン伯爵と真珠姫は、領地経営者として、商売人として、それぞれの立場で討論を交わし、その仲を深めていったのかもしれない。

 まあ、前カドガン伯爵と真珠姫のラブロマンスはともかく。
 そんな有力貴族であるアラン様だから、多少の粗相は大目に見られる。
 
社交場で堂々と男性が女性を口説くことに、男性側が眉を顰められることはあまりない。
 とはいえ、おぞましく穢れた出自であると周知された平民の娘を監禁すると言い放ち、さらには公の場において不適切な距離をとることには、保守的な頑固者でなくとも、良識的な方々の目に忌避すべきものとして映るだろう。

 これ以上アラン様の名を貶めたくない。
 わたしといることでアラン様が手にするはずの栄光を掴み損ねることなど、許せるはずがない。
 きっと睨みつけると、アラン様は少しだけ腕の力を緩め、目を細めた。

「メアリー、お前は我が領地に足を運んだことはほとんどないだろう。土地勘のないお前を囲うことなど容易いことだ。誰もお前を逃す手助けなどしないぞ。お前の親しんできたタウンハウスの使用人とは違い、領地の使用人はお前の言うことを聞きはしない。俺が許さないからだ」
「ですから、そのようなお戯れはもう――」
「聞け!」

 アラン様の鋭い一声に、びくりと肩が震える。アラン様はそんなわたしを一瞥すると、周囲にぐるりと視線を巡らせた。

「この場で俺達の会話を余すことなく耳に入れんと好奇の耳をそばだてている者の誰も、我が領地に無断で入ることを許されない。王家の者とて、何の令状もなく踏み入れることは出来ないんだ」

 アラン様は屈みこみ、鼻先までお顔を近づけられると、酷薄そうに口の端を歪めた。
 唇にアラン様の吐息がかかり、ぞくりとする。
 目の色を覗き込むと、昏く淀んだ瞳の奥に途方もない哀しみがあった。

 ――わたしがアラン様を悲しませている。

 お優しいアラン様にとって、不本意に違いない狂気を。残酷な言葉を抉り出している。
 アラン様はご自身の発する言葉で、自らを傷つけている。

 これ以上言わせてはならないと思い、口を開こうとすると、アラン様の大きな手がわたしの口を塞いだ。

「こうなると、メアリー、お前が貴族でなくてよかったよ。貴族令嬢を攫おうとするならば、それなりにがあるからな。
 ……ここまで野卑なことを口にする男の元に、嫁ごうとする令嬢はもういない。メアリー、お前しかいないんだよ」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

処理中です...