【完結】愛してるなんて言うから

空原海

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第2部

スカーレット・オルグレンの独白 3

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 私と弟は仲のいい姉弟だった。
 そして互いにギルバートへ間違った恨みを抱く、愚かな姉弟だった。

 弟はギルバートを「オルグレンの血と姉を金で買った薄汚い男」だと罵った。
 カドガン伯爵によって大学へ進学させてもらいながら、弟は学友達にギルバートが冷酷で無慈悲な男であると触れ回る。
 ギルバートはそれを否定しなかった。

 弟の愚かな振舞いは、隆盛を極めんとするカドガン伯爵に反発する子弟達から持て囃され、ギルバートは社交場で不名誉な噂を囁かれていた。
 カドガン伯爵とアスコット子爵の間で交わされた経緯を知る者、良識ある者は当然、弟の愚行に眉をひそめた。

 しかし社交場では正しくつまらない真実より、刺激的で悪辣な噂話が持て囃され、火消しする暇もなくあっという間に広まるものだ。

 私はそんな醜聞に塗れた男のエスコートで夜会に出たくない。と、婚約者にも関わらず、ギルバートの申し出を跳ね除け、弟のエスコートで夜会に出た。
 夜会へ出席するときのドレスや装飾品、そして弟の衣装まで、全てカドガン伯爵が負担していた。

 カドガン伯爵の援助で学び、身を飾り、夜会での立場を得、その上でギルバートを愚弄する。

 オルグレン=アスコット家には夜会に出られるような余裕はなかったから、祖父や父が社交の場につくことはほとんどなかった。
 けれど、私がギルバートのエスコートを拒んでいることは、それらに耐えかねたギルバートの父、カドガン伯爵から苦情として寄せられた。
 当然私は叱られた。だが弟は私を庇った。

「姉さんは生まれたときから、この家の人質だった。この家は姉さんの犠牲の上に成り立っている。それなのに、婚姻前の短い社交ですら、姉さんの自由はないのか。少しくらい、姉さんが好きに夜会に出たっていいじゃないか。何も男と遊び歩くわけじゃない。弟の僕が姉さんのエスコートをしているんだ。何の問題がある?」

 祖父と父は、私に婚約を強いることで、オルグレン=アスコット家の人柱とさせたことに負い目を感じていた。
 それだから、カドガン伯爵への不興を買わず、恩義を忘れぬように、と念押しするだけで終わった。

 家のために娘が犠牲になることなど、貴族令嬢にはよくあることだ。
 そもそもこの婚約は犠牲というほどのものでもない。

 ギルバートは年も近く優秀で、前途有望な美貌の青年であり、身分も高く財豊かな家の嫡男。
 将来の伯爵を約束され、令嬢達の人気は高い。そして当然未婚で婚姻経歴はなく、また人柄も穏やかで誠実だ。
 そんな誰もが羨む婚約者相手に、難癖をつけては不服を募らせる、貧乏貴族の娘。
 茶会や夜会で、私が令嬢達にどんな目を向けられていたのか。説明するまでもない。

 私達姉弟は、ギルバートが穏やかで反論しないのをいいことに、散々に振舞った。
 ギルバートは私達に何も言わなかった。それが一層馬鹿にされているようで、憎悪が募る。

 ギルバートが傷ついているかもしれないなどと、少しも想像できなかった。
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